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シュレン・セイスター・オルレアン 2

 靴のつま先をトントンと地面に打ち付ける。伝わる固い感触に自分の体を実感する。視線を上げた。その対象はただ一人、木刀を持った若い騎士だ。こちらを警戒している様子は無いが、油断もしていない。ごく自然体だ。



「両者とも準備はいいかい?」



 左から聞こえてきたのはラウリオさんの声だ。軽く頷く。真正面にいる騎士も同じ動作で応えている。



 ツ......と汗が一筋額を流れた。雲が切れ、その隙間から光が射し込んでくる。中夏の月も十日、これから暑さも盛りを迎える季節だ。長期戦になればスタミナが心配だなと考える。いや、それは向こうも同じか。



 周りにいる人達の視線を感じる。義父さん、セラ、エリーゼが俺の後ろにいる。俺の相手となる騎士の後ろを見る。左の方にラウリオさんがいる。その横には何人かの騎士達が控え、こちらを注視していた。好奇の目ではあるが真剣だ。



 いいか、見てくれよ。



 拳士(ナックラー)でも騎士に相当する強さがあるって俺が。



 シュレン・セイスター・オルレアンが証明してやる。



「それでは両者、構え......始めっ!」



 高らかにラウリオさんの声がその場に響き、俺は軽くステップを踏んだ。この機会逃してたまるかよ!




******




 五日前のことだ。その日も義父さんに騎士団に入りたい、と訴えたものの、それに対していい返事は貰えなかった。いつもなら、俺が「けど俺諦めねーからな」といい、勝負は翌日に持ち越しとなるところだったがその日は違った。



「ったく、シュレン、ちょい待ち。お前に機会をやる」



「機会?」



「ああ。これから来る人に話してもらうからな」



 義父さんが扉を親指で指す。応接室の重い木製の扉がギィと開いた。タイミングが良すぎるな、外で待ってたのかと思ったのは、入室してきた人に挨拶をした後だった。



「やあ、久しぶりだね。シュレン君」



「今日は、ラウリオさん」



 頭を下げて挨拶した。昔からよく知っているラウリオさんだ。今は騎士団の副団長という要職に就いている彼だが、若々しい印象は変わらない。ま、十二歳の俺が言うのも変だが。



「よう、よく来たな。とりあえず座れよ。でだな、話を元に戻そうか」



 ふーん、義父さんがえらくさっさと俺の話に戻したところを見ると、ラウリオさんが来たのと何か関係するんだろうな。本人は黒褐色の髪を払い、同じ色の目で俺と義父さんを等分に見ている。



「--ラウリオに渡りをつけて、お前の実力を試させてもらうことにした」



「まじで? うーん、それって俺の騎士団への入団試験ってことかな」



「ああ。詳しくはラウリオから話してもらうからな。よく聞けよ」



 向き直った俺にラウリオさんが話し始めた。



「......素手での騎士団志望ということで、我々の中でも意見が割れたんだ。ただ、やはりウォルファート様のご子息だし、本人の実力が確認出来ればいいんじゃないかとね」



 力を示せってことか。俺の視線に気がついたラウリオさんは「そう急かさないでくれ」と苦笑した。



「色々な意見があってね。試しに入団させてから考えればいいという者もいれば、断固反対という者もいたんだ。結局落としどころとして、シュレン君と騎士団の代表で模擬戦を行うということになった」



「それに勝てばいいんすね?」



「あ、必ずしも勝利は絶対条件じゃないよ。対武器相手に素手でシュレン君がどれほどやれるか--それを示してくれたらいい。言い方を変えるならば、負けても見所があれば素手による騎士団入団を認めるということ」



「とは言え、うちの奴は勝つ気満々だけどな」



 義父さんが肩をすくめた。いや、全くその通りだ。せっかくこんな機会をもらったんだ、勝たずにどうする?



 拳を握りしめる。二の腕の筋肉が軽く収縮した。



「分かりました。ありがとうございます。それでいつ試合で、誰が相手なんですか」



「試合は五日後に予定しているよ。対戦相手は若手の中から選んで決める。流石に古参の騎士から決めたら、不公平だからね」



「--そうっすね」



 悔しいが認めざるを得ない。いくら訓練しているとはいえ、所詮おれはまだ十二歳に過ぎない。半人前の拳士(ナックラー)を相手に騎士が試合をしてくれるのだ。試験としては十分過ぎるだろう。



