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勇者の俺はシングルファーザーしています   作者: 足軽三郎
終章 その手に静かな幸せを
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俺にとっての家族って

 若草色の草原が整備された街道の周りに広がる風景というのは、馬車で移動する時には理想的だ。見た目がのどかなのはもちろん、敵に奇襲されることが少ないからな。



 ここ最近は派遣された兵士達や冒険者による警備が整い、街道周りは危険度が減っているというが。それでも安全にこしたことはない。



「懐かしいな。この辺はやっぱり変わってねえ」



「昔通ったのー?」



「覚えてなーい」



 馬車の窓から外を見ていると、シュレンとエリーゼが横に並んだ。セラも後ろから覗き込む。止めろー、全員が片側に寄ると危ないだろー。



「旦那、リールの町まであと3キロです」



 御者の声に頷く。もうそんな距離か。二週間ちょっとの旅も終わりだな。

 着いたらまずはメイリーンの家に挨拶に行くか。



 ゆっくりと丘を回り込む馬車、それを引く二頭の馬の蹄はポクポクと軽快な音を立てている。確かこの緩い坂を越えれば、リールの町、そして近辺に広がるスーザリアン平原が見えてくる。



「双子ちゃんが育ったお家も見ること出来るんですね」



「ああ。多分保存されてるだろう」



 セラに答える。そうか、あれが--双子と出会ったのが七年前近くになるのか。早いもんだ。



 王都からリールへの旅--双子の実の両親であるシューバー・セイスターとその妻、エイダの墓参りの為の旅は、無事に終わろうとしていた。




******




「いやー、昔に比べたら街道が整備されたせいか楽だったわ」

 


「それでもやっぱり長旅でしたでしょ? お疲れ様でした」



 リールの町に着くとすぐに俺達は町の人達に出迎えられた。事前に早馬で到着を知らせておいたおかげだ。その中によく見知ったメイリーンの顔を見つけ、彼女の家に案内されたというわけ。



 おお、メイリーンの子供が大きくなってる。しかも一人増えてる。



「可愛らしいですね! 今おいくつですか?」



「二歳になります。女の子なんですけどヤンチャで......アハハ」



「分かりますよ、うちもエリーゼちゃんがすごく元気ですから」



「セラ、実感こもりすぎ」



 そうか。あの後もう一人産まれたのか。一男一女に囲まれたメイリーンは大変そうではあるけれど、幸せそうに見えた。良かったな。



「まだちっちゃいねー」



 エリーゼはしげしげと二歳児の手を見つめ、それだけでは飽きたらずつついたりしている。シュレンはメイリーンの長男と顔を合わせ、何となく恥ずかしそうだ。「あの時は赤ちゃんだったのにねえ」とメイリーンはしげしげと双子を見つめていたが、その視線が動く。



「ところで勇者様。こちらの方は奥様でいらっしゃいますか?」



「はははは恥ずかしいですわ、おおお奥様だなんててて! たたたただのセラ・コートニーです!」



「ただのって有料のお前とかいるのかよ......ああ、まああれだよ、正式な妻じゃないけどそんな感じ」



 顔を真っ赤にしてバタバタしているセラは放置することにした。そうしたら何故かメイリーンに「あらあら、勇者様も隅に置けないですね。こんな可愛い方を」と笑われた。うん、もう説明するのも面倒だしと思い、ふざけてセラの肩を抱き寄せた。



「そうなんだよ、いい仲なんだよ......あれ? おーい」



「パパー、セラ気絶してるー」



 そう、シュレンの言う通り。真っ赤を通り越して顔を真っ青にしたセラは--泡吹いて倒れかけていた。








 そんな些細な(些細だよな!?)事件はあったものの、和やかな時間を過ごした俺達だが、目的を忘れたわけじゃない。あくまでシューバーとエイダの墓参りに来たわけだ。とはいえ今日はもう遅いのでそれは明日にする。



