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長旅ってのはしんどいもんさ

 背後から迫る相手の気配を感じた。俺は振り返りもせずに、左手の木刀を後ろに叩きつけた。全力ではない、五分程度の手を抜きすぎない一撃は、相手の木刀を受け止め更に押す。



「今の一撃でも!?」



「バレバレなんだよ、隙だらけだ」



 驚く相手を尻目に、正面からの別の相手の攻撃に備える。果敢なその一撃を身を捻りかわす。やる気があるのは結構だし、それなりに鍛えているのは分かるが俺には通用しない。

 そのままがら空きの相手の肩に、軽く右手の木刀で一撃いれると、呻き声をあげながら彼は地面に転がった。



 その間に意識は背後に。瞬間瞬間の動作を切らずに連続的に繋ぎ、今の一撃を引く。同時に、背後の相手に左手で軽く牽制の突き、相手が怯んだ時には既にターンして踏み込んだ俺の右手の木刀が、相手の左脇腹に食い込んでいた。



「ご......ごほっ、参りました」



「はい、ごくろーさん。ちっとは頑張ったな」



 朝露がまだ消えない草の上で、降参の意を両手を挙げて示す二人の兵士に声をかけた。旅の途中、せっかくだから勇者の俺に稽古をつけてほしい、と望む護衛の兵達の期待に応えてやった結果だ。

 リールの町を出てから既に三十日近くが経過するが、毎朝毎朝我ながらようやるわ。



「さすがですね、ウォルファート様.....僕達が二人がかり、しかも本気でも掠りもしないなんて」



「せめてこの旅が終わるまでには、一太刀入れたいなあ」



 朝稽古を見ていた他の兵士達がざわめく。これもいつもの光景だ。隊長のラウリオが黙って腕組みしているが、その表情は真剣ながらもどこか柔らかい。他の兵士達とは一味違うのを、俺は知っている。



「よう、 ラウリオ。締めだ、やるぞ」



「はっ」



 俺の呼びかけに答えながら、ラウリオが前に進み出る。さすがレベル30近いだけあるな。稽古用の木刀とはいえ、剣の構えも気迫も堂にいったもんだ。

 真剣ではないとはいえ、本気の稽古は身が引き締まる。ブランクの錆びを落とすには悪くない。



 だらりと一見だらしなく両腕を下げ、二本の木刀の剣先をぶらぶらさせているのが俺の構え。

 だが、ラウリオもむやみには踏み込まない。散々俺のこの構えからの不意の一撃でやられてるからな、用心するのは賢明だ。



 (けどなあ、待ってばっかりじゃあな。俺に一太刀いれるなんて、夢のまた夢さ)



 じり、とすり足で間合いを詰める俺。



 それを円を描くように、外そうとするラウリオ。



 その噛み合いそうで噛み合わない見えない攻防は、いきなりラウリオが突進に切り替えた時に変わる。

 静から動、横の動きから前後の動き。いい動きだ。大抵の剣士ならば、この一撃はかわせないだろう。相当鍛えこんでいるのか、足のバネも申し分ない。



「ほらよっと」



 ま、それでも俺の反射神経には遠く及ばず、あっさり振り上げた右の一撃で、ラウリオの全身全霊を込めた縦切りを防ぐんだけどね。




******




「いててて......」



「ラウリオさん、大丈夫ですかー?」



 俺に軽く叩かれた左腕を時折押さえる馬上のラウリオに、アイラが声をかける。今は前の馬車にアニーと双子、後ろの馬車に俺とアイラだ。

 双子の機嫌が悪いのか時折前の馬車から「きらいー!」「おーそーとー!」と騒ぐ声が聞こえてくる。アニーがなだめる声は掻き消されがちだ。ああ、次俺の番か。ゾッとするなあ。



「手加減していただいていても、これですからね、鎖帷子の上から木刀でこのダメージ......やっぱり勇者様なんだなあ、と痛感しますよ」



「文字通り痛く感じたかい。いや、でもいい腕してるよ。鍛えたらもっと伸びそうだよな」



「ありがとうございます。勇者様には永遠に届きそうもありませんが、精進します」



 俺達の馬車に並走しながら、ラウリオが神妙に頭を下げる。主の動きに合わせるように、彼が乗る鹿毛の馬がお辞儀のように頭を下げ、そしてすぐ元のだく足に戻った。平和だ。実に。



