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俺と奴の本気同士

 ワーズワース。またの名を殲滅騎士。この名は、俺が率いていた解放軍の間で恐怖と畏怖を以って呼ばれていた。唯一無二のアウズーラの懐刀。先兵を率いて各地で俺達と戦い、何度も苦渋を飲まされた相手だ。



 俺自身もワーズワースと相対したのは三度ある。一度目はカイライオ山中で魔物狩りを敢行した際。二度目は南方の港町パドアールの解放戦の際。

 最後の三度目は、最終決戦となるスーザリアン平原の前哨戦である大陸西端のボルボレアス攻城戦だ。



 三度も戦い戦略的には目的を達成したものの、俺と奴の個人戦に限れば勝負無し。それに、俺が不在の間にかなりワーズワースにやられた戦もある。全く以って手強い相手だった。



 (スーザリアン平原ではぎりぎりまで戦った後、姿を消したと聞いていたが......まだ魔界に戻っていなかったか)



 舌打ちしながら、俺はワーズワースの顔を見る。最初に奴と遭遇したカイライオ山を通過する時に、理由もなくいやーな気分になったが、どうやらそれが的中してしまったらしい。敵意剥き出しで奴が俺を睨んでくる。ちっ、ただで帰してくれそうにはないな。



「私の気配にこうも気づかないとは腕が落ちたな、ウォルファート。アウズーラ様を倒してから戦いから離れていたか」



「そう思うならさあ、無防備な俺に黙って切りかかればいいのさ。相変わらずお行儀のいいことで」



 軽口を叩きながら、俺は武装召喚(アポート)の準備をする。多分こいつはその暇をくれるだろう。

 そう、"殲滅騎士"の二つ名の通り、ワーズワースは騎士道精神の持ち主だ。魔族のくせにいつも正々堂々、ご立派だねえ。俺から言わせれば甘いんだがな。



 だが、俺の挑発にも乗らずワーズワースは微笑しただけだった。まだ武器を構えていない右手の指をつい、と伸ばし俺に突き付ける。



「数日前に偶然見つけてから行動を見晴らせてもらったが、子供の世話で大変らしいな......ずいぶんなまくらになったのも頷ける」



「るっせーよ。冥土の土産に教えてやらあ、あの双子はな、アウズーラに殺された俺の仲間の子供だ。俺が面倒見ることに、なんか文句あんのか」



 イラッと来たのでつい口調が荒くなった。もとからこいつとは因縁深いので目の前に現れた以上、ぶちのめすつもりだったさ。

 けれど、昨日の双子の不機嫌が俺にも乗りうつったらしい。戦意を高めた俺に、ワーズワースがその肉食獣めいた目を光らせる。黙ってさえいれば美形に見えるんだが、やっぱこの辺は魔族のエリートだ。



「なるほど、そういう事情か。ある意味、私と同じ立場ということかな」



「何? なんかいったかおい」



 耳に届いたワーズワースの言葉に顔をしかめる。だが、それには奴は答えない。



 ただ、「早く武装召喚(アポート)しろ、勇者。まさか無手で私とまともな勝負が出来るとは、思っていないだろうな」という返事が帰ってきただけ。さすが騎士様、礼儀を弁えてやがる。



 なら遠慮なくやらせてもらうだけだ。



武装召喚(アポート)完全武装(フルアームド)! 後悔すんなよ、俺に慈悲を与えたことを!」





******




 剣、盾、鎧一式を揃えた完全武装(フルアームド)状態になったのは本当に久しぶりだ。アウズーラ戦以来だから二年数ヶ月ぶりだな。

 右手に愛用のバスタードソード+5、左手にタワーシールド、そして全身を覆うフルプレート+7。本当の強敵と戦う際の標準的なスタイル、それがこの完全武装(フルアームド)

 勿論フルプレート+7は軽量化の魔力付与(エンチャント)が施されているので俺のスピード減殺は最低限に抑えられている。同時に、念意操作できるショートソード六本も呼び出している。



「ふん、相も変わらずがちゃがちゃと多数の武器装備で」



 しかし、ワーズワースは不機嫌そうに口元を歪めただけだ。その右手には暗い光を放つ一本の槍が握られている。俺が最後見た時と同じ、通常ならば両手で扱うのがセオリーの巨大な穂先を備えた槍だ。刃が剣のようになっているので純粋な突きだけではなく、薙ぎ払いにも使えるようになっている。



 背中に背負っていたわけでもないのに、いつの間に取り出したのか。しかし今更驚く程のことでもない。こいつも俺の武装召喚(アポート)に似た技を使うのは知っている。

 こことは異なる空間を魔力で形成し、合言葉(キーワード)で取り出す空間形成呪文だ。そこそこ高位の呪文の使い手なら、便利なので習得していることが多い。



 つまり、これが使えるということは、ワーズワースもかなり高位の魔術師にあたるというわけだ。槍も使えりゃ呪文もいける。おまけに俺の手の内も知っている。ほんとに......