「というわけでー、今日泊まるところに行くぞー」



「「どこー?」」



「お前らが育った家」



「え、空いてるんですか?」



 そうなのだ。セラが突っ込んだ通り、その昔俺が赤ん坊のシュレンとエリーゼと一緒に生活していた一軒家。それが今たまたま空いているのだ。別に普通に宿に泊まってもいいのだが、せっかくなので昔を懐かしむのも悪くはないだろう。



 俺が引っ越していた間は、町の人達が交代で掃除などしていたらしい。時折この家を借りる人もいたらしいが、今はたまたま空き家になっている。



「うおっ、懐かしー」

 


 着いてみると自然にそんな声が出た。古いけどがっしりした木による造りが特徴の二階建ても、三角形の屋根も、小さな庭も何もかもそのままだ。あの庭に小さなシュレンやエリーゼが降りて、よく立ち歩きの練習していたんだよな。



 セラも興味深そうにキョロキョロと家の中を見渡している。「ここで勇者様が双子ちゃんと一緒に......」と感慨深そうに呟き、それから荷物を置いた。



 あれ、シュレンとエリーゼはどこだ?



 ああ、いたいた。一階の奥の部屋にいた。部屋の隅にしゃがみこんで、何かをじっと見つめている。



「おーい、シュレン、エリーゼ。とりあえず着替えろよ」



「ねーパパー」



「ここ、何でへこんでるのー?」



 エリーゼが指さし、シュレンが床の一部を撫でる。確かに木の床に敷かれた荒い織りの絨毯に、四つ跡があった。机を置いたような、いや、これは。



「そこな、昔、シュレンとエリーゼが寝ていたベビーベッドがあった場所だ。赤ちゃんだった頃のな」



 それを聞いて「えーっ!」とシュレンは目を丸くした。エリーゼは「ここにあたしたちいたの?」と天井や床を見る。おいおい、二人とも事前に説明しておいただろ。



 そうだよ。エイダから託されて、俺が右も左も分からないまま子育てしてたのがこの家だ。



「お前ら覚えてないかもしれないけど、赤ちゃんの時から二歳過ぎまでここにいたんだぜ? さっき会ったメイリーンが世話してくれてな」



 はは、て言っても覚えてないか。さっきメイリーンに「覚えてるかな?」と笑顔で言われても、キョトンとしてたくらいだからな。流石に小さすぎたか。



 けど、あっちこっち探険している内に何となく心に響く物はあったのだろう。俺やセラに「ここでご飯食べたよね!」とか「お庭で遊んでこけちゃった!」とか色々教えてくれるんだ。



 うん、多分さ。



 ほんとは覚えてないとは思うんだけど。



 でも自分が赤ちゃんの頃に育った場所があるってのは、ちょっといいもんじゃないか。








「......俺さあ、二人の夜泣きに悩んだり、離乳食食べてくれなくて半泣きになったこととか色々思い出しちまったよ」



「あー......やっぱりしんどかったですか?」



 その晩、双子が寝た後に俺はちょっとセラと話した。古い木造家屋で探険ごっこをしたシュレンとエリーゼは、はしゃぎ過ぎたのかもう寝てしまっている。



「しんどかった。もうね、何で俺がこんなしんどいことしてんだよってキレかけた。唯一の楽しみと言えば、メイリーンとアイラが見てくれている間にお姉ちゃんのいる店に行くくらいで--」



「--この町にもあるんですね」



「今はどうかしらないけど、あの頃はあったね。ま、それくらいしか息抜き出来なかったけど」



 一旦言葉を切った俺はちょっと席を立つ。双子が寝ている部屋の扉を静かに開け、中を覗き込んだ。シュレンの黒髪とエリーゼの金髪が仲良く並んでいる。規則正しく上下に揺れているのは、寝息を立てながら安らかに寝ている証拠だろう。



