勇者 vs 大魔王 1
俺、ウォルファート・オルレアンていうんだ。職業? 勇者。うん、世界を救った勇者。でも戦いが終わったら何故か子育てすることになったのさ。しかも二人も。信じられるかい?
これはそんな俺のひょんなことから父親をやってみたお話だ。
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最後の戦闘と敵味方ともいわずとも了解している戦闘は長引いた。戦端が開いてから既に一週間が経過、日々死者の数は増加し、負傷者は秒単位で増加する。数少ない回復呪文の使い手では手が足りず、山のように用意しておいた回復薬を惜しみなく使っても全ての負傷者を回復しきることは出来ない。
「さすがに大魔王とその直属軍か。無傷で勝たせてくれるほど甘くはねえよなあ」
前線の死闘を見守りながら指揮を取っていた男は、独り言のように呟いた。馬上からだ。少し小高い丘から見下ろしていることもあり、戦闘の様子はかなりの範囲を見渡せる。
長身の男だ。無駄なく鍛え上げた筋肉を濃紺の全身鎧に包みこみながら手綱を握る。兜はかぶっていないため、少し長めの薄茶色の髪と端正な彫りの深い顔があらわになっていた。奇妙なことに、この戦場において武器を帯びていない。かといって魔術師でもないのは、その鎧姿から明らかだ。
「しかし、かなり敵本陣まで肉薄しつつはあるようですがね。この数日で僕もだいぶ倒してきましたよ」
背後からかけられた声に男は振り返った。細面の若い男が戦場に似つかわしくない微笑を浮かべ、馬に乗りながらこちらを見ている。年の頃二十歳といったところか。身につけた濃い青のローブと腰からぶら下げた杖から、魔術師だと思われた。
「自分の功を誇るな、エルグレイ。せめて戦いが終わってからにしろ」
「やだなあ、こうやって自分に自信をつけてるんですよ。ほら、僕って落ち込みやすい性格だから。ウォルファート様だってご存知でしょう?」
エルグレイと呼ばれた年若い魔術師はニッと笑った。線の細さに見合わぬ人を食ったような度胸が、この男にはあるらしい。
そして鎧の男......ウォルファートはやれやれ、と肩をすくめてそれをやり過ごした。どうやら、この二人にとってはいつものことのようだ。
「それはそうと、お前が軽口叩く為だけにわざわざ俺のところまではこないよな。何の用だ?」
「おっしゃる通り。敵陣裏手に回した別動隊から連絡です。もうじき、大魔王アウズーラの背後を奇襲できる予定、ついてはウォルファート様に出陣願いたいと」
エルグレイの報告にウォルファートはにやり、と口元を歪めた。鋭い目を細め、激戦が続く戦場を見渡す。
「アウズーラもお終いだな。さすがに不利な体勢のまま、無理には迎撃しないだろ。押し出されるようにして既に前線に進出した自軍と合流するとなりゃあ」
すっ、と右手を伸ばしたその先、それはウォルファートから見て左手の方角、対峙する魔王軍の右手だ。
「あの辺りだな。うちが一番手薄だ。よし、エルグレイ、ついてこい。俺達二人で突っ切りながら、手頃な兵を見繕って大魔王の首を戴くとしようぜ!!」
そう叫んで、ウォルファートは馬に拍車をくれた。一拍置いてエルグレイもその後に続く。その顔には"やっぱり最後は勇者でしょ"と無言のメッセージが浮かんでいた。
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大魔王アウズーラ。そう名乗る魔族が現れたのは、今から十五年前だ。当時、人間達は主な大都市ごとに密集し何となく個々の独立勢力を築いていたため、組織的に動く国家やその国家が動かすことの出来る軍隊は無かった。だが、それでもたった一人の魔族など本気で恐れる者はいなかった。
無理もない。それまでも魔王と名乗る魔族は何体か確認されてはいた。しかし、確かにそれらの魔族はそれなりに腕は立つものの、そこそこのレベルの冒険者がきちんとパーティーを組めばきっちり討伐までもっていける......いわば現実的に手の届く範囲の強さに収まっていたからだ。
そのため、アウズーラの出現の際にも人間達の対応は遅かった。今までも倒すことが出来た、だから今回も倒せると考えてしまったのを油断と言うのは酷かもしれない。しかし結果的には最大の失敗だった。