「厄介な相手だぜ!」



 じっと睨みあっていても始まらない、先手はうたせてもらう。まずはショートソード六本による遠距離攻撃の白銀驟雨(シルバースプラッシュ)だ。

 俺の号令一下、ミスリルの銀の光を曳いたショートソードが唸りをあげた。獲物を狙う猟犬を思わせる俊敏な六本の刃、それが宙を舞う。あのアウズーラさえ傷つけたんだぜ、無事でいられるか?



「甘い!」



 ワーズワースの声が響く。左手を真横に振ったのが見えたのと、白銀驟雨(シルバースプラッシュ)が弾き飛ばされたのが見えたのはほぼ同時。

 なるほど、何やら結界を張ってブロックしたか。さすがに何回か刃を交えただけはある。俺の初手は読まれてたようだ。だが、それはこちらも同じこと。



「はっ、真打ちはこっからなんだよ!」



 念意操作の真髄はここからなんだよ!

 一度は撃ち落とされ、宙にばらばらとショートソードが撒き散らされた。だが、それらは地面に落ちる前に急上昇。それもワーズワースの注意力を散漫にするように、一本ずつ連続で螺旋を描くように。



 きらびやかな月光に反射するミスリルのショートソード、その六本全ては優美な曲線を描き舞った。すぐに地面から10メートル程の高度に到達する。

 頭上が気になるワーズワースは、一気に突進して俺を狙うという行動にも出られない。慎重派だな。だがな、いつも慎重がいい方に働くとは限らないんだぜ?



天鷲豪槌(イーグルストライク)!」



 俺の掛け声一つで上空からショートソードが乱舞する。まさに銀色の猛禽が獲物を狙うかのような高速で。

 どんな生き物だって、足元より頭上の方がお留守になりがちなのが普通さ。まさか全部は回避出来ないだろうぜ。



 ミスリルの翼をはためかせ、刃で構成された六羽の鷲がワーズワースの身を引き裂くと見えたその時。

 俺は信じられない物を目にすることになった。



「っ!? か、絡めとっただとっ」



「貴様の小技などこれで十分だよ」



 上空から襲いかかった六本のショートソード、それに何が起きたのか。槍で撃ち落とされたのでもない。攻撃呪文で迎撃されたのでも、結界で跳ね返されたのでもない。

 銀の刃は絡めとられた。凄まじい速度で一閃された豪槍が纏う電撃が輝き、まるで網のように広がった。青白い電撃が夜の黒すら染め上げて、俺の天鷲豪槌(イーグルストライク)を封殺しやがった。



 (槍で風圧を生み出して勢いを殺した上で、電撃呪文で絡めとるとはな。やりやがる)



 武だけでも魔だけでも、天鷲豪槌(イーグルストライク)を全て止めるのは不可能だろう。

 ちっ、アウズーラに当てたとはいっても、エルグレイの攻撃呪文で動きが鈍った瞬間に当てただけだ、流石にショートソード六本で、魔王軍副官をどうにか出来るというのは、ちょっと見通しが甘かったか。



 右手のバスタードソード+5と左手のタワーシールドを構えた。やはりこうなるかというため息と、こうこなくっちゃな、というワクワクするような感情が混じる。



 久しく感じていなかった本気で戦える戦闘。勇者として鍛え抜いてきたこの力を存分に振るえる機会が--今、目の前にある。はは、何だろうな。こう、腹の底からじわじわとこみあげてくるぜ。昂ぶりって奴か、これが?



