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緊急会議の前だよ

「ベリダム辺境伯の動向には実は秘密裏に気をつけていたんだがな。そうか、密かに軍備拡張していたか」



「見つからないようにかなり注意深くしていましたから」



 ギュンター公が唸るとアリオンテが答える。三人だけの作戦会議だ。とにかくアリオンテが分かる範囲で詳しくはなしてもらう。事が事なので国王陛下や他の有力貴族にも無論報告するが、まずギュンター公が知らなくては話にならない。



 軍の規模は全兵力を繰り出せば大体一万人前後。これは想定内だった。だがほぼ全員が魔力付与(エンチャント)された装備を持つ、とアリオンテから聞いた時には俺とギュンター公は顔を見合わせた。



「有り得ないだろ......」



「まずいな」



 そりゃ+1や+2程度の強化であれば、そこまで突出して強くなるわけではない。だが通常より強力な武装をしている、という事実は自信を補強する。羊の群れが狼に変わる可能性があるのだ。それが集団戦となれば尚更だった。



 シュレイオーネ王国としてはこのまま放置は出来ないだろう。ベリダムが反旗を明確には翻していない今、下手に刺激するのもまずかった。この辺りの落としどころをどうするかは、ギュンター公に一任してしまえばいいかなーと俺は考えていたんだが--



「オルレアン公、いや、ウォルファート様にお聞きしたい。仮に辺境伯と正面切っての戦争になった場合、勝算は見込めるだろうか」


 

「相手にこれ以上隠し玉が無ければ、真っ向勝負なら勝てると思いますがね。ただ、今回は士気が高いのは向こうだ。先手先手を取られれば苦戦必至でしょうよ」



 --正直に答えつつ、俺は覚悟した。この段階でギュンター公がここまで踏み込んだ質問をしてくるのは則ち、重臣会議で主戦論を主張するため。そしてそこに俺も呼ぶのだろう。

 アリオンテは神妙な顔をして俺の隣に座っている。どうすればいいのか、と迷っているようだった。すまん、もう少し我慢してくれ。その時だ。



「緊急会議の開催を計らう。ウォルファート様、アリオンテ君、悪いがそれに出ていただけないか。当事者からの発言が必要だ」



「えっ、けどアリオンテの事を正直に話したらやばいじゃないすか。アウズーラの息子ってことまで話さないと、俺と彼が知己の理由が......」



 ギュンター公の会議参加要請は半ば予期していた。だがアリオンテまでとは思っていなかったぜ。



「アリオンテ君も必要だよ。情報の裏付け、そして重要事項はなるべく早めにオープンにするためにな。大丈夫だ、君の身の安全は私が保証する」



「で、でも」



 アリオンテが怯む。無理も無い、完全にアウェイの立場で人間に囲まれるのだから。しかも魔族の自分とは対立することが分かっていてだ。

 ちょっとガキには厳しいとは思う。だがギュンター公の言い分ももっともだ。少し俺も気が引けたが、しょうがない。ここは後押しするか。



「よお、アリオンテ。ある意味さ、お前がこの戦いのキーマンなんだよ。さっき俺達に話してくれたことを、この国のお偉方にぶつけてやれ。やっぱり当事者の発言じゃなきゃ重みも出ないんだ」



「う、そ、それは分かるけど。僕の正体知ったら全員でよってたかってって思うと......」



「させねーよ。俺が誓う。ギュンター公も身の安全は保証するって言ってるしな」



 まだ不安そうなアリオンテの肩にぽんと手を置いた。まだ子供なんだなと思わせる細い肩だ。



「ベリダムに一泡吹かせてやりたいんだろ。ワーズワースの敵取りたいんだろ。だったら根性見せてみろ、少なくともアウズーラは俺と()った時、最後までびびってなかったぜ」



 実父(アウズーラ)の名を聞いてアリオンテの表情が変わった。少年ながら凄みを秘めた落ち着きが戻る。



「父さんが、か」



「ああ。お前、俺といつか決着つける気ならこんなとこでブルッててどーすんだよ? 戦争ってのはなあ、敵の刃の矢面に立つ前に味方の覚悟の矢面に立たなきゃ始まらねえんだ。シュレイオーネ王国の重鎮全部抱き込むつもりで腹括れ、実のところさ」



 言っている内に段々俺も熱くなってきた。戦争なんか回避するにこしたことは無いが、相手から仕掛けてくるなら話は別だ。自分でも気がついていなかったが、胸の内からメリメリと音を立てて沸き上がる物がある。



「俺もベリダムは気にくわねえんだよな。気持ちよくぶっ飛ばす為にも、まずはきちんとこっちの陣営に挨拶してやれ」



「そう、だな。分かった」



 アリオンテが軽く拳を前に出す。それに応えて俺も軽く拳をぶつけてやる。よし、いい顔になったじゃねえか。




******




「ほー、この子がねえ、大魔王の息子さんねえ」



「はい、アリオンテと言います」



 ギュンター公との会話を終えた後、俺とアリオンテはひとまず場所を移した。何処へか、イヴォーク・パルサード侯の執務室だ。昨日俺が連絡を入れた時点で、ギュンター公は旧友たる彼にだけは事態を伝えたらしい。流石の鬼の軍事府筆頭も一人で抱えるには、重い事柄だったと見える。



 そんな重い空気を変えるにはうってつけの人物がこのイヴォーク侯だ。軍事府に置いておく訳にもいかず、総督府筆頭の彼の執務室を貸してもらっているのは一重にイヴォーク侯の恩情による。