 義父さんがラウリオさんに「わりいな、便宜図ってもらって」と笑いかけた。そして俺の方を向く。



「お前のしつこさには負けたよ、シュレン。とりあえず俺が出来るのはここまでだ。後はお前が頑張れ」



「--はい」



 俺の返事は短かった。決めたからな。自分の覚悟は言葉じゃなくて、試合当日の戦いぶりで示すって。




******




 そして今、俺の前には対戦相手がいる。エルデンと名乗ったその男のことはラウリオさんから少し教えてもらった。去年騎士団に入団した若手、歳は十七歳だそうだ。なるほど、確かにそれならまだ歴戦の戦士とはとても呼べないだろう。右手一本で木刀を構える立ち姿にも威圧感は無い。



 だが、あくまで比較の基準を義父さんやラウリオさんに置いた場合の話だ。入団して日が浅いとはいえ、そもそも騎士の端くれである時点で一般人よりは遥かに強いのは確実。多少の隙があるとは言えども、俺がぶちのめしたことのあるそこらのごろつきとは比べ物にはならないだろう。それくらいはすぐ分かる。



 (......ちっ、何だかんだ言っても正規の訓練積んでいるだけある)



 負ける気はない。



 だが勝てる自信もない。



 互いに革製の手甲と脚甲を装備している点は互角だが、エルデンが革鎧を装備しているのに対して俺は胴には何も着けていない。動く邪魔になるので断ったんだ。それでは危険だというので、代わりにエルデンは突きを使うことを自ら封印した。確かに木刀でも鋭い突きならば喉を破るくらいは出来る。まだ払いや斬撃の方が手加減しやすい。



「念のため確認しておこうか--」



 エルデンが口を開いた。155センチしかない俺より20センチ以上は背が高い。自然と見下ろすような形になっている。眠そうな細い目が俺を捉えた。



「参ったと言うか、十秒以上ダウンした方が負け。こちらは突きは無し、君は目潰しと急所狙い以外は何でもありだ」



「はっ、わざわざご確認どうもっす。どうしたんすか、今更」



 ゆっくりと左に回りこみながら俺は答える。エルデンもそれに合わせて剣先をツツ、とこちらに向けてくる。互いの間合いは一定のままだ。



「いや、試合の緊張感で君がルールを忘れていないかと気遣っただけさ。もっとも--」



 一歩、いや、瞬時に三歩。エルデンが間合いを素早く詰めてきた。



「--君が一撃で昏倒して終わるかもだがな!」



 それはまるで獲物を狙う蛇のようだった。間合いを詰めてからの初撃までが滑らかに、それでいて素早く連動している。俺の左手を狙った小さな払い、それには反応出来た。だが左にかわした俺を追撃した二撃目は更に速い!



「ちっ!」



 加速する。まだ相手は本気じゃないはずだ、なのにこの鋭さだと。だが--喰らってたまるかよ。



 剣先を見切り、後ろに回避。木刀が薙いだ空間を俺は一気に詰めた。エルデンも木刀を引き戻し防御体勢を取るが、それは織り込み済みだ。相手の視界に入りづらい下段が俺の狙い。



「はっ!」



 入った。右の下段蹴りが奴の左脚を捉えた。固い脚甲に防がれたが構うものか。最初から一撃で倒せるなんて思ってはいない。この間合い......逃がさねえ。畳み掛けてやる!



 左の速い拳を二発、エルデンの肩に叩きこむ。不完全ながらもこれがヒットした。



「凄い、シュレンちゃん!」



「いけいけー!」



 後ろからセラとエリーゼの声が聞こえてくるけどよ。全然余裕ないっつーの。当たりはしたけど、相手の方が体重あるからあんまり効いてねえしさ。それに更にもう一発放った右拳は木刀でガードされた。対応が速い。



「ちょっと驚いたな、思ったよりずっといい動きだ」



「そいつはどーも」



 一旦エルデンから距離を取る。ほんとは近い間合いでぶん殴り続けたかったけど、相手が体格を生かして潰しかけたから離れたんだ。経験が浅いとはいってもそこは騎士、そこらのごろつきとは動きが違う。



「いいのかな、離れても。そこは剣の間合いだろう?」



「あんたに潰されて致命打くらうよりはましさ」



 こいつは嘘じゃない。身長差を考えれば、エルデンは多少間合いが狭くても上から剣を振るうことが出来る。体勢が崩れた状態でそんなもんくらったら、そのままお仕舞いだ。



「それなら遠慮なく行かせてもらうよ」



 今までも遠慮なんかしてないだろ、と突っ込む暇もなくエルデンが攻めてきた。構えは変わらず右手一本で木刀を持っている。盾は無い。どちらかといえば手元の変化や速さ重視か。



 これが模擬戦ということを考えれば、全力で俺をぶん殴るのはやはり気が引ける、というか心理的には難しいのだろう。付け入るとしたらそこか。



 (というか、それくらいしか隙がねえし)



 木刀が唸りを上げて迫る。さっき懐に飛び込まれたのを警戒してか、軽くフェイントを交え俺を牽制してくる。俺にもう少し経験があれば、フェイントかどうか見極められるんだろう。だが今の腕では無理だ。



 速さでは僅かに俺が上回る。けどその差は体格や力強さでエルデンが上回る分で簡単に覆されていた。



 伸びてくる木刀の先を必死で払う。手甲のおかげで何とかそれも可能だが--



「ぐっ!」



 それも何発もつか?