 もうベビーベッドで二人並んでいた頃とは違う。



 あと二ヶ月ちょっとで二人は七歳になるんだ。難しい言葉さえ使わなければ、ちゃんと大人とも話が出来る。足も速くなったな。



「......今はあの時苦労した意味があったかな、て思えるんだよ」



 セラは静かに頷くだけで何も言わない。けど、口元が優しい微笑みを作っている。その口が小さく開いた。



「ウォルファート様は本当にいいお父さんですわ」



「え、嘘だろ?」



「本当ですよ。少なくとも双子ちゃんは--」



 そう言ってセラは俺の横から覗き込んだ。ランプの光に淡く輝く銀髪が揺れる。



「--ウォルファート様のことを大好きなパパと思ってますよ。反乱軍鎮圧の報が届いても中々お帰りにならなくて......二人ともすごく落ち込んでいましたもの」



「そ、そうか」



 まあなあ、二ヶ月、いや遠征に普通にかかった時間も加えたら三ヶ月か。結構長く家空けたしな。

 でもあれだな。悪くねえな、こういうのも。



 ふと俺は振り返る。部屋の廊下が目に入った。ああ、確かシュレンが最初にハイハイしたのはあの辺りだったか。エリーゼがそれに触発されてハイハイを始めて--



 目を閉じた。この家の空気が記憶を呼び起こすのか、昔のことが脳裏に甦る。





 "けど育児ってさ。誰からも誉めてもらえないじゃん。やりがいがないっつうか--"





 ああ、確か俺はそんなことを言ってたな。努力しても道理の通じない赤ん坊相手には、それが報われるって限らないから。だからあんなに悲しかったんだな。



(おい、昔の俺。もうちょい頑張ってみろよ。絶対いいことあるって)



 部屋の片隅でいじけている幻の俺。そいつにそっと声をかけた。大丈夫、お前の努力は報われるよ。ただすぐにはわからないだけさ。




******




 一歩一歩足を踏み出す。仄かに漂う花の香りが足取りを軽くする。



「「まだー?」」



「もうちょい」



 ちょこちょこと俺の横を歩く双子に答える。左手を見ると広大なスーザリアン平原が広がっている。リールの町のはずれはこの平原の端にかかっていた。俺達はそこを歩いているんだ。



「あそこが勇者様が大魔王を倒した場所なんですね」



「ああ。この平原広いからさ。実際に戦場になったのはもっと遠くだけどな」



 セラが遠くを見るように背伸びした。今日は歩くから彼女には珍しく男のようなパンツルックだ。エリーゼにも同じような格好をさせている。



 俺の右手の木の桶がカランと軽い音を立てた。水は墓地の近くで汲めるだろう。やっとここまで来れたな。一歩ごとに何故か心臓の鼓動が速くなる気がする。



「墓地についたらお水で洗って、それからお花を添えるのよ」



「うん!」



「お墓って怖くない? 幽霊出ない?」



「大丈夫、大丈夫。お昼間は幽霊さん寝てるから。それに--」



 元気よく答えるエリーゼに比べて、シュレンはちょっと心配そうだ。けれどセラの一言は優しかった。



「--ここの幽霊さんは二人を守ってくれるんです」



 シューバーとエイダの二人が葬られているのは、この共同墓地だ。魔王軍との最後の戦いの後、戦死者は皆ここに葬られた。中には遺体が確認出来なかった者もいたが、幸運にも二人についてはちゃんと同じ墓に入っている。



 共同墓地というと物寂しいイメージだが、庭園が設けられているここはそれほどでもない。特に春は鮮やかな野の花が彩りを添える。



「ここから入るんだ」



 墓地の入り口である木戸を開けた。キィと軋んだそれを押す。



 シュレン、エリーゼ。



 お前らの本当の両親が眠る場所だよ。



 二人の墓はすぐに見つかった。白い四角い石が地面に置かれている。そこに刻まれているのはシューバー・セイスターとエイダ・セイスターの二人の名前だ。七年という月日が、その文字を土埃で埋めていた。