「まあ、レベル70後半まで上がるのが普通はありえねえ話だし。比較自体がどうかしてるぜ」



 その平和をもたらした俺はラウリオに答えながら、馬車の窓から視線を後ろに投げた。

 後方に霧をうっすらと纏ったカラカイオ山の威容がそびえる。あの山にはあんまいい思い出がないからなあ、正直遠ざかってくれてホッとするよ。



 (けど、なんか妙な感じなんだよなあ)



 首を捻りながら、俺は馬車の座席に座り直す。ラウリオとアイラが何やら話しているが、それを無視してここ三日間感じている微妙な違和感の正体を考えた。



 カラカイオ山の裾野を離れた頃から一日に数回、その違和感は俺に訴えかけてきた。兵士に護衛されながら、シュレンを抱っこして川の浅瀬で汚れ物を換えている時にも感じたし、夕方むずかるエリーゼと一緒に兵士から借りた馬に乗ってあやしている時にも感じた。



 それは肌がちくちくするような感覚。せいぜい数秒しか持続しない。けれども、密集した木の茂みの中や、岩陰から覗きこむような不愉快な、そう、まるで視線に近い気配を感じるんだ。



「ラウリオさん、強いんですよね。護衛兵の隊長されるくらいですもの」



「そう面と向かって言われると照れますが。まあ弱くはないかと。全く勇者様には敵いませんけれどね」



 俺の聴覚は、アイラとラウリオの雑談を拾ってはいる。だが完全に意識はその外側、俺達一行を中心とした半径50メートルの円の円周付近に飛ばしていた。

 あの違和感の正体が気になる以上、警戒は怠れない。護衛兵達が目で索敵しているので過度に心配はしていないが、時折こうして自分でも注意を払っている。



 今は木の密度が浅い林を通り抜けているところだ。もし何者かが俺達を追跡しているならば、隠れていてもおかしくはない、そんな場所。木の葉が揺れ、小動物が走り、虫が草を揺らす。そんな普通の気配が重なる空間を、ゆっくり丁寧に俺の意識が這う。



 (? いや、気のせいか)



 ほんの一秒かそこら、あの違和感を感じた気がした。だが時間が短か過ぎてはっきりとはせず、自分の気の迷いかもしれないと思い直す。正体がはっきりしないため何だかモヤモヤして気分が悪いが、どうしようもない。



「ウォルファート様、お茶飲みますか?」



「ありがとう」



 向かいのアイラが気を使って差し出してくれた水筒を、俺は受け取った。あんまり神経質になるのも考えものだな、長旅だから気が張ることもあるさ、と自分をなだめる。

 お茶を飲みながら窓の外を見た。大丈夫だ、何も無い。




******




 何だかその日はおかしかった。普段暴れないシュレンが何が気に入らないのか、イヤダイヤダを連発し、泣き止まない時間がやたらと長かった。エリーゼはエリーゼでそんなシュレンに引きずられるように不機嫌で、特に理由もないのにわあわあ泣いて大人を困らせた。おまけに腹が立ったのか、シュレンをぶつ始末だ。

 そりゃ二歳四ヶ月の幼児の力でぶったところでしれているが、頭をぶたれたシュレンは更に泣き声を強める。それが馬車の外に響くこと響くこと。



「も、もう駄目だ。誰か代わってくれ......」



「分かりました、頑張り......ます」



 ヘロヘロの俺にアイラが覚悟を決めた顔で頷く。もう今は、誰でもいいから助けて欲しかった。馬車内でも遊べる玩具も通じず、笑わせてやろうと面白い声真似をしても、いっこうに双子の機嫌は直らない。

 


 挙げ句の果てには「きらいー!」を連発するようになり、子供相手だからと我慢していた俺もついにはキレそうになったところで、交代を希望したという次第だ。くそ、こんなに頑張ってるというのに。



