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さよなら、そして二年目

 シュレンとエリーゼが生まれて、ちょうど一年が経過したその日。季節は初夏へと移り、衣服も夏用の軽快な物に変わる。

 二人が身を包むのは新しいベビー服だ。今までシュレンは青、エリーゼはピンクとしていた。

 けれど、ちょっとワンパターン過ぎるということで、メイリーンが最後のプレゼントとして二人にくれた。



「似合います? ちょっと自信無いんですが」



「いや、たいしたもんだ。自分で縫ったんだよな。おい、おまえらよかったなあ」



 白と黒の斜めの切り返しがシャープなやつがシュレン用、水色に黄色の水玉の爽やかなやつがエリーゼ用だ。

 赤ちゃん用の服なんて数があってなんぼだから、これを着る機会はけして多くもないだろうが、こういういいのがあってもいいな。



「ふあ、ふあ」



「あふふふ」



 分かってはいないのだろうが、二人とも嬉しそうだ。

 満一歳を迎えようやくまともに立てるようになった双子は、もう寝てるだけの置物ではない。片言だが「ママ」は言えるようになったぞ。

 メイリーンがこの前えらく感激していた。

 もっともその「ママ」とは今日でお別れなんだが。



「お返しってわけじゃないけど、うちからもメイリーンにあげるものがある。アイラ、持ってきて」



「はい、ただ今! よいしょっと」



 アイラが二階に隠しておいたメイリーンへのプレゼントを両手に抱えて、階段を下りてきた。

 一抱えもあるそれに被されていた白布を取ると、パッと空気中に濃い香気が弾け、鮮烈な赤が視界に入る。



「薔薇の花束......これ私にですか?」



「ああ。ま、たいしたもんじゃないけど、一年間働いてくれたお礼第一弾だよ。飾っておけるか?」



 三十本ほどもある深紅の薔薇は、店で買ったものじゃない。

 そもそも大規模な花屋などこのリールの町には無い。全て俺が摘んできた野性の薔薇だ。ちょっと見てくれは不揃いだが、そこは勘弁してくれよ。



 日々忙しいメイリーンには花を愛でる暇も無かっただろう。そう何日ももつ物ではないけど、家に飾って堪能してくれ。



「大切にします。ありがとうございます、ウォルファート様」



「いいって。そして、それが第一弾、こっちが第二弾な。無味乾燥だけど役に立つ」



 ぽーっと薔薇にあてられたように上気したメイリーンの手に、俺はポケットから取り出した革袋を押し付けた。

 手に触れた時の重みで分かったらしい、"えっ?"というようにメイリーンの表情が変わる。



「これ、え、駄目ですよウォルファート様。お金、ですよね」



「退職金だよ。いいからもらっとけ、子供産むにも育てるにも何かと入り用だ」



 100グラン金貨100枚でジャスト10,000グラン。それが袋の中身。俺が国から毎月貰う金の丸々一ヶ月分だ。

 平均的な世帯なら、三ヶ月はこれで生活できる程度の金額、けして少なくはなかろう。



「で、でも普通にお給金頂いてましたし。こんなにたくさん」



 まだ躊躇う様子を見せるメイリーンに、俺は首を横に振った。両腕に抱えたシュレンとエリーゼが声にならない声をあげながら俺を見上げる。結構この一年で重くなったもんだな、こいつら。



