勇者 vs 大魔王 2 そして
空気がひしゃげたような甲高い音が響く。それも一つではなく連続的に。
「っ! 貴様が勇者かっ!?」
「おう、ウォルファートだ。初めまして、そしてさよなら!」
素晴らしい速度で踏み込んだウォルファートの長剣が舞い、アウズーラの斧や槍と噛み合い、反対にアウズーラの剣はウォルファートのタワーシールドに食い込む。超絶という言葉すら生温い頂上決戦に誰もが固唾を飲んだ。
(やる! さすがは大魔王!)
不意打ちで振られた魔法杖をスウェーバックしてかわしながら、ウォルファートは舌打ちした。やはり一対一では向こうに分がある。だが、これはタイマンではない。解放軍対魔王軍の団体戦だ。
ウォルファートの狙い通り、勇者が大魔王を引き付けている間に解放軍の兵士は一息つけた。休憩を取り失った体力を回復した兵士は次々に戦線に復帰し、消耗著しい魔物に襲い掛かる。
ファイアードラゴンの鱗が切り裂かれ、その体色よりも赤い血にまみれて倒れる。
高位魔族のバルログが魔法による網で絡めとられ、地に伏したところに兵達の槍が殺到し留めを刺される。
大魔王の近衛騎士と称されるスペクターナイトの一団は、エルグレイの指揮下に置かれた魔術師達の一斉攻撃呪文で跡形もなく消滅させられていた。
「......おのれ、おのれえええ!! よくも私の部下どもをこうも無残にいい!!」
「へっ、てめえ勝手なこと言ってんじゃねえよ!? 今まで散々悪行やらかして人間を圧迫してきたくせによお!」
アウズーラの怒号と共に繰り出してきたノーモーションでの爆撃呪文を防御しながら、ウォルファートは笑った。
彼自身も凡そ十年に渡る勇者としての活動中に散々な目にあってきた。今更非道も卑怯も言われたとしても、痛くも痒くもない。
ただとにかく、この戦いを終わらせる。それだけが彼の望みだ。
攻撃呪文を受けた際に衝撃で少しアウズーラとの距離が空く。その間合いを埋めてアウズーラが殺到しようとしたが、それを阻んだのは周囲から襲い掛かる無数の炎塊だった。
一抱えもありそうな灼熱の火炎は青白く燃え盛り、それが十や二十どころではない数で大魔王に突き刺さる。2メートル程もあるアウズーラの体が業火に包まれ、さしもの大魔王も苦痛の呻き声を漏らした。当然だろう、超高温の蒼い爆炎に全身を焼かれれば無事で済む訳が無い。
「だから言ったでしょ。僕の出番もあってよかったね、と」
「ナイスだぜ、エルグレイ!」
不敵に笑う若い魔術師の放った、必殺の固有攻撃呪文"獄青炎"の破壊力。強力な魔法障壁を持つ大魔王といえども防御しきれずに、自然足は止まる。
そしてその足の止まりがウォルファートの次の一手を呼び込んだ。自分の周囲に召喚した武器残り八つのうち、六つを念で操作する。選ばれた武器は全て同じ造り、聖なる銀たるミスリルで鍛造されたショートソード。
その六本のショートソードが戦場に似つかわしくない静かな煌めきを、その50センチ程の刃から放つ。スウと音を立てながら六本の小剣は、火炎をようやく振り払ったアウズーラに向けた。
「白銀驟雨!」
ウォルファートの号令一下、獰猛な猟犬のように六本のショートソードが誰も手を触れていないのに、一直線に大魔王に向かって飛んだ。射出と形容するのが適切なくらいの高速で空中に銀の残光を残しながら。
そして、ウォルファートの攻撃はこれで終わらない。ためを必要とする高位の攻撃呪文をショートソードによる牽制の間に完成させる。
「固有呪文......聖十字」
アウズーラは焦っていた。
もはや多勢に無勢、いかに自分が大魔王を名乗る資格がある強大さを誇ろうと流石に一流の人間の兵士が集団で攻撃してくれば、かなりの神経をその迎撃に割かざるを得ない。
しかもそこに勇者が参戦したのだ。自分には劣るとしても、近い実力を持つウォルファートの相手は万全の状態で無ければ辛い。
だが。
だがそれでもだ。
もう少し粘れると思っていたが、どうもそろそろ限界のようだった。
あの忌ま忌ましい魔術師の攻撃呪文に機動力を奪われ、足が止まった。そこを勇者の放った六本の小剣に攻撃された。四本は叩き落としたが、二本は浅くではあるものの、それぞれ右脇腹と左腕の一本を切り裂き大魔王の血を流した。 そして間髪入れず真正面から浴びせられた聖属性の白い光は、巨大な十字架となってアウズーラの対魔法障壁を貫き、容赦なくダメージを与える。
(ちぃ、ここまでか!? だがせめて一太刀!)