「大丈夫ですか、ウォルファート様。凄いですね、今日の泣きっぷりは」



「ああ。何が原因かわからないけど疲れた......やべえ、こういうの経験すると子育てってきついなと思うわ」



 ぐったりした俺にアニーが話しかけてきた。こいつはこいつで先に泣き声の洗礼を浴びたせいでどんよりしている。旅慣れていないアニーに長時間馬車に乗る日が続いたのはきついというのもあるだろう、全体的に覇気が無い。



「旅疲れがあいつらにも出てんじゃねえか?大人の俺達だってうんざりしてきてるんだ、思い切り外に出て遊びたいのに出来ないってのはやっぱりまずいだろ」



「そうかもですね。もう30日になりますもの、リールの町出てから」



 額に手を当てながらアニーが俺に答えた。心なしか顔色が悪いなと思ったら急に口元を手で押さえた。「うっ、ちょっと」とだけ言ったまま馬車の中でうずくまったので慌てて俺は馬車の御者に「止めろ!」と叫んだ。



 馬車が止まる。急に脚を止められた馬が不満を漏らすようにいななくのを聞きながら、俺はアニーを抱えるようにして馬車から急いでおりた。護衛の兵士達が慌てて馬を動かし道を作る。



「おい、大丈夫か!? きついなら吐け、背中さすってやる」



「うっげ......さすがに無理」



 首を横に振り、アニーは俺から無理矢理離れる。なるほど、年頃の娘として自分が吐く姿を見られたくはないのだろう。荒っぽい戦場で生きてきた俺にはそういう心使いが足りないようだ。



「向こう行っておくよ」



 一言言い残して俺はアニーから離れる。草むらに飛び込むようにしゃがみこんだアニーの背中が見えたが、とりあえず気が済むまで吐いた方が良さそうだ。とりあえず見ないふりだけして何事かと駆け寄る兵士達を手を振って追い返した。



 (どうするかねえ)



 双子はまだ泣き止まないし、アニーは体調不良だ。こりゃ一日二日完全に休養した方がいいかもしれない。多少道草は食うかもだが女子供がいてここまで休養日も無しに進めたことが凄いのだ。

 待った無しだよな、特にアニーが心配だ。疲労が溜まった体だと普段は大丈夫な食べ物でも食あたりを起こすことがあるから、それかもしれないし山や森を抜ける際に寒暖差があったせいで風邪を引いた可能性もある。双子に感染したらやばいな。



「ラウリオ、すまん。今日は予定通り進むのは無理だ。最寄りの村に着いたら休もう」



 俺のただならぬ様子に近寄ってきたラウリオにそう頼む。こいつも顔が曇っている。どうもまずいなとは思っていたらしい。



「アニーさん、かなり体力的にやられているかもですね。シュレンちゃんもエリーゼちゃんも鬱憤溜まっているのかも......分かりました。少し休みましょう。野宿は無理なので今日はとりあえず近くの村まで」



「ああ、とにかくベッドがありゃいいよ。双子も何だか可哀相だしな」



 俺の声が聞こえたわけじゃなかろうが「ウワアアアン!」という大きな泣き声が響く。火のついたような声を上げているのはエリーゼだ。シュレンの泣き癖が乗り移ったかのような盛大な声にあやしてやろうと近寄りかけた兵の一人がドン引きしている。



「やばいな、こりゃ」



 旅程も大半をこなしたというのにハプニングか。すんなり行きそうもない。アニーが頭をかきながらふらふらと立ち上がり、こちらに歩こうとする。彼女を支えに走る俺の頭からは、あの奇妙な気配のことなんか。



 さっぱり抜けていたんだ。




******




 結局、その日はそれから一時間ほどのろのろ進んだところが限界だった。まだ日は高かったが、疲労と倦怠感に包まれた俺達は喜んで馬車と馬を止める。ちょっとした小山、いやむしろ起伏のある丘の方が適当か、に張り付くように佇むちっちゃい村が見えた時には、心底ほっとしたもんだ。



 ラウリオが村の長らしき老人に訳を話し宿を紹介してもらう。十数軒しか家がないちびっこい村だ。俺達のような総勢十五人(うち二人は幼児だが)を泊められるような宿はなく、ラウリオ達はやむなく村の空地を借りての野宿となってしまった。さすがの俺も「わりい」としか言えない。



