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話し合いは大事だよ

 俺は多分思い違いをしていたんだろう。うちの両親もその点は同じだったと思う。親子だから話さなくても伝わる、理解出来ると甘く見ていたんじゃなかろうか。



 でも現実を見てみよう。親子という部分を取り払えば、俺と両親は十五年会っていない大人同士だ。しかもいつのまにか、俺は国を救った英雄となり二人の義理の子供までいる。立場も中身も変わっているだろう。



「だからきちんと話し合わなくては駄目やと思うんやわ」



 その晩、買ってきたりんごを食べつつ俺達は向かい合っていた。俺と両親だけではなく、セラ、シュレン、エリーゼも同席させている。子供二人は眠くなるまでの時間制限付きだが、重要な話になるかもしれないのでいてもらおう。



「むう、そう言われるとのう。確かにわしらも、お前と向き合って話すということをすっ飛ばしていたのう」



「もう気ばっかり焦ってもうて。歳取るとあかんねえ」



 確かうちの両親は齢六十近いはずだ。歳を取ると短期になるとは聞くが、やはりその傾向はあるのかもしれないな。



「パパー、りんごちょーだい」



「あたしもちょーだい! シュレンばっかりずるいー」



「はいはい、ウォルファート様は今お忙しいですから、私が剥いてあげ--」



「「早くちょーだい!!」」



 双子の叫びにセラが苦笑しながらりんごを手にする。ほんとにいつも悪いな、セラ。

 それを見ていたおやじが「ほな、ゆっくり話そっか」と促した。少し照明を落としたランプの光の下、俺は話し始める。初春の闇が窓の外にたゆたい、部屋の音を柔らかく受け止めていく。



「話せば長くなるんやけど--」









「--そんなこんなで、俺は今はシュレンとエリーゼとセラが家族なんやろう、と思っとる」



 自分の考えを自分の言葉で綴る。ただそれだけなのにえらく疲れた。小一時間はかかっただろうか。最初、双子は俺の地方訛りの話し方を面白がっていたけど、途中で飽きたのだろう。ぐずつきはじめたのでメイドを呼んで、世話をお願いした。



 話し疲れた俺は椅子に深く腰を沈めた。茶は飲み飽きたので、酒を一口二口含む。コロン、とグラスに入れたか氷が踊った。



 全部話した。

 俺がどうやって魔王軍と戦ってきたのか。覚えている限りの戦場や敵のことも。その中で救えた人、見捨てざるを得なかった人がいたことも。

 ヒルダの名前だけは伏せたが、女に騙されてそれ以来恋愛不審だってことは話した。おやじとおふくろの顔を見る限り、過酷な戦闘の余波もあって普通に恋愛する気にはならないのだろうと勘違いしてくれているようだ......とは俺の思い違いかもしれないが。



「--すまんやったな」



「え」



 視線を伏せたおやじの声に耳を疑った。何故謝る。



「ウォルファート、お前の気持ちを無視して結婚が一番! とわしらの期待を押し付けてもうて。あかんわな、こんなことしたら」



「わたしも謝るわ。苦労しとったんやねえ。なのにようやったっとも言ってあげんと......」



「いや、いいよ。分かってくれたらそれでさ」



 おやじとおふくろが俺に結婚して欲しいと思うのは、それは普通だ。お互い悪かったのは、話し合いという段階を無視したことだと思う。感情だけぶつけ合っても上手くはいかないだろう。



 そんな俺達の横でセラは複雑そうな顔をしていた。既に親が死んでしまった彼女からすれば、俺と両親がこんな風に話しているのは羨ましいと思うのかもしれない。



「ウォルファートや」



「何だよ、おふくろ」



「頑張ったねえ」



 くっそ、不意打ちしてんじゃねえよ。歳取った親からこんな風に優しくされたらさ。何にも言えないじゃねえか。隣でセラも「そうですよ。ウォルファート様はいつでも頑張ってますよ」と励ましてくれた。



 何か......いつもいじられてばかりだからかな。素直に褒められると調子狂うよな。



「わしも言わんとなあ。何や、この十五年の間に立派な大人になっとったんやな」



 今度はおやじか。ゆっくりと俺の胸に拳を当てて、そのままゆっくり突く。ずしりと重い。けど子供の時に殴られた時はこんなもんじゃ無かった。



 もっと拳がでかくて、重くて、頼もしかった気がする。多分、体重も今よりあっただろう。

 おやじはそのまま拳を止めた。押す力はそのままで姿勢も止める。伏せた顔から声が漏れた。



「考えてみりゃあ、わしらみたいな田舎の農家から世界を救う勇者様が生まれたんじゃ。誇りに思わんとおかしいわなあ」



「おやじ......」



 多分、それは嘘ではないんだろう。



 だけど本当のことを全部話してくれている訳でもない。でなきゃ、顔を上げているはずだ。



「ほんでもなあ。わしも母さんもなあ。平凡でええから、お前が家継いで、嫁さんもらって、孫が生まれて......ちょっとばかしそんな夢見たかったんやわ。すまんな、ウォルファート」