「俺が使うよりメイリーンが使った方が有意義な金だ。その方がいい」



「なんて、ウォルファート様格好つけてますけどね。昨日"今月は女の子の店に飲みに行く回数減らさないとな"ってぼやいてましたよね」



「言うかっ! それは別枠でとってる」



 茶々をいれてきたアイラに真面目に答えていると、ププッとメイリーンが吹き出した。

 それを見た双子も「けきゃけきゃ」とでもいうように笑う。

 ああ、賑やかだな。



「それではご好意に甘えて、頂戴いたしますね。主人も喜びます、ほんとにすいません」



「ん。それじゃそろそろ行くかい」



 俺の声に二人の大人は頷いた。荷物を手にしたメイリーンにアイラが「持ちますよ」と優しく声をかけて、それを代わりに運ぶ。

 見ればメイリーンのお腹もそれなりに目立ち始めている。これからは重労働は良くない時期になるのだろう。

 右手にシュレン、左手にエリーゼを抱えた俺は家の扉を潜りながら口を開いた。



「よし、行くか。家までお見送りしてフィナーレだ」



「......ぱっぱ」



「......はい?」



 誰が俺の声に答えたんだろう。いや、聞こえてはいたよ。でもびっくりし過ぎて頭がついていかない。

 視線を下げるために曲げた首に、双子がかじりつく。伸びかけた爪が痛い。



「あー、今のまさか二人が言ったの?」



「ぱぁぱ」



 先程よりほんの少しだけ柔らかい小さな声、聞こえてきたのは水色に黄色の水玉の方からだ。

 ああ、そうか。

 エリーゼが言ったんだな。じゃあさっきのはシュレンか、と考えたところで、改めて俺は二人の小さな義理の子供を見た、凝視した。



「アイラさん、聞いた、わよね?」



「ええ聞きましたよ奥さん、しかとこの耳で」



 メイリーンの耳に何故かアイラがひそひそと話しているが、気にしている暇は無い。

 こけないように気をつけながら、俺は双子の顔を交互に見てみた。二回聞こえたんだ、多分幻聴ではないだろう。



「パパって俺のことかこのやろー、やっと言えるようになったなあ」



 ハハとこぼれるのは俺の笑い声、それに被さるキャッキャというシュレンとエリーゼの小さな笑い声。

 いや、なんだ、こんな俺でもこいつらパパって言ってくれるんだなあ。正直戸惑うけど、やっぱり嬉しいもんだな。



「最後にいいもの見れました。これで心おきなく私も辞められますわ」



「おーい、徒歩数分しか離れてないのに今生の別れみたいな言い方止めろー」



「でも、メイリーンさんの退職日に初めてパパって言われるなんて、なんか素敵ですよね」



 メイリーンが胸を撫で下ろし、俺が突っ込み、アイラがまとめる。

 そうだよな。

 この三人で頑張ったから、今この双子がようやくパパって言えるまで育ったんだな。

 そう思うとちょっぴり切なく、それ以上に大きく、甘い感情が不意に俺の中に沸いてきた。

 黙っていたらそれが目から溢れそうになってきたから、わざと大きな声を出す。



「おっし、シュレン、エリーゼ! おまえら俺の子供だからな。義理だからって容赦しねえぞ!」



「「キャー」」



 面白がっているかのような双子の声が初夏の空へこだました。




******



 翌日から新しい体制による俺達の生活が始まった。

 当初決めていた通り、週三回俺はリールの町の役場に通い、そこでシュレイオーネ王国建立に尽力する役人達と頭を悩ますことになった。

 彼等は、王都を中心として活動する政治や経済活動の仕組みを立案する有力貴族達の部下だ。魔王軍と張り合う為に自前の軍隊を組織し、資金稼ぎの為に商会を運営していた俺の手腕を借りたいという願いを無下には出来ない。



 それに俺も、久々に大人と仕事してみたいという欲求もあった。シュレンとエリーゼを育てることに少しずつやり甲斐は感じていたが、その反面、子育てしかしてない場合、二人が大きくなった時に何を教えてやれるのかという懸念もあったのだ。



「それ以上にさ、さすがにずっとべったりはきついわ」



「はは、まあそうですよね。私も二人から目が離せなくって」



「アイラお姉ちゃん、エリーゼちゃんのおしめ換えないと!」



「あ、いいわ。俺換えるし。あっ、シュレン待て! それは食べちゃダメだ!」



 決めた通り、アニーが来てくれなかったら正直双子を任せるのは無理だったろう。

 俺がいる時は一人か二人がシュレンとエリーゼの面倒を見て、残りが家事を出来る。けど、やはり赤ん坊二人を一人で見るのは厳しい。

 最近は手の動きが活発になってきた。面白がって掴んだおもちゃでもう片方の頭をぶとうとしたり抱き上げた大人の鼻をつねったりするので、油断出来ない。



「あいたたた! やめて、シュレンちゃん!」



 ある時など、うたた寝していたアニーが後ろから忍びよったシュレンに思い切り髪を引っ張られたり......



