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勇者の俺はシングルファーザーしています   作者: 足軽三郎
終章 その手に静かな幸せを
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旅路の前に

「今日という卒園の日を皆さんと迎えられたことを、私、イヴォーク・パルサードは本当に嬉しく思います。おめでとう」



 壇上から暖かい言葉、いや、何よりそれ以上に暖かい気持ちを届けたのはグランブルーメ幼稚園の園長たるイヴォーク・パルサード侯爵だ。総督府の仕事と掛け持ちしながらなのに、この人も凄いよな。あ、でも園長先生には卒園は無いんだった。



 園の講堂に全ての関係者が集められている。今日の主役である子供達も、保護者である大人達もいつもより二割増しは綺麗な格好だ。俺も渋々ながらちょっといい服にしている。肩が凝るから嫌なんだけど。



「ほら、ウォルファート様。シュレンちゃんとエリーゼちゃんの番です」



「お、本当だ」



 セラに小声で答えながら壇上を見る。今から卒園の証であるメダルの授与式をやるらしい。別に幼稚園には席次も何もないけど、一応勇者の俺に気を遣ってなのか。何故かうちの双子が一番最初に呼ばれていた。



 それを俺とセラに教える時、二人は嬉しくてたまらないという顔だった。だから俺も素直に「おー、よかったな。何でも一番てのはいいことだ」と誉めてやったのさ。呼ばれた順番なんて別に意味ねーよとか言うのも大人げないし。



 (とまあ、それはいいとして)



 こっそりと俺は後ろの気配を探る。右目の六芒星(ヘキサグラム)は気配探知も得意なんだ。ある程度探りを入れるくらい、楽勝だっつーの。



 いた。父兄の更に後ろ、講堂の扉の隙間から卒園式を見ている不審な人物が二人だ。まあさあ、別に悪さはしないから多目に見るけどさあ。

 なんでアニーとロリスが見に来てるんだよ! お前ら関係者でもなんでもねーだろ!?



「いや、あたし達関係者だって! あたしなんかシュレンちゃんとエリーゼちゃんが小さい時から知ってるし? ほら、今も隣に住んでるし?」



「そんなアニーさんの友人なので僕も立派な関係者ですよ。完璧な理屈じゃないですか?」



「......うん、そうだね。いいよ、好きにしろよ」



 卒園式が一段落し、親や子供達の歓談の時間に俺は二人を捕まえた。何やってんだよ、と聞いたらこれだ。おかしいな、俺、一応シュレイオーネを救った勇者なのに何で女子二人を言い負かすことも出来ないんだ。



「パパー、いいじゃーん。アニーちゃんいつも遊んでくれるしー」



「エリーゼ、アニーちゃんやロリスちゃんみたいになるんだー」



 シュレン、お前がそう言うなら認めてやってもいい。だがエリーゼ、お前は駄目だ。こいつら見習うなんて俺はやだね。絶対やだね。



 そう思ったのが顔に出たのだろう。アニーとロリスは顔を見合わせた。



「もー、双子ちゃんが支持するからって怒らないの、勇者様~」



「そうですよ、いい男が台無しで僕は悲しいなあー、ああ、悲しいなあー」



「くっ、お前ら......いつか見てろよ」



 あれか、俺に威厳が足りないのがいけないのだろうか。そうこうしている内にセラに肘でつつかれた。「他のご父兄の方にご挨拶しないといけませんわ」と注意される始末だ。心なしかその目が冷たい。



「分かった、分かった、今行くからさ。そんな怒るな」



「しょんなおこんなー」



 シュレン、お前空気読めー。ウフフってセラが作り笑い浮かべてるのが怖いんですけど。その青い右目が氷を連想させて凄く怖いんですけど。



「うふふ、最後には私のところに勇者様は帰ってくるんですわ......」



「ソウダネ! カエルカエリマストモ!」



「パパよりセラがつよいのね! セラ、かっこいー!」



 エリーゼ、お前の周りにはこう--もうちょい穏やかな女がいるべきだと俺は思うんだよ。



 苦笑やら軽い嘆きやらは心の中に閉じ込めながら、俺も会話の中に入る。人付き合いは嫌いじゃないしな。それに貴族には人間関係だって重要だ。俺が公爵だからって甘い顔して近づいてくるような奴は願い下げだけどね。