「--ああ」



 なあ、おやじ。今ならさ、その言葉の意味も分かるよ。俺が言いたいことを素直に吐いた今なら--おやじとおふくろがそういうさ、どこの親でも持つ願望のこと。少しは理解しようと思う。



 ごめんなんて言わねえ。言ったら、俺は俺の勇者としての日々を否定することになるからな。

 だからその代わりに、俺はうなだれた両親をギュッと抱きしめるしかしなかった。



「こう言っちゃなんだけどさ。俺が途中でくたばってた可能性だってあったんだ。こうして命があって、公爵位まで貰えてさ。家と、そこに住む家族ってのがあるなら......悪くないだろ」



「--そだな、うん。おめえの言う通りだ」



「ほんにねえ。それにセラちゃんみたいなべっぴんさんまで連れてねえ」



「なななな何をおっしゃるんですかお義母様!! はっ、お義母様なんて言ったら、やだ、私まるでウォルファート様のおおおおお奥様みみみみみたいいい!?」



 何故か顔を赤くしてどもるセラをとりあえず放置する。大丈夫だろうか、こいつ。時々変だぞ。



「もうね、ほんにこの子手を焼かす子やと思うけどね。セラちゃんがしっかりしとるから安心やわ。ねえ、あんた?」



「全くやのう。こんな器量良しで性格もええ子、どないして手なずけたんじゃ? やっぱり夜の勇者様なんか?」



「そげな阿保な異名は捨てえ! はよ! 一刻も早く! てか、一体どこで聞いてん!?」



 いつだったか、ロリスにからかわれた時にそんなことを言われた気もするが。さっきまでのしんみりした空気を返せ、このやろー。



 そんな俺の気も知らず、おやじはあっけらかんと「ギュンター公が教えてくれたでえ。もう城下町ではその呼び名で定着しとうと」とのたまう。



「ちが、断じて違うかんな!? そんな破廉恥な呼び名忘れてくれ!」



 俺は必死だった。いい大人なのだから多少浮き名があっても構いはしない、だが。両親に「夜の勇者様」とニヤニヤされるのは羞恥の極みだ。



「大丈夫ですわ、ウォルファート様。夜の勇者様といくら言われようと、私はずっとお側にいる覚悟ですから」



「セラ、お前凄い笑顔だよね? もう目が山羊みたいな三日月なんだけど、そんなに面白いか!」



「ウォルファート、男はな。女の子を怒鳴るようなことしたらあかん。女の嘘を受け止めてやるのが男や」



「いや、これ嘘じゃねーだろ!? 俺をからかって遊んでいるだけ......」



「いいやないの、夜の勇者様なんて格好ええやない。夜な夜な違う女の子と寝てても、私何にも言わへんよ? あんたもええ大人やもんねえ」



「フフ、ウフフ、そうですよウォルファート様、私も全然気にしませんから全然気にしませんからぜんっぜん! 気にしませんから! ドンマイ、私っ!」



 おふくろのいらぬ一言で、セラの何かが切れてしまったらしい。長い銀髪を振り乱し握り締めた拳からツツッと血が流れる彼女を見て、ほんとに気にしない奴は--断言しよう。勇敢なのではなく、単に危機管理出来ない馬鹿だと。



 うん、とにかくだ。



 俺と両親の間にあった勘違いが消えたというか、足りない物が埋まったから良しとするか。

 後はセラをなだめるのが面倒くさいだけだ--うん、たいしたことじゃないさ。




******




 そんなこんなで、うちの両親は何日間か俺の屋敷に泊まっていった。無駄に広いので部屋はある。泊まるのに支障は無かったさ。ずっといる気は無い、と聞いていたから、それを聞くと少し残念なような安心なような。



 たまにくる客を泊めるのと、ずっと長居する人間がいるのではちょっと扱いも変わるからな。その辺りの微妙な空気を察するのはさすがに年の功というべきか、うちの両親は早かった。



「あんまりおるのも悪いから、近くに泊まるわな」



「また遊びにくるよって」



 止める暇も無く、さっさと屋敷から出てしまった。うちの屋敷にいたのは一週間くらいだ。使用人などは表にこそ出さないが、ホッとしていたと思う。



 当然うちの両親の宿泊費は俺が負担するつもりだったが、宿の主人に無料でいいと断られてしまった。「勇者様のご両親が泊まられた宿といえば名誉ですから」ということらしい。



