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ヘラジカ許すまじ

「おーおー、派手にやったもんだなあ」



 口笛を一吹き、俺は戦場を見渡す。エルグレイめ、相変わらずとんでもない攻撃力だ。魔砲陣(キャノンフィールド)の使用には反動も手間もあるが、それだけの価値はある。ざっくり五百くらいは倒しているだろう。ベリダムめ、本陣で肝を冷やしているんじゃないか。全兵力の5%が削られたぞ?



 しかし安心は出来ない。そのベリダムがいるであろう本陣の一部が進出を始めた。俺達ウォルファート隊が構える方へではなく、戦場を俺達から見て右--ベリダム軍から見て左へ大きく迂回する形でだ。遠回りではあるが、ギュンター公が指揮する国王軍の中枢を狙っているように見えなくもない。



「ふーん、そう来たかよ」



「どうします、ウォルファート様。まだ当面の敵は全滅していないですけど」



 俺の呟きにロリスが反応する。お前もベリダム軍の動きが見えていたか。多分、今回突っ込んできた七百の兵は捨て石なんだろうな。これで俺達を足止めして、本隊にちょっかいかけようって腹だったんだろう。



 半分正解だ。まさかエルグレイ一人にあっさりと半壊させられるとは思っていなかったろうが......だが。



 俺の視線の先、隊の先頭を形成する部隊が動いた。ラウリオか、本当に真に受けて先駆けしやがるとは。しかもあいつ自身が他の騎兵を率いて先頭に立っている。軍馬に備え付けた重い馬上槍(ランス)がきらめき、見事な馬さばきでみるみるうちに敵との差を詰めている。



「あのでかいのはちょっと予想外だったよなあ。ロリス、アリオンテ、出るぞ! ラウリオ一人でどうにかなる相手じゃねえ!」



 名前は知らない。だが体長10メートルを超える巨体にもかかわらず、そこそこ敏捷な動きだ。あいつの周りにいた敵兵や魔物--忌ま忌ましいことに氷狼(フェンリル)が数匹、更にオークなどがいる--は被害が少ないことから、どうやらかなり強力な対魔障壁を張ることが出来るらしい。体のでかさから推察される打撃力、生命力も考えれば下級竜(レッサードラゴン)よりは上だろう。



 馬を駆る。蹄の音が秋の大地に響く。すぐ横に並んだアリオンテが「あれはまずいだろ!」と叫んだ。



「知ってるのかよ? あのヘラジカのでっかいの」



「知ってるも何もさ。昔、父さんが魔王軍に引き込もうとして反抗した奴だよ」



「おいおい、魔族の王に反抗して従わないなんてよ。よっぽどの跳ね返りだな!?」



 やばい相手なんじゃね? アウズーラに喧嘩売ってまんまと生きてるなんて、生半可な相手じゃねえよな。

 四本の腕で器用に手綱を操りつつ、アリオンテが答えてくれた。



「リーヴォドルスと言ってたな。頑として父さんの命令に首を縦にしなかったから、父さんと戦闘になったんだけど......まんまとやられたよ。いきなり凍気攻撃で目くらまし、更にあの巨体で体当たりをぶちかましてきたから流石に父さんも怯んだ。その隙に逃げたんだ」



「ちょっとした砦みたいな敵の体当たり喰らって怯んだで済むのがすげーわ」



「当たり前だぞ、僕の父さんだからな! いつか敵を取ってやる、その時は覚悟しとけよウォルファート!」



 やばい、アウズーラの話をしている内に、息をひそめていた復讐心に火が点いたらしい。赤い目が吊り上がったアリオンテは正直怖いんですが。



「お、おう......そん時は真っ向からやってやっから。頼むから何か弱点教えてくれよ、まともにやったら辛そうだ」



「あると思ってるのか、父さんが苦戦するような正真正銘の化け物だぞ!」



「そこは威張るとこなんですかねえ」



 ロリスが鋭くツッコミながら俺達の横に並ぶ。他の兵も五百余りが遅れずに続いていた。数の上では十分だ。前を行くラウリオは三百程を率いている。いかにリーヴォドルスとかいうあのでかいヘラジカがいるとはいえ、二百の敵を相手にするには多い。これ以上の兵を攻めに使えば、むしろ互いにぶつかり支障をきたすだろう。



 そして兵を動かしつつ、俺は頭の中でリーヴォドルスの評価を上方修正した。アウズーラに一発かますくらいなら中級竜(エルダードラゴン)並だな。さすがに古竜(レジェンダリー)には及ばないだろうが。



 みるみるうちにラウリオ達が敵兵との間合いを詰めていく。生き残った敵兵が勇敢にも突っ掛かっていくが、こちらの勢いは止まらない。馬の突進の勢いそのものを攻撃力に変え、ラウリオが馬上槍(ランス)の一撃を叩きこんだのが見えた。



