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うちの居候は大魔王の息子です

 長い会議を終えてようやく城を出た時、日は既に暮れていた。ほぼ半日を会議に費やしていたらしい。そりゃ疲れるわ。



「帰るぞー。おーい、うちの屋敷まで頼むよ」



「はい、オルレアン公爵。お疲れ様でした」



 待たせていた馬車に声をかけ座席に落ち着く。アリオンテも俺に従い、その身を投げ出すように向かいに座った。疲労困憊といった様子だ。無理もない。



「疲れたなら寝とけよ」



「すぐ着くんだろ、いいよ」



 素っ気ない返事にすら疲れが滲んでいた。王都までの逃亡に加え、大勢の人間の目に晒されるという精神的な疲労もあるのだろう。おまけに泊まる場所は自分の父親の仇とくれば、疲れない方がどうかしている。



 まあ仕方ないよな。命があるだけめっけもんだ。それに俺の演説の甲斐あって、国としてはベリダムを敵として認識する方針になった。アリオンテとしてはいい方向に進んでいるのだし。



 しかし、ここに来て俺の頭には別の悩みが浮上していた。ある意味、こっちの方が身近で怖い。馬車の中から流れていく風景を眺めつつ考える。



 (シュレンとエリーゼにアリオンテのことをどう伝えるべきか)



 そう、目下の悩みはこれだ。昨日今日は知り合いということでごまかしたが、いつまでもそれで通すのは無理がある。ぱっと見は人間と同じ外観のアリオンテだが、生活を共にすれば至近距離で見られることもあるだろう。意外に目敏い双子からすれば、この人変だなあと感じる可能性は十分ある。



 もちろんそこから、アリオンテと俺は敵でかつ、自分達の実の父親を殺したのはアリオンテの父親と発想するのは相当に無理があるんだが。おまけにアリオンテの父親を殺したのは俺、というところまでは黙っていさえすれば気付かないだろう。



「お前、自分の正体明かす気ある?」



「どういうことさ。もう貴族達には話したけど? おかげでプレッシャーかけられてげっそりだよ」



「しゃあねえだろ、立場が立場なんだから......ああ、俺が言っているのはな」



 気まずい話になるだろうな、と思い一旦言葉を止めた。いや、しかししょうがないよな。



「シュレンとエリーゼに自分の正体を話す気あるかってことだ。自分の父親はお前達二人の実父を殺しましたって」



 目の前の少年から返ってきたのは沈黙だった。広くはない馬車の空間で、俺とアリオンテの視線が交錯する。先に口を開いたのはアリオンテだった。



「言ってどうなる? 二人から恨まれ、罵倒されるのがオチだよね。隠し事はあまり良くないけど、言いたくはないな」



「そうか。そりゃまあそうだよな」



 難しいな。だがシュレンとエリーゼも既に六歳になる。仇という言葉の意味も分かる年頃だ。もしアリオンテの正体を知ったら、平静ではいられないだろう。罵倒するだけでなく、その場で掴みかかる事態にも発展しかねない。



「けどなあ、俺の屋敷にいつまでいるか分からないけど長く滞在するなら、誰かには事情は打ち明けないとちょっとしんどいんだよな。しんどいってのは俺がね」



「......」



「セラ--双子の母親役をしている銀髪の子な--には話すぜ。勿論双子には話さないように口止めしておくけど」



「分かったよ。僕も魔族の癖に人間の家に転がりこんだ身だ、好きにしてくれ」



 神妙な顔でアリオンテは頷いた。そうだな、冷静になってみればいつまでアリオンテをうちで預かるんだ? 対ベリダムの目的の為に一時休戦してはいるが、元々は敵同士だ。一つ屋根の下という状況はかなり不自然ではある。



