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ようし、王都が俺を待っている

「もし、俺がここから転居して王都住まいになった場合、何か特典はあるかい?」



「勿論ですとも。こちらの要請に応える形でのお引越ですので、それ相応の条件は用意させていただきます。限度はありますが」



 まだアイラとアニーに話す前に、引っ越しするなら今後どうなるかという点は詰めておきたい。そう判断した俺は、一緒に仕事している役人にまず打診してみたのだ。地方長官クラスのこの男が今俺が仕事している中ならトップにあたる。



「少々お待ちを」と言い残した男が十分余りで戻ってきた時には、その手に一枚の羊皮紙。どうやら俺の引っ越しの際にすぐに提示出来る条件については、中央の貴族達から既に承認された形で預かっていたようだ。準備がいいな。



「......ずいぶん好条件だな」



「いえいえ、これくらいは当然ですよ。子育てに専念するため半ば隠居されたウォルファート様に、もう一度現場復帰していただくのですから」



 にこやかに笑う男の表情に嘘はなさそうだ。駆け引きだから当然洗いざらい話しているとは思わないが、とりあえず俺を騙そうって腹はない、多分。もっとも普通に考えたら、大魔王討伐の立役者であり、仮にも公爵の身分持ちの俺を粗末には扱えないだろうけれど。



 俺はもう一度羊皮紙に目を落とした。そこに記された条件を確認する。



・転居費用は全て国負担。今借りている貸し家の引き払い費用も含む。


・一軒、王都に勇者様用に屋敷を用意。現在急ピッチで王都の区画整理をしているおり、その進行程度にもよるが出来うる限り好条件の物件を約束する。


・現在勇者様が養育されているシュレン様及びエリーゼ様の為に、乳母とメイドを貴族側で用意する。この場合給金は貴族負担。あるいは、勇者様がご自分で採用するならその採用の手伝いを責任をもって行う。その場合は、給金の半分を貴族側で負担する。


・リールの町から王都に移動する間は、シュレイオーネ王国の兵を派遣し護衛させていただく。



 この四条件が繊細な文字で書きこまれ、最後に国王のサインがされていた。ま、出来たばかりの国の国王のサインだからどれほど重みがあるかは微妙だが、それでも一国の長の直筆だ。軽いわけがなかった。



「ご不満でしょうか。もしそうなら、追加条件を考慮いたしますが」



「そうだなあ、不満はないけどよ。強いてあげるなら、うちの二人が成長した時にどんな教育受けられるのかが不明だからそこがちょっと、な。あと王都で働く場合の俺の雇用条件は、また別途話し合いということでいいよな?」



「はっ、承知しました。ウォルファート解放軍十傑の一人、シューバー・セイスター様の遺児にして、勇者様の義理のご子息であられるお二人です。国としても大切に扱わせていただきます!」



「お、おう。そんな気合いいれなくてもいいけど、粗末にはしてくれるなよ」



 俺の追加条件にやたらと張り切る男。悪い奴じゃなさそうだ、というよりこいつのこの態度は、そのままそっくり主人である貴族達のそれが移ったんだろう。よっぽど俺を下にも置かない扱いにしたいらしい。



 (ま、新しい国の船出には勇者様っていう分かりやすい旗頭がいた方が、国の人気も出るからな。無下には扱えねえか)



 分かりやすいよな、人間て。要は、俺に利用価値があるから高く評価してくれるわけさ。商会やって金が絡む仕事していたから分かるが、実利が伴う場合には人間てのは徹底してそれを最大化しようと試みるもんだ。

 でも、それは悪いことじゃない。現世の利益がでかくならないと、人も国も育たないし新規事業なんか夢のまた夢、国を守る為の兵士だって雇えないんだから。



 だから俺もそれに乗ってやるよ。お互い利益を提供してのギブアンドテイク、それが一番さ。




******




「お引越、ですか」



「うん。俺も色々考えたんだけど、それが一番いいと思ってな」



 その晩、俺は双子を寝かしつけたアイラに王都へ転居する意向であることを告げた。初夏から盛夏へとちょうど移行するこの季節、夜でも多少蒸し暑い。まだ起きていたアニーが用意してくれた、冷たい飲み物を口にしながらの会話だ。



 そのアニーは「そっかあ」と言いながらアイラと俺を交互に眺めている。困惑はしておらず割に淡々とした感じだ。まあこいつの場合、金鹿亭に戻ればいいし何も問題はないだろ。

 いや、というかもう十九歳か。そろそろ結婚を視野に入れないと駄目じゃないか? と俺は自分の事を棚に上げて考える。結婚といえば姉のアイラは二十一歳だから、更に真剣になっていい年齢なんだけど。



