vs リーヴォドルス
ロングソード+8たる魔払い、そして+6から7相当の刀に比べると、俺が愛用しているバスタードソード+5は明らかに弱い。勿論通常の剣に比べれば遥かに上物だし、重量バランスや愛着という部分で他の二つを上回っている部分はある。だが俺がバスタードソード+5を手放さない一番の理由、それは--
「--超知覚」
この魔剣の特性である能力解放があるからだ。一つ、敏捷性を爆発的に引き上げる超加速。二つ、周囲の水分に働きかけ攻防の手段とする水乃領域。そして最後の三つ目が俺が今使い始めた超知覚だ。
はっきり言おう。この能力解放はとても地味だ。なるほど、何となく周囲の気配が読み取りやすくなったり、敵の動きに対する反応速度が上がったような気はする。だがそれも特筆するほどじゃない。正直初めてこの能力を使った時はがっかりした。体力消耗は少ないが、せいぜいが効率のよい補助呪文的な効果しかないと。
だが、ある人間にとってはこの超知覚は主力武器になりうる。そう、俺は得意とするものの一般的にはレアスキルである念意操作の使い手にとってはな。
「見せてやるよ、これが俺の奥の手だ」
念意操作で操っていたミスリルのショートソード六本を手元に引き戻す。リーヴォドルスの氷柱攻撃はひとまず鳴りを潜めている。復活したラウリオを中心として、俺以外の人間が奴を攻めたてているからだ。うざったいのか、その巨大な角を振り回す魔物に吹っ飛ばされる者も多い。だが次々に数を頼りに襲いかかるこちらに辟易しているようにも見える。
好都合だ。先程呼び出したショートソードが二十四本、周囲の地面に突き立っている。そのすぐ上を念意操作の対象であるミスリルのショートソード六本が舞った。分かるぜ、俺から伸びた見えない念意の糸が。細くしなやかにより合わされたそれは、六本のショートソードを支配し......そしてそれを基点に更に外へと伸びる。
「対象拡張」
だからな、ほら。今ならば。
超知覚で感覚を研ぎ澄ました今ならば。
俺の念意操作はその操作の対象を広げることが出来る。元々調印を施して支配下においていた六本の剣が、今は更に俺の念意の手となる。そう、念意が伸びるのだ。より遠く、より広く。新たな基点となった六本のショートソードから念意が広がった。それが捉えたのは地に刺さる二十四本の鉄の刃。
「ミスリル製一本につき鉄製が四本と。隊長と一般兵って感じだな」
俺の軽口に応えるようにミスリルのショートソードが淡く輝いた。それを契機に念意操作の新たな対象が動き始める。二十四本の鈍い鉄の輝きがふわりと宙に浮く。それは丁度四本ずつ六つの固まりに分かれ、ミスリル製ショートソード一本一本に従うように動いた。五本一組の剣の集団が六つ出来たことになる。
事情を知らぬ人間が見ればびびるだろうよ。誰も手を触れていないのに、合計三十本のショートソードが宙に浮いているのだから。しかもその切っ先は一際でかい獲物に向いている。
リーヴォドルスよ。防御には自信があるようだが、これでも防ぎきれるか。
「襲え、舞刃光翼」
号令一下、剣が動いた。今までの五倍の数となったショートソードが俺の左右に広がる。それはまさに死天使の翼だ。ミスリルの銀と鉄の灰はリーヴォドルスの左右から攻撃を開始した。
それまで縦横無尽に暴れていたリーヴォドルスだが、意識が攻めに向かい過ぎていたようだな。その分だけ三十本のショートソードに対する反応が遅れた。
「ウガアアアッ!?」
魔物の叫び声が戦場にこだました。数が多くなった分だけ、当然通る攻撃も多くなる。ほとんどは奴の分厚い毛皮に防がれたが、たまたま防御の薄い部分に刺さった物もある。慌てて氷柱を生み出し、群がるショートソードを払おうとし始めた。
(間に合わないさ)
念意操作をそのまま続行させ、ショートソードを奴の表面を削るように走らせる。勢いが乗らないから威力は下がるが、リーヴォドルスの注意をひければそれでいい。何よりあの厄介な氷柱攻撃を周囲に向ける余裕を奪える。
「今だ、勇者様の援護に続け!」
