復活への方法論
まったく、本当にまったくだ。あの世でヒルダと会っただけでも十分お腹いっぱいなのにな。その上、史上最強の仇敵とも再会とはおちおち死ねやしねえ。
「よ、よう。久しぶりだな」
「間抜けな挨拶だな」
く、くっそー! これでも勇気出して言ったんだぞ、アウズーラ! 現世と違って今の俺は武器が無い。魔払いも刀もバスタードソード+5も、念意操作の対象のショートソード六本も持っていない。こんな丸腰状態で大魔王に対峙してるんだ、挨拶くらい大目に見やがれ。
そんな俺の気持ちなぞ知ったことかというように、アウズーラは「僅かながら地上の様子は知っているが......改めて聞かせてもらおうか」と重々しく聞いてきた。正直俺をどうする気だ、と言いたかったが仕方ない。手短に今回俺が死んだ顛末を話してやることにする。
「多少は現世の事情は分かるのかい」
「時折覗き見ることはできるからな。さっき貴様を連れてきた女は出来ないようだが......魂魄の強度とでもいうか、現世に干渉できる力には差があるらしい」
とりあえずいきなり襲いかかってくることは無いらしい。アウズーラが存外落ち着いて話すので、その点だけは安心した。もっとも魂だけの状態では、向こうも呪文などは使えないのかもしれないが......いらぬ詮索は止めておくか。
何から話すか少し考えてから、アリオンテが一人で王都に現れた時点から話すことにした。自分の息子が酷い目にあったことには怒りの表情を見せたアウズーラだが「人間なんかと組むからそうなる」と厳しい感想も漏らしやがった。まあ、人間と徹底的に戦ったこの男からしたらそうだろう。
あれ、そういえばワーズワースはどうしたんだろうな。あいつも幽界をさ迷っていたんじゃないのか。気になったのでちょっと聞いてみる。
「ワーズワースか。あやつなら今は......休眠中だ」
「休眠?」
「うむ。魂によっては現世から幽界に飛ばされた際に酷く傷つく者もいる。不幸にもワーズワースの魂はそういう状態だった。話も出来ず、今は冥府の奥底でただひたすらに傷を癒しておるわ」
そりゃお気の毒様と言いたくなったが止めておく。かっての副官が死後の世界でも痛い目にあっているんだ。下手なことを言えば逆上するかもしれない。
だがそれで納得はいった。ワーズワースの魂から聞いていれば当然知っているようなことも、アウズーラは知らなかったので不思議だったんだが。知る術が無かったんじゃしょうがないな。
隠す意味も無いので正直に話す。最後にベリダムと一騎討ちで戦った末に敗北したことを告げると、アウズーラは難しい顔になった。ただでさえ恐い顔が更に恐いんですが......
気まずい沈黙の末、先にアウズーラが口を開く。
「......ウォルファート、貴様がまさか敗北するとはな。直にこうやって聞いても中々信じられぬ」
「ああ。だが事実だ。悔しいが俺は負けた。実力差は歴然だったよ」
「ふん......」
魂だけの状態でもアウズーラは迫力十分だ。自分の上の空間を見上げながら、ぽつりと話し始めた。肩まで届いた紫色の髪がバサリと揺れた。
「あの女は貴様の昔の恋人か」
「ヒルダか? まあ、素直にそう言えない部分もあるけど......そうだったよ」
捻れた愛情だな、という認識が口を重くさせた。アウズーラは小さく笑う。
「なるほど。貴様も一筋縄ではいかぬ人生を送っているようだ」
「おかげさまで平穏無事とはいかないらしいぜ」
「それもまた運命だろうよ」
運命などという抽象的な単語がアウズーラの口から出るとは。恐れいった。しかし予想より遥かに理知的な態度を取るもんだ。あの最後の一戦でしか直接顔を会わせたことはないが、もっと粗暴なタイプだと思っていたよ。
そんな俺の内心も知らずに、アウズーラは話しはじめた。その語り口は静かにこの灰色の空間を揺らす。
「貴様に殺された私はずっと考え続けてきた。私は何のために生きてきたのか。何が間違っていて、勇者である貴様に敗北したのか。いまだにこの魂の行く末も決まらずに、たださ迷い続けている意味も考えた」
大魔王といえども、部下もいないこんな世界では思索にふけるしかないのだろうか。とりあえず拝聴する。
「だがどれほど考えても何も分からなかったのだ。勇者という人間の希望をもっと早期に見つけだしていれば、あるいは早めに貴様を摘み取れたかもしれんが......それも結果論に過ぎぬ。魔族の長たる私が今もまださ迷い続けているのは、早々簡単に冥府に送りこめば他の魂に与える影響が大きいからかもしれぬがそれも分からぬ。大魔王として保有している知識は何の役にも立たなかった」