もうこの戦いは負けだ、そう覚悟したアウズーラは剣を除いた全ての武器を捨てた。ガシャリと音を立てて斧、槍、魔法杖が地面に落ちる。いずれも高位の魔力付与を施した名品だ、しかし全てを使いこなすだけの余裕が無くなっていた。
ザッと音を立ててウォルファートが間合いを詰めた、こちらもシールドを捨てた二刀流だ。最後の一本だけは、背中の鞘に直接納めている。
(直接攻撃か、望むところ!)
愛用の黒い闘気を帯びた魔剣を、四本腕のうち二本で握りしめたアウズーラも間合いを詰めた。残った魔力の内、かなりの割合を剣に注ぎ込み闘気を漆黒の刃に変えているため、もはや剣全体が巨大化し刃渡り3メートル近い大剣となっていた。
物質化と呼ばれるスキルだ。元が闘気のため重さの影響も受けない。
「シッ!」
しかしその大魔王の黒い大剣を前にしても、勇者の気迫は衰えなかった。右手に先程から振るっていた長剣、左手には刀と呼ばれる緩やかに曲がった片刃剣を握り一気に迫る。
互いの武器を振るえば当たるだろうというその瞬間、ウォルファートはニヤリと笑った。その白銀の髪が逆立ち、狼を思わせる剽悍さをまとう。
「能力解放、超加速!」
--その瞬間、アウズーラの視界からウォルファートが消えた。
(馬鹿なっ!? この私が見失うなどありえない!)
驚愕に目を見張りながらも、振り下ろした漆黒の大剣は止まらない。文字通り大地を両断した一撃はしかし、ウォルファートの影すら捉えていなかった。
「遅えっ!」
背後からの声と共に、アウズーラの背中に強烈な一撃が叩きこまれる。超加速で一瞬にして背中を取ったウォルファートが、その右手の長剣を一閃させたのだ。確かな手応え、それと共に噴出する血液。
冒険中盤で入手したバスタードソード+5。最強クラスの武器ではないが重量バランスが気に入りずっと愛用してきた。何より、短時間ではあるが爆発的な力を引き出してくれる能力解放を備えているのが魅力だ。
「はあああああっ!!」
そして剣閃の勢いのまま、右手をバスタードソード+5から放し間髪入れずに左手の刀で左から右に真横にぶった切る。ミスリルとオリハルコンの合金を鍛えられた刃は、かわそうと身を捻りかけた大魔王の左腰の辺りを深々と切り裂き、魔族の特徴である青い血を宙に舞わせた。
ガフッと鈍い音がアウズーラの口から吐き出される。内臓をしたたかに傷つけられたのだろう、剣と刀の傷のみならずその口からも青い血の華が咲く。
「......がああああっ!!」
だが、吠えた。誇りも気品もかなぐり捨てて、アウズーラが吠えた。空気を引き裂くような大音響に一瞬すくんだウォルファートに、手負いの大魔王の攻撃呪文が放たれる。牙さえなければ人間とほぼ変わらない秀麗な顔を歪めて、アウズーラが最後の反撃を試みた。
「消し飛べ、勇者あああ!!」
満身創痍の体を押した。長い爪の先から生み出された荒れ狂う紫電の奔流、紫竜咆哮がもし体力、魔力が十分ならば、まさに必殺の呪文となりえただろうが......
