再戦 二人の勇者 2
「火炎掌」
俺が放った火炎球の変形呪文がベリダムを襲う。射程距離が短くなった分、火炎の帯が薙ぎ払うように攻撃範囲が広くなる利点があった。それでも最初の一発をかわすとは流石だな。
だが回避されても、そこから左右に振ることで追撃が可能だ。避け切れはしない。案の定、軽くだがベリダムの胴の辺りを焼くことに成功した。鎧の上からでも多少はダメージはあるだろう。「くっ!」とベリダムが呻きつつ身を捻る。
「よくかわす!」
氷鎌を放ってから十五分ほど経過しただろうか。中~遠距離からの攻撃呪文の撃ち合いは、予想通りやや俺に分があった。基本となる初級から中級の攻撃呪文の変形を使えるのが大きい。
ベリダムとしては、今まで知らない攻撃呪文に対処しなくてはならない。しかも俺は通常形も引き続き使えるのだ。どちらが来るのか読めないという事態は、確実に奴の体力と精神力を削いでいた。
後手に回らざるを得ない状況からでも、散発的に反撃が来るのは仕方ない。それは落ち着いて捌けば対処出来る。ほら来た。土系攻撃呪文の岩石槌だ。
岩を固めた頑丈な槌を振り下ろす純粋な打撃攻撃だが。
これも元は魔力が源だ。対魔障壁を展開して叩き落とす。
間髪入れない。奴に隙を作らせはしない。無詠唱で唱えたのは火炎弾の変形--火炎旋弾!
「焼き切れろ!」
掛け声と共に、小さめに圧縮された火炎弾が飛ぶ。ぱっと見は元の火炎弾と同じだが、よく見れば、弾が進行方向に向かって垂直に捻るように回転がかかっているのが分かるだろう。これが初速と貫通力両方を引き上げる。
当たる。流石にかわしきれないと判断したのか防御を固めたベリダムに、火炎旋弾が叩きつけられる。何発かは対魔障壁の薄い部分を突破し、回転がかけられた弾が奴の鎧や盾に捩込まれた。
行ける。一発一発では落とせなくても、こうやって小さなダメージを積み重ねている。ベリダムにこれを一気に逆転出来る手が無い限りは......勝てる見込みは高い。
「一応聞いておくけどよ、まだやるか?」
「当たり前だろう。高々小技を当てたくらいで何を勝った気でいる!」
あーあ、人が親切心で聞いてやってるのにな。そんなに激怒することねーだろ。
「確かにそんなに長い時間はやってねえ。だがお前だって分かってるはずだ。この形勢が続く限り、勝ち目が無いってな。言っておくがな、俺はまだ余力あるぞ。引き出しだってまだまだあるんだ」
これは半分は本当で、半分ははったりだ。まだ使える呪文の数も魔力にも余裕はある。だが真っ赤に輝く右目の六芒星、これがどの程度持続性があるのかが分からない。魔法技術向上と魔力容量増加の二つの効果は実感出来たが、これがいきなり無くなる可能性だってあるのだ。
俺の魂とアウズーラの魂が融合した末の産物だ。前例も似たような症例も俺は知らない。ここまで上手く行ったが、このままずっと使えるかは未知数だった。
(そういう意味じゃ不安要素はがっちりあるよな)
優勢に立っているのは間違いないが、俺も自信を持ち切れるわけじゃないってことだ。さっき後方に下がったラウリオは"ウォルファート様が優勢!"と報告するだろうが--俺はこのまま押し切れるか?
一気に勝負に出たい気持ちもある。
その反面、今のリードを生かしてベリダムを追い詰めたい気持ちもある。
奴への降伏勧告は、その辺りの事情を踏んで一応言ってみたわけだ。多分断られるだろうとは予想していたけどな。だが......ベリダム、そもそもお前何で反乱なんか起こしたんだよ。
短い膠着状態が解ける。ベリダムが斜に構えた。やや防御重視の構えだが、目を見れば逆転を狙っているのはよく分かるよ。
「全てを投げうって、私はこの戦に賭けている。今更貴様に劣勢になったからといって降伏だと? 出来る物か、そのような真似!」
「そう否定したもんでもねーだろ。まあ、こんな大規模な反乱起こしたんじゃ死罪は免れないにしてもよ......遺族や部下の処遇はちょっとは配慮されると思うぜ。一軍の将なら残される連中のことも考えるべきじゃね」
「説教か、ウォルファート? 悪いがそれは考え方の違いだ。ビューローとネフェリーの二人が死んだ今、これは奴らの弔い合戦でもある。引く気など微塵もない」
そうか。どうやら俺が知らない間に、ベリダムの副将二人は死んだらしい。ネフェリーは名前しか知らないが、直接戦ったこともあるビューローが死んだというのはほんの少し思うところもある。戦場の常、敵味方に分かれた以上は当たり前でもあるがな。
ベリダムは一言だけ添えてきた。盾の陰から視線と闘気が俺を刺す。
「......それに私には遺族などいないさ。だから気遣いもしない」
その言葉に込められた重みを、俺は十分に理解出来たかどうかは分からない。ただ、こいつはこいつなりに引けない理由がある。それは分かった。
許せないなりに、それだけは分かった。
「......そうかよ」
覚悟を固めた。こりゃ生半可なことじゃベリダムの心は折れないだろう。最低でも半殺し、恐らく絶命まで追い込まないとどうしようもなさそうだ。闘気をたぎらせるベリダムの背後に見えたのは--固く、頑丈な覚悟がその背骨を貫いている幻だった。
いいだろう。
そこまでやり合う気なら、俺もとことんやってやるさ。北の地に覇権を築いた辺境伯に敬意を表してな!