「なあ、お前おとなしくしてられるか? うちの双子とか襲ったりしねーよな」



「するか、馬鹿! 正式な決闘の場ならともかく、見境なしに誰彼襲うほど落ちぶれてないよ!」



「ならいいけど。しばらくその力の拘束はさせてもらうぜ」



 アリオンテの服の下に隠れるように、体力や魔力を抑制するロープが巻き付いている。さすがに何も無しというのは不安なのだ。



「うん。仕方ないよね。なんか、あれだな。自分から飛び込んできておいて変な話だけど、捕虜みたいだな」



「人間と魔族の関係考えたらしゃーねーだろ。とりあえずベリダム倒すまでは我慢しろよ」



 頷くアリオンテを見ながら、俺はセラにどう説明しようかと考えた。ひっくり返って泡吹かなきゃいいが......




******




「パパだっ!」



「おかえりー!」



 屋敷に着いた途端、シュレンとエリーゼの熱烈歓迎か。いつもながら笑える程にこの二人は元気だな。シューバーがいたら何と言うか、と頭の片隅で考えつつ二人を抱き抱える。



「おー、お前ら夕ご飯は? まだか?」



「まだだよ! パパ待ってた!」



「あたしお腹空いた! 早く早く!」



 うん、シュレンとエリーゼの二人がぐいぐい引っ張るので痛いんですけど。しかし「そんなに空腹なら先に食べてろよ」とは、口が裂けても言えない。そこまで鈍感じゃないさ。

 ちょっと遅れて出てきたセラが「あら、昨日のお客様とご一緒なのですね?」と小首を傾げる。小声で「後で詳しく話すわ」と言うと無言で頷いた。何かあるな、と察したらしい。



 だがそつなくアリオンテにセラは笑顔を向ける。



「おかえりなさい、勇者様のご友人の方。今から夕ご飯ですので、よろしければご一緒にいかがですか?」



「......もしよければ。あの、僕リオンと言います。昨日は挨拶一つ出来ずすみませんでした」



「大変そうでしたからお気になさらずに」



 傍で見ていると、気を張ってあるアリオンテとさりげなく様子を伺いながらも笑顔を絶やさないセラの組み合わせは、のどかながらもどこか危うい緊張感があった。胃に悪い。

 だがシュレンに「早く早く」と急かされ、エリーゼが「皆遅いよ!」と怒り始めた今、それ以上気にする余裕は俺には無かったんだな。だ、大丈夫さ。多分。







「--というわけで、こいつはあのアウズーラの息子なんだよ。言うなよ、絶対周りの奴に言うなよ、絶対だぞ!?」



「は、はあ......」



「むしろそう言われると話したくなるもんなんじゃ、いや、何でもないや」



 その夜、双子が寝静まった後のことだ。この家に住まわせる以上、最低限セラにだけは話す必要があるため俺は事情を説明した。最初は半信半疑だったセラも、ようやく俺の話を信じてくれたように--見えなくもない。

 俺の強い念押しに若干ひきつつ、セラは少し目を細めた。青い右目がスッとアリオンテを撫でるように動く。



「--大魔王の息子さんが、今は勇者様の敵だけど共闘しているんですね。複雑な気分ですわ」



「何を言われても仕方ない、でも迷惑はかけないと約束する」



 幾分詰問口調のセラに対してアリオンテは少々気圧され気味だ。しかし怯まないのは流石というべきか。いや、力を抑制しているとはいえども、魔族のエリートに全くびびらないセラの胆力がずば抜けているんだろう。