 ワーズワースが突っ込んできた。速い。右手一本で槍を握り、左手はこちらに向けた状態だ。

 攻撃呪文か、と俺が反応し咄嗟にタワーシールドを構える。厚い盾を通しても尚、重い衝撃があり、視界の端に青白いスパークが走る。電撃呪文で攻撃されたと理解した、その次の瞬間。

 もう間合いを詰めてきていたのか! ワーズワースの攻撃が迫り、俺は気合いと共に盾で奴の神速の槍を跳ね返した。



「そう簡単には貫けないか!」



 ワーズワースが吼える。いい顔してやがるぜ。



「たりめーだろうが!?」



 俺も応じてやる。おい、俺はどんな顔なんだ?


 

 叫びあいながら、共に攻撃と防御を繰り返す。閃く俺の剣、奴の槍。

 いつの間にか、俺の体からは銀色の闘気(オーラ)が噴き出し、奴の槍に掠められ散った髪の毛も銀に輝いているのが見えた。ああそうか、俺は本気なんだ興奮しているんだいやそんな生易しいもんじゃなく。



「おおおおおっ!!」



 熱狂していた。



 久しぶりに全力投球出来る相手と戦えるこの機会に、ずっと眠らせていた戦力の全てを引き出しぶつけることが出来る。血が体の中を駆け巡り、いつもよりずっと軽く体が動く気がした。

 そうだな、幸運なことに今は側にシュレンもエリーゼもいない。多少荒っぽく地面が削れようが、呪文が外れようが気にする必要は無いな!



 ギィン! としか表現しようのない金属同士が擦れ合う音、その響きが消えない間にまた次の音が重なる。



「やるじゃねえかよ、ワーズワース! 惨めに敗走した負け犬風情が!」



 俺のバスタードソードがワーズワースの槍の柄に食らいつく。憤怒の形相で奴はそれを弾き返し、返しの突きを俺の右脇腹に掠めさせた。削れる金属、引き攣る痛み。加速する肉体、それを支えるのは燃え上がる戦意だ。



「ふざけるな、多勢に無勢でアウズーラ様をなぶり殺しにした輩が! 互角の数さえ用意できさえすれば! あの方が、あの方がお前などに負けるわけなどあろうはずがっ!」



 激烈な怒気をその声にはらませ、ワーズワースの槍が俺に迫る。凄まじい連撃だ。タワーシールドの広い長方形の面でも、全ては防ぎきれない。軽く肘や肩を掠める豪槍に肝が冷える。だが、やられてばかりは趣味じゃねえ。



「甘いこと言ってんじゃねえよ、軍勢の用意も含めて戦争だろうが! 多数が卑怯だ? そんな錆び付いた騎士道精神ほざいてる暇があったら」



 三連続で放たれた槍の突きの一つを見極める。ぎりぎりの所を見極めて、ヘッドスリップでかわす。髪の毛数本が持っていかれたか?

 そのまま零コンマの差で踏み込んだ俺は、ワーズワースとの間合いを詰めた。槍の間合いから剣の間合い、いくらバックステップしてもこの技を無傷ではかわせまい!



「ちったあ頭使うんだったなあっ! 聖剣技 氷柱閃!」



 振り下ろしたバスタードソード+5の刃が真っ白な凍気に包まれた。氷系の攻撃呪文を発動させ、それを闘気で制御する俺の剣技の一つだ。

 全てを凍らせる青白い氷の華が鮮やかに闇夜を裂いた。ワーズワースが必死に黒マントに身を包み防御しようとするが、そんなの構いやしねえ!



「がっ...... くっ!」



 勿論、ただのマントではないんだろう。当然のことながら、高い物理防御力と対魔障壁を誇る逸品に違いない、それくらいは持っているはずだ。しかし、それでも防ぎきれる程、甘い技じゃあないぜ。鎧も当然着けてはいるようだが、無視だ無視。



 氷柱閃の一撃で後方に吹っ飛ばされたワーズワースを追う。まだ奴の体に白い氷片が絡み付いていた。このダメージが残るうちに、少しでも追加攻撃を狙った俺の出足は、しかし。



「なにっ!?」



 止められた。野郎、まさか俺の氷柱閃をかわせないと悟った瞬間に、呪文の詠唱を開始していたとは。しかも結構なダメージにもかかわらずに、しっかりと呪文を完成させてきた。

 その攻撃呪文、電撃槍(ライトニングジャベリン)が発動する。雷を束ねたような数本の電撃の切っ先に襲われ、たまらず俺もたたらを踏んだ。



 (相変わらずつええな)



