物事は変わっていくんだ
「お帰りなしゃーい!」
「お帰りなしゃーい!」
「おー、今戻ったぞー......っぐっふ」
「だ、大丈夫ですか、勇者様!?」
あ、ああ。セラ、心配すんな。ちょっと双子の体当たりからの頭突きをくらっただけだ。鳩尾に入ったくらい何でも--なくはないな、痛い物は痛い。
帰るなり手荒い、もとい、手厚い歓迎を受けた俺は三人の顔を見た。うん、出陣前と何も変わっていない。俺の記憶にある三人の顔と同じだ。ちょっと違和感があるのは、服装が変わっていたからだな。
「倒れたとお聞きして、心配したのですよ」
「色々張り詰めてたからな。いやあ、目覚めたら冬になっててビックリしたわ」
セラに答えながら外套をメイドに渡す。お、いつもはかしましいこいつらがやけに殊勝だな、と思ったのは一瞬だった。
「ウォルファート様がお戻りに!」
まあ、これはいいよ。
「右目が魔眼化してちょっと痛々しい!」
......うん、心配してくれていると思うことにするよ。
「次はあれに決まってるわね!」
「俺の中の第二の俺が!」
「「キタコレー!!」」
「こねーよ! アホ!」
恨むぜ、アウズーラ。お前の力添えのせいで何故か笑い者になっちまったぞ。
しかし、まあ。
こうやってのほほんとした日常が戻ってきたなら、こんなことは些細なことだよな。しみじみとそう思いつつ、窓の外を見る。庭はすっかり白く雪化粧でおめかしだ。秋の風景なんぞ欠片も無い。何だか少し損した気分だ。
仕方ねえか、二ヶ月も昏睡してたもんな。
******
ベリダムを倒した後は予想以上にあっさりと戦の行方は決まった。大将の敗北を目の当たりにして、ベリダム軍の大半はあっさりと投降したからだ。ベリダムのみならず、ビューローとネフェリーも既に戦死という状況ではそれも仕方ないだろう。指揮官不在で戦い続けられるような兵は多くはない。
俺はそのまますんなりと味方と合流したんだが、もう大変だった。勝利を収めた興奮で皆大騒ぎだったのは分かる。あのギュンター公でさえ上ずった面持ちだったのだし、無理は無いと思う。けどそれと同じくらい、いや下手したらそれ以上に皆が興奮していた理由は。
「「「勇者様が生きていらっしゃたー!!!」」」
「あ......はい」
凄い勢いで皆に囲まれて驚いちまったよ。後から聞いた話によれば、ラウリオが俺が生きていた--正確には復活だがあの時点では知らないし--ことを皆に知らせたはいいが、ほとんどの人間は半信半疑だったらしい。見間違えではという意見と、ベリダムに幻覚でも見せられたのではという意見が疑惑派の主流だったようだ。
それも仕方ない。正直俺だって同じような立場なら眉唾物と疑ったと思う。ベリダム軍と交戦中だったし、楽観的な意見は止めようという見方もあったそうだ。
「だから俺がいくら言っても、皆信じてくれなかったんですよ!!」
「そりゃしゃーねーよ、ラウリオ。って言うかお前、俺って何があったんだ」
憤慨しつつも俺の復活を喜ぶラウリオを見る。あれ、何かたくましくなったな、こいつ。この戦の前より一回り男として剥けたというか。
けどさ、俺がそう言ったらさ。ロリスの奴、何て言ったと思うよ。「僕はですね、やっぱり剥けていた方がいいと思うんですよ。変に皮かぶっているより。ええ、皮かぶっているより!」ってお前は何をくちばしっているんだ。
「いや、そういう意味じゃないから。俺、そういう意味で、けして下ネタ的な意味で言ったんじゃないから」
「えっ、そうだったんですか。てっきり夜の勇者様だけにそういう意味かと」
「お前、それ俺と会った時からずっと言ってるよね? ああ、確かにナイトライフは満喫してたさ。最近は控えめにしてたけどな」
俺が半ば呆れると、ロリスの奴、妙にニヤニヤしやがった。
「そうですか。セラさんで満足しているからもう夜の街に繰り出すこともないと......あー、暑い暑いなあ。秋なのに暑いなあ」
「色々おかしーだろ、それ!?」
と、戦勝祝いの興奮の中、俺は皆に囲まれながら復活を喜ばれていたんだが。
そんな最中、急にぶっ倒れたわけだ。
目覚めた時、いやに寒いよなと感じたのははっきり覚えている。辺りを見回すと広くは無い部屋だった。一つだけある窓の近くに、見覚えのある人物がいた。その人物が水色の目でこちらを見る。
「お、気がつかれましたか」
