偶然
※BLではありません。
朝になっても少年の熱は下がらなかった。
それでも目を覚ました少年は裕也に礼を言って部屋を出て行こうとする。
「ありがとうございましたって、どこに行くつもりだよ。鍵、無いんだろ?」
「・・・・・・たぶん学校に忘れてきたと思うから」
少年はそう言ってフラフラと玄関に歩き出したが、廊下で壁にぶつかって座り込んでしまう。
「ったく。学校どこ?」
「えっ?」
「連れてってやるよ。このまま出て行かれたら寝覚めが悪くてかなわない」
裕也は地下の駐車場に止めてある車のキーを手にして、少年を連れ出した。本当に苦しそうで、歩かせるのも忍びなく抱えあげる。
「大丈夫ですから・・・・・・」
と抵抗されるが、気に止めず歩き出した。昨日も思ったが驚くほど軽く背も低い。ひょっとして中学生なのか?と不安になった裕也だが、さっき聞いた学校名は美大だったと思い出す。ここから然程遠くない場所にある学校だ。
「おまえ、名前なんて言うんだ?」
「西田りお」
小さな声で少年が答える。
学校の校門で守衛に捕まる―――確かに怪しい。
病人、毛布に包んで校内に入り込もうとしているんだから、俺でも止めるぞ―――と裕也は思う。
「油絵科3年の西田です。ゴホゴホ………具合、悪くてゴホゴホ…鍵無くして・・・・・・」
熱の為か、咳で苦しいのか要領の得ない説明をするりおに代わって裕也が経緯を説明した。
話が何とか通じて、守衛の一人が忘れた荷物を取りに行ってくれることになる。
「辛そうですから、こちらに居て下さい」
残った方の守衛がそう申し出てくれた。
通学してくる学生達にジロジロ見られて居心地の悪さを痛感していた裕也は直ぐにその言葉に従った。
しばらくして守衛ともう一人男がリュックを抱えてやってきた。
ここに来るまでに経緯を説明されていたようで
「俺、コイツの友人で高尾将太といいます。ありがとうございました」
「いや、別に君に礼を言われる筋合いは無いが、荷物はこれか?」
イスにぐったりと座り込むリオにかばんを見せると、りおは気だるそうに顔を上げ、小さく頷く。
「あの、俺が病院、連れて行きますから」
高尾と名乗った男が言う。
しかし裕也は自分の知ってる病院がすぐ近くだからと、高尾の申し出を断った。
何故、自分で連れて行くと言ってしまったのか裕也にも分からなかった。
拾った猫を気にかけるのと同じで、その男と少年の関係を怪しんだわけではないと言い訳がましく裕也は思っていた。
高尾はまだ何か言っていたが、無視して歩き出す。
リオは目を閉じている。
咳が断続的に出ていて、一刻の猶予もないようにみえた。
裕也は車を目的地に走らせた。
そして、何度来ても敷居の高い病院へ入り、裕也は受付ではなく守衛室へ向かった。
「吉野さん。良かった、今日勤務日で」
慣れ親しんだ話し方で裕也は守衛に話しかけた。
「どうしたんですか?裕也さんが見えるなんて」
「姉貴、呼び出してもらえないかな?」
「診療中だと思いますけど……」
「分かってるけど、病人なんだ」
「裕也さんが、ですか?」
「いや、今、車に寝かせてるんだけど。隣の住人なんだよ。高熱でかなり具合が悪そうなんだ」
「分かりました。連絡してみますから少々お待ち下さい」
吉野は守衛室で受話器を取り上げた。
ここは裕也の親が経営する総合病院で、姉夫婦が跡を継いでいる。
父も母も医者で、年の離れた姉もすんなり医者になってしまい裕也の青春はプレッシャーとの闘いだった。
でも裕也少年はどんなに頑張っても親の望むような成績は取れず、家の中で居心地の悪さを感じていたのだ。
それが嫌でバンド活動に熱中していた時もある。
数年前、裕也が作家として食べていけるようになった時、父親がポツリと言った。
「医者になって欲しかったのは確かだが、おまえが自分で人生を切り開いて来た事を誇りに思う」
そう言ってくれたのだ。
面と向かって言われると面映いものだった。
それでもやっぱり裕也は中野家の中では異端児で、実家にはなかなか足を運べなかった。
だから迷った。でも一番信頼できる病院はここだとも思っていた。
30分ほど待たされて、白衣を着た姉の祥子が現れた。
「裕也、突然来たと思ったら厄介ごと?」
「病人なんだよ。隣の部屋の住人でドアの前で拾った」
「拾ったって何よ。で、何処に居るの?」
「車」
そう言って裕也は車寄せの端に止めた車に向かう。
後から付いてきた祥子から小言を言われる。
「少しはママに顔、見せなさいよ。心配してるのよ」
「分かってるけど、忙しいんだ」
助手席のドアを開けると、リオが辛そうに起き上がる。
祥子が驚いた顔をした。
「りおちゃん?」
「知り合い?」
「私の患者よ」
すごい偶然と思っていると
「肺炎、起こしてるみたい。とにかく処置室に運んで」
と、指示され、裕也は言われるがままリオを運んだ。