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アリオンテの語る一年 3

 予想以上のぶっちぎり。もし僕らの戦功を評価するならばこの単語が適当だった。

 結局ネーリオンも、義父さんにたいしたダメージも与えられないまま死んだ。崩壊した氷膜から立ち上がり、切り札の極火炎球(ファイアボールアドバンスド)を義父さんが叩きこんだ瞬間に勝負はついた。



「これは評価を上方修正しなければならんか」



 僕らの挙げた勝利にベリダムは満足そうだった。強いとは分かっていたのだろうが、実際目にしてそれが伝わったのだろう。



「これで凍土之窪地(コ・ヌア)を採掘可能になったか、でかしたぞ! 今まではほんの少ししか希少な金属が入手出来なかったが、これからは違う」



 ベリダムが興奮するのも無理は無いと思う。永久凍土に覆われたこの北端の大地、それはまさに宝の山だ。上質のミスリル、氷属性を帯びたアイスメタル、更にそれらより更に上位の金属である竜骨鋼などが採れる......らしい。らしいというのは実際に僕らが見たことが無い。



「真の武人は金属の性能など物ともしません。とは流石に私も言いませんね」



「それはそうだろう......」



 ワーズワース義父さんが真面目な顔でボケると、ビューローが突っ込んだ。仮面に覆われ表情は分からないが、機嫌はいいらしい。良かった、この人怖いからな。



 そう、確かに武器や防具の性能の七割は素材に何を使っているかで決まる。そして装備がグレードアップすれば、それはそのまま強さへと繋がるんだ。

 例えば極端な話だけど、レベル1の戦士(ファイター)でもミスリル製の+4くらいの鎧と盾をつけているとしよう。多分、オーガ一匹くらいなら何とかなる。場合にもよるけど、実力が数倍に引き上げられる、と考えれば分かりやすいかな。



 魔力付与(エンチャント)すれば装備の性能は上がるけど、それもやはり素材たる金属が良ければ性能の伸びもいい。シュレイオーネ王国の国防軍に比べると、ベリダムの持つ兵数はかなり少ない。その差を埋めるのは、兵士一人一人の鍛練、かつ質のいい装備だった。



 ネフェリーが陽気に笑う。



「いやあ、もし順調にミスリルやら他の金属が手に入ったらこれはほんとに凄いよ。私も杖のランクを上げたいねえ」



「やってやってもいいが」



「ほんと!? いやー、やっぱりワーズワースちゃん連れてきたベリダム様は偉いわー! 槍の腕も魔力付与(エンチャント)の技術もあるなんてねえ」



「ちゃん付けは嫌なんだが......」



 ワーズワース義父さんは渋い顔はしていたが、それでも楽しそうだった。今まで魔力付与(エンチャント)の技術はあっても、それを振るう素材が無かったんだ。衣食住が保障され、素材加工に手を出す余裕が出来た今はそういう意味でも恵まれているんだろうな。



「ワーズワース君に頼みがあるんだが」



「何か?」



「うちの技師達に魔力付与(エンチャント)の技術を教えてやってくれないか」



 ベリダムからの依頼を受け、義父さんは二つ返事で引き受けた。これも王都へ攻め込み、勇者の首を取るためと考えたのだろう。「喜んで」と首を縦に振った。



「アリオンテは俺と組み手でもするか」



「えっ、ビューローと? 怖いなー、本気になるからなー」



「子供相手にムキにはならんさ、多分」



 いや、多分てなんだよ。絶対やるだろ、この人!?





 後から思えばこの頃が一番充実していたと思う。北方地域に引っ越して半年が経過した冬の季節、空気は時折刺々しいまでに寒かったけれども希望が灯っていた頃だ。

 お金が全てじゃないけど、とりあえず身の回りの物には不自由しない暮らしと。義父さんだけではなく、対等に話せる相手が出来た喜びが周りにあったんだ。僕と義父さんが魔族だということも、意外とすんなり受け入れてくれたしね。



「ねえ、ネフェリー。ここっていいところだよね」



 ある日、僕は一緒に外出したネフェリーに話しかけた。城壁に囲まれた王都と違い、小規模な店舗の集まりがレンガ造りの道で結ばれるこの土地の風景は面白い。葡萄の房みたいな感じって言えば分かりやすいかなあ。葡萄の実は家数軒が寄せ集められた集合体(クラスター)で、茎が道になるんだ。



 そんな開放的な道を歩いていたネフェリーはフッと眉を潜めた。彼女の常日頃の陽気さはまるで雲に隠れてしまったようだった。



「いいところもあるけど悪いとこもあるよ、坊や。やっぱり北の方が寒いし、土地が痩せてるからさ、南に引っ越しちまう人もいるんだよね。ベリダム様もあえて追わないけれど」



「そうなの? 僕には住みやすいけどなー。寒いのもあんまり気にならないし」



「人間ってのはね、欲張りなんだよ。この辺だって元は複数の領主が争っていた土地でね、今よりずっと荒れてたんだ。ベリダム様はそんな争いを鎮めて、北の大地にしっかりと根を張ったのさ」



 魔術師(ソーサラー)の定番のローブの袖から、ネフェリーはすっと手を伸ばした。南の方角だ。ちょうどタイミング良く、鬱陶しく垂れ込んだ雲が切れ、暖かい陽光が一筋二筋と大地を照らす。



