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これからが大変なんです

 長い長いアリオンテの話を聞き終わった時には既に真夜中だった。話し疲れたのか、アリオンテはそのままそっぽを向いてしまった。俺も無理に問い詰めることはしなかった。



 (嘘じゃないよな)



 アリオンテには悪いが真っ先に疑ったのがこれだ。俺を騙す為にわざとボロボロの振りをして、それらしい嘘をつく。こちらが油断したところをドカン! そしていつのまにか王都の外にはベリダムやワーズワースが駆けつけており、中と外から呼応して攻め落とす--という寸法ってわけだ。



 勿論、今でもその疑いは完全には晴れていない。しかし嘘を話しているにしては、アリオンテの態度には卑屈さや怪しい部分は無かったと思う。俺が見抜けていないだけかもしれないが、大丈夫だと信じたかった。



 アリオンテの話によるとベリダムの裏切りにあったのは、二週間ほど前らしい。飲まず食わずで急いだのはいいが、道を間違えたりしたという。それでも馬を使った場合の普通のペースだ、遅くは無かった。



 北の方から怪しい動きがある、という報告はこの二週間受けていない。受けていたら、アリオンテが王都に着こうが何だろうがこちらも動いていた。とすれば、ベリダムはすぐに兵を挙げる気は無いのだろうか。いや、これは今考えても分からない。



 それにしても。



 枕に頭を沈める。暗い天井を見つめた。



 ワーズワースの奴、本当にやられちまったのか。アリオンテを守る為に捨て石になる覚悟だったのはアリオンテの話から分かったが、俺はあいつがそんな簡単に死ぬとは思えない。

 ベリダムらの攻撃を上手く凌いで逃げ切り、あいつも王都に来るんじゃなかろうかと考えた。だがあいつの足なら既に着いていなければおかしいな。王都に侵入した経験があるあいつなら、何とかアリオンテとも接触くらいは取れるだろう。



 それが無いってことはやっぱり......



「くそ、勝手に死んでんじゃねえよ」



 敵だが、確かにあいつは敵だが、俺はあいつのことを心底憎むことが出来ていなかった。勿論、魔王軍副官として幾人も人間を血祭りにあげてきたことは許せない。



 だが男手一つで子育てしてきたことだけは認めてやりたかった。嫌いになりきれなかった。それがどれだけしんどいかは、俺が身をもって知っている。



 俺、シュレン、そしてエリーゼ。  



 ワーズワースとアリオンテ。



 アウズーラの死後、俺達二組の義理の親子が互いの生活に関わることは無かった。一度はワーズワースと戦い、一度は王都で出会いはしたもののその二回だけ。双子はワーズワースとアリオンテを知りもしない。



 もしこのまま大きくなれば、いつかは俺達は戦う運命にあったのだろう。だがその機会はもはや失われたようだ。ワーズワース、お前本当に死んだのか。ちゃっかりどこかで生きてましたとかじゃないのか。



 天井を睨む。腕が立ち、強情で融通の利かない憎たらしい、そしてちょっぴりだけ親近感を覚えた魔族の顔が浮かぶ。長い黒髪と緑の目をした美丈夫は、己の信念に従い義理の息子を最後まで守り抜いたのだろう。



 (もしさあ、再戦の機会があったら俺、お前に聞きたかったんだよな)



 子育てって大変だったか? 俺は大変だったけど楽しいこともあるぜ。



 そう言ってから、あいつと正々堂々戦いたかったんだが--どうやらその機会はもはや無いらしい。



 残念だよ、ワーズワース。




******




 まんじりともしない夜でも人は眠りにつけるらしい。翌朝、夏の熱気を予感させる空気にげんなりしつつも俺は起きた。目を開けたら抱えていた問題が消えていた、なんてことには当然ならなかったな。



「ほらー、旦那様、起きてくださいな」



 元気なメイドが叩き起こしにくる。あー、何だか嫌だなー。このまま枕に顔埋めて何もかも忘れたいと心底思うが、そんな訳にもいかないのは百も承知だ。ギュンター公への報告だけは最低限済ませねば、あとアリオンテをどうしよう。うちで保護しなきゃ駄目か、やっぱり。



「なあ、昨日うちに泊めた子供は? まだ寝てるのか?」



「いいえ、私達より早く起きて庭掃除してますよ! 自分の汚れ物を洗濯するついでに他のも貸してください、とおっしゃったり、とてもいい子ですね!」



「そ、そうかい」



 うん、昨日の時点ではさ。あのアウズーラの息子っていうと大騒ぎになるから、屋敷の使用人達には「ちょいと縁のある親戚の子でさ! すっごい遠い国から来て、そこの人間は腕が四本あるのさ!」と無理な説明だけしておいた。



 いつまでごまかせるんだろう、こんな綱渡りな説明で......って俺が一番言いたいわ! 