「キレも威力も落ちてんだよ!!」
攻勢にテンションが上がった今のウォルファートには、それは十分防ぎうる一撃でしかなかった。
身を捻りながら刀を斜め上から走らせて、電撃の奔流を叩き切る。そのまま刀も手放して、背中から最後の武器を抜き放った。
魔払いの二つ名を銘に持つ特別処理を施したロングソード+8。その切れ味たるや、鉄の塊ですらりんごのように容易に割ることが可能だ。
ウォルファートが右手にかざした魔払いの切っ先をアウズーラに向けるのと、左手に火炎系の攻撃呪文を呼び出すのは同時。かなりダメージを与えた今、呪文を放ち硬直状態にある大魔王に止めを刺す好機と見た。
「こいつで」
轟! と音を立てる左手に呼び出した炎は、基本的な火炎球を数発分。使い勝手がいいこの攻撃呪文を--
「フィニッシュだ!!」
ウォルファートは、右手の魔払いで繰り出した神速の突きの嵐と共にアウズーラへ叩きつけた。
火炎球が至近距離でアウズーラに炸裂する。爆風で四散した火炎は鋭い刃となって魔法障壁を削り、流血が止まらないアウズーラを追い詰め、更にそれでは終わらなかった。
神速で次々に胴体にぶち込まれた魔払いの刃は炎の熱まで帯び、灼熱のラッシュとなる。文字通り目にも止まらない連撃、それがアウズーラのガードを崩す。重く鋭く熱い衝撃がこれほどまでに重なれば、さしもの大魔王もたまらない。
鎧も、皮膚も、筋肉も、骨も引き裂かれずたずたのぼろ雑巾のようになったアウズーラが大地に伏した時、既にその目に光りはなく。
ただそこには十年の歳月をこの日の為に捧げた勇者の雄姿と、黄泉への旅路を歩み始めた大魔王の死体があるだけだった。
******
(俺は何故こんなところにいるんだ)
ウォルファートは考えた。だが、考えて分かるようなことなら苦労はしない。鎧も武器も解除し、麻で編まれた普段着の彼はどこにでもいる30手前の男に過ぎない。
さほど広くはない木造家屋の一室、建てられてから長年経過したと思われる壁や床は独特の匂いがある。けして不快ではないそれは、ある意味、ここで生活してきた人間の温もりとも言えようか。
だが何よりもウォルファートが畏れるのは、椅子に腰掛けボーッと待つ彼の眼前の扉の向こう。さっきから獣の唸り声かと勘違いしそうなほどの若い女の絶叫と、それを必死でなだめるやや年配の女の声がそこから聞こえてくる。
「っひいいいい、あぁあぉあ......おごぇええあひぃっ!! も、もうダメ、死ぬ死ぬ死ぬうううう!!」
「頑張るんだよ、ほら、あんたが頑張って死んだ亭主の墓に赤ちゃん連れてってやるんだろうが! もう一丁きばりな!」
誰か教えてくれないか、とウォルファートは呟いた。
何故大魔王を倒した自分が、妻でもない女の出産につきあわされているのかを。
******
話は五日前に遡る。
あのスーザリアン平原の最終決戦で大魔王アウズーラを倒し、魔王軍を事実上壊滅させたウォルファートと解放軍は意気揚々と戦場を後にした。当然である。凡そ十五年に渡りこの世界に恐怖を撒き散らしてきた魔王軍の首領を討ち取ったのだ。これで喜びが爆発しなければ、人としての感情があるかどうか怪しい。
だが、魔王軍の溜め込んでいた財宝を回収し、ひとしきり酒をかわしたところでウォルファートは気がついた。盛り上がるのは大事な宿題を片付けた後にすべきだと。
「おい、お前らちょっと待て。盛り上がるのは戦死者の遺体を回収して丁寧に弔ってからだ。一緒に戦った仲間だ、最後のお別れくらいきっちりやろうぜ」
酒杯をその右手から離して、ウォルファートはいい感じに酔っ払った兵士達に呼び掛けた。良い台詞だが、左手は明らかに水商売と分かる女の腰に回されているのが威厳を台なしにしている。