都合三回、冒険者のパーティーを撃退したアウズーラは人間達のコンビネーションや癖を把握した。そして、これをきっかけに己の強さを周囲にはびこる魔物に知らしめて、魔王軍を結成するに至ったのである。
"人間どもの領地を奪え、我が旗の下に"
シンプルなスローガンは瞬く間に広がり、組織だった行動や戦術を苦手とする魔物を、アウズーラはその強さとカリスマ性でまとめあげた。しかも魔物のみならず人間社会でつまはじきであったならず者や犯罪者も加えた為、その勢力拡大には更に勢いがついた。
侵略、強奪、そして支配。燎原の火の如き大魔王アウズーラの権勢は広がった。人類はその支配に置かれ、先の見えない生活を余儀なくされたのである。
転機となったのはアウズーラ出現から五年後、つまり現在から十年前のことだ。
魔王の手も届かない山間部のとある小さな町。そこで生まれた平民の青年が何故か才に恵まれ、近隣の領主である貴族に勇者と認定され大魔王討伐に乗り出す。そんなお伽話のようなことが実際に起きたのだ。
当時十八歳であったその青年の名は、ウォルファート・シリル。後に魔王軍に倒され廃絶の憂き目にあっていたオルレアン公爵家の爵位をその身に戴いた後、ウォルファート・オルレアンと名乗るようになるが、それは旅立ちからしばらく経過してのことであった。
そして今、ウォルファートは十年の月日を賭けて己の商会を立ち上げ資金力をつけ、それを元手に傭兵団を編成して魔王軍を蹴散らせるだけの兵力を整えた。
勇者はここ、スーザリアン平原で大魔王アウズーラに最終決戦を挑んでいるのである。
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馬を駆る。ウォルファートの視界に占める戦場の割合が、どんどん大きくなる。
それと共に、人間と魔物の血で血を洗う戦いの気配も膨れ上がる。戦場特有の血生臭い騒音や怒声もどんどん大きくなる。
小鬼と俗に呼ばれるゴブリンという魔物が醜い顔を歪める。三匹がかりで一人の兵士を囲み、短剣を突き立てようとする。だが人間の兵士はよく鍛えられているのかその包囲網から逃れ、逆に一匹のゴブリンを切り倒す。
かと思えば、元はどこぞの騎士だったと思われる重武装の男が暴れていた。暗黒の力にその身を落としたのであろうか。
その男はウォルファートの配下である兵士四人を蹴散らし、呪文による電撃すら弾きとばして雄叫びをあげている。
救いがない戦場。スーザリアン平原の草は血にまみれ赤く、ちぎれた手足や敵味方の死体が転がる地獄絵図となっていた。
「だがよ、それを承知でこっちも解放軍なんてやってんだよ!」
適当なところで馬を乗り捨て、ウォルファートが戦場に降り立った。そのすぐ後ろに付き従うエルグレイの表情も、すでに引き締まったものだ。すぐに、彼等の到着に気づいたウォルファート配下の兵士達(ウォルファート解放軍の兵士だ)が、二人を守るように寄ってきた。
「よう、ご苦労だったな。ついて来い」
それだけ短く声をかけ、ウォルファートは右手を天に向けてかざした。「召喚!」の短い叫び声が上がる。
何もない空間から一本の剣がその右手に、そしてゴツいタワーシールドが左手に現れ、そのまま自動装備される。
先程までの無手ではない。完全武装の勇者の姿がそこにあった。
「いつ見ても便利なものですな、ウォルファート様の武装召喚は」
兵士の一人が汗を拭ってから声をかけてきた。不敵に笑いながらウォルファートが答える。
「これが無いと、10以上の装備を活用出来ねえからな。必死で覚えたってもんだ。さあ、おしゃべりはここまでだ。俺たちの左側を狙う!」
そう叫び、まずは準備運動とばかりに軽く駆け出すウォルファート。いつの間にか、その薄茶色の髪も同系色の目もプラチナブロンドへと色を変え、揮発するような闘気を放出していた。
その表情には恐れはない。ただ、己の力を存分に振るえることに対する喜びがあった。
「勇者ウォルファート・オルレアン、参る!」
勇者参戦におののく魔物共だが、中には勇敢な奴もいる。大蛇の姿をした魔物が一体、その虹色の鱗を光らせながら突っ込んできた。 体長5メートルはあるだろう巨大な蛇だ。人が巻き付かれれば骨折から窒息のコンボは免れない。だがそれも当たればの話だ。