 まあいいや、とりあえずアリオンテも一宿一飯の恩を感じる程度には義理堅いらしい。最低限の身の保障くらいはしてやろう、ちょっと可哀相だ。






 セラ、シュレン、エリーゼの三人の質問攻めをかわしつつ、俺はアリオンテを軍事府に連れていくことにした。アリオンテはぐっすり眠ったせいか、昨日よりはかなり見られる顔になっている。四本腕の内、二本はきちんと隠すだけの余裕もあるようだ。



「前から思ってたけど、お前どうやって腕隠してるんだ?」



「何でわざわざそんなこと聞くんだ、一々ムカつくんだけど?」



「凄い可愛いげないな、お前! ちっ、殊勝に庭掃除や洗濯なんかしてたから、ちょっとは見直したのによ!」



 いつもは徒歩で通勤しているが、今日はアリオンテがいるので馬車だ。貸してやった服の袖は二本しかなく、そこから覗く腕も二本。こうして見ると赤い瞳以外は普通の少年だ。よーく観察すれば、ほんの少し耳が尖っているようだが精々そんなもんだった。



 その普通の子供にしか見えない普通じゃない大魔王の息子は、ふんとそっぽを向く。まったく何て可愛いげないんだろうか。俺も意地になって視線を反らした。



「はー、仲良くとは言わないけどな、もうちょい素直にやろうぜ、アリオンテ。しばらくはうちの屋敷に住むことになるんだしさあ」



「えっ? なに、どういうこと?」



「何で驚いてんだ、お前そもそも行く当てあんのか。金も大して持ってねえんだろ、それにあったとしても子供一人で暮らすには王都はちょっと辛いぜ?」



 俺の言葉にアリオンテは目を丸くする。何だ、嫌なのかと思っていると「よく僕なんかと一緒に住む気になるね、信じられないよ」と小さな声で言われた。



「え、だって王都に逃げてきた時点でさ、俺以外に知ってる奴いなかっただろ。止む得ぬ事情とはいえ、よく一人で俺を訪ねてきたなあとそこは感心してるんだぜ?」



「う、でも僕、元々敵だしさ......ベリダムのこと教えたから、命までは取られないだろうと思ってはいるけどさ。多分どこかに幽閉されるだろうなあって思ってるんだけど」



「それを覚悟でよく来たな。俺なら嫌だね」



「仕方ないだろ、ベリダムを倒せそうなのってお前くらいなんだし」



 ちょっと拗ねたような顔になり、アリオンテはそっぽを向いた。なるほど、ベリダムへの怒りに駆られ後の事は考えていなかったようだ。

 頭を一度振り思考を切り替えた。ベリダム・ヨークか。昨夜のアリオンテの話を聞いてもまだ、本気であいつが反旗を翻す気だとはまだ信じられない。地方貴族としての不満はあるだろうが、実力行使まで踏み込む覚悟があるかはまた別次元の話だ。



 (どっちにしても俺一人じゃどうにも出来ない問題だよな)



 カラカラと回る馬車の車輪の音が耳を叩く。そろそろ軍事府(しょくば)に着く頃だろうか。

 不意にアリオンテが顔をあげた。



「ああ、そうだ。僕の腕ってさ、二本がメインの腕で、もう二本はサブなんだよ。サブの方を消したい時はメインの腕に同化させて吸収するんだ」



 ああ、さっき話しかけていた腕の話か。一応こちらの疑問には答えてくれるだけ、態度は軟化しているんだな。「へえ、便利だね」と相槌を打っていると、馬車が大きく左に曲がり、速度を落とした。




******



 

 朝一番で上司と顔を合わせるのは嫌なもんだ。特に話題が重大で、しかも珍客を俺が連れているという状況なら尚更だ。昨日の報告を聞いてはいたのだろうが、いざアリオンテを前にすると俺の上司--軍事府筆頭ギュンター・ベルトラン公爵はその端正な顔を渋く歪めた。



「......おはようございます」



「......おはようございます、オルレアン公。そして初めまして、アリオンテ君」



 俺とギュンター公の重い朝の挨拶に、アリオンテは気圧されたように黙っている。俺が促してようやく小声で「初めまして」とだけ言った。



 うん、そりゃまあ楽しい会話にはならないよな。アウズーラが倒れて六年が経過した今でも、人々はまだあの時の戦争の記憶を抱いている。その忘れ形見がこうして目の前にいて、おまけに北の狼ことベリダムの謀反をほのめかされた状況だ。