「そりゃまた--難儀なこって」
そんな状態に叩き込んだ俺が言うのもあれだが--六年もただ考え続けるというのは厳しそうだな。
アウズーラはその広い肩をすくめた。四本の腕を支える肩が震え、周囲の空間を揺らす。
「それでもな、幸運なことに私は現世をたまに見ることが出来た。我が息子アリオンテの血が私の魂と同調する時があるのか、時折アリオンテの視線を通すという形で......命に触れることが出来たのだ」
「理屈はよくわからねえが、そりゃ良かったな」
「ああ。この単調極まりない生活の中でその時間だけが、唯一の彩りなのだよ。それに--」
アウズーラは視線を自分の手に落とした。四つの大きな掌を開く。彼の赤い目はアリオンテによく似ていた。
「--あの子の成長をその瞬間だけは感じ取れたからな」
「--なるほど」
息子の体に流れる血を媒介としてたまに現世を見ることが出来たなら、アリオンテの成長度合いも実感出来るだろう。本当は自分が側で見ることが出来れば一番だろうが、それでも無いよりは全然ましだ。
結局、アウズーラも一人の父親には変わり無いということか。ワーズワースに託した息子のことが気掛かりでたまらなかったのだろうな。
どんな気持ちなのだろうか。幼い子供を一人残し、死を覚悟して戦いに挑むというのは。こいつはこいつで必死だったのかもしれない。そんなことを考えつつ、俺は口を開く。
「アリオンテはお前によく似てるよ。大きくなったら俺の首を取ると息巻いたりな。小さいなりに勇猛果敢さ」
「そうか、ワーズワースが立派に育ててくれたようだな」
「ああ。だから目覚めたら礼くらい言ってやれよ」
奇妙な会話だな、と思う。かって殺し合いを演じた俺達二人だが、まさかこんな話をすることになるとはな。死んだら心も綺麗になるのか?
俺も頭上を見上げた。どこまで続くのか分からない灰色の空間は、見ようによってはこの上なく高い塔の内部にも見える。この辺りは黒い壁のような空間が随所にあるから余計にそう思えるのだろう。
戻りたい。
心が軋んだ。このとてつもない高さを見上げる、魂が沈みきった場所から--あのてっぺんへと。もしも俺の魂がその運命を切らしていないなら、もう一度戻りたかった。
「ウォルファート・オルレアン。かって私の野望を打ち砕いた男よ」
アウズーラの堂々たる声が響く。悪意が無くても、それが放つ圧力に顔をしかめざるを得ない。ちっ、俺は本当にこんなのを倒したのかよ......信じられねえな。
「何だ、アウズーラ」
「一つ約束してくれるならば......私は貴様を現世に戻してやろう。この魂が冥府へと沈む道を押し上げてやる」
「そりゃあ願ってもないが、何をお前に約束すればいい?」
心が躍る。ここは慎重にだ。相手はかっての大魔王だ。何を交換条件にしてくるか分かったもんじゃない。しかし俺の懸念は裏切られた。それもいい意味でな。
「息子を.....アリオンテを救ってやれぬか。貴様の話では、一騎討ちを制したベリダムが謀反を成功させる可能性は十分ある。そうなれば恐らくアリオンテは捕まり処刑されるだろう。もっとも危険性が高い異分子だからな」
「そ、そりゃそうだな」
確かにそうだ。というか、俺の口添えがあってこそ、アリオンテは現体制でなら命を長らえているような状況だ。ベリダムが王都を攻略し新たな体制を敷けば、まず間違いなく命を狙われるだろう。
「故に、ただそれだけを果たしてくれればいい。勇者の貴様を信じると魔族の私が言うのも変だが......一人の父親として切に願う」
「安請け合いはしねえが、今がこんな死んだ身だ。それにベリダムさえ倒せばどうにかなるさ......それが難題なんだがな」
男と男の約束だ、と言うのは簡単だが。今のベリダム・ヨークを倒すことが出来るのか。別にアリオンテを救う救わないの話ではなく、どちらにせよあいつが障害として立ちはだかる。どうにかしてやりこめたいが--出来るのか。今の俺の実力で。
ギリ......と歯が鳴った。
魂だけの身では振るえない両の拳を--握りしめる。
勝つための方策が無ければ、例え生き返ってもまたやられる可能性が高い。
そんな俺の密かな焦燥を感じたのだろうか。アウズーラが口を開いた。
「......力を貸してやる」
耳を疑った。今、何て言ったんだ?