 長い間、山間の村で働いてきたおやじとおふくろには王都の全てが珍しかったんだと思う。そもそも人がこんなにたくさんいる、というだけでも驚いていた。

 時折屋敷を訪ねてはシュレンやエリーゼと遊び、休日には俺やセラが王都を案内する。その度に嬉しそうな顔をしてくれるのが何よりだった。



 そんな日々の中、ぽつりと俺は胸の内に沸いた疑問を口にした。






「なあ、シュレンとエリーゼ見ていてどう思う?」



「どうと言われてもなあ、分からんのう」



「二人とも可愛い子やわ」



 俺と両親の視線の先には、双子がいる。よく晴れた春の休日、公園で遊ぶには持って来いの条件だ。キャアキャアと他の子と同じようにはしゃぐ声が聞こえてきた。



「......これさあ、聞くかどうか迷っていたんだけど」



 一拍置いた。俺の声は後ろめたさ混じりだ。



「血の繋がってる孫の方が良かったな、とか思うかい。いや、そう思っても全然不思議じゃないし」



 聞かないままでも良かったとは思う。だが、ここで聞かなければいつ聞けるんだろうかと自問した結果だ。



 俺の率直な問いに先に答えたのは、おふくろだった。歳相応の皺が増えた顔を緩めて笑いながら。



「そうやねえ。最初はちょっと複雑やったけど。でもあんたが自分の子供として育てる子供は、うちらにとっては間違いなく孫やわ。つんけんされたら嫌いになったかもしれんけど--ほら」



 おふくろが手を挙げた。「おばーちゃん見てるー!」とシュレンがこちらに叫んでいる。屈託の無い笑顔は気持ちがいい。



「--あんなに懐いてくれたら、ああ、シュレンちゃんとエリーゼちゃんのおばあちゃんなんやなあって。心が暖かくなるわ」



「わしも特に何も無いのう」



「え? おやじも?」



 跡取りの問題から考えれば、おやじの方が気にすると思っていたんだが。



「よう考えたらな。実の親子でも仲の悪い親子もおるやろ。その反対に、全然血の繋がり無くても仲のええ親子もおる」



 日が眩しいのか、右手をかざしながらおやじは話し続ける。



「お前とあの二人の間でな、実の親子じゃないからって色々あったんは聞いたわ。でも、それはそれとして信頼関係が築けとるならええやないか。わしはそれだけで満足や」



 そこまでおやじが言いきった時、エリーゼがこちらに走ってくるのが見えた。セラが「危ないわよ」と言いながらその後を追いかけている。



「おう、どうしたん、エリーゼちゃん。そないに走って?」



「おじーちゃん、これ!」



 息を切らしながらエリーゼが片手を差し出した。膝を落として視線を合わせたおやじは、エリーゼの小さな手からこぼれた何かを受け止めた。柔らかい白い光がおやじの手の中で瞬く。



「あげるー。お花でね、作ったの」



「おう、こりゃまた上手にこさえて。おおきにな」



 スーセイの白い花びらが輪のように連なっていた。花びらの根元を草の葉で結い、それを輪のようにしている。子供が作るには複雑だなと思っていたが、謎はすぐに解けた。



「セラがね! 教えてくれたの!」



「スーセイの花を見て、エリーゼちゃんがおじーちゃんにあげると言いまして。お手伝いしました」



 エリーゼは誇らしげに笑い、その背を優しく撫でるセラも嬉しそうだ。何より小さな花輪を受けとったおやじは、見たこともないような笑顔だった。



「おおきに、おおきにな、エリーゼちゃん。おじーちゃん、これ大事にするわ」



「うん!」



 二人のやり取りは、どこから見ても微笑ましい祖父と孫のそれだ。そこに血の繋がりなど無くても、確かにそれ以上の物がある。スーセイの白い花輪が、風に吹かれて僅かに揺れた。俺の考えを肯定してくれているのだろうか、いや、考え過ぎだよな。



 視線を外して公園を見渡す。他の子と遊ぶのに夢中のシュレンを見つけた。うん、こういう光景は嫌いじゃないな。

 数歩近寄って俺は声をかける。



「おーい、シュレンー。あんまりはしゃぐと危ねーぞー」



「だいじょーぶー!」



 元気のいい返事だ。なんだ、俺が子供の時と変わりないじゃないか。そう、子供が元気で笑顔なら。それは無条件に幸せと呼べる何かなはずさ。



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