「気にしないで下さい、我々はウォルファート・オルレアン公爵の護衛です。御一行の快適な宿泊の為の野宿なら本望」



 最敬礼で俺に答えるラウリオには、ほんと頭が上がらないぜ。そしてラウリオの背後では残る九人もぴしっと踵を揃えている。ありがたいことだ。



「じゃあ頼むわ。宿の周囲の警戒は任せた」



「お任せを!」



 俺に即答してから、ラウリオはテキパキと野宿の指示を始めた。王都からの兵士など滅多に見たこともない村人達だが、結構協力的なようなので過度に心配しなくても良さそうだ。



 (あー、安心したらなんか疲れたな......けどシュレンとエリーゼの面倒見なきゃ)



 だいぶ慣れてきたけど、やっぱり自分が疲れている時に子供の面倒見るのはぐったりするなあ。世のお父さんお母さん、お疲れ様です......











「ちっくしょお! いつになったら寝るんだよ!?」



「勇者様、落ち着いて!」



「これが落ち着いてられっかよ! もう三時間だぞ!」



 最悪だった。馬車に揺られて昼寝が浅い日が続いていたのもあるのだろうか。今までの睡眠不足と思うように遊べなかったストレスが、宿に着いた途端に爆発したかのようだった。

 シュレンは食べ物を放りだし、エリーゼもわざと皿をひっくり返す。ああ、まあそれだけなら俺も我慢出来たさ。伊達に二年間も親やってねえ。



 しかしだ。苦労しつつも無理矢理晩飯を食わせて寝かせようとしたが、こいつら全然寝ない。俺とアイラが双子を一人ずつ寝かせようと抱っこしてみたり、子守唄を歌ってみたり色々してみたが、泣きわめきこそしないもののグズグズ言う。更に少しでも離れるとヤダヤダと言う。

 


 それが三時間だ、いい加減堪忍袋の尾も切れるというものだ。



 そしてこんな時にこそ刺々しい雰囲気の緩和剤になってくれるアニーは宿に着いた途端、完全にダウンしてしまった。疲労から来る風邪だろうと、多少薬の知識がある村人が診断してくれた。しかし、こういう場合は特効薬は無い、もう寝るしかない。

 悪性の流行り病でなかったことを幸運と思うことにするが......ムードメーカーのあいつが不在の状態で、不機嫌極まりない双子の相手は本当にきつい。



「駄目だ、このままじゃ共倒れだ。アイラ、お前一息入れて来い。短時間だけなら俺が二人見てやる」



「えっ、でもそれじゃ勇者様が!」



 渋るアイラを無理に休憩させる。よく見たらアイラも疲労の色が濃い。そういえば、今日一番双子と接していたのは彼女だった。かなり神経を擦り減らしたのだろう。



「「ママーママー!」」



「ほら、俺がいるだろ大丈夫大丈夫」



 アイラが去った途端、二人で同じ単語を並べて泣く双子を俺は必死であやすことにした。もう神経は焼き切れそう、しかし作り笑いを顔に浮かべて相手をする俺を誰か褒めてくれ。



「ほらシュレン、エリーゼ、パパだってお前ら大切にしてるんだぞー、だからいい加減寝てくれー」



 あ、駄目だ。俺の声へたってる。









 結局、その日は本当に深夜まで二人を寝かせるのに時間を費やした。

 俺もアイラも疲れきり、双子が寝るとほとんど口もきかずにぐったりとしていた。正直自分がどんな風に自分の寝室に戻ったのか覚えちゃいない。この旅が終わるまでは、乳母のアイラは夜泣きは一人で見る覚悟らしい。今は双子の隣で寝ている。

 そして俺はその言葉に甘えるしか無かった。もう無理だ。





 (......ん)