 当たり前みたいな感想が胸の内に沸いた。そんなものは戦場では何の役にも立たない、一瞬で捨て去る。

 左にサイドステップを切る、その間にこちらも攻撃呪文を唱えて牽制だ。まだワーズワースは体勢を立て直したところ、一気に持っていくのは難しいにせよ、ここからあらん限りの攻撃呪文のコンボを当てていくぜ。



閃熱(ブレイズ)!」



 タワーシールドをずらす。空いた左手がボウ、と高熱で光り、俺はそのまま呪文を放った。

 閃熱(ブレイズ)による数本の熱線がワーズワース目掛けて飛んだ。赤い光が暗闇を駆逐し、視界を占めるのは切り裂かれた大地からの発火、耳に轟くのは草木の燃焼音。

 見る間に出来上がった中規模の火災の中に奴を叩きこんだ、だが、これ一発で沈むわけがない。当たったかどうかも確認せず、更にもう一発今度は別の呪文を唱える。



風斬(ウィンドスラッシュ)



 次に生じたのは不可視の風の刃だ。一発二発ではない、それが十数発も生まれ不規則な軌道を描いて飛ぶ。風の刃と聞くと大したことなさそうだが、一発一発がオークやゴブリンクラスの生き物なら瞬時に寸断する威力がある。

 燃え上がる草木は無残に切り裂かれて火の粉を散らし、風になぶられた炎は燃焼する刃となって更なる被害を呼んでいる。並の魔物ならここでお終いか。

 


 しかし、これでもワーズワースは倒せていないだろう、この程度の攻撃呪文で倒せるようなら苦労はしない。



「右か!」



 荒れ狂う火炎の中に目をこらした。俺の右斜め前の方へ突っ切る黒い影が見えた。やっぱりか、ワーズワース。お前がこの程度で倒れるわけないよな。

 俺が本気で追わなくてはならない程の瞬発力で、ワーズワースの黒い影が間合いを詰めてくる。少しはダメージはあるんだろうが、タフだな。

 ここで退いたら奴の思うツボ、やるなら接近戦と踏んで俺も前に出た。一撃じゃ駄目だ、何発も何発も重ねてダメージを与えない限り倒せる相手じゃない。



 夜明けが近いのか、東の空がうっすらと青みを帯びているのが見えた。



 秋の夜が明けようとしているのかと何故か場違いに思い、落ち葉がカサリと俺のブーツの下で砕ける。そんな音までも鋭敏になった俺の聴覚が拾った。

 目も耳も勘も思考も、全てが超高速で回転しているのが分かる、そうだそうでなければいけない、出なきゃこいつと戦う資格すらない。



 バスタードソード+5の刃が濡れたような光を放つ。



「やってくれる!」



「こっちの台詞だ!」



 肉薄するワーズワースが繰り出す槍、その一発一発が重く速い。

 何とか剣で弾く。しかし、タワーシールドが使えない右側を重点的に狙った攻撃がうざい。剣で二度三度と防御する、だがそれでも奴の槍がしつこく迫ってきた。何発目かの攻撃で防御が破られた、そして攻撃に攻撃を重ねたワーズワースの槍が俺の右腕を切り裂く。



「ちっ!」



 俺の唇から漏れる舌打ち、飛び散る赤い飛沫。暗い空に高々と散ったそれは思いの外、俺のダメージが深い証拠だ。

 だが傷の痛みより何より、ワーズワースの攻撃が更に鋭さを増すのが脅威だった。目で追えない速度にまで次々に槍が繰り出され、防御に徹した俺を削るようにちまちまダメージを与えてくる。

 勿論剣だけで防げる攻撃ではない、タワーシールドを奴の攻撃の隙間に捩込み槍の弾幕を受け止める。くそっ、シールドの上からでもお構いなしに叩きつけてきやがった。



「ずいぶん荒っぽいノックだな、いつから力技に傾きやがったよ!?」



 くそ、こいつこんなにパワーあったか。本当ならこれだけ単純な力押しなら盾で捌いて、相手に隙を作る。そのカウンターを取るんだが、あまりの力強さにその暇自体が無い。槍が盾を刻む。その度にこちらの体勢が崩されていく。くっそ、カウンターどころじゃないぞ、この連撃は!?