「らあああっ!!」



 おお、すげえなあいつ。普段と全然表情違うじゃねえか。馬上槍(ランス)で敵兵の一人を仕留め、更に馬に鞭をくれてそのまま力任せに二人目を屠るとは。修羅の領域に踏み込んだが如き、見事な暴れぶりだ。



 ラウリオに続く形で他の兵も敵に斬りかかる。後続の俺の耳に徐々に剣檄の音が激しくなっていく。この距離ならはっきり分かるが、敵は人間が大半だ。魔物は全体の二割程度に過ぎない。多分、兵士の中でも隷属したような下級兵士を魔物と組ませたのだろう。



 しかしその中でもリーヴォドルスの存在感が際立つ。一際でかい図体がずい、と動くとそれだけでこちらの戦線が乱されそうになった。その周囲をうろつく氷狼(フェンリル)共も脅威だ、さてどうしたもんか。



「いっけええええ!」



「馬鹿、無茶しすぎだ!」



 思わず叫んだ。ラウリオの奴、馬から飛び降りながら一気にリーヴォドルス目掛けて斬りかかっている。馬上槍(ランス)は捨てて剣に持ち替えている。間に入ったオークを一撃で斬り捨て、リーヴォドルスに肉薄するが......まるで象と蟻だ。仮に刃が通ってもとても致命傷にはならないだろう。



 しかも悪いことにラウリオの攻撃はあっさり弾かれた。回避されたわけじゃない、右前脚を狙った一撃は頑丈な毛皮に僅かに食い込んだだけだ。逆にうるさそうに払った蹄に、吹っ飛ばされちまった。



 ぎりぎり盾での防御(ガード)が間に合ったようだが、大丈夫だろうか。ラウリオを心配しつつ戦線に飛び込む。戦いは乱戦へと移行していた。怒涛の勢いで攻勢に出ようとするリーヴォドルスを、こちらの兵士達が弓矢や投げ槍で牽制していた。だが止まらない。うるさそうにその長い角を振るい、飛び道具を跳ね返す。



 氷狼(フェンリル)は一匹に五、六人が囲むことで対処出来ている。オークなら一対一でも何とかなる。だがあのヘラジカの化け物だけは、数でどうにかなるか自体が怪しい。いや、百人くらいでよってたかれば流石に倒せそうだが、それでも散発的に攻撃しても無駄に終わりそうだった。



「対凍気攻撃用にっと」



 ロリスが数枚護符をばらまいた。俺やアリオンテを含む味方に、護符から暖かい光が降り注ぐ。凍気攻撃にはこれである程度対処可能だろう。もっともあの巨体で踏みにじられたらそれどころじゃないんだがな。



 ラウリオを探す。いた、すぐそこに。他の兵士に救助されていたらしい。だがその左腕がだらりとぶら下がっている。「大丈夫か」と声をかけると「な、何とか」と呻き声が返ってきた。既に二本ばかり回復薬(ポーション)を使ったらしいが、それでもあの打撃によるダメージからは回復していないようだ。



「無理すんな、と言いたいところだがお前の力も借りなきゃきっつい相手だな」



 激励とも愚痴ともつかぬことを言いつつ、俺はリーヴォドルスを睨んだ。今はこちらの方では無く別方向の兵士の一団に攻撃をしかけていやがる。その馬鹿でかい口を一噛みすると、一人が上半身をパックリ削られた。



「ゲッ......ありかよ、あんなの」



「鎧ごと上半身を噛みちぎってる......!」



 アリオンテが呻き、ロリスが顔色を変えた。そう、俺達の視線の先では上半身をパックリ食われた犠牲者の下半身だけがあった。腰と足だけとなったそれは、傷口からプシューと間の抜けた音と血飛沫をあげながら揺れる。



 仲間の死に怒りをかきたてられたのか、他の兵士達が反撃に出る。だが彼らの手持ちの槍や剣ではかすり傷にもならないようだ。十人やそこらが束になっても、足止めにもなりゃしない。どころかリーヴォドルスの餌になるだけだ。



 奴が足を一踏みすると兵の一人が踏み潰された。たいして力もこめていないのに、規格外の体重はそのまま破壊力へとつながる。胸を踏み抜かれ、内臓と筋肉をミックスされた死体をベロリとなめてやがる......野郎、これ以上好き勝手させっかよ!



「お前らは他の敵をやれ! そのでかいのは俺がやる!」



 叫びながら前へ出る。ちらりと後ろを振り返ると、ロリスとアリオンテが左右に展開していた。ラウリオは三本目の回復薬(ポーション)をあおり、何とか左腕を治そうとしている最中だ。いいさ、俺も含めた四人だけで十分だ!