「ウォルファート様、実はですね」



 暑さも手伝って何だかもったりとした空気の中、最初に口を開いたのはアイラだった。俺は「ん?」と飲み物を置いて、きちんと向き合う。ようやく自分で切り出すことが出来るかい。



「もしなんですけど、シュレンちゃんとエリーゼちゃんの乳母をこの機会に辞めたいと言ったら、聞いてもらえますか」



「ああ。一年前に言った通りだ、アイラの人生だからな。それは自由だよ」



 緊張した様子のアイラに、俺は穏やかに言葉をかけてやる。ま、ほんとこの一年お疲れ様だったな。俺が怒っていないことが分かったのか、ホッとした様子でアイラが表情を緩めた。



「ありがとうございます。せっかくやりたいことが見つかったのでその道に進んでみたいな、と思いまして」



「おめでとうだな、アイラ。で、何がやりたくなった?」



「商会で働いてみようかなと。最近実家(金鹿亭)に荷物を取りに戻った時に、王都からリールの町に来た行商人の方に話を聞いて商売も楽しそうだな、と思うようになったんです。運び屋時代にも商人の荷運びはしていたので、多少分かる部分もありますし」



 なるほど、やはり好奇心は旺盛なようだ。確かに治安が安定してきたここ二年の間に、各村や町同士の交流は活発化してきている。商会で従業員を募集しているならそれに乗るのは悪くない。

 俺の目から見てもアイラは性格もいいし、体力もある。ま、ちょっとくらいは俺も応援してやるか。



「了解、でだ、どこで働くかなんてのは、まだ決まってないよな?よかったら一緒に王都行くか。どうせなら一番大きな都市の方が商売の機会はあるしな」



「それは本当に嬉しい話です。王都までかなり遠いので、ご一緒出来れば助かります」



 嬉しそうにアイラが頭を下げる。その横からよく似た顔のアニーが、ひょいと姉の前に乗り出した。



「ねー、勇者様ー。あたしも行きたいなあ、王都。連れてって?」



「は? 何でお前来るの? 物見遊山じゃないんだけど?」



「えーやだ冷たい! あたしだってリールの町で一生過ごすより、他の場所見たりしたいですよ。何たって箱入り娘ですもの」



「ねえ君冗談は大概にしてくれないかな、アニー君。こんなおてんばな口さがない箱入り娘なんてどこにいるんだよ」



「ここにいるじゃないですか何言ってんですかボケちゃったんですか勇者様」



「......くっ」



 駄目だ。しれっと毒のある笑顔で俺を黙らせるスキル持ちのアニーには、負けることの方が多い。顔は可愛いのに性格は残念だとても残念だ。こいつと将来結婚する男に幸あれ。



「ということであたしもついていきますから。今後ともよろしくお願いしますね」



「俺の承諾無しで勝手に決めた!?」



「あ、大丈夫ですよ。ウォルファート様のご迷惑はかけませんから。ただちょっと引っ越しに同行して、お家に間借りして、新生活を始めさせていただくだけですから。あっ、家賃は笑顔で払いますから、心配しないでください!」



「舐めてるよね絶対舐めてるよね君、このウォルファート・オルレアン公爵を!?」



「えっ、ウォルファート様が公爵なんてそんな冗談止めてください! 公爵位持ちの高貴な方が、女の子のいる店に通いつめて請求書の束が送りつけられるなんて、前代未聞の抱腹絶倒ですもの......駄目だ思い出したら笑いが止まらなく、ぷくく」



 口に手を当てて笑いをこらえるアニーを見ながらぼくはさついがわきそうになりました。ええ、ぼくはわるくないとおもいます。ようし、このわるいおんなをこらしめてやるぞ!



武装召喚(アポート)! バスタードソード+5!」



「きゃああ、駄目よ勇者様っ、部屋の中でそんなことしたら!」



 その場の感情に任せた武装召喚(アポート)は俺達の漫才、もとい真剣な話し合いを眺めていたアイラの悲鳴を呼び。



「うおっ、天井に刺さって抜けない!? ぐぐぐ」



「流石ですね。勇者様格好いいなあー、天井に刺さった剣を必死で抜こうとする姿にあたし惚れそうですよアハハハハ!」



 まさかのアクシデントからリカバリーしようとする俺の神経を逆なでするように、アニーはお腹を抱えて笑っていた。とりあえず剣を抜くのは後回しにして軽くデコピンを額にくれてやったのは言うまでもないよな。ちょっと力が入り過ぎたせいか、「うおつっ!?」と激しい叫び声が聞こえた気がするが、まあいいや。




******




 そんなドタバタはともかくとして、リールの町から王都へ転居する話は着々と進んだ。王国側が俺の出した追加条件を呑んで修正した文書に俺が承諾のサインをして返す。その傍ら、今借りている家を返す準備を進める。バスタードソード+5が刺さった天井の穴も、きちんと補修して返さねばならない。くっ、無駄な出費が......