 エルデンが攻め、俺が守る。向こうの手数を十とするなら、こっちは精々三くらいだ。それ以上は撃ち込む余裕が無い。予想以上に武器によるリーチ差が厳しい。それでも周囲からは「ほお」と時折感嘆の声が漏れる。素手の俺が粘っているのがそんなに驚きなのか。



 執拗に追ってくる木刀を見切る。それでも拳の距離には中々踏み込めない。前蹴りでの牽制が精々か。だが今は辛抱だ。必ず好機は来る。







 十分以上守勢に回っている間に、何発か軽い打撃を入れられた。全て防具の上からだが、積もり積もればじわじわと効いてくる。現に両手両足が痛みで熱い。俺の意志に関係なく動けなくなるかもしれず、そうなれば否応なく敗北だ。



「こらー、シュレンしっかりしろー! 負けるなー!」



「うっせ、こっちも必死なんだよ!」



 エリーゼに怒鳴り返しながら、相手の動きを読む。確かにダメージはかなり受けたけど、ここまでの攻防でエルデンの動きの癖のような物も掴んでいた。そこを上手く突けば何とかなるか?



「シュレン君、そろそろ降参しないか? 分かっただろう、素手で剣に敵うはずがないってことを」



 降伏勧告か。俺は返事はしない。お前の目を見れば何が言いたいかくらい分かるし。



「諦めて剣なり槍なりを使って騎士になればいい。拳一つで戦う? 夢物語だよ。人間には牙も爪もない。その代わりに武器を持っているんだから」



 そんなことは百も承知だ。俺も武器で戦ったことがあるから分かる。単純に攻撃力だけで言うなら、武器を装備した方が余程手っ取り早い。



「素手なんか止めておきたまえ。君の運動神経なら、本気でやればすぐに上達する。拳士(ナックラー)では騎士になれないよ」



「かもしれねえな」



 左からの横薙ぎを手甲で防ぎつつ、俺は相手を見据えた。ミシ、と木刀に押された手甲が軋む。



「それが分かっているなら何故素手にこだわる?」



「俺にはそれしかないからだよ......行くぜ!」



 押し込まれそうになったところを上手く切り返した。下に沈み、横に流れた木刀を俺は下から弾き返す。たまらずエルデンの重心もつられて浮いた。



「おおおおっ!」



 右の上段蹴りがまともに決まる。身長差をものともせず、これが綺麗に顎に入った。追撃だ。左の下段蹴りで体勢を崩し、そこから拳の連打へ。



 ガハッとたまらず息を吐き出したエルデンが何とか俺の攻撃から逃れようとするが、逃がすものかよ。引き戻した木刀が邪魔だけど、それでも連打で放たれる左右の拳が相手のボディに吸い込まれていく。



 武器を使えば楽なのは分かるさ。そんなのは百も承知だ。けど......それじゃ一番にはなれない。



「っしゃあっ!」



 左上段蹴り--けど、これは誘いだ。エルデン、あんたの悪い癖だ。頭への攻撃を警戒し過ぎで他が疎かだぜ。俺は左上段蹴りの軌道を体の軸を斜めに倒して変える。上段蹴りが中段蹴りの軌道となり、相手の右脇腹を強かに叩いた。





 剣や槍なら俺より上手い奴はごまんといるさ。悔しいけどそれが事実だ。



 けれどな、俺、誉めてもらったんだぜ。"才能あるな"って。勇者である義父さんの背中を見るしかなかった俺の、拳士(ナックラー)としての才能を認めてくれた人がいるんだ。



 その言葉に突き動かされて、毎日毎日鍛練を積んで--そして、今ここにいる。





 何発か攻撃を入れた。だが凌ぎに徹したエルデンの防御が固い。息が切れたこともあり、仕方なく一旦引く。

 熱い。拳も、脚も、体も、心も何もかもが熱い。気がつかないうちに木刀が入ったのか、左の頬がじんじんと痛む。右の二の腕も地味に痛い。骨まではいってないけどな。



「俺、これでやっていくって決めてんだ。頭悪いかもしんないけどな」



「--なら、これ以上は何も言わないよ」



 もう一度構えながら言葉を交わす。これ、と言いながら拳を揺らした時、エルデンがため息を漏らしたのが聞こえた。呆れたのかな。それとも感嘆のため息ってやつか? まさかね、そんな訳ないよな。



