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月の光に佇んで

 総勢二万の軍と言うとかなり多い方だろう。実は王都に駐留している軍を加えるともっと動員は出来た。だが、万が一ベリダムが本隊以外の兵を迂回させている可能性に備えて、それは予備兵力として動かしていないのだ。



 それ以外にも貴族達が各領地に控えさせている私兵がいる。本当はそれらも全力で動員すれば、ベリダムに四万以上の兵力をぶつけることが出来た。それをしない、いや、出来ないのはこちらが受けに回っているからだった。



「王都に予備兵力を置くのはいいですが、せめて各貴族からの私兵くらいは全て使うべきです」



「本当だよ。相手は乾坤一擲で全兵力使ってくる、こちらは最初から兵力を分割してたんじゃ覚悟が違うよね」



 野営地でくつろいでいる際に、エルグレイとアリオンテからそんな文句が飛んできた。ラウリオも何も言わないが、内心は似たような感じではなかろうか。



「言うな。俺も実はそう思ってはいるが、これでも最大限努力したんだ。それに俺達以上に」



 一旦言葉を切り、後方に目をやった。ここからは見えないが、最後方に控えているはずだ。



「--ギュンター公が不満に感じているだろう。俺達は俺達でやれることをやるさ」



「勇者様がそう言うならこれ以上は。ただ、気迫が違うというのは僕も同意見ですね」



 俺の意見を肯定しつつ、ラウリオが指摘する。それは実は俺も気になっていた。恐らく全てをこの一戦に賭けてくるベリダムに対し、こちらはどこか腰が引けているというか......守りに入っていた。



 兵の顔を見れば分かる。気合いは入ってはいるが、鬼気迫るような物は無い。精神的に切迫し過ぎて自滅するよりは余程いいが、ぎりぎり限界までの力を引き出すならばもう一、二枚上積みが必要だった。



「無いものねだりしても仕方ねえよ。不安点あげたら切りが無い。練度、装備も敵さんの方が上だ。それでもやっぱり、こちらが有利には変わらないしな」



「つまり油断しなければ負けないと?」



「こちらが弛みきっているなら負け確定だが、そうじゃないしな。それに倍の兵力ってのは大きいぜ?」



 エルグレイへの答は俺の本音だった。不安要素はありつつも、結局のところ、二万という数に物を言わせた消耗戦がこちらは取れる。相手にはそれが無い。余程の秘策が無ければベリダムの逆転はきついだろうな、と俺は踏んでいた。



 どちらにせよ、先陣を切る俺の隊が鍵を握るのは確かだろう。敵の僅かな逆転の目を摘むなら、やはり早い内がいい。



「ところでロリスは? さっきから姿が見えないようだが」



「あの小さい姉ちゃんなら呪符作ってるよ。出来る限り作らないとね、って言ってたな」



 アリオンテが言う通り、野営地に立てたテントの群れから微かにロリスの気配がする。集中しているようだ、放っておいてやろう。

 そしてそう言うアリオンテの背中からは、ひょいと刀の柄が飛び出していた。俺が貸してやった奴だ。



「あれ? アリオンテ君、その剣は勇者様のじゃないか。君が使うのかい」



「ああ。武器が無いからさ、貸してもらった」



「へえ、そうか良かったね。使えそうかい」



「両手持ちなら出来るよ」



 ラウリオに答えつつ、アリオンテは少し誇らしげだ。武器が無いというので最初は適当な奴を見繕ってやろうか、と思っていたのだが考えを変えたのさ。俺が主力武器を三本所持していても、一本くらいは余るだろうし。それならアリオンテが有効活用すればいい。



 最初は刃渡りがかなり長めの刀に振り回されていたが、コツは掴んだらしくまずまずやれている。緩やかに曲がった刃に美しい刃紋が流れるこの武器は、他の直線的な長剣とは違い製法自体が異なるらしい。そのせいなのか、魔力付与(エンチャント)の強度も良く分からない。切れ味から判断するに、多分+6か7くらいだろうとは思うが。