だが兵士達に異論はない。自分達だって一歩間違えたらあの世行きだったのだ。他人の不幸を弔う程度の義侠心は持ち合わせていた。
「もっと早く気づくべきでは?」と、エルグレイがため息をついたことには幸いなことに誰も気づかなかった。
全員総出で戦場から遺体を回収し、個人名を確認する。残念ながら確認不能なほど損壊が酷い遺体は、一箇所に集め火葬に伏した。残酷なようだがこれが当たり前の時代だ、死ねばそれまでと考える人間の方が多い。
幸いにして個人名が判明した兵士の遺族には、手分けして生き残った兵士が形見(多くの場合、装備の一部だが)とその遺体の一部を持って戦死の報告を行った。気が重い仕事だと誰もが思っていたが、これをしなければ浮かばれない者達が大勢いるのだから逃げられない。
皆、誰かの父か母か、夫か妻か、息子か娘か、兄弟姉妹なのだから。
「やりきれねえな、おい」
「仕方ありませんよ。戦闘に犠牲はつきものです」
珍しく沈んだ様子のウォルファートに、わざとエルグレイは冷徹な事実を突き付けた。本当はウォルファートも分かっている。十年間も戦ってきた勇者だ。戦争とは結局、死者を生み生者を悲しませるものだということくらい身に染みて知っていた。
(けど、理屈じゃ割り切れねえんだよな。感情ってやつは......)
自らも戦死者の遺族を訪ね、頭を下げるウォルファートが煽る酒はいつもと違う苦さを舌に伝える。黙ってそれを干すしか出来ない勇者の背中がそこにある。
「そうですか、あの人が......わざわざ知らせていただきありがとうございました」
「立派な最後でした。シューバーらしい」
大きなお腹を抱えて、気丈にも涙をこらえて礼を言う女にウォルファートは答えた。アウズーラに切り捨てられたレベル40超の剣士の妻(名前をエイダと言う)に自ら足を運んで夫の死を告げたのは、やはり別動隊には特別に思い入れがあるからである。
(確かもうすぐ臨月とか言ってたか)
死んだ剣士のシューバーとはプライベートでも多少付き合いがあった。もうすぐ俺も父親ですよ、と嬉しそうに話していた顔が思い浮かび、ウォルファートは気がくじけそうになる。
二十代半ばに見えるエイダは思っていたより平静だが、ショックを受けているのは間違いない。この最後の戦いが終われば、生まれてくるであろう子供と一緒に平和な世の中を歩めると希望に胸膨らませながら、夫の帰りを待っていたのだろうから。
どこか虚ろな目で無意識に膨らんだ腹を撫でるエイダにいたたまれない気持ちが沸き、ウォルファートは卑怯と思いつつも目を逸らした。その逸らした先にも赤子向けと思われる小さな玩具があり、更に気を重くする。
「まあ、何かあったら頼ってもらっていいよ。いい子が生まれるよう願っている」
どうしようもなく不器用な言葉しかかけられなかった勇者は、自分の連絡先と少しばかり色をつけた遺族への手当をエイダに渡し、逃げるようにその場を去った。その言葉が彼に思わぬ未来を運んでくるなど、この時点では知りようも無かった。
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(ああ、確かに頼っていいと言ったさ)
悲鳴と絶叫、そして時折扉から漏れる啜り泣き。これが出産現場か、まるで修羅場だ。
(だがそりゃ言葉のあやってやつだ、生まれてきた子供に、たまに玩具くらい買ってやってもいいくらいの意味で言ったのに)
夫の死のショックからか、今朝方いきなり産気付いたエイダは、必死で隣人を呼んで頼んだ。