「エルグレイか。なあ、ここどこ? 俺、急に倒れたとこまでしか覚えてないんだけど」
場所も気になるし、体にかけられた分厚い毛布、やたらと寒い気温も気になる。そんな俺にエルグレイは丁寧に答えてくれた。王都から北に伸びる街道沿いの小さな町、そこに俺は急遽運びこまれたらしい。体に蓄積されたダメージが原因では、と推測されたものの無闇に動かすのも危険と判断した結果だ。幽界をさまよっていた魂の状態から復活を遂げた、と話してはいたのでその反動とも思われたんだろう。
その時異常に気がついた。妙に寒いだけじゃない。エルグレイが着ているのは冬服だ。朝らしく窓から陽光が射し込んでいるが、それが白っぽく弱々しい。
慌てて起きようとすると、足が縺れた。エルグレイに助け起こされベッドに座り直す。何だ、こりゃ。まるで力が入らないぜ。
「なあ、もしかしてさ。俺、すげー寝てた?」
「ええ。季節が変わるくらいにはね」
「どれくらい寝てたんだよ! というか、今は何月だ!」
慌てたせいか声が掠れた。落ち着いて、とエルグレイがくれた水を飲みつつ答えを待つ。
初冬の月の14日と聞き、目が飛び出そうになった。丸々二か月経過している。そりゃ身体も弱るわ。
「お、何か声が聞こえたと思ったらお目覚めだ」
部屋の扉を開けながら顔を覗かせたアリオンテが、ちょっと皮肉そうに笑う。その左手に緩く曲がった剣が鞘に収められていた。それを差し出しながら、アリオンテはちょこんとエルグレイの隣に座る。
「これを返さなきゃいけないからさ。わざわざ王都に戻らず付き添ってたんだ」
「律儀だな、ていうかよ。二ヶ月も昏睡してたって聞いてまじでショックなんだけど」
「気持ちは分かるけどさ、とりあえず何か食べたら?」
もっともだな。
病人用の飯を食べながら聞いたところによると、俺はあの時いきなり倒れたらしい。何が起きたのか分からず騒然とする中、ギュンター公の指示で安全に休める場所へ移すことになったんだ。ほんとは絶対動かしたくなかったらしいが、何も無い野外でほったらかしには出来ないからな。
治療術士の回復呪文により、外傷は完全に塞がったんだが全く起きない。そんな俺を案じて生き残った兵達は動揺すること甚だしかったらしいが、そこは百戦錬磨のギュンター公だ。
「おたおたするな! ウォルファート様は生きておられる! 今はただ、眠りについているだけだ。反乱軍を鎮圧した我々が動揺したままでは、陛下や王都の民の心を乱すだけだぞ!」
その一喝で皆落ち着きを取り戻したらしい。とりあえずエルグレイとアリオンテ、それに数人の兵士だけが俺に付き添っている。ラウリオとロリスは渋々ながら先に帰ったそうだ。
話を聞きながら考えた。やっぱり死後の世界から復活したってのは、反動でかかったんだろうな。まして甦るや否や、ベリダムと激突したし。本当は安静にしなきゃいけなかったんだろう。
そう、そして俺は生き返ったことは皆に伝えたけど全部は話していないんだ。ヒルダやアウズーラの魂と巡り会ったことは、何となく秘密にしておきたかったし。それに話して余計な詮索とかされたくなかったからな。けど、この二人にだけは話しておいてもいいかってちょっと思った。多分、状況を把握して落ち着いたからだろう。それに周りに兵士達もいないし。
「経緯は分かったよ。そのお返しって訳じゃないけど、俺もお前らに話しておくことがある」
「何ですか、勿体ぶって」
「つまんない話だったら刀返さないけど?」
くっそー、アリオンテめ。だがこいつにこそ話さなきゃいけないことだし。俺って優しいなあ。
「一度死んだ時にな。あの世で会ってきた二人に背中を押されたんだよ--」
******
「ウォルファート様、ウォルファート様」
セラの声にはっとした。いつの間にかうたた寝していたらしい。久しぶりに屋敷に戻り気が緩んだのだろうか。ほろ酔い程度の酒で寝てしまうとは、よほど疲れていたのだろう。
居間の椅子から身を起こす。寝ていた間に身体が冷えた。くしゅんと小さなクシャミを一つ、それから俺は身を起こす。
「シュレンとエリーゼは? 寝たのか」
「はい。二人とも勇者様と遊びたがってましたが、お疲れだからまた明日ね、となだめまして」
双子には悪いけど今日は仕方ないな。しばらく軍事府には出なくて大丈夫とギュンター公からも言われているし、身体を労ることにしようか。
セラが俺の顔を覗きこむ。
「何かお考えですか?」