 いつの間にか、俺の周囲は静まりかえっていた。誰も口を聞いていない。時折夏の風がそよぐだけ。それが徐々に熱気を増す空気をかき回し、俺とエルデンの間を埋めていく。



 このままで行けるか。自分に問う。いや、無理か。なんだかんだ言っても地力は向こうが上だ。さっきの連撃でも倒しきれなかった以上、俺に倒す術は無いように思える。普通ならば。



「ここまでよくやったよ」



 先に動いたのはエルデンだ。一切の駆け引き無し、ここまでで一番速く間合いを詰めてきた。回避は許されない。だが受けることが出来るか、こいつの全力の一撃を?



 軌道は読めるが--いや、もう迷う暇すらない!



 相手の剣が振りかぶられる間に右拳を引いた。防ぐ。この一発を防いで勝負をつけてやる。「止せ!」と義父さんの焦った声が聞こえるけど、今更止められるかよ。



 これはただの模擬戦じゃないんだ。俺が賭けている物の価値が。意味が。覚悟が。そういった物全てが問われている、そういう試合なんだ。そこから逃げるようなら俺もそれまでだろう。

 普通じゃ勝てない。普通の戦い方じゃ勝てない。ならば採るべき道は一つだけだ。普通じゃない戦い方をすればいい!



「は......ぉああああっ!」



 腹の底から声を絞り出した。回避出来ない以上、エルデンの剣を受け止め、いや、受け止めるだけじゃない。正面からぶち破る!



 引き付けた右拳を腰の辺りで低く構える。腹に入った力を呼吸で練り上げ、一気に右肩、右腕、そこから右拳へと通す。普通じゃねえ一撃ってのを見せてやるよ。



 エルデンが渾身の力で繰り出した斬撃と、俺が斜め下から繰り出した右拳が空中でぶつかる。誰もが予想しただろう、俺の敗北を。



「な、そんな馬鹿なっ!?」



 けどな、残念ながらそいつは外れだ。エルデンの表情が歪み、木刀がメキリと折れる。俺の拳が纏う真っ赤な光が見えたなら分かっただろう。闘気が燃える輝きだと。これが俺の切り札--鋼崩拳(クラッシュ)だ!



 折れかけた木刀がクルクルと回転して飛んだ。それを目で追ったエルデンは隙だらけだ。まさか俺が闘気技まで使えるとは予想していなかったんだろうな。



 しゃがむ。膝をたわめ、最後の一撃へ。右拳はもう使えない。左拳じゃ力不足だ。だから最後を締めくくるのは。



「シッ!」



 鋭く漏らした呼吸と共に、全身のバネを生かし一気にバク転する。跳ね上がった爪先は回転の遠心力と脚力で鋭利な凶器と化した。視界の真下からの攻撃はただでさえ回避しづらい。まして茫然自失としているなら尚更だ。



 脚に伝わる鈍い衝撃と共に俺は宙に浮かびつつ、そのまま華麗に後方宙返りを決めた。声にならないうめき声をあげ、エルデンがぶっ飛びそのまま倒れたのが見えた。顎を思いきり蹴られたんだ、頭が揺らされたらもう立てっこないさ。



「--やっぱ毎日の修練て大事だよな」



 まさかの幕切れに周囲が沸くのを聞きながら、俺は大きく息を吐いた。後方宙返り蹴り--俺の得意のサマーソルトキックで勝負ありだ。全く、すんげえ疲れた......あれ。なんか、倒れそう?




******




「いて、いて、いてて!」



「痛そう~、でも自業自得よね。あんな無茶な技使っちゃうんだもん」



「余裕づらしてねえで、ちょっとは心配しろよ!」



 右拳を筆頭に全身を襲う痛みに俺は声をあげる。それを横で見るエリーゼは別に労ってくれる訳でもなく、ニヤニヤしてるだけだ。くっそー、あんなに頑張ったのに最初に皆に言われたのが「「「シュレンやり過ぎ!!!」」」だもんな。



