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勇者の俺はシングルファーザーしています   作者: 足軽三郎
第一章 子育て一年生
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まったく春だってのにな

 火炎弾(フレイムバレット)の特徴、それは同じ炎系攻撃呪文の火炎球(ファイアボール)と比べると高速で飛び、爆発力より貫通力に重きを置いた点だ。

 また、一度にばらまける弾数も多く、牽制や比較的広範囲に散らばる敵に使うには適している。もっとも呪文のプロのエルグレイに言わせると「好みの問題ですよ」という程度の違いなんだが。



 まあそれでもだ。久しぶりに使ったにしては上手くいった。俺の拳よりちょいと大きいくらいの燃える弾丸を何発も浴びせられ、姿を確認する暇もないまま魔物の群れが倒れていく。



「ゲアッ!? ギャアアアッ!」



「シャアアアア!」



 喚いているのはホブゴブリン(ゴブリンより少し体格のいい亜種)が何匹か、そしてその後ろにいる大柄な人型の魔物のオーガだ。弾幕が薄い方向にいたらしき魔物共は俺の第一射に耐え、いきなり奇襲してきた憎き人間目掛けて突っ走ってきた。



 (ホブゴブリンが六匹、オーガ二匹。たいしたことねえな)



 ざっと見た感じ、火炎弾(フレイムバレット)の第一射で10匹程の魔物を倒している。ならば相手の姿も確認出来ない段階の先制攻撃としては、戦果は十分。ここからは正確に射抜くぜ!



「第ニ射開始、集中砲火だ!」



 ばらけて襲い掛かる魔物の左半分に火炎弾(フレイムバレット)を集中的に浴びせる。そう、第一射で全部撃ち出したわけじゃないのさ。念のために、三割程度はキープしておいたのが役に立つんだ。



 超高速で襲い掛かる複数の火炎弾(フレイムバレット)、ばらけて使えば八匹全部を仕留める程の厚みがある弾幕は形成出来ない。だが、それを左半分に集中すればどうなるか。子供でも分かるよな。



「ゴハッ!」



「だから言わんこっちゃねえ」



 密度が倍になった炎の弾丸を喰らった敵集団の左半分は、完全に壊滅状態だ。ま、第ニ射は直接見て撃っているから命中率も高いし妥当な結果だな。さて、残るはホブゴブリン三匹とオーガ一匹と。



 ホブゴブリンも初心者冒険者にはきつい程度だし、2メートル半程の長身を覗かせるオーガだって所詮それより一回り強いくらいだ。ぶっちゃけ俺には物足りないが、まあいい。

 どうやら俺を魔術師と勘違いしたらしい。

 接近すればどうにかなると思ったのか、仲間の死体を飛び越えてくる勇気だけは賞賛してやるよ。



武装召喚(アポート)、来いよ"魔払い"!」



 俺の右手に呼び出したのはロングソード+8、"魔払い"の二つ名を持つ名剣。そう、あのアウズーラに止めを刺した魔剣だ。正直こいつらにはもったいないくらいだが、たまには使ってやらねえとな。盾はいらない、当たるはずもないからな。



 一気に踏み込む。奴らの目には俺が消えたようにしか見えなかっただろう、それほどまでに速度に差があるから。



 "魔払い"を二振り無造作に振るとあっという間にホブゴブリンの死体が二つ、相変わらずとんでもない威力だな。本来は悪魔系および不死系特化武器として特殊な魔力付与(エンチャント)を施された武器なんだが、元々+8もあるから普通の魔物相手でも強すぎる。



「ほら、どうした。おまえらの好きな接近戦だ。殴りかかってこいよ」



 俺は残るホブゴブリンとオーガに相対した。ガクガクと両方とも膝が震えているのが分かる。魔物なりに、俺が剣も呪文も使えるのが分かったらしい。全く気づくのがさ。



「遅いんだよ!」



「ゲハアアッ!」「グボアアアー!」



 これ以上苦しませるのも趣味じゃない。次の一撃でホブゴブリンは脳天から股下まで真っ二つにかっさばかれ、反応が遅れたオーガはその巨体を"魔払い"の刃に貫かれあっさりと堕ちた。

