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「そんなに美少女なのか?」


幸平が面白うそうに裕也の顔を見る。


「美少女って、まあ綺麗な子だとは思うが……」

「でも見舞いに通ってんだろ?」

「気になるだろう、普通」

「そうか?俺なら病院に連れてって、よしんば暫くは居たとしても、家族が駆けつけたら役目は終わりだと思うけどね。

それに今までのお前なら、タクシー乗せて病院行けって言ってお終いだったんじゃないか」

「そうかも……」

「だから、お前が見舞いに通いたいと思わせるほど美少女だったのかと思ったんだよ」

「美少女……だからと言うより捨て猫を拾った気分に近い気がする」

「なんだ、それ?」


廊下にうずくまっていた姿を思い出すと胸が痛くなる。

朝まで待たずに病院に連れて行けば良かったと裕也は何度も思う。

もっと早く姉の所に連れて行っていれば、あんなに重篤にならずに済んだのではないだろうかと……

病院のベットの上で苦しそうな莉桜を何とかしてやりたかったのだ。

保護しなくてはいけない存在だと思ったら、なぜか幸平の家にいる猫のクーと重なった。


「彼女、明日、退院するんだ」

「それは良かった」

「良かったのかな……」


寂しそうな声だ。


「何だ?元気になったら良いことだろ?」

「……それはそうなんだが……」


裕也らしくないなと、幸平は笑う。

幸平がほのめかしているような気持ちを持ったわけではないと裕也は思っている。




あの日、入院した莉桜は薬がよく効き、重篤に見えた状態も日増しに回復していった。

父親は重要な会議を欠席して緊急帰国していたらしく、症状が落ち着き大丈夫だと確信すると慌しく赴任先に帰っていった。

そして帰る前に裕也の家を訪ね、今後も気に掛けてもらえないかと頼んでいったのだ。

だから俺は見舞いに通った。頼まれたから―――と何度も言い訳のように裕也は思う。


子ども相手に恋愛感情なんて持たない―――そう幸平に言う。

一人で弁解し、話し続ける裕也を見ていると幸平は久しぶりに甘酸っぱい気持ちになる。


「青春時代に戻ったみたいだな」


幸平の言葉に肯く。


「本当だよな。つくづくオジサンになったと思ったよ」


裕也は幸平がもらした青春時代なんて言葉に反応して言う。

二人で少し笑った。



先週のこと、裕也はケーキの箱を持って病室を訪れた。


「莉桜ちゃん、調子はどう?」

「だいぶ咳が減ってきましたよ。来週、レントゲンを撮って結果がよければ退院できそうです」

「ほら、食べたがってた『キガタ』のケーキ。これのことだろ?編集者に聞いたら知ってて直ぐに買ってきてくれたよ」

「中野さんは、近くにあるのに『キガタ』に行った事ないんですか?」


莉桜が驚いている。

裕也は知らなかったが、『キガタ』とは俺の家の近くにあるケーキショップで、地方からわざわざ買いに来るほど有名店なのだ。


「ないよ。だいたい男が一人でケーキ買いにっても絵にならないだろ?」

「う~ん、そうかな」


莉桜は、頭の中でケーキショップの店頭にいる裕也の姿を思い浮かべ、クスリと笑う。


「笑うな。でも絶対に店の中で浮いていると思うだろ」


裕也の言葉に莉桜はクスクスと笑った。

その笑顔に裕也は惹き付けられる。そして、自分の思いを打ち消すように話題を変えた。


「あと、こっちが頼まれてた美術雑誌。これで良かったのか?」

「はい、ありがとうございます。代金を……」

「あのね、この間もいっただろ見舞いの品だからいらない」

「でも……」

「いいから気にするな」


まだ何か言いたそうだが、咳が出て言葉が続かない。


医学部もそうだが、芸術系の学校もお金が掛かる。

あのマンションも24時間体制の管理があり、賃貸料も結構な額だ。

一部上場の有名企業の重役ともなれば、そのぐらいの収入はあるのだろうと裕也は思う。

しかし、いくらお金があっても莉桜は寂しそうに見えた。




「年齢の差を感じる」と裕也はため息混じりに幸平に言う。



「中野さんって何歳なんですか?」

と、裕也が聞かれたのは昨日のこと。


「32歳」って答えに莉桜は驚いている。


「祥子先生と随分年が違うんですね」


祥子は40代半ばなので、その弟の裕也は若く見えても30代後半だろうと莉桜は予測していたのだ。


「12歳違うからな」


「莉桜ちゃんは、大学2年ってことは……」

「二十歳になった所です。4月が誕生日だから」

「そうか二十歳か。二十歳から見れば32歳はオジサンだよな」


ハタチと言う言葉に、ますます歳の差を感じる裕也が自虐的に言う。


「そんなことないです」


慌てて莉桜は否定する。

でも裕也は二十歳の彼女と比べると分別くさいオジサンになったとつくづく思った。


その時、高尾が病室に入ってきた。


「よぅ!具合、どうだ?」


乗りのよい軽い口調で莉桜に話しかける高尾。


「だいぶ良くなったよ。来週には退院できそう」

「良かったな。これゼミの課題。菅谷教授が心配してたぞ。この前の課題で無理させたんじゃないかって」

「やだな。そんなこと無いのに・・・・・・。だいたいみんな私の事、過保護にしすぎだよ」


若い二人の会話に付いていけないと裕也は感じる。

裕也は高尾と何度か病室で遭遇していたから、彼の莉桜への恋心に気が付いたが、莉桜は初心なのか、ただの友人と言うスタンスを頑なに守っている。


そんな二人を見ていて、「年頃の娘を持った父親の気持ちが解る気がする」と裕也は言った。




「父親の気持ちって、それ、おまえ違うと思うよ」


幸平はそう言って、溜息をついた。

傍から見れば解る事が、当事者には解らないもので、ましてや裕也は簡単には自分の気持ちを認めないだろう。


幸平のポケットに入れた携帯が鳴る。

勤務先の動物病院からだった。


「え、セントバーナード?……ああ、そうですね。ええ、わかりました、すぐ行きます」


幸平が電話を切ると裕也は不満を口にする。


「なんだ、帰るのか?」

「ああ、大型犬が運び込まれたんだ」


獣医の幸平が勤務する動物病院は夜間診療も行っている。

時々、宿直ではない夜にも呼び出しがあるらしい。

今夜もそんな呼び出しのようだ。


「呼び出して悪かったな」

「いいさ、ここはおまえの奢りでいいよな?この間の夜の迷惑料だ」

「ちっ、やっぱり最中だったな」

「ほざいてろ、じゃあな」


幸平はそう言って慌しく帰って行き、一人残された裕也は、グラスを一気に空にした。


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