 適当に挨拶していく。シュレンやエリーゼと同じ組の子なんかは、俺を見かけては手を振ってくれる。「勇者様だー!」なんて言ってくれると可愛いもんだ。こういう子供とも滅多に会う機会は無くなるかもな。幼稚園を卒園したら、あとは個人個人で私塾に通ったり家庭教師を雇うから中々大勢で学ぶ機会ってないのさ。



「勇者様、そして双子ちゃん。またお会いする機会がありますように」



「あー、そうっすねえ。きっと縁があれば会えますよ、アハハ」



 いやあ、悪いとは思うんだけどさ。何回も同じような会話してると、空虚な言葉しか出なくなるんだよな。大人の事情って奴だ、こりゃ。



「あれ、あの人確か」



「どうされました?」



 俺は何も言わなかったが、セラも視線で気がついたようだ。黒っぽい髪をした痩せた男性がいる。その手が繋いでいるのは男性によく似た男の子だ。そうだ、確かケビンと言ったはずだ。そして男の子の肩に手を置く一人の女性も。



 あ、そっか。そういうことか。



 ちょっと見ていると男と視線が合った。慌てた様子でこっちに駆けてくる。三人が声を揃えて「ウォルファート様、奥様、ご卒園おめでとうございます!」と言ってくれた。いや、わざわざすんません



「ケビン君とパパですよね? すいません、今まで姿だけは見かけたことあったんですけど。あの、こちらの方は?」



 そう、そしていつも"天国のママも喜んで......"という台詞が聞こえてきていたんだけど。今、俺の目の前にいるのは二人じゃなくて三人だ。

 そうなると初めて見る女性にどう聞いていいか分からず、ちょっと微妙な感じの聞き方になる。



「はい、ケビンの父親のケーニッヒ・デューターと申します。こちらは......あの、私、再婚いたしまして、その相手の」



「あなた、しっかりなさって。お初にお目にかかります。カミラ・デューターと申します。先月、ご縁がありまして......ええ」



「それはそれは。おめでとうございます」



 そうか。再婚したのか。カミラさんはほっそりした優しそうな女性だ。男やもめのケーニッヒ氏もこれで新たな伴侶を得たことになる。天国の前の奥さんもホッとしているんじゃなかろうか。



 それ以上特に話すことも無いので、頭を下げて三人は去って行った。確かデューター家って北東の方にある小さな子爵家だったよな。わざわざ王都で働くのは何かしら事情があるんだろうけど。



 けど、まあ。それは今はどうでもいいことだってね。



「すごく楽しそうですわ、ケビン君」



「そだな」



 セラに答えた俺はちょっと目を細める。パパと新しいママに挟まれて、ケビン君は手を繋いでいた。「ねー、パパ、ママー。卒園したんだよ僕」と微かに聞こえてくる声は、春の空気にも似てとても暖かかった。



 末永くお幸せにだ。それだけ祈らせてもらうよ。




******




 その日の晩のことだ。リールの町への出発を明日に控え、俺はアイラとアニーのオーリー姉妹に会っていた。今日は俺があいつらの家に赴いている。



「ほんとにいいんですか、勇者様?」



「構わねえよ、帰りの馬車に乗せるだけだし」



「うちのお父さんとお母さん、恐縮するだろうなあー。何たって勇者様ご一行との旅路になるもんなあー」



 アイラはすまなそうにしているが、アニーはそうでもない。この件については直接的な当事者ではないからだろう。






 俺達が何を話しているかというとだ。今回シューバーとエイダの墓参りの旅に出かける機会を利用して、帰路にリールの町で姉妹の両親を拾っていくということを話していた。これにはアイラの結婚式への参列の為、という事情がある。