 瞬き程の間に四発も突きをぶち込まれたら、そりゃもたないだろう。



 剣に付着した血糊を拭う。動揺した心は大した戦いではなかったとはいえ、命をチップにした死亡遊戯(ゲーム)の間に少し落ち着いていた。



 やっぱり、考えるよりは行動の方が俺には向いているようだ。せっかく魔物を倒したので奴らが持っていた(グラン)を回収した俺はリールの町に戻ることにした。「どうにかなるさ」と嘘ぶきながら。




******




 (八つ当たりだったかな。間違ったことはしてないけどよ)



 あの数日前の戦い(ひどく一方的だったが)を思い出しながら、俺は目の前の光景に意識を引き戻した。ちょうど膝の上にいたシュレンとエリーゼが、メイリーンにあやされながら床に下ろされようとしているところだ。

「シュレンは俺が持つよ」と声をかけて俺はメイリーンの手から青いベビー服を着たシュレンを受け取る。



 ちょっとだけ抱っこしてやるかと思い、シュレンを左手に抱えるようにして右手を背中に回した。特に暴れることもなく、素直に「ふあー」と言いながら俺の服を掴んできた。おい、ボタンがちぎれるから強く握るなよ?



 メイリーンがピンクのベビー服を着たエリーゼの背をさすりながら、優しくあやしている。ちょっとむずかるような様子を見せているエリーゼは、メイリーンに甘えてばかりで離そうとしない。

 そんな様子を見ているとまた不安になってくる。さりげなく視線を逸らした。



「......勝手だとお思いですよね」



「そんなことはねえよ......」



 メイリーンが漏らした言葉は誠実で。



 俺が返した言葉は、ほんの少し嘘が混じって。だけど、俺が彼女にやってやれることなんてそれくらいしかないんだから、せめて快く送り出してやりたかった。例え嘘だと相手に伝わってしまったとしても。



「ウォルファート様」



「なんだよ、畏まって」



「私、ウォルファート様に謝らなくてはいけないことがあるんです」



 いつになく真剣なメイリーンの声の響きに、俺は姿勢を正した。とはいっても、シュレンを抱えているのでさまになっているとは言い難いが。こら、ほっぺたつねるな。



「真剣な話って感じだな」



「そうですね......何から話せばいいかしら。あ、エリーゼちゃん、髪伸びたわね」



 ふ、とため息をついて、メイリーンがエリーゼの髪を指ですく。覚悟を決めたように、彼女は口を開いた。



「私、この子達が嫌いでした。いえ、嫌いどころじゃない、憎かった」



「......続けろよ」



 え、と思ったけどどうしようもない。何で今そんなことを急に言うのか、という気もしたが、気の利いた言葉も出ない。妙にドスの利いた返事しか出来ない自分を恨んだ。


「私が生後二ヶ月で子供を亡くしたことはお話しましたよね」



「ああ、一番最初にな。気の毒だとは思ったさ」



 答えながら、俺はメイリーンの目に涙が浮かぶのを認めた。流れ落ちこそしないが瞼に溜まるそれが決壊するのは......時間の問題だろう。ああ、女の涙ってやつは幾つになっても苦手なんだよなあ。



「はい......元々体が弱い子だったのでしょう、私も一生懸命面倒みたつもりでしたが、ある日起きてみると私の横で息を引き取って、冷たくなっていました」



 そして、どう声をかけていいかわからなかった。わかるはずもない、所詮男の俺に理解なんて出来ない。ただ、何となく。聞いてやらないとメイリーンが気が済まない部分があるんだろうな......ということだけは分かった。



「葬儀を終えて、骨だけになった我が子を抱いた時に"ああ、骨だけってこんなに軽いんだ"って思って......うちの子、小さいなりに母乳飲んでよく泣いてて......だけど、もう死んじゃったんだな、うるさい泣き声も可愛い笑い声も、もう二度と聴けないんだ、こんなに赤ちゃんの骨ってちっちゃいんだって思ったらもう涙が......止まらなくって......」



「......ああ」



「だけど、子供産んだ女の体ってそんなすぐに変わらないんです。胸は張ったまんまで母乳が溜まってそれが痛いんです、だから自分で搾って捨てるしかなくて......すごく、それが辛かったです」