「その武器ならほとんどの敵には勝てると思うよ。頑張ってね」



「勿論そのつもりさ、もうね、バッサバッサ行くから! これ上手く当たると鉄でも真っ二つなんだよ」



「意気上がるのは結構だが、その上手く当てるのが難しいんだぜ?」



 俺が口を挟むと「やると言ったらやるよ」とアリオンテは意地になってしまった。こいつもこの戦いには賭ける物があるのだろう、精々頑張れよ。

 そんな風に草地に座ってワイワイやっていると、聞き覚えのある声がした。振り返る暇もなく、その声の主が俺の隣に座る。



「ふー、疲れましたよ。行軍の後に呪符作成というのは」



 ロリスが肩をこきこき鳴らしながらぼやく。一時間以上はテントにこもっていたのだ、そらまあ疲れるだろう。



「......お疲れ様です」



「ん? んん? 君は確か......勇者様のとこの居候だよね。やあやあ、初めまして。僕、ロリス・クラインと言います。よろしく」



 おう、アリオンテとロリスは初対面だったのか。アニーは会ったことあると言っていたが、そういえばこの二人は機会が無かったな。

 しかし何だな。アリオンテの奴、知らない人の前だとちょっと堅いな。素性が大魔王の息子でそもそも人類の敵だから無理ないけど。



「なんか、魔族のエリートなんて聞いてたから少々ビビっていたんですが--君、かわいいですね。あれですね、ショタ好きな人ならたまらないでしょうね、僕は趣味じゃないですけど」



「おおおおお前、初対面の相手に失礼だろう! くっ、このアウズーラの息子にしてワーズワースの義理の息子の僕に可愛いとは何事か!」



「やーだー、ムキになってー。かーわーいーいー♪」



 あああ、ロリスの奴、いい遊び相手を見つけたと言わんばかりにアリオンテをいじってやがる。だがちょっと待て。今はともかく、十年後くらいには俺より強くなっている可能性あるんだぞ、そこの坊やは?



「いつも賑やかですね、彼女......」



「ある意味すげーよ。っと、俺もちょいと武器の点検でもすっかな」



 呆れたようなエルグレイに答えつつ、俺は収納空間を開いた。ふわりと俺の隣に広がった長方形の暗闇を傾け、ゆっくりと全ての武器を取り出す。ちなみに鎧と盾はしまったままだ。



 愛用のバスタードソード+5、攻撃力最強の魔払い=ロングソード+8、それに念意操作用のミスリルのショートソードが六本。うん、ここまではいつも通りだ。だが最後にガチャガチャと音を立てて出て来た武器こそ、今回の戦闘用のスペシャルな武器さ。



「え、ウォルファート様、こんなにたくさん武器必要なんですか? それも--質は良さそうだけど普通の鋼鉄製のショートソードですよね」



 そう、ラウリオの言う通りだ。ガスガスと地面に突き立ったのは、何の変哲も無いショートソードだ。しかもその数、実に二十四本も。両手両足の指の数より多いんだ、そりゃラウリオも疑問に思うよな。



「ほほー、それ、もしかして久しぶりにやる気ですか?」



「ああ。対多数戦なら絶対使う価値あるからな。おっと、今言うなよ、ラウリオにばれちまうからな」



「あー、何ですかそれ! エルグレイさんは知ってて僕には教えてくれないって、不公平ですよ!」



 慌てるな、ラウリオ。どうせ戦場に着いたら嫌でも見ることになるんだから。




******




 秋の夜空はどこか悲しい。



 野営地の端っこに座りながら、俺はふとそんなことを思う。



 夏と冬の狭間にあって、もっとも実り豊かなこの季節が俺は好きだ。春の心が弾むような陽気さも好きだが、三十路を迎えてからは秋の方がより惹かれる。



 ふと頬をなでる秋風、赤や黄に色づいた広葉樹の並木、膝まで潜るほど積もった落ち葉......そうした風景にいつしか心が落ち着くことを覚え始めたんだ。

 勿論、畑にたわわに実った野菜や、木に鈴なりになった果実の芳香も好きだ。腹も心も満たしてくれるし、あの乾いた麦藁の温もりは親父とお袋がいる故郷を思い出させる。



 そんな秋も日が落ちると、また別の顔を見せる。人の郷愁を誘う夕暮れの赤の後は、天蓋を覆うしっとりとした黒の時間だ。そこに散らばった星の白い輝きは、一年で一番澄んだ美しさがある。けれどどこか悲しい。