 落ち着く方が無理だ。現に年齢の割には張りのあるギュンター公の顔も、いつもに比べると小さな皺が目だった。眠りが浅かったのだろう。



「聞きたいことは色々あるが、とりあえず飲み物くらいは出そう。好みはあるかね」



「あ、俺何でもいいです」



「君じゃないよ、オルレアン公。そこの小さなお客様にだ」



 軽くへこんだ。アリオンテは一瞬考えた後、「お茶もらえますか」と慎重に答える。



「暑いから水出しでいいかね?」



「何でも結構です、すいません」



 奇妙な光景だった。シュレイオーネ王国の重鎮中の重鎮と、魔族の王子が互いに緊張しあって向き合っている。俺が無関係な人間なら何の茶番劇ですか、と笑い飛ばしたくなるところだ。生憎、無関係どころか真っ只中にいるので泣きたいところなのだが。辛い、逃げてえー。



 珍しくギュンター公自らがいれてくれた冷たい茶を啜りつつ、アリオンテは昨日と同じ話を語り始めた。時折ギュンター公が質問し、アリオンテが返事をする以外に説明を遮る物は無い。俺も随所で補足を加え、どういう経緯でアリオンテを知っているかを話す。



「--なのでいつかは俺とこの子、あるいはワーズワースは決着をつけるはずだったんです。事態が事態なんでとりあえず棚上げになってますけど」



 俺の言葉にギュンター公は複雑な表情だった。それはそうだろうな。アリオンテとワーズワースの企んでいた復讐劇は、下手したら俺だけでなく王都を戦火に包む類の物だ。何でそんな重要事を黙っていたんだとなじりたい気持ちはあるだろう。



 だがその半面、戦後間もないシュレイオーネにとって"実はまだ生き残りがいるんだよね"などという凶報がもたらされたらどうなるか?

 人々の恐怖は煽られ、少ない国家予算からなけなしの軍備費を捻出してアリオンテ追撃隊を編成する羽目になっていただろう。それをせずに済んだのは、ある意味俺が一人で抱えていたからだ。それに勇者の俺の功績と実力を知った上で、それでも文句を言うのは簡単なことじゃあない。その辺の機微を承知しているからこそ、ギュンター公は何も言わないのだ。この人は言うべき時は言うが、他人の気持ちが分からない人ではない。そしてそれは俺だけではなく、アリオンテに対しても発揮されていた。



「それは大変だったね、と、こんな月並みな言葉しか言えないが......」



 話し終えたアリオンテに軽く頷きながら声をかけている。その落ち着いた声も気遣わしげな視線も計算尽くされた物だ。

 


 たいしたものだ、と俺は舌を巻く。内心怖いはずなのだ、アリオンテが。小さいとはいえ、世界を揺るがした大魔王の息子が目の前にいる。小柄だがそこそこの戦闘力があるのは、多少武芸をかじった人間なら分かるだろう。



 だがギュンター公は知っているのだろう。一度怯んだ様子を見せれば、アリオンテの扱いが難しくなることをだ。

 そういった相手との駆け引き、距離感には抜群に長けている。アリオンテ、彼の口から聞いたベリダムの侵攻リスクの可能性、シュレイオーネ王国の軍事体制など複数の事象を同時計算している一方で、アリオンテから最大価値を引き出せないか考えているのだろう。



 俺も一軍を率いていたから分かるが、こうした感情を排した冷徹さがトップには求められる。でなきゃ実務的にも精神的にもやってられないのだ。



 さて、その悩める軍事府筆頭はアリオンテ、そして俺と向き合っていた。



「貴重な情報をありがとう、アリオンテ君。オルレアン公、今はこちらは貴方の屋敷に?」



「ええ、攻撃してくる恐れは無いと判断してね、それに」



「それに?」



 俺は言葉を整える為、一度間を空けた。隣に座るアリオンテが身じろぎするのが分かる。心配すんな、俺はとりあえずお前の敵じゃねえ。



「アリオンテは敵ではありますが、同時に俺達に危機を知らせてくれた恩人でもある。その努力にはやっぱり応えたいかなって思っていますから。知らない仲じゃないし」



 きっぱり言い切ってやった。そうさ、今は緊急事態だ。敵の敵は味方って言葉もあるし、今は小さいことにこだわるべきじゃない。ギュンター公もこの俺の真意は分かったらしい。微苦笑が浮かんでいる。



「貴公がそうおっしゃるなら、しばらく面倒を見ていただけるか。アリオンテ君もそれはよろしいかな」



「え、はい。どうも、ありがとうございます」



「礼には早いよ」



 ギュンター公の指先が壁の一点を指す。そこにはこの大陸の地図が張ってある。



「ベリダム辺境伯の謀反が本当なら、それを鎮静化しなくてはならないからな。礼などその後で良い」



 三人の目が交差する。窓からは夏の透明な日差しが差し込む。アリオンテがもたらした情報を基に今後の方針を決めなくてはならず、その事態の重さが軽やかな初夏の日差しと不釣り合いだなと訳も無く感じた。

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