勇者の条件
勇者の条件は何だ、と問われればその答は難しいと思う。なぜなら明確な定義がないからだ。
一応、剣と魔法両方に秀でていることが多いのが勇者の特徴だが、その昔には剣や槍、斧しか使えない勇者もいたらししいし、魔法オンリーの勇者もいたと聞く。
そうすると職業的には戦士か魔術師ということになる。勇者っていうのは職業ではなく、あくまで称号か勲章みたいなもんだ。
ならば、何が勇者には必要なのか。一応勇者の俺が自分で言うならば"意志の強さと行動力が突出している"ことだろうか。
個人的な武勇において今ならば俺の右に出る者はいない。だが駆け出しの頃は俺より上の者などゴマンといた。そこから成長していく中で気づいたんだ、他人より俺の優れている部分--勇者としての特性に。
俺は進んでパーティーを引っ張った。組織的に戦わないと魔王軍とは勝負にならないと考え、義勇軍を結成した。資金面の不安を商会をやり繰りして解消した。
「ウォルファートってさあ、よくそれだけいろいろ出来るよね」
「人を巻き込んで事を運べるよな」
そうやって行動している内に、仲間からかけられた言葉。最初はそうなのかな? としか思わなかった。だがふと気がついたのは、率先して物事を動かすことが得意な人間は意外にいない、ということだ。
体を動かすだけなら出来る。頭を働かせるだけなら出来る。だが、自ら動きつつ考えて他人を乗せて大きな動きにしていく、これが出来るというのは稀だ。天性の物か何かは知らないが、何故か俺には出来た。
勇者といっても一人で出来ることなど、たかが知れている。大事を成すならば他の人間を味方につけ、より大きな力にしていかなくては覚束ない。
だから言おう。勇者とは自ら動き、その勇気と行動力を他人に分け与える者だと。少なくともそれが俺にとっての"勇者の定義"だ。
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シュレン、エリーゼの二人とアリオンテの姿が重なったのはほんの一瞬に過ぎなかった。年齢も数歳離れているし、何より人間と魔族だとやはり印象が全然違う。だがそれでも子供が心細そうにしている姿というのは、記憶に焼き付くものだな。しばらく忘れられそうにない。
「陛下には休憩明けの口火はウォルファート様がする、と申し上げた。しかし大丈夫なのかね?」
「ええ、大丈夫です」
ギュンター公に答えながら、俺は深く息を吐いた。解放軍を率いて指揮を取っていた頃を思い出せ。説得力のある計画を立てて、それを人に説明していた時を思い出せ。俺なら出来る。
意見がバラバラになり、まとまろうともしない会議を一つに収められる。最良かどうかは分からないが、何らかの落としどころは見つけられるはずだ。
「休憩を終わります。皆さん、着席を」
イヴォーク侯の声に従い、周囲の円卓に貴族達が座っていく。まだ心中穏やかならざるのか、鋭い視線をアリオンテに送る者もいた。気持ちは分かるさ、だが今は俺達自身が争っている場合じゃねえんだ。
まず発言したのは、オリオス国王陛下だった。ゆっくりとした口調で会議再開を宣言し、次いで俺を見る。期待と不安が半々の視線だったが、しっかりとした目だった。俺を信用はしているんだろう。
「会議再開に伴い、ウォルファート・オルレアン公爵からまず発言したいことがあるそうだ。王の名の下にこれを優先する。勇者の冠名を抱くウォルファート・オルレアン公爵、卿の意見を皆に伝えて欲しい」
「はっ、ありがたく」
胸を張った。一呼吸置いて口を開く。
「皆ご存知だとは思うけれど、あえて言うよ。俺はね、六年前に戦友夫婦が遺した子供達を預かった。大魔王アウズーラの手にかかったシューバー・セイスターとその妻、エイダの双子だ」
ザワザワと場がどよめく。隣に座るアリオンテが突然のアウズーラの名に顔色を変えた。この場でそんなこと言えば反感買うだろう、と言いたいんだろうな。
けど構わず続けるさ。
「男の子はシュレン、女の子はエリーゼって名前さ。双子の赤ちゃん育てるのって結構な労力でね、色々大変だったよ。でもな、ほんとに辛かったのは双子達自身さ」
会議室を覆う空白。全ての視線が俺に集中する。
「二年前、俺はシュレンとエリーゼに俺が実の親じゃないってことを伝えた。血の繋がりが俺達の間には無いって。二人の実の親は既に墓の下だってことをね。それを聞いた二人のショックは、それはもう酷かったよ。一ヶ月くらいは口もろくに聞いてくれなかった」
「ならば尚更、そこのアリオンテなる魔族の言うことなど無視すべきでしょう! アウズーラの息子と聞きましたぞ!」
貴族の一人がたまり兼ねたのか口を挟んできた。それをオリオス陛下自ら制し、俺に続けるように合図を寄越す。ありがたい、俺が本当に言いたいのはここからだ。
「大事なのはさ、俺達大人の起こした戦争の都合で子供が巻き込まれちゃいけないってことなんだよ。もし俺達がもたもたしている間にベリダムがこの王都まで攻めてきたらどうなる? 親を無くして路頭に迷う子供が多数出るぜ。俺はね、それはやっちゃいけないと思うんだ」