 こんな風に思うのは俺が歳を取った証拠かなと、ちらっと考えるが一口だけ酒を啜った酒が思考を散らす。ああ、考えるだけ無駄だな。人は自分で思うほど、自分自身を支配出来ているわけじゃない。こうなりたい、と思っても実際には全然違う風になっちまうこともたくさんある。あの時何でこんなことをしたのかな、と振り返ることだってたくさんあるだろう。



 考えることだってそうだ。フッと頭に浮かぶ事柄の一つ一つは、意識的に思い出すことと勝手に思い出すことが混ざりあっている。



 (あいつら、元気にしてるかな)



 また一口酒を啜りながら、俺を待っているであろう双子とセラのことに集中してみた。最初はうざったかったはずなのに、いつのまにか俺の中の大事な何かになっている。それがくすぐったいような、面倒なような......何だか複雑な気分だ。



 家族なんていらないと思っていた。



 ヒルダの件以来、そういう人並みの幸せは縁遠いもんだと考えて背を向けてきた。多分、それでもそこそこ幸せにはなれたろうとは今でも思うことはある。



 だが俺は......今、ここにいるウォルファート・オルレアンという一人の男はいつのまにか、家で誰かが待っているのをちょっと嬉しく思っているようだ。ああ、別にさ。誰も俺の帰りを待っていなくても、俺は喜んで剣を振るうと思うよ。力の限り攻撃呪文を唱えて、群がる敵兵を駆逐するだろうさ。



 違いは多分、些細な、けれどはっきりしたことだろう。こうして決戦を数日後に控えた今、自分を待っていてくれる人がいることを支えに出来るってことだ。ただ一人、戦いの恐怖を堪えながら戦意を掻き立てる--それも効果的かもしれないが、酷く消耗することをしなくて済むってことだ。



 一人のままの自分を想像する。シュレンとエリーゼがおらず、セラもいない自分の姿を思い描いてみた。今より気楽で自堕落な感じになるだろうか。いつかアニーが言っていたように、酒の飲みすぎで体を痛めていたかもしれない。そこまで突き抜けて好きなことをしたなら、それはそれで幸せかもしれないなと考えたところで空を見上げた。



 白い丸い月がポツンと浮かんでいる。夜露に濡れた草が月光に照らされ、闇の中で銀色を帯びて浮かび上がっていた。名も知らない羽虫が緩やかに飛び交い、ポウと光の線を描いて消えてゆく。



 静かだ。目の前に広がる景色も、俺の心境も。まるで凪いだ海のように平らかな......落ち着いた状態だ。

 


 不安や恐怖を静めるだけの何かが俺の心に宿っている。何だろうな、戦の前にこんなに落ち着いたことは無かったな。いつも高ぶっていて、それを静めるのに苦労していたんだが。



 (年齢のせいか、あるいは境遇が変わったせいか)



 もう三十四歳だもんな。そりゃ少しは落ち着くか。でも周りの奴に言わせたら家庭持ちになったからだと言うんだろう。親父とお袋はまだ結婚して欲しいと思ってんだろうし。いや、それはやっぱちょっとな。



 軽く酔いの回ってきた頭をもたげた。月は何も言わないまま、黙って俺を見下ろしている。思う。この戦いが終わったなら、もう一度こんな風に一人で月を見上げてみようと。俺は何が大切で、俺の好きな人たちにどうしたいのか、何をしてほしいのかと。



 シュレイオーネ王国建国の礎はもう出来つつある。ベリダムのような危険分子さえ取り除けば、しばらくは安泰だろう。そろそろ俺が手を引く頃かもしれないと漠然と思った。



 勇者が必要な時代は過去の物になりつつあるし。軍事府で勤務するのはいいにしても、戦いからは引退してもいいかなあ。なんだかんだ言いつつ、アウズーラと戦ったあの時をピークに俺の力は落ちている。本当に少しずつだが、やはり全盛期には及ばない。



 この戦を最後に第一線からは身を退くのも、けして悪い考えでは無いだろう。そもそも俺が出る必要があるような戦いもほとんど無くなっている。ベリダムとの決着をつけて、それを花道にというシナリオはいい引退の形に思える。



 草地から腰を上げた。うん、悪くないな。数日後の一戦を幕引きにするという思いつきを胸の片隅に置いたまま、俺はテントへと戻ることにした。今夜はよく眠れそうだ。

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