「あー! お前何すんだよ、せっかく飯いれてきたのに!?」



 ある時は、エリーゼが離乳食を入れた小鉢を恐らくわざとひっくり返して遊んで俺を激怒させたり。しかも「けきゃっ」と悪気なく笑っていたんだ、本気でキレそうになった。



「きゃー! 二人がいなくなっちゃいました!」



「目離すからだ、馬鹿! 外は俺が探す、二人は家ん中だ!」



 大慌てのアイラを叱り飛ばしながら、俺は外に飛び出した。

 すぐに裏庭に回ると、物干し台の近くでこけて泣きべそかいてる二人を見つけたりもした。



 いやもう大変だったね。

 一人が風邪ひいたらもれなくもう一人も風邪ひいて、ぐずぐず一日中泣きっぱなしになったこともあったな。その日は俺が仕事で、アイラとアニーに双子を任せて家を出たんだが夕方帰ると半泣きになったアニーが「勇者様あああ、頭おかしくなりそううう」と喚いてるし。

 アイラはアイラで「大丈夫大丈夫よはやく治るといいわね大丈夫大丈夫よはやく治るといいわね大丈夫大丈夫よはやく治るといいわね......」と虚ろな目でアーアー泣いてばかりのシュレンとエリーゼの背をさすってたっけ......



 もう、打つ手無しの状況だったな。

 とにかく水だけは飲ませないと駄目らしいので、懸命に井戸水を布に浸して口元に近づけるんだが、風邪で気持ち悪いのかぐすついて飲んでくれないし。

 しまいにはこっちも疲れて不機嫌になるし。三日それが続いてから仕事に行ったら「う、ウォルファート様! まるで死霊(レイス)みたいに目が死んでます!」と役人達にびびられたっけ。



 そういう日々を経ていくうちに、ちょっとずつシュレンもエリーゼもでっかくなっていった。最初は二、三歩しか歩けなかったのが秋になる頃には十歩は余裕、上手くいけば十五歩は歩けるようになった。それに比例して、段々表情も豊かになっていった気がする。



 いや、なんか一年目の時の二人ってお人形さんみたいでさ。

 確かに笑顔や泣き顔はするんだけど、それがまだ板についてないというか。ま、ちっちゃ過ぎたせいもあるんだけどね。



「あんよするー」



「お、頑張れシュレン。こっちまで歩いてみろよ」



 でも二年目の冬、つまり二人が一歳半の頃。自分で歩く時にはいっちょ前にそのちんまりした顔に意志らしきものの欠片を、シュレンが浮かべるようになったし。黒い髪が少し伸びて赤ちゃんらしさがその分薄れてきたな、と俺が思ったり。



「やだー」



「駄目よ、エリーゼちゃん。好き嫌いしちゃ」



 いっぱしに好き嫌いが出てきたエリーゼが、そのピンクがった金髪の髪を振り乱してアイラを困らせたりな。

 髪がボブくらいには伸びてきて女の子っぽく見えるには見えるんだが、中身はまだ全然だ。

 昨日は食べていた物が今日は駄目とか、全く意味分からん。



「ああっ、あたしのリボンが!?」



「もぐもぐ」



 アニーが髪を結ぶのに使うようになったリボンを容赦なく、シュレンがよだれだらけにしたり。



「え? 駄目駄目、この書類大事な物なんだから。触るな、エリーゼ」



「あー!」



 俺が家に持ち帰った書類を机に広げようとすると、エリーゼが面白がって手を伸ばそうとしたり。どうも大人の真似をしたいらしい。



 そんなこんなで育児に仕事に忙しく、俺が追われる季節は過ぎて行く。そして気づけば冬は春に、春が夏になり。シュレンとエリーゼが満二歳を迎える頃になっていた。




******




 (さすがに、いつまでもリールの町にはいられないか)



