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新たな力

 戦場に着いた俺は、どうやら敵陣後方に出たらしい。ぐるりと迂回すれば味方と合流も出来るが、はっきりいって面倒だ。危険ではあるがこのまま単騎で奇襲してやろうと決めた。



 別に破れかぶれの特攻じゃないぜ? 押し気味のベリダム軍はまさか最後尾から突かれるとは考えていないだろう。それに調子に乗ってひたすら前進している奴らを蹴っ飛ばすのはさ。気持ちいいじゃん。



「一丁やってやるか。試してみたい呪文もあるしな」



 右目に軽く手の平を当てる。今も赤い六芒星(ヘキサグラム)が輝いているのだろうか。魔力の波動は感じるが、自分では見えないからな。こりゃもう信じるしかないって奴だ。



 奇襲とはいえ、たった一人だ。恐怖を感じても不思議じゃない。というより、普通は恐怖しか感じないはずなんだが不思議とそれは無かった。それどころか心強かったのさ。敗北しあの世に落ちた俺の魂を後押ししてくれた二人--ヒルダとアウズーラが檄を飛ばしてくれているような気がしてな。



 (分かってるさ。お前らの思いは無駄にはしない)



 剣と盾はとりあえず使わない。攻撃呪文をぶちかますことに集中するため、ひとまず収納空間にしまってある。やはり両手が開いていた方が呪文を使うには向いている。



 頭の中にずらりと並ぶ呪文の中から一つを選択しつつ、ゆっくりと距離を詰める。物陰を移動しながら呪文の詠唱を開始し、敵の最後尾までの距離を測った。ここら辺はそこそこ大きい岩がごろごろしているから、俺一人くらいなら余裕で隠れられるが--それでもやはりこのままじゃ流石に遠すぎるか。



 構うものかよ。



 ジワリと右目に力が増す。獰猛な物が心の中で狂おしく跳ねた。



 ベリダムよ、俺がただ甦っただけと思ったら大間違いだ。ちゃんと手土産の二つや三つは用意してきたんだぜ? ああ、そうさ。今から唱える呪文は奴の魂に刻まれた物だ。この赤い六芒星(ヘキサグラム)が祝福なのか呪いなのかは知らないが。



「......右方、我が指に生ずるは古の龍の咆哮なり、その古き名を我は唱える。リーリエィラ・シュオルツアイ・ゲルトベルグ」



 一歩、また一歩。岩陰からゆっくりと踏み出しながら、俺は呪文を詠唱する。全く初めての呪文のはずなのに、まるで大昔から知っているように澱み無く。スラスラと魔力を操る言葉が紡がれていく。



「......左方、我が命に応えるは天高く轟く雷神の怒り。罪人を裁く容赦なき不可避の槍。その矛先の名を我は唱える。レオニア・ヒュドラス・ティタニオル」



 ぞくぞくしてくる。両手に集まる魔力は今まで感じたことがないような純度だ。まだ唱えきってもいないのに俺の周りでは、既に抑えきれない魔力の影響が小さな放電現象になっている。ピシリと鞭を高速で鳴らすような音と共に、紫色の光が弾けて消えた。

 


 ああ、ようやく敵さんが気がついたようだな。もうここは遮蔽物の無い草原だ。防御には向かないが、軍全体の機動力を生かして攻めようとするベリダムにはピッタリだな。最後尾にいた兵達がこちらを向く。俺がウォルファートと気がついているかどうかは分からないが、多少なりとも経験ある奴なら殺気は汲み取れるだろう。



 けどな、ここからは俺の時間だぜ。



 両手を合わせる。右目から生まれた魔力が体全体に走り、それを最後の詠唱でまとめていく。あの時は危うく自分の身に喰らいそうになったが、まさかこうして自分が使うようになるとはな。人生分からないもんだ。



「戒めを解き全てを制圧して疾れ--紫電咆哮(ドラゴンロア)ァアア!!」




 


 暴走寸前まで引き絞られた魔力が弾けた。俺の呪文が生み出した紫色の電撃が一瞬身をたわめたその姿は、確かに雷龍にも似る。だが鑑賞している暇もなく、そいつは狂おしい勢いで解き放たれた。無数の電撃が凄まじい圧力で弾け、ベリダム軍に襲いかかった。