 その言葉に俺は想像した。もう飲んでくれる赤ん坊が膝にいないメイリーンが自分で胸を搾り、母乳を出す様子を。そこには生産的な物は何もない、暖かい物も何もない、白く流れる乳はそのまま母親の涙と同一だ。どれだけそれが悲しい行為なのか、想像に余りある。



 だが、かける言葉一つ見つけられない。何が勇者だと俺は俺を自嘲する。だから俺に出来ることは。



「話してくれ」



 メイリーンに話を促すだけだった。消え入りそうな声で俯いたメイリーンが言葉を搾り出す。痛みが突き刺さったままの言葉を。



「......そんな時、勇者様が乳母を探しているという話を聞きました。ぼーっとしている時間が増えた私を見兼ねた夫に背中を押されたこともあって、だからシュレンちゃんと、エリーゼちゃんの面倒を見させていただくことにしました。家からも近いですし」



「今でもはっきり覚えています。二人が私のことを無心に求めてくれてそれが凄く嬉しかったこと、だけど同時に凄く......憎たらしかったことを......めちゃくちゃな理屈だって頭では分かってたのに、何でこの子達は元気なんだろう。何でうちの子は元気じゃなかったんだろう、何でうちの子は死んで......シュレンちゃんとエリーゼちゃんが生きてるんだって......」



 理屈なんか最初から通っていないのは、きっとメイリーンだって分かっているんだ。ただ、気持ちを誰かに聞いてもらいたいだけなんだろう。(何で俺はもっと早く気づいてやれなかった)と自問する。

 だが、例えメイリーンの気持ちに気づいてやれたとしてもあの時の俺は......彼女に乳母を依頼せざるを得なかっただろうな。それだけ追い詰められていたから。



 生後二ヶ月で亡くなった我が子の姿を預かった双子にどうしても被せて見てしまったメイリーンを......俺が、責められるわけがなかった。他ならぬ俺が彼女に依頼したんだから。



「母乳をあげながら、二人がうちの子ならどんなによかったかとか、もっと生きてる時に可愛がってあげたらよかったとか考えてもどうしようもないことばかり沸いてきてしまって......」



 続く言葉は涙を絡めて落ちて行く。ぽたり、ぽたりと。



「しまいにはシュレンちゃんとエリーゼちゃんが、うちの子の犠牲の下に生きてるんだなんてことまで......二人は、二人とも私のことこんなに慕ってくれてるの、に......っ」



「もういい、分かった。すまん、わざとじゃなかったが辛い思いをさせて済まなかった」



 予想通りというべきか、涙を零し告白するメイリーンに俺が何を言えただろう。だが、もし俺がここで何も言えなければ彼女を受け止めることが出来なければ......俺は勇者なんかじゃない。だから頭脳をフル回転させて必死に考える。



「シュレンもエリーゼも、あんたのことは大好きだから」



 傷が言えないまま、二人の面倒を見てくれた女に。



「メイリーンがいなかったらほんとに詰んでたんだ、俺も心底感謝してる」



 エリーゼを抱きながら涙を流したままの女に。



「あんたの旦那にも、亡くなったあんたの子供にも全面的にありがとうと思っているから、だから、ここに来なくなってもいつまでも。俺はメイリーンがシュレンとエリーゼの母親だったって、思ってるからな」



 その苦しみを取り除いてやるための言葉を、必死で考えて拙いながらも伝えたんだ。なあ、メイリーン。俺の言葉、少しはお前に届いたか?