******
呪文だけでは粘り強いベリダムに凌がれる恐れはある。奴の鎧や盾の強度を考えると、攻撃呪文に対しても相当ダメージを減殺出来るのは明らかだ。だから作戦を変えることも考えたが。
「轟風!」
結局それはしなかった。迷いが生じはしたものの、この優勢をそのまま続けてやる。決意と共に唱えた呪文は斬風の変形だ。鋭く斬るに対して、強くぶん殴るに近い形に風の流れを変えている。
「ぐっ、この!」
重い打撃にベリダムの体勢が乱れる。脇腹に吸い込まれた一発は特にきつかったはずだ。じわじわ効いてくるぜ、ボディーはな。
また右目から魔力を全身に流す。回復の暇など与えるか。最後は剣で、などと色気を出せばそれが付け入る隙となる。だからこのまま突き放す!
あらん限りの呪文が頭に浮かぶ。体にかかる負荷、残りの魔力、効果的なダメージの与え方を考え--いや、考えるより先に思考が自動展開するようだ。最適な攻撃呪文を俺は半ば無意識に選んでいた。
「落雷」
まず相手の行動範囲に牽制の一発。何条も落ちる電撃が、じわりとベリダムを掠めた。雷条、敵を穿つってやつだ。
「氷鎌」
続いて二発目だ。形成された四本の氷の鎌の内、二本が奴の足に食らいつく。よし、まだ氷槍との動きの違いに慣れていなかったようだな。たまらず片膝着いたところへ更に追撃だ。
「火炎掌」
接近しての火炎掌を放った。荒れ狂う赤とオレンジの火炎は、まるでドラゴンのブレスのようだ。空気が焦げる。足にきているベリダムが避けきるのは、それは無理だろうよ。
「ガッ!?」
対魔障壁の展開で何とか凌ごうとするべりダムの粘りに、俺は称賛の声を上げた。本当にしぶといな。
「やる!」
だが徐々に追い詰められながらも、ベリダムはまだ諦めない。中途半端ながらも放ってきた爆裂波の光弾を避け、俺は更に危機感を高める。奴の体力と心を折るなら、半端な攻撃呪文じゃ無理だ。強烈な一発を叩きこまなきゃ駄目だ。
閃熱で突き放してから、こちらの手数をわざと落とす。それまで劣勢だったベリダムだが、これ幸いとばかりに攻勢に転じた。得意呪文らしき電撃槍で俺を狙い、爆裂波を叩きこんでくる。
こっちも必死だ。あらん限りの対魔障壁を展開し反撃を防ぐ。防ぎ続ける。中にはこちらの攻撃呪文で叩き落とせた物もあったが、驚く程の執拗さでベリダムが追い詰めてくる。
「ちっ! だが、ここは!」
耐えろよ、俺。攻撃に回す魔力を抑え、集中力を高めているんだ。この反撃を凌いで--一気に決める!
何発目かの爆裂波をどうにか回避した。周囲の土がえぐれ爆風に煽られそうになるが、体勢を立て直して右に展開する。脳裏に描かれた呪文の詠唱を口ずさむ。頭の中では暗唱していたそれを澱み無く。川の激流のように激しい旋律を刻むように。
気がついたか、ベリダム。走りながら俺がバスタードソード+5を収納していたことに。それだけ俺がこの呪文に全てを注ぎ込んでいるってことだ。
俺の好敵手のあいつが使ったあの呪文にな。
「借りるぜ、ワーズワース」
掌に魔力が集まり、それは瞬時に熱へと転換された。今までに経験したことが無いような、とんでもない熱量がうごめく。不気味に火炎が燃え盛り、俺の右手を包んだ。一瞬だがベリダムの表情が固まったのが分かった。
そうさ。この呪文をお前は知っているはずだ。あいつが切り札にしていたのだから。俺のライバルにして、お前が死に追いやったあの男の最強技だったのだからな。
「燃焼しつくせ--極火炎球」
右目が一層強く、赤く輝いたのが分かった。俺が生み出したのは小型の太陽を思わせる猛き火炎だ。天をも焦がさんと燃え盛るそれは--巨大な球体となり。轟! と大気を震わせながらベリダムに降り注いだ。