「勇者様を呼んで」と。その手に握りしめた連絡先がウォルファートの運の尽き。
気がつけば、彼は必死の形相の隣人にお産の現場に引きずり出され、無理矢理椅子に座らされている。待つこと実に7時間、いい加減疲れた。神経も擦り減った。しんどい。
(ほんとなら今日はだらだらして休むつもりだったのによ......何が悲しくてこんな場所にいるんだよ)
元々勤勉とは言えないウォルファートだ、勇者を無理してやってきたが大魔王も倒れた今、その反動かとにかくだるい。戦死者の弔いが終わったら、何にもせずダラダラ酒飲んでチャラチャラ女の子と遊んでノンビリと引きこもりたい、と心底願っていたのに。
「やってらんねえ! 俺もう帰る、帰るぞおお!」
「おんぎゃあああ!!」
忍耐力を使い果たしたウォルファートが椅子から立ち上がった時だった。つんざくような叫び声が扉の中から響き、出産を手伝っていた女の一人が部屋から飛び出してきた。
「ほら、中に入って! 元気な双子の赤ちゃんだよ!」
あらがう暇もない。「え、いいよ。俺もう帰るし」とぽつりと反抗してみたが頭を一発どつかれ、部屋に引きずりこまれるウォルファート。勇者のはずだがその重みはまるでない。
ベッドに寝かされた息も絶え絶えのエイダが見えた。白い布で出来た服を着せられて、全力疾走でもしたかのように荒い呼吸をしている。そしてそのすぐ横にはなんだかほぎゃあほぎゃあと泣いている小さな生き物......それが二匹、いや二人いる。
「あー、あれがエイダの赤ちゃん? 双子なんだ」
「ちょっと、勇者様! 少しは喜んでくださいよ! せっかくの出産なんですよ!?」
「いや、でもほら俺の子でもねえし......」
感動らしき物をまるで見せずにボーッとするウォルファートに、思わず女の一人が噛み付く。それでもウォルファートの様子は変わらない。彼の頭にあるのは"とにかくだるい、早く帰りたい"だけだ。
そんななんとも締まらない雰囲気に包まれた現場の雰囲気が--いきなり一変する。
ガッ! と荒い息を仰向けのまま漏らしたエイダが目を剥く。舌が口から飛び出し、目がぐりんと回転した。はっ、と気づいた出産に立ちあった女達が慌ててエイダに近寄る。不気味に紫色に染まった顔、細い腕に浮いた血管、異様に大量に吹き出た首もとの汗、どれを見てもまずい事態だ。
「おい、なんだなんだってんだ!?」
この事態に慌てたウォルファートが女の一人を捕まえる。「お産時の出血が多過ぎたんですよ! まずいです!」とその女は叫び、のたうつエイダの横に寝かされた生まれたばかりの双子の赤ん坊を抱き上げて、ウォルファートに押し付けた。
びびるウォルファートの手にかかる小さな二人分の重さ。白い綿の布で包まれた人の形をした生き物はぐにゃりと柔らかく、一握りで潰してしまいそうだと罰当たりこの上ない感想を抱いたのも束の間......
「今からエイダの手当てするので、勇者様は赤ちゃん達抱いて廊下に出て! ほら、早く!!」
「えええ!? いや、だって俺むかんけ......すいません、出ています」
迫力負けしてすごすごと廊下に出るウォルファート。その背後では不気味なうめき声をあげ苦しむエイダと必死で手当しようとする女達の叫び声が響く。そして彼の腕には、何故かぎゃあぎゃあと泣き声をあげる未知の生き物が二人。
(何の悪い冗談だよ。なあ、俺が何か悪いことしたか?)
聞こえないはずの勇者のぼやきに赤ん坊二人が元気な泣き声で合いの手を入れた。
「ふぉああああああーあああー!!」
「うるせえぞ、おい!」
思わず怒鳴るウォルファート。だが彼は知らない。これが果てしない育児坂の開始だということを。