******




「おお、すげえ威力だな。あの時まともに喰らわなくて良かった......」



 恐らくはアウズーラの固有呪文(エクストラ)である紫電咆哮(ドラゴンロア)。その威力に俺は絶句していた。自分で撃っておいて何だが、これほどとは予想していなかった。



 俺の両手から放たれた紫色の電撃は一気に放射状に広がった。敵だって馬鹿じゃないから攻撃呪文に対して何らかの防御はしていたろうが、それがまるで意味を成していない。

 耳をつんざくような破壊音に一拍遅れ、敵兵共の絶叫が響いた。だが荒れ狂う紫電の放電現象に飲まれ、それが書き消えていく。



 ざっくり見たところ、百名近くの敵兵が黒焦げになっていた。倒れた死体からは呪文の名残なのか、時折パチパチッと小さな電撃が弾けているのが生々しい。貫通能力もあるのか、最初に当たった相手で止まらずかなり後方の敵兵も紫電咆哮(ドラゴンロア)に貫かれている。



 行ける。これなら戦い方次第で十分にベリダム軍を掻き回せる。もう一発叩きこんでやろうとした。だが敵兵の中にも骨がある奴がいたようだ。



「正面からは危険だ。二隊に分かれて切り込め!」



「承知!」



 誰かの叫び声に応えて敵兵力の一部が左右に分かれる。へえ、いきなりの奇襲にもびびらず中々いい対応だ。これは俺も少し考えないとな。



武装召喚(アポート)--ショートソード」



 大技を唱える時間は無い。接近戦も数が多過ぎて危険。それならばやはりこれしかない。銀色の軌跡を描きながら舞う六本のショートソードは健在とくれば、いつもの奴で相手してやる。



「念意操作」



 復活後に試すのは初めてだったが、全く問題なく小剣は動いた。いや、むしろ俺の意思を更に鋭く感知しているような気もする。二隊に分かれて半包囲を狙う敵兵から斜め横に逃げつつ、俺は敵の最前列を狙う。



白銀驟雨(シルバースプラッシュ)



 放たれた六本のショートソードが敵を切り刻む。しかし攻撃だけには専念出来ない。敵の弓兵が数撃ちゃ当たると言わんばかりに、矢を惜し気もなく射撃してくる。それに攻撃呪文が加われば一発一発は大したことなくても、総量(トータル)ではやばい威力になる。



 しかも数が多いだけに回避しきるのも難しい。ある程度は受け止める覚悟が必要だな。念意操作で攻撃しつつ、更に自分の身を守るというのは中々骨だが--それでも今の俺ならば!



 また頭の中に勝手に技が浮かぶ。使えそうな技を瞬時に選択(ピックアップ)し、発動させた。厳密に言えば魔力ではなく闘気を操ることになるが、それも右目の六芒星(ヘキサグラム)支援(サポート)してくれるようだ。



物質化(マテリアライズ)!」



 間に合った。俺の闘気が急速に凝固する。白銀色の闘気が複雑に絡み合う。そして空中に浮かび上がったのは、巨大な網の目だ。縦横凡そ3メートルにもなるその白銀色の網は、細かく蠢動しながら俺の前面に展開されていた。



「な、何だ? あんな防御法見たことないぞ!」



「構わん、これだけの人数で攻め切ればいかな防御でも!」



 いやー、威勢がいいねえ。ためらわずにこれでもかと放たれる矢が黒い雨のように見えた。それに僅かに遅れて、火球や氷の弾丸が殺到してくる。確かに並の防御ではどうしようも無いだろうがな。


 

 --思い出したよ、あの時アウズーラが闘気で大剣作ってきたのをな。



 脳裏に甦るのは六年前の大魔王との戦いだ。あの時は超加速(アクセレーション)で回避出来たから良かったが、まともに受け止めるにはやばかった。

 その技すら今や俺の手中にある。並の攻撃ではこの物質化(マテリアライズ)で作った防御を通せはしないさ!



 堅固により合わされた闘気の網が、全ての攻撃を受け止めていく。時には轟然と攻撃を正面から叩き落とし、時には角度を変えて柔らかく包み落とす。まっすぐに立った盾ではないからこそ、こんな芸当も出来るって訳だ。



「やるだけやって引っかき回してやるよ。付き合う覚悟は出来てるか?」



 毒づきながら細かい移動は止めない。念意操作による攻撃と物質化(マテリアライズ)による防御を同時展開しつつ、的を絞らせ無いために一カ所には留まらない。所詮は一人での奇襲に過ぎず、包囲されて押し潰されれば終わるからな。






 だがな。



 あの世まで見せてくれた礼をしなきゃなあ。



 俺の気が済まないんだよ。



「てめーらが根を上げるまで一人一人削ってやるよ」



 何回目かの白銀驟雨(シルバースプラッシュ)を浴びせながら、俺は不敵に笑った。復活した勇者様なめんなよ?




