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本格的に始まった

 初戦におけるこちらの損害は百人程度だ。エルグレイの魔砲陣(キャノンフィールド)であれだけ一方的に攻めたにもかかわらず、この被害はいただけなかった。リーヴォドルス、氷狼(フェンリル)を中心とした敵の魔物部隊が暴れた結果だ。



「仕方ない、というしかないな。見ていたがあの巨大な魔物相手にそのくらいの被害で済んだなら、まだましだと思うが」



「しかしあれさえいなければ完封勝利が狙えましたよ、くっそう」



 そしてただ今、作戦会議の真っ最中だ。ギュンター公はなだめてくれるものの、俺の腹の虫はおさまらない。冷静に考えれば、ベリダムもリーヴォドルスという奴自身を除けば恐らく最強戦力を失ったわけだ。向こうだって手痛いはず、と考えるよう努めてはいる。いるが、対多数戦の必殺スキルの魔砲陣(キャノンフィールド)まで使ったのだ。



 (完勝して弾みをつけるつもりが--いっぱい食わされたか)



 いまだに何故魔物部隊のみが先発隊となったのかは分からない。だが結果だけ見れば、こちらはエルグレイが消耗し更に兵を失った。ベリダムが魔物部隊を捨てごまと考えていたならば、まずまずの収穫と言えるのではないだろうか。もっとも、とんでもない遠距離から浴びせられる攻撃呪文に肝を冷やした可能性も高いが。



「いずれにせよ、これで正面衝突は避けられないわけだ。向こうは魔物部隊、こちらはエルグレイ君の魔砲陣(キャノンフィールド)といういわば豪華なおまけを使いきった。ここからは」



 手に持った指揮棒をピシッと鳴らし、ギュンター公が全員を見渡す。緊張感が途端に高まった。



「軍と軍の戦いだ。諸君、ここからが本番だぞ!」



 こう言われればいやがおうでも士気は高まるよな。小競り合いで確認した限りは、ベリダム軍の質は確かに高いことは高いらしい。だが二倍の兵力を覆すにはやはり足りないという。一発逆転狙いのギャンブルじみた攻めがなければ、恐らく奴に勝利の女神は微笑まない。



「そして大概の場合、ハイリスクな賭けは悪魔に好かれるもんです」



「その時点で用兵としては破綻しているからな。こちらはあくまで正攻法で潰そうか」



 俺の意見にギュンター公が応じる。皆、否はない。こちらが普通に戦えばいける、その点で全員の意見は一致していた。ベリダムと直接雌雄を決することが出来なくても、それはそれで結構だ。個人の事情はニの次、俺達が勝てばいい。



「とか言ってますけど、ほんとは自分の手で辺境伯と決着つけたいですよね?」



「否定はしない。お前はどうなんだ、ラウリオ?」



「......やり返したい気持ちはありますよ。闘技会では完敗しましたから」



 会議から戻りながらの会話の最中、ラウリオはそう答えながら軽く拳を握った。やはり思うところはあるらしい。



「やる気があるのは結構だが、単独で当たろうとするのは止めとけ。勝てる相手じゃねえよ。命を粗末にするな」



「そう......ですね。でももし見つけたら足止めくらいはしてやりますよ」



「んだな。お前かあるいはアリオンテなら時間稼ぎは出来るよ」



 別にロリスを軽んじたわけじゃないが、接近戦で粘れないと辛い相手だ。それに退魔師(エクソシスト)はあくまで援護がメインになるしな。

 そのロリスは今頃護符作成に励んでいるだろう。防御力強化や精神安定をもたらす護符も作れるらしく、せっせと作っては兵士達に渡している。「一枚200グラン、安いよ安いよ!」と実演販売しながら売りまくっていたのを見た時は、若干引いたが。