 灰色の豊かな髪を撫で付けながら、イヴォーク侯はしげしげとアリオンテを眺めた。全くアリオンテを怖がる様子が無いのは度胸が座っているのか、はたまた単に鈍いのか。思えばこの人とも長い付き合いになるが、どことなく飄々としてるよな。



「話はギュンター公から聞いているよ。とりあえず楽にしたらいいよ。ああ、そうだ。一つだけ聞いておこうかな」



「はい、何ですか?」



「君、犬は好きかい?」



「何聞いてんすか、イヴォーク侯......」



 予想外の質問に突っ込んだ俺に、ごく自然に返答される。



「いやあ、うちのカーニイがね。最近年とったせいか、散歩に出たがらなくて困ってるんだよ。もしアリオンテ君が手が空いてるなら手伝ってくれないかなーと」



 駄目かな、と聞いてくるイヴォーク侯にどう答えていいのか分からず、「やりたかたったらやれば」とアリオンテに丸投げした。思考放棄とも言うが。



「いいですけど、犬の散歩なんかしたことないですよ」



「なあに、元は大人しい犬だから大丈夫だよ。普段と違う人に散歩に連れていかれれば、また動くかもしれないしね。ダメならダメでいいんだ」



 全く気負いなく笑うイヴォーク侯の笑いが収まる。戸惑い気味のアリオンテに話しかけた語調は優しかった。



「うん、正直に言うとね。君に含むところが無いわけじゃあないんだよ。でもここでお互いいがみ合っても仕方ない。いつベリダムが攻めてくるか分からない状況で、君まで敵にはしたくないと私は個人的には思うんだな」



「それは......正直ですよね」



 アリオンテの微妙な反応をイヴォーク侯は笑って受け流した。俺は黙ってそれを見守る。



「この王都だってね、いつ戦火に包まれるか分からないわけだ。ならせめてベリダム打倒の間くらいは仲良くしようじゃないか。私はカーニイの運動不足を解消できる、君は暇な時間を潰せる。一石二鳥だよ」



「イヴォーク侯って度胸あるんすね。大魔王の息子を犬の散歩にって」



「そんなこと言ったら、天下無敵の勇者様をいじり倒しているあの多数の女友達はどうなるんですか? 人のこと言えないと思いますよ」



 駄目だ、今日のイヴォーク侯は舌好調だ。切り返しが鋭い。アリオンテにも「家庭持ちの癖に多数の女友達。浮気か、だらしの無い」と苦々しい顔をされた。いや、違うって!



「ちげーよ、そもそも俺結婚してないし! アニーやロリスが勝手に寄ってきて俺をからかって遊んでるだけでだな、全然浮気とかじゃねーよ!?」



「は? あの銀髪の子、あんたの奥さんでも無いっての--ってあれか、愛人ってやつだな! 体だけ貪って愛情は注いでないんだろ、なんて奴!」



「人聞き悪いこと言うなあ! イヴォーク侯も笑ってないで助けてよ!?」



「ハハハハハハハハハハハハハハハ!!」



「だから笑ってないで!」



 うあー、何で俺がアリオンテに責められて孤立無援になってんだ。腹抱えて笑ってるイヴォーク侯が無性に憎たらしいぜ。腹が立ったので軽くデコピンしたら、「アウツッ!!」と首をのけ反らせて痛がっている。ざまーみろ。



「い、痛いじゃないですか! 暴力反対!」



「人の窮地を大笑いしてっから罰当たったんでしょうが! 自業自得だよ!」



 いい大人が職場でする会話じゃねーな、これ。アリオンテは黙って俺達二人の醜い言い争いを見ながら、「僕大丈夫かな」と遠い目をして呟いている。ああ、大丈夫だよ。人間な、窮地に陥っても笑う元気がありゃあ大概大丈夫なんだよ......ってお前魔族か。





 そんなこんなで予定外のワイワイガヤガヤとした騒動を繰り広げている内に。



 日は高く上り、もうすぐ真昼という頃になった。「お、そろそろじゃないかな」とイヴォーク侯が顔を扉の方に向ける。タイミング良く、コンコンと響いたノックの音に俺とアリオンテは顔を引き締めた。



「総督府筆頭パルサード侯爵。ギュンター公より朝連絡の通り、緊急会議です。お早く」



 ひっそりとした声が室内に聞こえてくる。ギュンター公が諜報活動に使っている者だろう。こちらの返事を聞く前に、扉の向こうの気配はすうっと消えた。

 


 ギュンター公の根回しが効いたんだろう、予定通り昼には緊急会議か。さてここが正念場だな。ベリダム・ヨークの企む暴挙が国家の要職に就く人物達に明らかになるわけだ。

 俺とアリオンテの目が合った。どちらからともなく頷く。



「やれるよな、アリオンテ?」



「ああ。こんなところで黙っていたら--二人に笑われるよ」



 二人、か。アウズーラとワーズワースのことを指しているのは明らかだ。こいつ、実父も義父もいなくなっちまったんだな......っと、実父を殺したのは俺なんだが。同情する資格はねえな。



「ウォルファート様、アリオンテ君。行こうか、馬車が待ってる」



 イヴォーク侯が部屋を出た。その後ろに続きながら俺は首を捻る。



「馬車? 緊急会議ってどこでやるんすか?」



「王宮の大会議室だが、あれ? ウォルファート様、知らなかったですか?」



 初耳ですけど。


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