 流石にリーヴォドルス一匹でこちらの優位が揺らぐ程じゃない。だが兵達が恐怖に駆られれば、敵が盛り返すチャンスを与えることになる。ここで仕留めなくては駄目だ。

 走りながら考える。エルグレイの魔砲陣から放たれた攻撃呪文を防ぐ程の対魔障壁は見事だ。だがそれだけに魔力の消耗も半端じゃないだろう。俺が立て続けに攻撃呪文を撃ち込めば、押し切れるかもしれない。



 (だが果たして通じるか?)



 躊躇う。確かによく見れば、肩や腰の辺りに焼け焦げが幾つかある。完全防御とはいかなかったようだが、それでもあの天が裂けたかと言わんばかりの、攻撃呪文の嵐をくぐり抜けてきている。俺の、今の俺の呪文では当たってもさして......



「ちいぃっ! 火炎弾(フレイムバレット)!」



 迷いを振り払い、先制攻撃を叩き込む。子供の握り拳程度に凝縮させた炎の弾丸を--右手に生み出したそれを一気にばらまいた。数十の弾丸が火線を描き飛んでいく。

 バチバチバチッと火花が散った。危険を感じたリーヴォドルスが、その大きな角で俺の火炎弾(フレイムバレット)を防いだのだ。対魔障壁を使うまでもないってことか、それとも使う余裕がないのか。



「威嚇程度にしかならねえか」



 俺の声が聞こえたわけでも無かろうが、リーヴォドルスがこちらを見た。角は可動式らしい、左右にグッと開いた角の合間から覗く大きな黒い目が見える。笑っていやがると思った次の瞬間には敵の反撃に晒された。



護剣結界(ソードシールド)!」



 咄嗟に展開させたショートソード六本による防御形態、そこに次々に敵の攻撃が突き刺さる。やはり予想通り、冷気を操ることが出来るらしい。より正確に言えば氷柱を飛ばしてくる。



 たかが氷の塊と侮れない。白く透き通った氷は鋭く尖り、短槍を思わせる。



 俺は正面に護剣結界(ソードシールド)を展開させていたから助かったが、幾つかの氷柱は周りの兵士達へ飛ぶ。ロリスの護符の効果があっても尚無傷とはいかず、あちこちから悲鳴が上がっていった。



 ちっ、結構広範囲に散らせておいたのにそれでも被害が出るか! 何人こいつにやられているのかと思うと、胸がムカムカしてくるぜ。



 しかしこの犠牲は無駄じゃあない。この隙にリーヴォドルスの右にロリス、左にアリオンテと挟み撃ちの状況が出来ていた。ロリスが束縛(バインド)効果を持つ護符を投げつけ、ヘラジカの足を止めようとしている。



「いけ!」



 俺の声が聞こえたのかは分からない、だが彼女が投げつけた護符は淡い青に輝き敵の右後ろ足に絡み付いた。こちらに前進しようとしていたリーヴォドルスの巨体、それがつんのめったようになる。効いている、完全じゃないにしても。



 だが敵も中々頭が回るようだ。すかさず左から斬りかかろうとしたアリオンテを、氷柱の連発で突き放す。「くっ、くそっ!」と悔しそうに叫びながら、アリオンテは刀で氷柱を斬り落とすのが精一杯だ。いや、むしろ次々に襲いかかる氷柱攻撃をよく防いでいると言えるか。あいつ、実戦で刀使うの始めてだしな。



 しかしこの一連の攻防で大体敵の攻撃パターンが見えてきた。近寄れば強靭な顎による噛み付き、又は打撃。こちらの攻撃にはやや臆病といえるほど即座に反応し、氷柱攻撃で突き放すか角を盾代わりに使うってとこか。



 ならまずはあの厄介な氷柱を封じさせてもらうぜ。



 右手に握る愛用のバスタードソード+5、その柄に語りかけた。俺の意思を伝える。強く、強く念じる。魔剣に眠っている力を呼び起こす為に。



「久しぶりにやってやるぜ。解放(オープン)第三能力(サードアビリティー)--超知覚(センシビリティ)!」



 こんな事態だ。出し惜しみしている場合じゃねえよな。



 自分の感覚が研ぎ澄まされてゆく心地よさに身を委ねつつ、武装召喚(アポート)。呼び出されたのは、鈍い鉄の輝き。ぞろぞろと蟻のように収納空間から這いでてきたそれらが、次々に地面に突き刺さった。



 そう、事前に準備しておいた二十四本の鉄のショートソードだ。見てろよ、リーヴォドルス。てめえの氷柱攻撃なんざ、こいつで砕ききってやる。

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