「何にせよ勝たなきゃどうにもなんねえさ。ギュンター公の手腕に期待しよう」



「そうですね、形はどうあれ勝たないと」



 俺達がそんな会話をしている内に、自分達の隊まで戻ってきた。「おかえりなさい、勇者様」と声をかけてくれる兵士達に手を振る。この中の何人かは確実に命を落とすことになるだろうな。無傷で勝とうと思う程に俺は楽観的じゃないが......一人でも犠牲が少なく済むよう、最大限いい指揮を取ろうとは思うよ。




******




「呪文は使えそうか」



「通常程度ならいけます。ご心配なく」



 エルグレイと短く言葉をかわす。二人とも馬上だ。その視線はまっすぐ前を見ている。

 


 魔砲陣(キャノンフィールド)使用から四日後、ただ黙って陣を構えていたベリダム軍がゆっくりとだが動き始めた。当然こちらも対応する為に進軍を開始する。右翼と左翼が前に出た半月形の陣を取るよう、ギュンター公は動かした。左翼が俺達ウォルファート隊、右翼が他の将校が率いる隊、ギュンター公自身は真ん中の本隊にいる。



 大将であるギュンター公まで一気に中央突破すれば狙えなくもない陣形なだけに、幕僚の中には反対意見を唱える者もいた。だが最終的には「左右の狭撃が全く何の意味もないということは有り得ない。仮にベリダムの突進の勢いが予想以上としても、側面から攻められれば必ず対応の為に速度を鈍らせる」というギュンター公自身の意見が通った。



 大将自身がそう判断したなら、俺達に異論はない。あとは最大の戦果をもたらすだけだ。



「ラウリオ、アリオンテは前。エルグレイとロリスは後ろにつけ。相手の出方にもよるが、基本的には受けに回るぞ」



 指示を飛ばしつつ、少しだけ残念に思う。真っ正面から捩じ伏せる形で相対したい気持ちもあるからだ。けど、それは俺のわがままだ。



 (勝って戻ることが出来れば、それでよしとしよう)



 去年の約束を俺はまだ果たしていない。シュレンとエリーゼの二人を実の両親の墓参りに連れていってやる、そう約束してやった。セラも連れていってやらなきゃな。リールの町までは遠いけど、旅行だと思えばそれも楽しいだろう。



 ああ、そういえばメイリーンは元気にしてるのかな。もしかしたら二人目、三人目の子供も生まれているかもな。大きくなった双子を見たら、きっと驚くだろう。



 ゆっくりと歩き始めた馬の上で、そんなことを考えていた。目で戦場の動向を逐一拾いつつ、頭の片隅にはまだ余裕があったんだろう。けどそれも徐々に消えていく。近い将来の願いを叶えたけりゃ、まずは今この時を切り抜けないとな。



「先に行くぞ」



 本気モードの四本腕になったアリオンテから声をかけられた。幾人かの兵士があいつの後に続く。最初はアウズーラの息子ということで畏れられていたようだが、リーヴォドルスに向かっていく姿に感心したらしい。少なくともこの戦いの間にはいらぬいさかいは起きないだろう。



「あまり気張らないようにね」



「分かってるよ!」



 その横を行くラウリオとは仲がいい......のだろうか。不安だ。



「では私達は後ろに下がります、援護は任せてください」



「エルグレイさんの近くなら僕も安心ですね。変な虫も寄ってこないし」



「え......」



 苦笑した。「敵兵っていう怖い虫なら寄ってこないだろうぜ」と声をかけ、エルグレイとロリスの二人を見送る。万が一後ろをつかれるような事態になれば、この二人が頼りだ。



「よし、行くか。今日が勝負どころだ」



 ヒュン、と手綱を鳴らし馬の速度を上げた。俺の動きに隊全体が鋭く反応する。左翼は抜かせやしないさ。来るなら来やがれ、ベリダム。








 やはりというべきか。



 当然というべきか。



 ベリダム軍は全部隊を一つにまとめていた。前から見ると鏃のようだ。前が突き出した三角形がこちらを向いている。あの陣形からでは特攻しか出来ない。あるいは左右に僅かに進路を変えるくらいだ。