 そう、確かにやり過ぎな気は......今ならする。勝負が熱くなりすぎたという意味でも、俺が無茶し過ぎたという意味でも。



 それにさ、勝つには勝ったんだけどさ。勝負の結果はラウリオさんに見届けられて、騎士団の代表者のみならずまさかのオリオス国王陛下の判断に晒されることになった。いや、多分、この模擬戦て俺を軽く負かして普通に騎士団に入団させることが目的だったんじゃないかなーと今なら思うんだよな。それが予想外に俺が勝っちまったから、皆どうしていいか分からないんだろう。



 と、冷静に考えることが出来るようになったのはつい最近--あの模擬戦が終わってから丁度一週間が経過した今だからだ。え、この一週間何してたって? そりゃ......傷の痛みと筋肉痛に苦しんでたんだよ。



「あんまり回復薬(ポーション)多用するのも逆に良くないっていうから一本しかもらえねえし、おまけに鋼崩拳(クラッシュ)の後遺症で右腕はギシギシするしな」



「でもさ、良かったじゃない。シュレンの拳が認められたんだよ? 騎士団には入団出来なかったけど」



「ん、んん。いや、どうなんだろう、良かったのか?」





 そうなのだ。何とあれだけ文句無い結果を出したにも関わらず、俺の素手による騎士団入団の願いは聞き入れられなかった。それを聞いた時には落胆し、次に怒りが沸いたもんだ。でも目を吊り上げた俺をなだめてくれたのは、その報せを持ってきたラウリオさんだった。



「陛下のお言葉を伝えるよ。シュレン君の戦いぶり、まことに見事。強さは十分騎士となるに値する。しかしその枠に嵌めて窮屈な思いをさせるのも、余は忍びない、だってさ」



 そしてラウリオさんは懐から一通の封書を取り出し、俺に渡したんだ。それを見て俺はびっくりした。何たってシュレイオーネ国王陛下の直筆の封書であることが封書の表面に記されていたんだから。



「こ、これ俺に? 読んでいいんですか?」



「もちろんだよ」





 未だに痛む右拳を庇いながら、俺は左手でもう一度封書を開ける。エリーゼが側に寄ってきた。一緒に読みたいのか。



「凄いわよね、シュレン。陛下自ら"天拳(ヴェオネス)"の称号を名乗ることを許可してくれたんだもの」



「いや、まあ......な。それにあれも戴いたし」



 照れ隠し半分で机の方を見る。そこに丁寧に置かれているのは、白絹に包まれた真新しい手甲だ。先の模擬戦でボロボロになった革の手甲の代わり--というにはあまりにも高性能のミスリル製の手甲は、絹の布地を通してさえ鮮やかに輝く。魔力付与(エンチャント)の恩恵で+4まで強化されたこいつなら、大概の攻撃を弾けるだろう。



 騎士団に入団出来ないのは残念だったけど、確かに俺は認められたんだなと実感する。それに今回の件で軽視されがちだった拳士(ナックラー)を見直そうという動きも出てきたらしい。それらを考えると、じんわりと喜びが沸いてきた。



天拳(ヴェオネス)のシュレン、か。ははっ、いや、なんか凄くね、俺?」



 自然と笑いが零れた。エリーゼは得意そうに「そうよ、だって私の双子の兄だもの。当然凄いのよ」と誉めてくれた。可愛い奴だ。「くっ、それにしても天拳(ヴェオネス)......憧れて止まない強者の証、二つ名を......私も早く伝説の竜司士(ドラゴンテイマー)にならねば」と濁った瞳でブツブツ言い始めたのは不気味だったけどな。






 右拳を撫でながら、俺の先生だったあの拳士の言葉を思い返す。俺は期待に応えられたと胸を張って言えるのだろうか。「拳を剣に負けない物にしたよ」って言えるのだろうか。いや、まだその答えを出すには早すぎるか。十二歳の半人前がちょっと誉められただけなんだ、むしろここからスタートしなきゃいけないだろう。



 俺にかかる期待、その重みが陛下より賜った手甲と"天拳(ヴェオネス)"の二つ名に込められているのが分かるから。







「見ててくれよ、おっさん」



 俺の独り言に「ん? 何か言った?」と反応したエリーゼに「なんでもねーよ」と返し、ベッドから起き上がった。怪我してるとはいえ、いつまでも寝てる訳にはいかないからな。体も鈍っちまうし。



 服を着替え部屋を出た時、ちょうど義父さんと出くわした。「よお、傷はどうだよ」と聞かれ、ちょっと考えてから答える。



「なんてことないね」



 ほんとはまだ痛いけどさ、俺もまだ格好つけたい年頃だからな。それにちょっと無理して背伸びしてりゃ、いつかは見に余る評価にも追い付くってもんだろう?

 シュレン・セイスター・オルレアンの拳の行き着く所はもっと先にあるんだから。

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