「ん。しばらくゆっくりしようって思ってただけだ」
俺の返事に頷き、セラは隣に座った。過度に近くもなく、遠くもない距離を開けて。俺達二人のいつもの間合いだ。数瞬の後、セラが俺を見た。
「リオンさん、帰ってこなかったんですね」
「--ああ」
そう、今日この屋敷に戻ってきたのは俺一人だけ。リオンことアリオンテは俺達の前から姿を消したんだ。
昏睡から目覚めた俺は、幽界で遭遇した二人の事を話した。エルグレイは驚きつつも割と冷静だった。けれどアリオンテは中々そうはいかなかったようだ。
部屋の粗末な椅子を軋ませながら、大魔王の息子は顔をしかめていた。俺は正直に全てを話す。
「アウズーラな、お前を助けてやってくれって言ってたぞ。心配してた」
アリオンテは軽く目を閉じる。額に手をやりながら「他には?」と聞かれた。
「あの世から見守ってるってよ」
「分かった」
アリオンテの口がそのまま小さく動く。音は出なかったが口の動きで分かった。"父さん"と言いたかったのだろう。俺とエルグレイに遠慮して言えなかったのだろうけど。
「......刀、返す。ありがとう」
「おう。よく戦ったらしいな」
「後でまたご飯持ってくるから。この町いつ出るの?」
アリオンテに聞かれ、エルグレイは考えつつ「勇者様に無理が無ければ、明日には」と答えた。そうだな、俺も王都に早く帰りたいし。
了解、と呟いてアリオンテは部屋を出ていった。
「翌朝の出立の時にはもうアリオンテはいなかったのさ。晩の内に姿を消していた」
「......何か思うところがあったのでしょうけれど、ちょっと寂しいですね」
「こればっかりは仕方ねえよ。元々ベリダム倒すまでの間だけ、同盟していたんだし」
ポケットから俺は一通の手紙を取り出した。あの朝、アリオンテが残した置き手紙だ。"ありがとうございました。セラさん、シュレン君、エリーゼちゃんによろしく"とだけ簡潔に書いてある。これだけ、でも真剣に書いたのは何度も書き直した跡から分かる。
けれど、まだ俺自身ちょっと拍子抜けしている。近い将来この屋敷から出ていくにしても、きちんとした形で見送るくらいはしたかったのだ。
「あいつならきっと立派な魔族になるさ......あ、なってもらったら困るな。出来れば俺達と関係ないところで」
「あ、そうですわね。大きくなったらやっぱり勇者様に挑戦してくるんでしょうか」
嫌だなと思いつつ、多分それは無い気がする。アウズーラの言葉をアリオンテがどう受け取ったかは分からない。だが、父の遺志、そして義父であるワーズワースの遺志をその背中に背負ってあいつがどこへ行くにしても。もう復讐に全てを賭ける気はないんじゃないかな。
「--復讐なんかねーよ。期待込みでそう思ってる」
日々は過ぎていく。恩賞論功やベリダム軍の解体などの戦後処理が行われていく一方、俺は何もしていなかった。唯一オリオス国王陛下からの第一級戦功勲章の授与に赴いたくらいだ。どうもベリダムとの戦いの後から気が抜けちまった。
ああ、そうそう。前から決めていた通り俺は戦いの第一線から引退することにした。ギュンター公に正式にそれを伝えると随分残念がられたけど、もう気持ちが前に向かなかったし。
「軍事府に籍は置いておくので、平常時の勤務限定にするよう手配しておくよ」
「すいません」
「いや、今までこの国がウォルファート様から受けた恩恵を考えたら、とても無理は言えないからな。ご苦労様でした」
丁寧に頭を下げてくれるギュンター公にはちょっと感激したな。人から感謝されるってのはいいもんだ。
そうして俺がボーッとしている間に冬が終わり、春が来た。空気が緩み、蝶が花から花へ舞う季節だ。今年は、ああ、そうだ。グランブルーメ幼稚園の卒園式がそろそろだな。シュレンとエリーゼは第一期生として、園創立以来の初めての卒園式に出ることになる。
そして俺には一つ考えがあった。まとまった休みが出来たらやりたかったことだ。
「なあ、シュレン、エリーゼ。明日の卒園式終わったらさ、遠出しようぜ」
「「ん?」」
二人はベッドに入っている。ああ、生まれた時から比べたら随分でかくなったなあとしみじみ思う。
そう、この姿を報告しなきゃいけない人がいるんだよな。
「お前らの実の両親のさ、墓参りしなきゃいけないだろ? 前に約束したからな」
そう、シューバーとエイダの墓前に連れていってやらないとな。ずっと果たせていない約束だから。