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子連れの旅路ですよ

 王都へ行くといっても、ちょっと隣の町へというわけじゃない。

 そりゃもう一大遠征だ、と呼べる程度の距離を移動する必要があるんだ。具体的にどれくらいかって? そうだなあ、それを話す前に俺が十年かけずりまわって魔王軍から土地を奪い返したこの辺りの地図を、ざっくり話した方が分かりやすいよなあ。



 ものすっごくラフに言うと俺達が住むこの大陸は海に囲まれたでっかい菱型をしてる、らしい。

 いや、俺もこの目で見たわけじゃない。買った地図を見ただけだから、伝聞なんだけど。要は島なんだそうだ。でかすぎて島ってイメージしづらいけどな。



 その右の端っこ、つまり一番東側からは別の大陸が水平線に見えるのだけど、今まで行く必要もないから海を渡った人間はいないって話だ。あっち側も興味が無いのか人が来たことはないんだとさ。



 菱型の一辺を馬の脚で普通に旅すると約一月半はかかる。ちょっと縦に押しつぶされたような形の菱型だから、南端から北端まで旅する方が早い。それでも馬使って40日くらいか。東端と西端まで一気に大陸のど真ん中を突っ切っると、その倍の80日はかかるだろう。

 ま、距離の問題だけじゃなくて道の良しあしもあるから、単純に横の長さ=縦の長さの倍の菱型とは呼べないんだけどな。イメージとしてはそんな感じだ。



 この二年間俺が住んでいたリールの町は、この大陸の西側の方に広がるスーザリアン平原の周辺にぽつんとある、よくある規模の町だ。そして今回新しくシュレイオーネ王国の中心地として華々しく開花しつつある王都は、大陸のど真ん中から少し南側に位置する。

 つまり、リール→王都は西側から大陸中央へ向けての旅となるんだな。少しだけ道が南へずれるけどね。



 そんなリールから王都までの道は基本的に平坦な街道を通るのだけど、真っすぐでもない。大陸西部にそびえるカラカイオ山、こいつが邪魔するからだ。魔物を狩りにこの山に踏みこむ冒険者もいないわけじゃないが、今回俺達は山の南側をぐるりと巻くルートを選んだ。女子連れだ、無理は出来ない。



「というわけだよ、分かったかアニー?」



 リールの町を出たことのないアニーに、俺は丁寧に説明してやっていたわけ。実際自分達が済む町の周辺くらいしか知らない連中は少なくない。町に定住していたら、遠出の機会なんかあまりないしね。

 それに魔王軍が暴れていた時代には、周辺地域のことなんかより今日の自分の運命の方がよっぽど重要だったしな。



 だから俺が懇切丁寧に説明していたのにだよ。



「しゅぴ~」



 目の前の女の子から気持ち良さそうな寝息が聞こえるのは、どういうことなんだよ。あっ、鼻ちょうちん。



「おい? 聞いてましたか?」



「ふぁい?」



 俺が声を大きくすると、アニーはうっすら目を開けた......馬車の窓枠にもたれるようにして器用に寝ていたこいつは、ややけだるげに髪をかきあげてから寝た......また寝た!?



「てっめえ、人に地理教えてくださいって言っといて、それで寝るたあいい度胸じゃあねえかよ!? 性根叩きなおしたらあ!」



「ふあっ!? え、寝てないですよ、寝るわけないじゃないですか勇者の中の勇者、男の中の男、玄人好きで素人未体験のそんな同情すべき、可哀相なウォルファート様を蔑ろにして!」



 なんということだろう、寝ぼけ眼から覚めたばかりだというのに、アニーは意気揚々と全力で俺をからかっている。アイラは割とまともなのにさ、何で妹はこんなんなんだ、ほんとに血が繋がってるのか。



「てめーもう許せねえ! 馬車から降りろ叩き出してやる!」



「暴力反対平和最高勇者万歳怨霊退散!」



「絶対最後の違うよね、違うよね誰が怨霊だこらあ!」



 ああもう何でこいつこんなじゃじゃ馬なんだ、ほんと置いてくれば良かった! と思うと髪を掻きむしりつつ怒りたくもなる。そりゃ働き者だし愛想もいいけど!