 それを四人で払う。双子も小さな手で神妙にやっている。実の親と義理の親の区別がついているかは微妙だが、俺なりにそれは教えてきたつもりだ。少しは伝わっているだろうか。



 水をかけて墓石を洗うと、だいぶ白さを取り戻した。すまなかったな、シューバー、エイダ。忙しかったなんて言い訳にはならないが......全然墓参りにも来なくて。



 でもさ、ほら。お前達の子供はこんなに元気に育ってる。小さな手を合わせて分からないなりに祈っているのが、お前達の子供だ。



「--お父さんとお母さん」



 そうだよ、シュレン。



「--ええと、こんにちは」



 エリーゼもよく言えたな。



 な、シューバー、エイダ。お前らあの世で「あのウォルファート様にお願いして大丈夫?」とか言ってるんだろうけどさ。俺なりに頑張ったんだぜ?



 だから安心して眠れよ。




******




「家族って何だと思う」



 墓参りから帰る道すがら、俺はセラに聞いてみた。双子はさっきまでの神妙さはどこへやら、キャーと笑いながら走っている。まあ、子供はあれでいい。考えるのは大人の仕事だ。



「え、うーん、改めて考えると......父親、母親、子供、おじいさん、おばあさん、兄弟、姉妹、でしょうか」



「そだな、普通に考えたらな。子供って親に似るしさ。けど俺思うんだよ。親から伝わる物だけが全てじゃない。実際、俺の両親はただの農夫だ。なのに子供の俺は勇者なんかやってる」



 ポツリと俺は話す。けして流暢ではないけど、思うことを素直に。



「血の繋がりってやつはやっぱりあるけどさ、それ以外にも人を作る物はあるんじゃねえかな。俺はシュレンとエリーゼとは血は繋がってないけど、俺が教えたことはあいつらに何かしら影響あるだろうし」



 いいか悪いかは知らない。けれど、何だろう。二人を作っているのはきっと色々な要素だ。



「血の繋がりもあるし。周りの人の優しさや言葉もあるし。もちろんあいつら自身が吸収したこともあって、そういうのが組み合わされて人間て出来るんじゃないかって思うんだ」



「ウォルファート様、妙に感傷的ですね......」



「柄にもなく墓参りなんかしたからだろ」



 視線を前に移す。仲良く手を繋いで歩く双子が見えた。この世の中で血の繋がりがあるのは隣にいる人だけのシュレンとエリーゼ。でもな、お前らを包む人達はたくさんいるんだ。



「家族ってのは、お互いを本気で親身に思ってやれたらそれが家族って言えるんじゃないかってな」









 一人でいいと思っていた。



 勇者の名声を隠れ蓑にして、孤高を気取ってた。



 でもさ、今こうして四人で歩く俺は。



 俺なりに家族ってことを考えている。変わったんだな。



 それがいいことかどうかは分からない。けれど、胸を静かに充たすこの暖かさは嘘じゃないことだけは分かるよ。








 セラが笑う。



「そんな風に素直なウォルファート様も素敵ですね」



「無理すんな。どうせ似合わないって思ってるんだろ?」



「そんなことないですよ」



「なあ、セラ」



 俺の呼びかけにセラが振り向く。


「お前さ、今も変わってないか? 公爵家(うち)にずっといたいって言った気持ち」



「変わってないですよ。ずっと、ずっと......私はお側にいたいです」



 返事は即答。全く迷いはないらしい。そうか、それなら。



「ずっといていいぜ?」



「え?」



「ポカンとすんなよ。嫌じゃなけりゃ、俺と双子のそばにいてくれって言ってんだ--もう夜の女のとこにも行かねえしさ」



 あれ、おかしいな。サラッと言うはずなのに声が震えたぞ。はは、俺だらしねーな。



 けどいいか。「嬉しいです!」の一言と共に、銀髪の女の子は抱きついてくれたのだから。

 次が本編最終話になります。

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