「ほい来た!」
勢いづいたラウリオの鋼砕刃がリーヴォドルスの横腹を切り裂く。続いてロリスが放った護符が閃光を放ち、ヘラジカの巨大な顔の辺りで炸裂したのが見えた。あれはそうか。直接攻撃じゃなく閃光による視界の妨害か。
単なる目くらましに過ぎないが、それでもいきなり視界を奪われればうろたえる。リーヴォドルスはめくら滅法に角を振り回すが、流石にそれでは当たらないだろ。そしてこの間に弓兵が次々に矢を放っている。ほとんどは弾かれているが、それでも雨あられと射かけていれば何本かは刺さるさ。確率の問題だ。
畳み掛ける好機だ。念意操作を準自動に切り替えつつ、俺は前に出た。右手のバスタードソード+5を思いきり目の前の巨大なヘラジカに叩きこむ。柱のような左前足に食い込んだ、手応えあり。ガッ、と荒い咆哮が聞こえリーヴォドルスの反撃が来る--だが超知覚で強化されていた俺の反射神経が、それをやすやすと回避させた。
こちらの攻撃がリーヴォドルスを攻め立てる。素早く正面に周りこんだアリオンテがその四本の腕を伸ばしたのが見えた。
「対魔障壁付きでもこの至近距離なら! 火炎迫撃!」
魔物の角の辺りで黄色い火炎が爆発した。効いている。もう視力は戻っているのだろうが、ここまでダメージが蓄積されれば......一気にいけるか!?
リーヴォドルスには攻め手が無くなった格好だ。四方八方から囲まれ的が絞れない。そういう場合に役に立つ飛び道具の氷柱は、俺の三十本のショートソードが封殺している。素の防御力が高いから持ちこたえているが、そろそろ尽き果てさせてやる。
「ラウリオ! アリオンテ! 片をつけるぞ!」
二人に声をかけ、俺は大きく跳躍した。ヘラジカ型の魔物の肩を踏み台にその背中へと跳ぶ。右手のバスタードソード+5を逆手に握り、その切っ先を下--リーヴォドルスの巨大な背中に向けた。
左に周りこんだラウリオの二度目の鋼砕刃が毛皮を切り裂いたのが見えた。
アリオンテが右に走りつつ、その刀に体重を預け横一文字に一気に切り裂く。
そこに間髪を入れず、頭上からは跳躍の勢いを加算した俺の下突きが--
「倒れろ!」
着地、右手に反動、押し込む。バスタードソード+5の刃はリーヴォドルスの背中に深々と食い込んだ。刃が半ばまで埋まり真っ赤な血がほとばしる。くっそ、人間なら完全に貫通している攻撃なんだがな。
それでも相当な深手には違いなく、リーヴォドルスは悶えるような咆哮を上げた。何とも形容しがたい叫びが耳を突く。もう一撃と思ったが、大きく体を揺すった敵に振り落とされそうになった。あぶねえ、今落とされたら怒り狂ったリーヴォドルスの格好の的だ。踏み潰されたら一撃だもんな。
「仕方ねえ、足場が悪いなら作るまでだ」
氷柱を叩き落としていたショートソードを急いで呼び戻す。痛みで暴れ回るリーヴォドルスの背中に左手一本でつかまるのはかなり辛い。ラウリオらも緊急離脱したようだ。揺れる視界の端で姿を見たような気が......する。
三十本、これだけあれば。
剣を横に並べるよう操作した。空中に棒を横に並べたような感じかな。そう、即席の階段としては上等だろ? 「あばよ」と一声かけて俺は巨大な背中を蹴った。ブーツの底が足場となったショートソードの剣身に乗る。周囲には何もない。下を見れば結構な高さだ。5メートルくらいはあるか。しかもまだ戦っている兵士達がそこにはいるのだ、非現実的な風景だな。
「っと、感心している暇はねえんだよ!」
ひー、前にやったことはあるがやっぱ怖いぜこれは! 超知覚を使って対象の揺れを最低限に保てねえと、こんな文字通り危ない橋渡れねえよ。
愚痴はともかく、空中に作った剣の階段を小走りで駆ける。走り終った先からさっきまで足場だったショートソードを回収、更に階段の延長の為に再使用だ。こうすれば理屈上は延々と宙を歩けるはずだが、流石にいくら身軽な俺でも下を見ればすかすかの即席の足場にいつまでもいたくはないな。