 改めて戦場を見渡す。ある程度伏兵が潜めそうな窪地などもあるが、ベリダムには伏兵を割くほどの余裕は無い気がする。あくまで中央突破一点狙い、それ以外は難易度が高すぎる陣形だった。



 (初撃を凌げば勝てる)



 そう思っていたのは、俺だけではないだろう。いや、この場にいるほとんどの者がそう考えていたんじゃないか。



 風が泣くかのように吹いた。本格的な戦の直前特有の地面が揺れるような感覚が伝わってくる。いよいよか。



「来るぞ!」



 誰かが叫んだのが聞こえた。どよめきが伝播する。



 開幕はいきなりだった。こういう大規模な戦の場合、進軍や撤退などのおおまかな指示を銅鑼の音により伝えるんだが、それが鳴り響いたんだ。それも両軍同時に。



 先頭に立っているのはセオリー通り騎兵だ。馬上槍(ランス)を抱えたそれは、まさに人馬一体の凶器。こちらからは何本か矢が飛びだすが、それは難無く盾で払われた。



 みるみるうちに騎兵との距離が縮まる。こちらも受けに回るとはいえ、全く前進しないわけじゃない。騎兵の特攻をただ棒立ちで受ければ、かなりのダメージを負う。ばたばたしない程度に前で構える。



「槍兵部隊、構えっ! 迎撃!」



 隊長が叫ぶと、それに従い兵が動いた。通常よりやや長めの槍を持った兵が、がっちりと槍の石突きを地面に固定して構える。その穂先が向かうのは前、突っ込んでくる敵騎兵部隊だ。文字通り迎え撃つ覚悟がないと出来ない。



 ガッ! と鈍い音がした次の瞬間には、敵味方とも何人かが血飛沫を上げて倒れた。騎兵は流石に強い、槍兵の迎撃をものともせずに馬を操り先制攻撃をかましてきやがる。こちらが上手く迎撃し、槍の穂先に捉えた相手もいたが危うく前衛の一部が崩されそうになった。



「うおあああ!」



「死ね死ね死ね、倒れろ!」



 怒号がこだまする。



「あ、あ、あ、あ、いてえ、いてえよお! お、俺の、俺の腕がああ」



「しっかりしろ、後ろへ下がれ--カ......ハ、え、何?」



「うおらああっ、その首いただ--」



「調子乗ってんじゃねえよ、辺境伯の犬が!」



 叫び声に叫び声が重なる。誰かが喚けば、それを他の誰かの叫び声が打ち消す。綺麗な戦いなんて無い、生きたい生きるその為に他者を殺すという残酷さが許される--いや、歓迎される狂気の空間が形成されていた。

 


 俺自身、既に武器を抜いている。武装召喚(アポート)はとうの昔に完了、右手に魔払い、左手にタワーシールド、そして胴体にはフルプレート+7の完全武装だ。(ヘルム)は視界が悪くなるから着けない。借りてもよかったんだがな。



 俺がいる場所まではまだ敵はこない。ベリダムがひたすら中央突破を狙っているからか、俺と反対側の一翼へは最低限の攻撃しか仕掛けてきていないようだ。ということは俺としては圧倒的に有利になる。なんせ側撃をかけられるのだから。



「食らいつけ、奴らの腹を突き破るくらいの気持ちでいけよ!」



 檄を飛ばしつつ、この場から出来る攻撃はあるかを考える。敵の攻撃はたまに流れ矢が飛んでくる程度だ。油断しなきゃ当たらない。そうだな、この距離ならいつものあれで行くか。



「念意操作」



 俺の傍らに現れたるは愛用のミスリル製ショートソード六本。陽光を弾き返す刃には激戦の名残なのか、無数のかすり傷がついている。ああ、そうだな。今までよく戦ってくれた。


 

 けどさ、俺はこの戦いで引退するからさ。最後にもう一頑張りしてくれよ、相棒!



白銀驟雨(シルバースプラッシュ)!」



 銀の光が尾を引いて飛ぶ。その見慣れた光景の更に向こうでは、両軍死力を尽くしての激戦となっていた。



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