 眠っていた、と自分が気づくのは、眠りから覚めたその瞬間。時間ははっきりしない、まだ夜明けではないらしい、ということくらいしか分からない。

 かかっていた毛布をゆっくりどける。それからまた寝ようか、と思いながらもその誘惑を退け、夜着を通常の服に着替える。



 あまりに夜泣きに付き合っていたせいか、神経が高ぶって眠りが浅いのかと欠伸を一つ。静かに自室のドアを閉め、そのままスッと宿を出る。板張りの廊下を音も無く歩くくらいは造作も無い。



 (気分転換してくるか。果物くらい採取出来るだろ)



 村の周囲に林や森は無かったが、ぽつぽつ木が密集している箇所はある。少しくらいは野生の果物でも取って帰って、皆に分けてやりたいと殊勝に考えたのが半分。

 もう半分は、高ぶった神経の鎮静の為に少し一人になりたかった。自室だと双子が泣けば聞こえてくる、言葉は悪いが逃げ出したかった。



 野宿組のラウリオ達は、交替で番をしているらしい。俺に気づいた兵が手を挙げたので、小声で「ちょい出てくる」と答え、ぷらぷらと村の外に歩き始めた。



 微かに差し込む白い月光が俺の後ろにはかない影を作り、背の高い草の影がそれと重なる。



 涼しいというよりはむしろ、寒いに近い感覚。ポケットに突っ込んだ手がかじかまないよう、指先を動かしながら歩き、一つため息。



「上手くいかない日ってか」



 シュレンもエリーゼも別に悪くない。子供がこれだけ長期間馬車の旅を強いられていれば、ストレスだって溜まるだろう。

 むしろ大人の都合で振り回しているのだから、あいつらには悪いことをしているのかも、とちょっと反省。いや、正直いえばそれでもあれだけ泣かれると腹は立つんたが。



 アニーは自分から"王都について行きたい"と言ったから、まあ自業自得と言えなくはないな。体調さえ戻れば大丈夫だ、もう十九歳なんだし。



 (そういや、俺が十九歳の時ってまだ駆け出し勇者だったな)



 ぽつりとそんなことを考えながら、巨岩が数個ぽんぽんと置かれた開けた場所に着いた。

 廃れた石切り場なのだろうか、微かに轍の後が土に残っている。いい加減頭も冷えてきた。残念ながら果物は見つからなかったけれど帰るか、と石の一つにタッチして振り返った時。



 殺気。戦闘状態に切り替わる俺の意識。数秒遅れで闇夜を揺らしたのは夜風ではない別の何か。



「久しぶりと言うべきかな、勇者」



 聞き覚えのある声に反射的に振り向く。ここ数日たまに感じた違和感......いや、気配を先程の殺気と重ねる。

 そして視覚が反応する。全体の風景の中から、俺の注意力は20歩程離れた場所に立つ人物だけに注がれた。



 斜めに差し込む月光が、背の高い男の姿を浮かび上がらせている。

 俺より僅かに背が高いそいつのすらりとした黒いシルエット、まるで闇夜の一部を切り取ったかのようだ。

 夜風に吹き流された黒い長髪の隙間から覗くのは緑色の双眼。肉食獣を思わせる、やや釣り上がった獰猛な目つきだ。その横に覗く尖んがった耳は、人間では無い証拠。



「はっ、まさかとは思ったけどお前かよ。まだこの大陸にいたとはなあ」



 忘れるわけが無い顔だ。かって、カラカイオ山中で俺に苦渋を舐めさせ、しかも何度もそのあとも刃を交えた。ある意味一回しか顔を合わせなかったアウズーラより、印象も因縁も深い相手。



 ここ数日の妙な違和感と目の前の男の姿がリンクする、ああ、そうか。

 こいつの気配か。なら納得だ。魔族の長たるアウズーラの副官をも努めたこいつの気配だ、はっきり思い出したぜ。



「お久しぶり、"殲滅騎士"ワーズワース。こそこそと後をつけてまで俺に会いたかったとは、光栄だなあ」



「減らず口はそこまでにしておけ、ウォルファート」



 俺の軽妙な揶揄、それに魔族の男は刺々しい声で答える。相変わらずこいつは冗談の通じない奴だな。そんな俺の評価など知る由もない男--ワーズワースは、その緑色の瞳を憎々しげに細めて俺を睨んだ。

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