 その日仕事を終えた俺は、小雨の中を家に向かって歩いていた。雨水でぬかるんだ泥が靴に跳ねて足元を汚す。しかし、こればかりはどうしようもない。

 なるべく民家の軒先を選んで、初夏の弱い雨を避ける。薄い灰色の雲が広がった空は明日も多分雨だなと感じさせるには十分だった。



「王都に来ていただくわけには行かないでしょうか」



 何度目だろうか。この台詞を言われたのは。ここ数ヶ月で十回は言われているだろうな。



 (直接、中央の連中が俺を手元に呼びたいんだろうってのは分かるが......さて、どうするよ)



 リールの町は、はっきり言ってでかい町じゃない。スーザリアン平原の端っこにある人口約3,000人程度の小規模な、まあ無理言っても中規模の端っこに差し掛かる程度の町だ。

 俺がここに今いるのは、魔王軍との最終決戦の際にたまたまこの町を駐屯地に使った縁があるからだけだ。特に深い理由は無い。



 まさかあの時は、アウズーラを倒してダラダラしようとした矢先に血縁でもない双子の世話を押し付けられるとは思わなかったな。 まあ、それは置いといてだ。

 今考えなきゃいけないのは、このままこの町に居続ける意味はあるのかどうかだ。



 リールの町に派遣されている役人達はそれなりに有能だし、彼等が俺と仕事して立案した事柄は、王都で中央政権を握る新国王とその周囲を固める貴族達に連絡されているだろう。

 だが国の実権を握る連中はどうやら顔と顔を合わせて俺と仕事したいらしく、その部下の役人達は連中の意向を繰り返し伝えてきていた。



 (ぼちぼち頃合いかもしれねえな。アイラのこともあるし)



 リールの町から王都への転居を真剣に考え始めた理由、その一つにアイラのことがあった。

 一年前にメイリーンから乳母の仕事を引き継がせた時に「やりたいことがあれば言えよ」と伝えた。

 別に俺に言われたことが原因ではないだろうけど、ここ最近アイラが気もそぞろな時間が増えてきた感じがする。



 具体的に退職をほのめかすようなことは無い。でも双子を寝かしつけながら視線が不意に別の方角を向いたり、たまに金鹿亭に荷物を取りに戻ったりした時に卓にいる冒険者と熱心に話したり。

 そんな以前の彼女とは違う行動がちょこちょこ出てきた(金鹿亭での様子はアニーからの又聞きだが)。



 頃合いを見て俺から切り出してもいいが、これは多分、本人のやる気の問題なので俺からは水を向けにくい。しかしアイラが徐々にやりたいこと、新しい方面に顔を向け始めたのはいいことだし、応援したいと思う。



 (王都行きはいいきっかけになるかもしれねえしな。それに俺にしても、新しい乳母見つけるなら人の多い王都の方が便利だ)



 そう、俺が王都行きを真剣に考える理由の一つに、双子の次の乳母探しがあった。今懐いているアイラがいなくなったら、次の乳母を見つけても慣れるのに苦労するだろうな、とは思う。

 思うが、まあそれは別の問題であり、とりあえず俺が日中いない時に見てくれる乳母は必要不可欠だ。

 あまり頻繁に変わるのは良くないだろう。あいつらをそうだな、五年くらいは面倒みてくれる人がいいな、とは考えはする。でもこればかりは、相性やら事情があるからなんともだな。



 二年間過ごしたリールの町。ここにも思い出はいろいろある。

 メイリーンは近くに住んでいるし、時折エルグレイも立ち寄ってくれる。魔王軍を壊滅させた俺の武勇伝を聞きに訪ねてくる人もいたし、それなりに良い思い出のある町だ。



 だが、それだけといえばそれだけ。

 思い出じゃ生きていけないし、仕事と育児を考えたら王都の方が何かと便利なのは明らかだ。

 シュレンとエリーゼが物心ついたら教育を受けさせなくてはならないが、リールの町にきちんとした教師はいない。

 まだ出来て間もない王都に過度の期待は出来ないにせよ、今後の発展は十分見込めるし、人も集まっているだろう。



「頃合いだよな」



 雨を弾き返す皮の外套のフードが垂れて視界を遮った。

 それを指で上げながら呟いた俺の言葉は、灰色の小雨に吸い込まれて消えていった。

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