 夏用の簡素な半袖のドレスに薄いストールを羽織ったセラは、そのストールをいじりながら細いため息をついた。



「こう言っては何ですけど、数奇な運命ですわね。私も魔王軍に人生を変えられた身、貴方を憎いと思う半面......おかわいそうとも思う部分もあります」



「セラ、お前、うちにアリオンテ置いておくのは反対かよ?」



 俺の問いにセラはいえ、と頭を振った。銀色の長い髪が揺れる。



「ウォルファート様が決めたことです。私に否はありませんわ。ただ、今すぐ積極的に仲良くは出来る気分では無い、それだけですわ」



「分かった。アリオンテ、お前もいいな。とりあえずさ、うちにいる間は大人しくしていれば俺も煩くは言わない。それだけ約束できるよな」



「ああ。置いてもらえれば文句ない。それに--ベリダムの奴に刃を突きつけてやるまでのことだし」



 ギリ、とアリオンテが歯ぎしりする。とりあえず修羅場は超えたと思ったのだろうか。やる気を失っていないのは大したものだ。

 そんなアリオンテにセラが声をかけた。



「一つお聞きしていい? お屋敷にいる間はリオンとお呼びすればいいの?」



「あ、はい。人間の生活に溶け込んでいる間はそれが自分の名前なんで」



「分かりましたわ。勇者様の敵でもあり味方なら私にとっては中立。歓迎出来ない反面、粗末にも扱わないとお約束します。よろしいです、リオンさん?」



「十分です」



「こんなところかな。セラ、もう一度言うがこの件はオフレコで。特にシュレンとエリーゼにはな」



 俺の言葉にセラは無言で頷いた。その細い手がアリオンテの方に差し出される。その意図を読み取ったのか、アリオンテも右手を差し出した。二人の指が軽く、ほんとに一瞬だけ触れてすぐに離れた。



 紳士淑女協定といったところか。まずはこんなところだろう。しかし、次のセラの言葉は俺とアリオンテ両方を驚かせた。



「では明日からリオンさんには、双子ちゃんと共にグランブルーメ幼稚園に行ってもらいましょう」



「待て、なんでそうなる」



「は? 幼稚園って何? よく分からないけど、人間の子供が行くところなんて嫌だよ?」



「まだ見たところ、十歳にもなってらっしゃいませんわね。そんな子供がお家でブラブラとか不健康ですわ! 幼稚園の職員のお手伝いとか、何かしら体を動かさないとダメになります!」



 ああ、まあセラなりに考えてはいるようだとこの時俺は思った。だが。



「最近二人の運動量が増えて、私一人だと見るのが大変なんです。リオンさんも見てくれると、行き帰りがとても楽になります!」



「そっちが本音か......」



 アリオンテは話についていけないのか、ポカンとしている。うん、対ベリダム戦が本格化するまでは暇だろうし、いいのかもしれない。俺もずっと見張る訳にはいかないし。だが懸念が無くも無かった。



「アリオンテさあ、お前、自分の父親と因縁のある双子の側にいるのさ。プレッシャーになるんじゃね」



「分からない。直接会ったことないし。真相知ったら、血相変えてくるだろうとは思うけど。あの時戦争だったし何とも言えない」



「......リオンさんはそうかもしれません。でもあなたにはシュレンちゃんやエリーゼちゃんがどんな思いをしているか、知る責任があるとは私は思いますわ。あなたのお父さんがしたことの重さ、それを知らなくては」



 セラがきっぱり言い放つ。そうか、アリオンテをうちに置く為にはそれが最低限の条件ということか。



「アリオンテ」



「何さ。言い分は分かったよ」



「双子にくっつくのは面白くないかもしれねえが、セラの言う通りにしとけ。将来俺に立ち向かうなら、お前の親父が残した因果も含めて理解した上で来い。でなきゃ戦ってやらねえぞ」



 浮かない顔で「まあ、暇だし。承知した」と言うアリオンテを見つつ、密かに俺は考えた。幼稚園の行き帰りで王都の町並みを見れば、人間の底力をこいつも思い知るんじゃないか。そうなれば復讐も諦めてはくれないか、と。

 勝手な願望だが、俺だって将来の危険は回避したいのさ。でかくなったアリオンテが親父を上回る可能性はあるわけだし。



 しかし、ベリダムの奴が色々やってくれたせいで何だかややこしくなったな。どこの勇者が大魔王の息子を居候させるんだ。しかも家賃タダで。将来倍返しで払ってくれとは--言うまい。

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