「おーい、シュレン、エリーゼ。今日は暑いからちゃんと汗拭こうな」



「やー!」「やー!」



 それはそれとして夏のある日、仕事から帰った俺が湯浴みさせてやろうと双子とばたばたやっていたんだ。結局、真夏の暑い時期に引っ越しするのは幼児(もう赤ん坊じゃないし)の体力にはきついということで、秋になるのを待つことになった、そんな季節の一日。いや、ほんとこいつら元気だなあ。



「やー! じゃねえよ。ちゃんと拭かないと汗疹が出来るだろ、ほらこい」



 面倒なので二人まとめて捕まえる。生憎アイラとアニーが不在なので、俺一人で奮闘だ、ふう、手がかかる。

 押さえ付けるような形にして振り回してくる小さな手足の攻撃に耐えながら汗のついた服を脱がす。さっさとぬるま湯に浸した布で二人の体を拭いていると、目を離した隙にシュレンが逃げ出した。



「パパいやー」



「いやーじゃない! 風邪ひくから服着るんだよ、もー」



 まだ拭き終わっていない金髪からぽたぽた水が垂れるエリーゼを脇に抱えながら、シュレンと追いかけっこだ。いやあ、子育てってハードだよな......下手したら魔物と戦う方がまだましかもしれん。










 俺達親子の、リールの町で過ごす最後の日々はそんな風に過ぎていき。



 いつしか夏の猛々しい暑さも過ぎ去って、豊饒の季節と呼ばれる秋の気配が漂いだした。空気に透明感が出てきて朝夕に涼しさを感じ始めるようになった頃、リールの町を後にする日が決まった。



 大掃除、荷造り、世話になった人への挨拶。特にメイリーンとそのご家族には念入りに。シュレンとエリーゼを連れて挨拶に行くと、生後九ヶ月の赤ん坊を膝に抱いたメイリーンは、変わらぬ濃い茶色の三つ編みを背中に垂らして笑顔で挨拶してくれた。



「そうですか、いよいよなんですね。おめでとうございます、勇者様もシュレンちゃんもエリーゼちゃんも、お気をつけて」



「世話になったな。結局、この子と遊ぶ機会あんまりなかったなあ。すまん。えっと確かピートだっけ」



 メイリーンの抱いた赤ん坊の顔を覗きこみながら、俺はそのぷっくりした頬を突く。"誰この人?"とでも言うように目をキョロキョロさせて、ギュッとメイリーンにしがみつく様が愛らしい。男の子らしいが、このくらいの月齢の時は皆母親にべったりだ。



 俺が連れてきたシュレンとエリーゼも、今は自分の足できちんと立ってメイリーンと向かい合っている。ニコッと笑ってくれてはいるが、さすがにメイリーンをママと呼んだことは小さすぎて忘れてしまったようだ。

 それがホッとするような、少し残念なような......もっとも「ママー!」と恋しさから泣き叫ぶよりは全然いいか。



「シュレンちゃん、エリーゼちゃん。お引越しても忘れないでね。私とピートのこと」



 そう言って、メイリーンはピートを俺に渡してから両手で双子を抱きしめた。よく訳も分からないはずなのに「うん」とシュレンは頷き、エリーゼも「あい」と答える。もしかしたら、ほんとはちょっぴりくらいはメイリーンのこと覚えてるのかな、と思いながら、俺は義理の双子の頭を片手で撫でてやった。



 なあ、シュレン。エリーゼ。お前達を面倒見てくれた女性とは、とりあえずお別れだ。今感じている温もりを忘れんなよ。








 メイリーンに別れの挨拶をした翌日、俺達五人は王都から派遣された豪華な馬車に乗り込んだ。十人からなる護衛の正規兵に守られたそれは、念のための二台用意、俺とアニーが一台に。アイラと双子がもう一台。双子が泣き叫んでどうしようもなくなった場合に備えての準備だ、抜かりはない。



「さよならですね」



「ああ」



 向かいに座ったアニーに短く答えながら、俺は馬車の窓から外を見た。リールの町の人達が、俺達の引っ越しを見送ってくれる。もちろんその中には、メイリーンとその旦那の腕に抱えられたピートもいるし、アイラとアニーの両親の姿もあった。



「勇者様、今までありがとうございました!」



「お達者で!」



 人々の声に、俺は軽く片手を挙げて応えた。そのまま馬車の警護兵のリーダーに「出ていいぜ」と声をかける。



「ウォルファート・オルレアン公爵御一行、ご出発!」



「ご出発!」



 高らかに響くリーダーの声に、他の九人の一糸乱れぬ統率された声が続く。よく晴れた秋のある日、こうして俺達は王都へ向けて出発した。

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