 元々、ラウリオとアイラは去年の戦争が終わったら挙式という予定ではあったのだが、俺が昏睡状態になりそれを延期していたのだ。二人からすれば「勇者様のいない結婚式は嫌だ!」ということらしい......戦死でもしたなら事情は別なのだろうけど、生きている以上は俺を放っておくのは出来ないと考えたんだと。



 結局冬には帰ってきた訳だが、寒い季節でもあるしなんやかやで忙しくて春先まで結婚式は挙げられず、という訳だ。そろそろいいかな、という時に墓参りの件が重なり、何となく--



「--じゃあさ、俺がご両親連れてくるから、それから結婚式したらいいじゃん」



 ということになった。この数年の間に各所を結ぶ街道も整備され、王都~リール間も以前よりは時間もかからず安全性は向上したとはいうものの。やはりそれなりに危険があるには変わりない。遠方への旅はいつもそれを考慮しなきゃいけない。面倒くさいだろ?



 最初はラウリオもアイラもうちにそんなことをさせるなんて、と恐縮していたけどさ。俺としては別に構わなかったしね。最終的には後からラウリオが早馬でリールの町に行き、帰りの旅路に同行して警護を担当するというところで落ち着いた。



 そう決まった時には思わず「俺と双子がリールの町から王都へ引っ越した時と同じだな」と呟いちまった。ラウリオも思い出したのだろう。「そうですね、懐かしい」と笑ってたな。あれがもう四年半前か......何だかあっという間だったなあ。







「しかしよお、別に俺いなくたって式挙げちまえばよかったろうに。どんどん歳だけくっちまうじゃん」



「そんなこと出来ないですよ! だって私もラウリオさんも、ウォルファート様にどれだけ助けてもらったか。それを考えたら--」



 そんなもんかねえ。しかし、こうして俺、アイラ、アニーの三人で話してるとリールの町にいた時を思い出すなあ。メイリーンが辞めて、アイラが母親役を引き継いで。あの時はあの時で大変だったけど、あれはあれで楽しくもあったな。



「メイリーンさん、どうしてるかな?」



「さあ、連絡とか全然してねえし知らねえけど。おい、アニー。それ何だ?」



 俺はアニーが後ろ手に何か持っていることに気がついた。案外あっさりそれをアニーが差し出す。綺麗に包装された箱だ。あまり大きくはないが、値打ち物が入っていそうな高級感がある。



「これね、お姉ちゃんとあたしから。メイリーンさんに渡してもらっていい?」



「おう。そりゃいいけど、何これ?」



「王都で人気の化粧品です。色々考えたのですけど、結局無難な物がいいかなって」



 そっか。いや、うん。アイラもアニーもちゃんとこういう気が利く子になってくれたのか。というか、よく考えたらアイラが今年二十六歳か? アニーが二つ下だから二十四歳か。いや......いつの間にかいっぱしの女だよな。



「なんかさ、こうして三人で話してると最初に出会った時のこと思い出すよ。ほら、金鹿亭でさ」



「ああー、あの時、勇者様疲れてたのか寝ちゃってましたよね。あたし困っちゃって」



「そうそう、そこにたまたま私が帰ってきたんですよね」



 そうだ、あの時はアニーが実家の手伝いしていて。運び屋を辞めたアイラがちょうど帰ってきてたんだったな。あの時この二人がいなかったら、と思うとちょっと想像つかない。俺は赤ん坊のシュレンとエリーゼを抱えて、途方に暮れていたかもしれないな.....いや、その可能性は高い。



 まだあの時は二人とも子供っぽい部分があったけど、今はもう立派な大人の女だと思うと感慨深い物がある。ランプの明かりにグラスの酒を透かしつつ、しみじみと昔話をするのも悪くないもんだ。



「両親に手紙とかあったらくれよ。ちゃんと運んでやるからさ」



 そしたらアイラに言われたね。



「なんだかんだ言っても、勇者様って優しいですよね」と。



 ふん、今更何言ってんだよ。俺は昔から優しかっただろ......多分。


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