「私はね、アリオンテ。ベリダム様があの方角へ攻め入ることに賛成さ。あの方はこんな場所で燻る方じゃない。もっと日の当たる場所へ行ける方だ」



 だから--ありがとう。



 その言葉が何を指すのか、僕には分かる。僕とワーズワース義父さんがベリダムに声をかけたあの時のことだ。反骨心を持ちながらも表に出すことを封じ、イライラしていたベリダム。それを刺激したのは紛れも無く僕達二人の存在、ということか。



「お礼なんかいいよ。むしろこっちがさ、お礼言わなきゃいけない立場なんじゃない? 今の生活楽しいよ」



「アリオンテちゃんてさ、素直だよねえ。私、あのアウズーラの忘れ形見って聞いた時はびっくりしたよ。そんなのがいるならもっとごつくて、怖くてさ。周囲を恐怖で支配するような魔族だろうと思ってたもん」



「今時そんなの流行らないよ。それに僕には義父さんがいたからね。不良にはならなかった」



 四本の腕全てを解放しながら僕は笑った。最近は、僕のこんな姿を見ても誰も驚かない。"アリオンテはそういうものだ"と理解してくれたみたいだ。こそこそ隠す必要が無いって快適だなあ。



 南の空を見る。まだ白い陽の光は天から地へかかる階段(きざはし)となっていた。



「獲ろうぜ、王都」



「そうね、いつの日かきっと」



 僕の言葉にネフェリーはしっかりと答えてくれた。北風がその言葉を粉雪と共に吹き散らす。そうだ、冬が明けて春が来るんだよ。この北の大地に閉じ込められた僕達にも--




******




 凍土之窪地(コ・ヌア)攻略がもたらした影響は予想以上だった。採掘された貴重な金属は一部は兵士の武装に回され、一部は密かに大陸の商業ルートに流れた。それも出所が分からないように、ダミーの商会を通してという念の入りようだ。当然、その商会は裏でベリダムが支配権を握っている。



「なんでそんな面倒くさいことするの?」



 疑問を感じた僕はワーズワース義父さんに聞いてみた。魔力付与(エンチャント)の手を止め、義父さんは顔を上げた。



「金属の出所が辺境伯の領土だと分かったとすると、二つほどまずいことになります」



 握り拳から人差し指と中指を立て、義父さんはそれを一本ずつ折る。



「一つ、辺境伯の領土で急に金属が取れるようになった、ということで王国から余計な税金が課される恐れがあります。これはお金の問題もありますが、王都から役人が派遣されて領土を調査する名目を与えることにもなる。その方が怖いですね」



「へー、二つ目は?」



「二つ目、どうやって採掘したのかがばれるでしょうね。北方領土と隣接する凍土之窪地(コ・ヌア)から採掘される、というところまではすぐに推察がつきますよね。更に言えば、あそこを攻め落とすだけの軍事力を辺境伯が備えているということもばれます」



「あ......つまり、僕らの存在にも気がつく?」



 目を見開いた僕に対して、義父さんは苦笑した。いえいえ、となだめてからまた話し始める。



「それは流石に無理でしょう。でも今まで手を出したくても出せなかった凍土之窪地(コ・ヌア)に対し、積極的にベリダム辺境伯が進行しこれを攻略した。この事実が知れ渡るのは、シュレイオーネ王国の警戒心を強めることになる」



「それはまずいってことか。なるほど」



「この辺りは駆け引きです。出る杭は打たれます。ベリダムが今一番欲しているのは軍事力と、それを育てる為の時間です。成長させる前に潰されては努力が水の泡になる」



 分かりやすかった。ただ単に力押しでは勝てないんだ。戦争とは戦場であいまみえた時がスタートではなく、平常時からもう始まっているということなんだな。



 そう遠くない将来、恐らくベリダムは南への進軍を決意するだろう。その時コそがウォルファートの最後だ。あとはそれがいつかだけ。



「......どうかされましたか、アリオンテ様」



「いや、正面切って王都に攻め込むことを想像したらさ」



「怖くなりましたか?」



 義父さんはクスと笑った。冗談と承知の上で僕はわざと膨れっ面をする。



「怖くなんかない。ただ、いよいよ現実味を帯びてきたのかな、と思ったら少しね。気が引き締まるよ」



 義父さんは何も言わなかった。再び魔力付与(エンチャント)を施していた装備に目を落とす。「さて、このまま何も無ければよろしいのですがね」とだけ呟き、その長い黒髪の中に表情を隠した。




******




 ......長い話が一旦止まった。アリオンテの話を聞くことに没頭し、時間が経過するのを忘れてしまったがもう結構な夜中だ。蝋燭の溶け具合から考えて三時間近く経過しているだろう。



 アリオンテを見る。幾分疲れはしているようだが、話す内に少ししっかりしてきたようだ。他人に過去を話すことで気持ちが整理されたのだろうか。



「なあ、今の話聞く限りさ。お前らとベリダムの同盟関係って上手く行ってたんだよな。それがなんで今はこんな状態なんだ?」



 全く理解出来ない。アリオンテが嘘でもついていない限り、仲は良好といったところだ。ベリダムが裏切る意味はなさそうに見える。



「ああ、ここまではね。僕らも信じていた。ベリダムも多分、信用はしていたとは思う。だが......あいつは最後には自分一人にこだわった」



 沈痛さすら感じさせる声と暗い表情だった。まだ夜は長い。傷ついた魔族の王子の話を聞くくらいは出来るだろう。

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