場が沈黙する。俺は更に言い切った。
「今一番やってはならないのは、大人の戦争に巻き込んで不幸な子供が増えることを何とか回避することだと思うんだよ。子供には何の責任もない」
「--ということは、ウォルファート様はベリダムと和平交渉を行うべきと?」
「可能ならね。でも向こうがやる気なのは明らかだ。アリオンテの情報通りなら、もうあっちに矛を収める気は毛頭なさそうだから。だから戦うしかない。王都を出て野戦で一気にケリをつける。これが一番いいと考える」
「む。だがそれには彼の言うことを全面的に信用する必要が......」
発言した貴族とは別の貴族が言葉を濁した。俺の言いたいことは分かるが、やはり抵抗はあるのだろう。だがそれに対しての抗弁はある。やや感傷的だけどな。
「俺は今回の件についてはアリオンテを信じます」
場の空気が変わった。正式な意見表明という形で勇者が魔王の息子の肩を持った。その意味は小さくない。
「何故そこまで?」
「彼、アリオンテとその義理の父である魔王軍元副官ワーズワースの間の絆を信じているからです。いきなり血の繋がらない双子を預けられた俺だから、アリオンテとワーズワースの関係を信用出来ます。二人で身を寄せ合って暮らした日々の重さを......信用出来ます」
俺には分かる。どんな思いでワーズワースがアリオンテを逃がしたのか。どんな思いでアリオンテがワーズワースと別れたのか。打倒勇者を誓いつつも慎ましい生活を過ごし、二人で再起を目指していた日々は他人が口を挟めるほど軽い物ではない。
今、シュレンとエリーゼが俺から引き離されたら俺はどんな顔をするだろうか。あの双子はどんな顔をするだろうか。それは想像しやすいようで、その実、難しくまた心に刺さる仮定だった。
話し続けなくては。もし俺が勇者だというならば。あの男が命を懸けてまで託した少年の言葉を信用するならば。
「俺はワーズワースとは命のやり取りをした間柄です。確かにあいつは魔族で憎むべき対象でしたが、己の信念には忠実な男でした。敵ながらそこだけは認めています。あいつが......アリオンテに全てを託してこの王都まで行かせたならば、俺はアリオンテを信じますよ。父と子の絆って奴がそこにあるから」
いつのまにか会議室は静まり返っていた。咳ばらい一つ立たない静寂という物は居心地悪いな、と思っていると唐突にそれが破れた。オリオス国王陛下だ。意志の強そうな目が俺の視線を捉える。
「ありがとうございます、ウォルファート様。確かに拝聴に値するご意見だったと思う」
「はっ、もったいないお言葉」
「そう畏まることもないでしょう。あなたがいなければこのシュレイオーネ王国そのものが--無いのだから。さて諸君! 余は今のウォルファート様の話に乗ろうと思う。即開戦かどうかは別として、ベリダム辺境伯を敵と認識。これに対し対抗策を練らんと思うがどうだ?」
バッ、とその背の赤いマントを翻しながら国王陛下は円卓を見回した。別に発言が禁じられている訳でもないのに、皆が無言で顔を見合わせる。互いの気持ちが自分と同じであることを確認するかのような、そんな微妙な時間が流れたのは数瞬のことだった。
「......異論ありませぬ。勇者様がそこまでおっしゃるのであれば、この子供の情報を信じましょう」
「魔族とはいえウォルファート様が評価する男ならば、信用に足るのでしょうな。それにベリダムめ、一度手を結んだ相手を裏切るなど、男の風上にもおけぬわ」
「考えてみれば、養父と別れて一人でよくここまで来たものですな。とりあえず、アリオンテ君といがみ合うのは止めましょうか。共通の敵もいますしね」
沈黙を破り、皆が口々に話し始めた。まだ確固たる統一された意見にはなっていないが、いないが、熱を感じる。この場にいる全ての者が一つの目的に気持ちを傾けつつあることが分かる。
「ウォルファート、あんた何したんだよ」
「俺はただ、思ったことを言っただけさ」
隣のアリオンテに答えながら飲んだ水が美味い。熱弁を振るった後ならただの水でも美酒に勝るというものだ。
「では各々方。基本的にアリオンテ君のもたらした情報に従い、ベリダム・ヨークを敵と定める。戦を想定し今後に備えることでよろしいか?」
ギュンター公が会議の進行役を買って出てくれた。休憩前のような混乱もなく、飛び交う意見に一つの方向性が見いだせるというのは何て素晴らしい風景なんだ。
ちっとは俺も勇者らしいことが出来たかもな、と思っていると「お見事でした」とイヴォーク侯に誉められた。悪い気分はしないね。けどな。
「いや、ほんとに大事なのはここからなんですよ」
俺の目は先を見据えている。心の中は不穏なざわめきが満ちていた。
ああ、そうだよな。一年前にあろうことか、この俺から技を奪うなんて嘗めた真似したあいつと。本当にいけ好かない北の狼と。
どうやら決着をつけられそうなのだから。