上から下へ剣を一振り、ただそれのみ。剣自体は当たってはいない。だが、高速で振られた刃が真空波を生み出す。大蛇は首を切り裂かれドウ! とその身をくねらせながら、大地に落ちる。
そして、その時にはウォルファートは別の敵へと矛先を向けていた。タワーシールドをずらす。フリーにした左手を、立ち塞がる豚の顔をした人型の魔物、オークの集団へとひらめかせる。
「閃熱!」
集団攻撃用の攻撃呪文だ。火炎ではなく収束した熱線を放つため、より貫通力がある。十本余りの熱線が駆け抜けると、魔法抵抗力の無いオーク達は数秒後には消し炭となっていた。
閃熱は強力な呪文だが、それでも余りにもあっさりと一撃で勝負ありだ。
(手応えなさすぎだろ)
目の前に転がってきたオークの首を蹴飛ばしながら、ウォルファートはふうう、と息を吐いた。プラチナブロンドから漏れる白銀のオーラにその身を包みこみながら。
「どうやら追い詰めたなあ?」
自身が前線に踊り出て一時間後、ウォルファートは僅かな休憩時間を利用して水を飲みながら形勢を判断した。エルグレイの報告通り、後方を襲撃した別動隊のおかげでアウズーラ本陣は引きずりだされた。
ちょうどスポット的に手薄な窪地、つまりウォルファートが突撃前に自陣左翼と言っていた辺りに誘い出された格好だ。そして大魔王アウズーラ自身が矢面に立たざるを得ないほどに、魔王軍は追い込まれている。
正直、魔王軍の中でも本陣を守る近衛隊は強力な魔物揃いの為に、こちらも結構被害は出ている。
だが、ウォルファートもそれを見越した上で鍛え抜いた50人を選抜し、後方からの奇襲に回した。その彼等が束になれば、いかに魔物が強力だろうと恐るるに足らず。
何せ全員がレベル30以上の精鋭だ。なかなか超えることが出来ない一流の壁とされる30をオーバーした彼等は体力、技術、精神力とも鍛え抜かれている。おまけに装備も魔力付与を限界近くまで施し、性能が倍化どころではなく引き上げられているというまさに魔物退治のエリート達。
眼前に立ち塞がり火炎のブレスをその強靭な顎から吹き出す火竜ファイアドラゴン、6メートル近い長身から振り下ろす一撃を武器とする、神話時代の巨人族の末裔であるフロストジャイアント。そして、高度な魔術技能を有しこちらを翻弄するアークデーモンらの最強レベルの魔物の群れをじりじりと、だが確実に倒していくのだ。
このままいけば大魔王本人でさえ別働隊だけで倒しうるのでは、とウォルファートは一瞬甘い期待を抱いた。
だがさすがにそれが甘い幻想だったと彼が知るのに、時間はかからなかった。
「おいおい、やるねえ。大魔王の肩書きは伊達じゃねえってか」
「まあ、僕らの出番があって良かったというところですかね」
激戦のただ中に踏み込み、ウォルファートとエルグレイが言葉を交わす。言葉には深刻さはないが、その表情はどちらも厳しい。
ウォルファートは召還可能な全武器を呼び出し、自分の周囲に浮遊させた。一方、エルグレイは何人かの兵士達に護衛されながら愛用の杖を握り締め、攻撃呪文の用意を整える。
彼らの視線のその先、膨大な禍々しい魔力の渦のただ中で暴れ狂う一人の魔族の姿があった。
強い、などという言葉では生ぬるい。雨あられと浴びせられる矢を気合一発で消し飛ばす。浅黒い肌も精悍な四本腕を巧みに操り、それぞれ握る剣、槍、斧、魔法杖で接近戦を挑む解放軍の精鋭達をものともしない。
そしてこれほどまでに追い詰められながらも、まだ息を切らさずに戦い続けられるスタミナ、精神力は驚嘆に値する。さすがに手傷はいくつかおってはいるが、それもじわじわと自動治癒で回復させているようだ。
魔神、まさにその名が相応しい。十五年に渡り魔王軍の頂点に立ってきた大魔王アウズーラの直接戦闘能力の凄まじさたるや、自然災害でさえまだましと思えるほどだ。
今もまた、一人の名うての剣士が切って捨てられ血飛沫をあげて倒れた。確かレベル40超の自分の切り札の一人だ、と思った瞬間にはウォルファートはその身を躍らせていた。頭のどこかがカッと熱くなっている。
「大魔王アウズーラあああ!! てめえの年貢の納め時だ、勇者ウォルファートがその首貰い受ける!」
阿鼻叫喚の地獄絵図と化した黒々とした邪気の漂う戦場に、白銀の閃光が一条駆け抜けた。それが勇者ウォルファートと大魔王アウズーラの、最初にして最後の直接対決の合図であった。
すいません、序盤だけ戦闘回です。