******




「そうですか、メイリーンさんがそんなことを」



「ああ。俺も正直びっくりしたけどな」



 その日の夜、俺とアイラは居間で茶を飲みながら話しあっていた。今日はたまたま双子もあっさり眠り、会話の邪魔をする者はいない。冬も終わりそろそろいらないかなと思いながら、俺は暖炉の火を火掻き棒で掻き回す。



「言わずにはおれなかったんだろうな......なんか、メイリーンていつも穏やかだから、あんな激情見せられたの初めてでさ、動揺しちまった」



「私思うんですけど、あっ、言っていいですか?」



「どーぞ」



 言い澱んだアイラを促した。どうせこいつ言い出したら聞かないだろうし。それに昼間のメイリーンの告白の衝撃で、正直俺もまだショックを受けている。誰かの意見が欲しかった。



「メイリーンさん、後悔なんかしてないと思いますよ。双子ちゃんの乳母をされたことには」



「それならいいけどな」



 ちょっと弱気になった俺の言葉は歯切れが悪い。だけど、アイラは元気に言ってくれた。お茶のお代わりを俺に注いでくれながら。



「だってね、ほんとにシュレンちゃんとエリーゼちゃんが嫌いなままだったら、二人があんなにメイリーンさんに懐くわけないですもの。最初は複雑な気持ちだったかもしれないけど......でも、二人と遊んでるメイリーンさん、凄く生き生きしてました」



「......そうか」



「それに皆が好きだからこそ、ホントのこと話してくれたんだと私思うんです。嘘ついたまま、乳母辞めたくないから。シュレンちゃんもエリーゼちゃんも、ウォルファート様も皆大好きだから」



「自分も勘定にいれとけよ」



「あ、そうでした。すいません」



 俺のツッコミに、アイラがこつんと自分で自分の頭を叩いて舌を出す。たまにこいつ、やたらコミカルなんだよな......話している内容がシリアスだから違和感ありまくりなんだけど。



 けど、お陰でちょっとは気の重さが晴れたよ。



「メイリーン、今どんな気持ちなんだろうな。やっぱり嬉しいんだろうか」



「何がですか?」



「妊娠したことについてだよ。ま、シュレンとエリーゼから離れることについては多分、複雑な気分なんだろうけどさ......」



 俺だって馬鹿じゃない。本気でメイリーンが双子を憎んでいたなんて思えないし、信じたくない。自分の子じゃないけど、出来る限りのことをしてくれた彼女を悪く思いたくはなかった。それに......



 (シュレンもエリーゼも、あんなに懐いてるし)



 椅子から立ち上がり、隣の部屋の扉を薄く開ける。ベビーベッドの中で黒い癖毛のシュレンはあっちを向いて転がり、ふわふわした金髪のエリーゼはお行儀よく仰向けに寝ていた。

 顔はよく見えないが穏やかな寝息の気配を感じ、俺はまた扉をそっと閉めた。



「寂しくなるな」



「......そうですね」



 あとたった二ヶ月しか、今この家にいる俺達四人がメイリーンと過ごす時間は無いんだ。俺と彼女の間柄は所詮契約関係しかないとはいえ、そこそこお互い信頼していると思っているし、アイラとメイリーンは互いフラットな仕事仲間だ。十ヶ月も一緒にやってきたらそりゃ情も沸く。



 (ちっ、しけた気持ちになっちまう)



 軽く舌打ちして俺は酒をキープしている棚に向かった。軽く背伸びして取り出したのは、二十年物の赤ワイン。俺が持ってる酒の中じゃかなりいいやつだ。



 グラスを二つ揃えて、一つをアイラの前に滑らせる。俺の気分を察したらしくアイラが「お付き合いします」と一つコクンと頷いた。



「イケる口かい?」



「まあそれなりにですね。ウォルファート様は聞くまでもないですね」



「当然だろ。ほら、注ぐぞ」



 アイラのグラスに俺が注ぎ終わると、彼女がワインのボトルを取り俺のグラスに注いでくれた。グラスの中ほどまでワインが満たし、その深い赤紫色の液体が醸し出す香りに一時だけ考えることを止める。軽く目を閉じる。何だかいろいろあって疲れちまったな。



「ウォルファート様、乾杯しません?」



 アイラの声に目を開けた。すっと彼女が差し出してきたグラスに自分のそれを優しく差し出す。チン、と軽く鳴る二つのワイングラス、明かりに揺れる赤い液体が美しい。



「べただけどメイリーンのおめでたに。乾杯」



「乾杯。心優しいあの人に今度こそ幸あらんことを」



 ぐいとワインを飲み干しながら俺は思う。ほんとによかったなって。だからあと二ヶ月、お互い気分よく頑張ろうぜ、メイリーン。

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