「えー何怒ってんですかあ勇者様ぁ? ひどくないですか、皆から尊敬されて畏怖されて敬遠されてつまはじきのウォルファート様に、こんなに親しく話しかけてるあたしを放り出すなんて......するわけないですよねー」



「何その棒読み上から目線すんげームカつくんだけど!? こんな親しみのある俺を誰が敬遠してんだ、言ってみろ!」



 俺の怒鳴り声をニヤニヤ笑ってかわしたアニーは、くいくいと窓の外を指差した。「は? 何?」と怪訝な顔をする俺にアニーは「外見てください」と笑う。



 窓から周囲をぐるりと見た俺の目に飛び込んできた風景、それは。



 俺とアニーの乗る馬車を遠巻きにして、生暖かい目で見る護衛の兵士達の姿だった。馬の背から"いいんだよいいんだよ"とでも言いたげに、妙に理解のある視線を投げかけてくる。その中の一人が口を開いた。



「いやあ、ウォルファート様がこんなに面白くて親しみがあって、しかもこんな可愛い恋人がいるなんて知りませんでした。そうですよね、玄人好きなんて恋人を隠す為のカムフラージュだったのですね! 邪魔しないように、遠くから拝見いたしますよ!」



 次の瞬間、俺が怒りのあまり火炎球(ファイアボール)を唱えかけたのは、言うまでもない。




******



「いや、ほんと冗談ですよ、ウォルファート様。皆、救国の英雄の勇者様ってどんな人だ、大魔王アウズーラを倒したくらいだから、きっと悪鬼のような大男に違いないってビビってたんです」



「うん、それで?」



「意外にも二枚目の親しみやすい性格の方だったので、反動がきてしまったというか、まあ。ほんとは皆尊敬していますよ」



「たく、てめーら手の平返し過ぎだっつーの」



 すみません、と頭を下げるラウリオの黒褐色の短い癖毛をぺしりと叩いて、俺はたしなめた。その間にも膝の上のエリーゼは「おやつー」とおやつを要求してくる。最近は油断すると俺の手から引ったくるようになった、要注意だ。

 ちょっとくらい多めにあげてもいいんだけど、癖になっちまうと困るからな。おやつの食べ過ぎで夕ご飯食べられなくなると困るし。




 先程の茶番劇が終わった俺達は一休みしているところだ。護衛兵の隊長を務めるラウリオが乾いた草の上に座った俺達五人(アイラ、アニー、シュレン、エリーゼ、俺)の側に立ち、残りの九人はその周囲を警戒している。割に見晴らしはいいので奇襲を受ける心配はないけど、自分以外の誰かがこうして警戒体制を敷いてくれているのはやはり落ち着く。一人だと何から何まで全部自分でしなきゃいけないからな。



 幼い子供連れだ、狭い馬車の中では退屈しがちだから、時折こうして休憩を挟む必要はある。現にシュレンなど「やーだー!」と馬車に戻るのを嫌がるそぶりを見せ、アイラの手から逃げ惑っている。 


 ずいぶんたくましくなったなあ、と思っていると周囲で警戒している兵士達も、心なしか笑顔を見せていた。警戒を解かない範囲で緊張をほぐすという意味では、いいのかもしれない。



「おーい、シュレン。逃げんなー、アイラが困ってるぞー」



「やだよー」



 おーおー、いっぱしに言い返しながらぐるぐる逃げてやんの。追いかけるアイラが「待ってー!」と必死なのが笑えるなあと思っていると、俺の手からするりとエリーゼがすり抜けた。

 ぴょこんと地面に飛び降りた金髪の小さな女の子は「にげうー」と舌っ足らずな声で高らかに宣言し、とてとてと走り出す。その焦げ茶の瞳には、生まれ育ったリールの町とは違う野生の色が濃い緑が映っているのだろう。



 目の届く範囲で放置してもいいんだが、野外なので石や尖った木などもぽつぽつある。それらに当たらないように、やっぱり大人が誘導してやらないとまずい。俺は苦笑しながらエリーゼの後をとことこついて回り、こけても大丈夫な方に誘導してやった。



「ほら、待て待て。そっちは危ないからこっちな」



「きゃーパパやー」



「おっ、パパやーか。でも追っかけるぞーガオー」



 俺がふざけて脅すと、キャッキャと笑いながらエリーゼは草むらを掠めるように走った。中腰の態勢で追いかけるのはしんどいんだが、とりあえず馬車の中で体鈍らせているよりはいいか。そう、前向きな気持ちは大事だ。



 兵士達が見守る中、五分ほど平和な鬼ごっこを繰り広げた俺はエリーゼを捕まえ、肩車して皆のところに戻った。アイラはもうシュレンと共に馬車に戻っているらしく、馬車の中から微かに声がする。戻ってきた俺とエリーゼを迎えたラウリオが声をかけてきた。



「話には聞いてましたが、子育ての為に隠居されてたって本当だったんですねえ」



「目丸くして言うほどのことでもねーだろ。こうなるようになったのは成り行きだけどな」



 少し声を潜めて俺は答える。エリーゼが今の話を理解出来るとは思えないが、まあ何となく聞かれたくはなかった。ラウリオもそれに気づいたのか「失礼しました」と軽く頭を下げる。こいつ、いい奴だな。俺がエリーゼを追いかけ回している間、ラウリオと談笑していたらしいアニーが口を開く。