「アウズーラ様の仇、討たせてもらうぞ!」



 ワーズワースの怒号が聞こえた。やばい、と思いタワーシールドを支える左腕に力を込めて僅かに斜めに盾をずらす。果して奴の全力の一撃をかわすのに幾許かは役に立ったのだろうか。いや、そんなことを考える暇さえ無かった。



 俺の目が捉らえたのは、三割ほども割られたタワーシールドとその砕けた金属片、そして俺の左肩を貫いた槍の穂先だった。痛みというより衝撃が左肩から走り抜け、ドクドクと流れる血が俺の鎧から滴り落ちるのがはっきり見えた。



 一拍遅れて痛覚が正常に働き、脳が吹っ飛びそうな痛みが全身を走り抜ける。槍を引いたワーズワースに顎を蹴られた、と分かったのはその後、顔が土に叩きつけられてからだ。ぐらぐらと視界が揺れ、吐き気がするがこんなの慣れっ子だ。痛いなんて喚く暇があれば追撃を避けなくては。



 (あ? 追撃してこねえ?)



 必死で地面から体を起こしたが、もう一発くらいはきついのがくるのは覚悟していた。だが槍も呪文も襲ってこない。不審に思いながらも、痛む左肩をかばいながら距離を取る。ワーズワースは槍を構えたまま、俺に蹴りを入れた位置から動いていない。荒い息からその呼吸が乱れているのが分かった。



「てめえもブランク明けか。あの程度の連撃で息を切らすとはな」



 傷の痛みを紛らわせるための減らず口を叩きながら、俺は再び剣と盾を構える。くそ、やたら左腕のタワーシールドが重い。かなり割られて重量軽減しているのにな。それだけ左肩の傷が深いということか。おまけに右腕も切り裂かれている。何気にやばい。



「鈍い動きのせいでダメージを受けた貴様が言えるか、ウォルファート。子供の世話にかまけて鍛練を怠った報いだな」



「はっ、違いねえ......だけどな、ワーズワース。お前は誰か背負ってる奴がいんのか?」



「何?」



 正直に言おう。別に俺は、シュレンやエリーゼが命に換えても大事とまでは思っちゃいない。はっきりいって、責任感とほんの少しの喜びだけで子育ての不自由さをどうにかごまかしながらやり過ごしている。

 だから、ワーズワースに言った言葉を言うまではその場しのぎのつもりだった。せいぜいダメージから回復する為の時間稼ぎになればいい、くらいの気持ちだった。



「あいつらな、俺をパパって呼ぶんだぜ。実の親でもねえのにな」



 けれど。言葉を口にする度に、不思議と自分の中から力が沸いてくる。シュレンもエリーゼも本当の親の顔を知らない。いつかは俺が父親ではないことが分かる年になり、俺から離れていくだろう。両親のいない天涯孤独の二人を思うと胸が痛む。



 痛いよな。でもシュレンとエリーゼは、もっと痛いはずなんだ。



 けど心にあるのは、哀惜だけじゃないんだ。思いってのはもっと複雑だからな。感情が爆発した。ぎりりと歯を軋ませるような怒り、傷ついた体を突き動かすような激情が俺の喉からほとばしった。



「分かってんのか、ワーズワース......あいつらから親を奪ったのはてめえらだってことをさ! 大儀? 知るかそんなもん。てめえがアウズーラの仇討ちのために俺を殺そうってなら、俺はあの二人の為にてめえをぶっ殺す!!」



 何か言いたげなワーズワースの顔が一瞬見えたが、そんなことはどうでもいい。激情に駆られている、それは認めるさ。だが頭の片隅では、俺は自分のダメージの深さを冷静に量っていた。


 

 うん、動けない程じゃないな。だがこのまま消耗戦になればかなり不利だ。なら、切り札を切る余裕がある内にやらせてもらうか。



「黙って聞いていれば好き勝手を! 守るべき者なら私にもある!」



 怒りの声をあげたワーズワースが呪文の構えに入る。そうかい、今の手負いの俺の繰り出す攻撃なら、詠唱途中でもどうにか出来る自信があるのかい。おあいにくさまだが、俺の切り札はまだ貴様には見せていない奥の手だ。



 右手に握ったバスタードソード+5を青眼に構えて、念じた。朝が近いのだろうか。青みを帯び始めた空を背景にすっと伸びた剣は、その剣身に凜とした気配を纏う。頼もしいぜ、相棒。だから俺に力を貸してくれよな。



第二能力解放(セカンドオープンアビリティー)水乃領域(アクアフィールド)



 バスタードソード+5が、俺の命令に応えるかのようにボウッと淡く発光する。それが合図だったのか、俺の体内から、何かが微妙に震えるような感覚が沸き始めた。

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