そう、あくまでリーヴォドルスの背中から逃れる為の緊急手段だ。そしてその目的は十分に達した今はむしろチャンスだろ。俺を見つけたようだが、まさか宙を歩けるとは思っていなかったらしい。ヘラジカなりに驚愕した顔だ。
「氷柱がこっち向く前に勝負だな」
剣で出来た頼りない空中の道だが、距離さえ取れればそれでいい。足元に十本集めてそれを互い違いに組み合わせつつ、念意操作に集中する。足場が安定する安心感が集中力を引き上げる。
「ガアアアッ!」
「遅えよ!」
恐怖を振り払うようにリーヴォドルスが突進してきたが--俺の方が一枚上手だったようだな。
残り二十本のショートソードを一団にしてぶっ放した。頭に血がのぼったお前にはお似合いだ、全身から流血しろよ。
的がでかい、しかも突進してきたのがリーヴォドルスには不幸だった。かわす暇もないまま、両前足に何本かショートソードが突き刺さる。更に流血、地面を血で汚しつつたまらずリーヴォドルスは足を止めた。空中にいる俺から見れば、その無防備な頭部が足の下にある格好だ。
だがその目が死んでいない。分かるぜ、不用意に近づいたら最後の力を振り絞って噛み付きに来る気だろ? 魔物なのにたいした心意気だ、それだけは褒めてやるよ。だから俺も最大の攻撃呪文で応えてやる。
「固有呪文--聖十字」
空中から俺が放った聖なる白い光は美しい十字を描き。
斜め上からリーヴォドルスの首を撃ち抜いた。鮮血と共に白い巨体が一度大きく揺れる。呼吸器が傷ついたのかハヒュ......という頼りない音が奴の喉から漏れた。
******
リーヴォドルスを倒した後は残党始末に終始した。いくら負荷が低いとはいえ、能力解放を使用した後はしんどい。勇敢にも向かってきた氷狼の一匹だけあしらい退散させると、あとは後方に引っ込んで指揮に専念する。
正直こちらはもう大勢はついた。別に大将というわけではなかろうが、群れの中でもっとも強い個体が倒れたのだ。数でも圧倒的にこちらが上なら、自然と残党狩りと化す。
「追撃します!」
「あー、任せた。こっちはこっちでやることがある」
ラウリオに答えながら、俺はもう一方の戦いの状況を検討した。そう、時を同じくして進軍を開始していたベリダムの本隊の行方だ。大きく迂回するようにギュンター公率いるうちの本隊へと向かっていたはずだが。
「牽制程度、か」
伝令の情報を聞く限りでは、思いのほか動きが鈍いらしい。数百程度の先発隊同士が衝突したものの、その程度。それを数度繰り返すと満足したように引いたという。こちらの値踏みをしているのかと考えるとちょっと怖いが、とりあえず全面対決は今日はない。
「疲れましたね、それにしても」
「ああいうでかぶつ系だと退魔師のお前には相性悪いよな」
「あのヘラジカが不死者化していたら、僕も活躍できましたね!」
ロリスの発言に顔をしかめた。あんな城壁が動いているような魔物が白骨死体に、あるいは腐った死体になってずるずる動いているところを想像したのだ。気持ち悪いでは済まないだろう。
「すげえ臭いそう」
「! ガーン! そ、そんなに僕汗くさいですか、ショック!」
「リーヴォドルスの不死者がだろ......誰もあんたが臭いなんて言わないよ」
おお、アリオンテのナイスフォローが。気が利くねえ。
「ところで刀の切れ味どうだった? 悪くねえだろ」
「いい、としか言いようがないね。今まで普通のショートソードしか使ったことなかったから尚更そう思う」
「......生活苦しかったんだな」
「すごく可哀相ですね、魔族のエリートなのに。僕泣けてきます」
刀の切れ味には満足したアリオンテだったが、俺とロリスの言葉には顔をしかめてしまった。同情されるほど落ちぶれてはいない、と言いたいのかもしれない。
「余計なお世話だよ! この刀だってちゃんとお前に返すからな、いつか自前の武器でお前の首を......!」
「そ、そうだね......」
あかん。何を言っても最後はやはり俺への復讐になるんだな。俺はまさか、ベリダムと戦っている隙に背中から刺されるというリスクも抱えているのだろうか。色んな意味で怖い。