「証言しますけどウォルファート様、ほんといいパパですよ。面倒くせーとか言いながらも、シュレンちゃんとエリーゼちゃんの為に頑張ってますもの」



「アニーが俺を褒めるなんてこええな......何狙ってやがんだ」



「ええっ! それすごく傷つくんですけど? ほら、いつものも親しみの表れであって、双子ちゃんにとっていいパパというのはほんとそう思ってますよ」



「そういうことにしといてやるよ。ラウリオ、ぼちぼち行くか。次の宿場町まで距離あるだろ」



「そうですね。ここからこのペースなら二時間くらいですから、日暮れ前に着く計算です」



 それならそろそろ頃合いだ。俺に肩車されたままのエリーゼに「馬車戻るぞ」と声をかけると「あい!」と元気のよい返事が返ってきた。多分反射的に答えただけなんだろうけど、会話が成り立ったみたいでちょっと気分が良かった。



 エリーゼと一緒に馬車に向かいながら、ふと視線を上げる。赤や黄に色づいた葉の向こうに透けるカラカイオ山の黒い峰が遠くに見えた。これだけの距離を経て尚、視界に入るとは、やはり何度見ても圧倒される高山だ。

 懐深いカラカイオ山は単独の山に終わらずに、幾つかの連峰となり魔物にとって格好の住家となっている。



 ちり、と胸を焼く記憶。俺もこの山の近くでは痛い目見たな。不吉とまでは言わないが、早く後にしたいもんだ。



 (......まさか狙ってくることはなかろうが)



 一応用心しておくにこしたことはない。こちらを見下ろすカラカイオの峰を一瞥した俺はエリーゼに「肩車終わりな」と言って、ゆっくり下ろした。




******




 今回のリールから王都への引っ越しは、約40日を旅程として見込んでいる。普通に馬に乗れば20日程で終わるコースなのだが、双子がいる分どうしても遅いのだ。休憩挟んだり、野宿を避けて宿場町に泊まれるようにしたりと色々条件をつけると、どうしてもこうなってしまう。



「兵士の皆さんには申し訳ないですよね。王都に戻るのが遅れてしまいますもの」



「でもまあ、それが仕事だしな。実際普通のペースだととても無理だし」



 腹を空かせたシュレンとエリーゼにご飯をあげながらのアイラと俺の会話には余裕はない。

 そうそう、双子の食事は完全な離乳食から、やや柔らかめの普通の食べ物に変わった。こうなるとわざわざ離乳食を用意しなくてもいいので少し楽だ。宿の主人が二人の為に冷ましたシチューを持ってきてくれたので、それが二人の晩飯。



「食べられるか、シュレン?」



 俺が差し出したシチューに、シュレンはぱくりと食いつく。柔らかめに煮込んだ肉が気に入ったらしく「にくー」と欲しがり、その目は真剣そのものだ。



 今は丁度旅の真ん中、カラカイオ山を左手、つまり北だな、に見ての迂回路の途中だ。リールの町を出て丁度20日が経過しており、旅慣れた俺やアイラはともかくアニーには少々きつくなってきた。実際先に食事を済ませると「申し訳ないですけど先に部屋に戻ります」と言って、自分の部屋に下がってしまった。



「アイラ、アニーちょっとばててんじゃね?」



 俺が話しながら差し出したシチューをシュレンがぱくり。シチューの滴が口元についてるぞ。



「ずっと馬車の中ですからね。それにあの子リールの町から出たことないですし」



 アイラが差し出したパンの端っこをエリーゼがぱくり。自分で持って食べることも出来るが、食べさせてもらえる方が嬉しいらしい。物ぐさだ。



「だよなあ。ま、早めに寝てるから心配はそんなにしてないけど。にしてもシュレンとエリーゼは元気だな......びっくりしてんだけど俺」



「ですよね。私、もっと疲れて不機嫌になるかと覚悟してたんですけど。いい意味で普通ですよね」



「なんだかんだ言っても、シューバーとエイダの血を引いているからなあ。素質あるのかも」



「素質、ですか?」



「うん。基礎体力がしっかりしてるから、それこそ二代目勇者のな」



 大魔王が倒れた今、そんな必要もないけど、と思いながら俺はシュレンとエリーゼを見た。小さな手で木のカップを掴み牛乳を飲み干す二人からは、幼児ならではの貪欲な生命力を感じる。



 (こいつら大きくなったら何になるんだろうな)



 そしてその時、俺は何をしているんだ。少し先の未来は未だ想像さえ出来ず、今の俺に出来ることは、食べ終わった二人の口元を念入りに拭いてやることだけだった。

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