「力を貸してやる、と言ったのだ。ウォルファート、手を出せ」
「こうか?」
半信半疑のまま、俺は掌を上に向けて両手を前に出した。いや、大魔王が勇者に力を貸すってどういうことよ? 我が子のことがあるとはいえ、サービスし過ぎじゃねえか。いや、それよりもだ。
「力を貸すっていっても何をどうするんだよ。俺に乗り移るとかじゃねえだろうな」
「ああ、当たらずとも遠からずだな」
「え......」
そ、それはあれですか。アウズーラの魂に俺の魂が支配されて、生き返りはするけど実質中身はアウズーラとかですか? そりゃ勘弁だな。
俺は別にそれを口には出さなかった。だが顔色が変わったのが分かったらしい。アウズーラはため息をつきつつも説明を始めた。
「いいか、ウォルファート。貴様の魂に命の残数があるとはいえ、もはや肉体のダメージは限界を超えている。おまけに魂もこちらの世界に浸っている。この状態を元の--生前の状態に戻そうとするならば、尋常ではない活力を貴様に与えねばならん」
「そいつは分かるんだが、だからってお前に乗っ取られたりしたらなあ。生き返る意味ねーじゃん」
「そんなことが出来るなら、貴様に説明する前にとうにやっている。力を貸すというのはな、私の魂をほんの少し、貴様の魂の活力として吹き込むというだけだ」
いらいらしつつもアウズーラはそのまま説明をしてくれた。奴が言うところによると、アウズーラのような高位魔族の魂は異種族にとって活力を高める薬になるという。ただ、もちろんそんな美味い話がそうそうはない。薬は薬でも劇薬だ。それ相応に精神力が強い者の魂でなければ、アウズーラの魂の負荷に耐えられず自我崩壊するそうだ。
「幸い貴様は勇者として鍛えあげた男だ。私の魂が多少加わった程度で崩壊するほどやわではあるまい。それにな」
「それに?」
「異なる魂が加算されるということは、生前の力に何らかの補強がされる可能性が高い。まして元々能力が高い貴様に私が力を貸すのだ。ある程度戦闘技術や魔力は上がるだろう」
「--そいつを早く言えよ。そうか、それならベリダムの野郎にも勝てるってことか」
「必ずそうなるという保証は無いがな」
アウズーラよ、ありがとよ。だが腹はくくったぜ。お前の魂を少量とはいえ受け入れるのは確かに恐いがな。もうこんな幽界で放浪するわけにもいかねえし、時間が経過すればするほど復活は難しくなるだろう。魂が戻る予定の俺の肉体が腐ったり欠損すれば、それだけ復活の難易度は高くなる。
決意は固まった。強く頷くと、アウズーラはそれを承諾の意志と受け止めたらしい。「行くぞ」と重々しい声で言う。
俺が掌を上に差し出した右手の上に、少し空間を挟んでアウズーラが右手の一つを伸ばした。人がボールや果物を渡す時の態勢だ。流石に緊張する。ほんとに復活など出来るのか。それに......俺は、俺の自我を保てるのか。
だがもう迷う暇は無い。目を閉じて集中し始めたアウズーラに、最後に一つ質問する。
「復活するのはいいとして、すぐ出来るのか? 何日もかかりますじゃ困るぜ」
「そこまではかからん。不確定要素が多いが現世の時間で三時間程度で済む。貴様が死んでから今までが--そうだな、おおよそ三時間経過しているから」
「死後六時間で復活って予定か」
返事は無かった。アウズーラは既に自分の集中力を高める作業に入っている。ボウ、と淡い紫色の燐光が奴の巨体を包む。その口からは、祈りとも呪詛とも取れる言葉の羅列が吐き出されてきた。
思わず呻く。周囲の空間が歪んだように見えた。アウズーラの魂を分けるという行為に影響されているのだろうか。生と死の理を曲げる行為だ、こっちの世界に全く影響が無い方がおかしいよな。
--始めるぞ。
脳に直接アウズーラの声が響く。差し出した右手が急に熱を感じ、それが全身を包み始めた。
頼むぜ、アウズーラ。上手くいったらお前の頼みは何とかしてやるからさ。