******




 一人、また一人と倒していく。命まで刈り取ったかは分からない。ただ戦闘不能の状態に追い込めばそれで十分だ。追いすがろうとする敵兵の一団をいなしながら、ジワジワと攻撃を続けていく。はっきりいって辛い。誰かが近くにいれば援護もしてくれるが、孤立無援の状態で戦い続けているからな。



「ハアッ......ハアッ......流石に疲れるな」



 最初に奇襲をかけてから一時間余り、俺は地道に敵の最後尾を削っていた。削り続けていた。念意操作と初歩の攻撃呪文でじわじわとだ。ベリダム軍から見れば相当にうっとうしいだろう。死んだと信じられていた俺(勇者)が生きていて、後方をチクチクと牽制してくるんだから。兵の中には動揺している奴もいるだろう。



 どれくらい倒したかな。一々数えちゃいないが、四百くらいは行ったか? 負傷させただけの奴も含めればもっとか。



「たった一人に何をこれほど時間をかけているんだ!」



 敵の士官らしき男が苛立った声を上げた。ちょいといい装備をしているからそれなりの立場にいるんだろう。今、俺とベリダム軍は30メートル程しか離れていない。一種の睨み合い状態だ。俺も無理に攻めたくはないし、相手はこれ以上犠牲を増やしたくは無い。危険な均衡状態とも言える。



「分かってねえな、そのたった一人が問題なのがさ」



 答えてやる必要も無いが、ちょっと付き合ってやるか。



「っ、一度は死んだ身でよくもまあ。いくら勇者と言ってもこれだけの人数だ。体力にも限りはあるのは分かっているんだぞ!」



「ハッ、その死にぞこないに引っかき回されてるのはどこのどいつさ! いいのか、俺一人にこれだけ人数かけて。前線は大変なことになってんじゃねーのかよ」



 我ながら安い挑発だよな。だが頭に血が上った敵兵共には効果があったらしい。殺気を漲らせたまま、ずいと間合いを詰めてくる。攻撃の一発くらいは耐え切れるってか。いい覚悟だが。



「俺もさ、そろそろ飽き飽きしてきたんだ」



「何?」



 敵の士官が怪訝そうな顔になる。



「ベリダムじゃなく、お前らみたいな雑兵風情だけ相手にしてるのがだよ......熱くなりすぎたな、今のお前らは」



 そう、二隊あるいは三隊に分かれて半包囲を狙ってきたからこそ、俺も神経使う戦いを強いられたんだ。しかし一時間も一人の敵を追い回せば、動きも雑になるよな。頭に血が上ればろくな事にはなりゃしねえよ。



「--いい的だってことさ!」

 


 複数の動きを同時に発動させる。フルプレート+7を武装解除し、収納空間へ戻す。念意操作と物質化(マテリアライズ)も止めた。それまで自分の頭にかかっていた負荷が減る。だが本番はここからだ。



 鎧を外し身軽になった体で後方に跳ねる。距離を取りながら口は止めない。紡がれるのは最初に叩きつけたあの呪文だ。目の前に固まった敵兵を薙ぎ倒すならば......これしかない!



 今日二発目の紫電咆哮(ドラゴンロア)が唸りを上げ、敵陣を切り裂いた。雷龍の如く駆けた紫色の電撃はベリダム軍に甚大な被害を与えただけではなく、心まで折ったようだった。目に見えて俺に対する圧力が減ったからな。



 さあ、行こうか。まだ真打ちが残っているのだから。




******




 俺を恐れるようにベリダム軍の兵士達が割れた。人の波が裂け、真っ正面に道が出来る。全装備を武装召喚(アポート)して纏いながら、俺はまっすぐ前を見る。



 まだかなり距離はあるが、見つけた。



 ベリダム・ヨークだ。金色の目がこちらを睨みつけている。勝利間際で邪魔されたって面だな、あれは。奴からちょっと離れた場所にいるのはラウリオか? ベリダムとやり合ってたのか、よく頑張ったぜ。



 これが最終幕(フィナーレ)だ。



 俺とお前、どっちが上か。



 白黒つけようぜ?

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