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年越

大晦日を迎えた。

明日の朝、二人で伊豆へ向かうことになっているが、今日は約束はない。


落ち着かない気持ちで一日を過ごし夜になる。

裕也は部屋をウロウロ歩き回り、ようやく携帯を手にした。



『年越し蕎麦を食べないか?』


裕也からのメールで誘われた莉桜は時計を見る。

時刻は8時を過ぎていたが夕食は食べていなかった。

心の何処かで裕也と一緒にたべ食べたいと願っていたのだ。


メールを打つのを止めてコートを手に取る、

1分後には隣のベルを押していた。



「メールより早いから」


ドアの向こうに立っていた莉桜は、少し俯いてそう言った。


「二人分あるんだ、蕎麦」


裕也が胸の高揚を押さえ込むためにぶっきら棒に言う。

莉桜はクスリと笑った。


裕也に招き入れられて部屋に入ると、ベートーベンの第9交響曲が流れている。


「第9?」

「そう、年末だから」


日本各地で行われる年越しの演奏会。

裕也のここ何年かの年越しも一人で第9の演奏を聴きながら過ごしていた。

友人達に誘われて喧騒の中で迎える新年より、一人で過ごす方が相応しい気がしていたのだ。



キッチンに莉桜と並んで立つ。

手際よく葱を刻み、蕎麦の用意をしていく姿を裕也はとても愛しく思っていた。


今まで考えたことのない選択肢が脳裏をよぎる。

それは莉桜も同じだった。


母も祖母も亡くし、父親からも独立して一人で生きなければと覚悟をしたが、隣に誰かいてくれる安心感は何物にも換えがたいと思う。



二人で向かい合って蕎麦を食べ、リビングのソファーに座ってくつろぐ。

第9の演奏はとうに終わっている。


明日からの伊豆へ旅行の話をした。

裕也の実家の話、特に姉夫婦の話は莉桜にも興味のある話題だった。

もう直ぐ8歳になる未来と6歳の大地とも面識があるという。


「本当にお邪魔じゃないんでしょうか?」

「楽しみにしてるってさ。子守させられるぞ、きっと」

「私、子ども大好きだから大丈夫です」


莉桜はニッコリ微笑む。

その笑顔に吸い寄せられそうになり裕也は慌ててテレビのスイッチを入れる。


画面からは『行く年来る年』の映像が流れていた。

時刻は間もなく0時を迎える所だった。



裕也は立ち上がって窓を開ける。


「除夜の鐘が聞こえるぞ」


遠くからボーンと澄んだ音が聞こえてくる。


「今年は良い年だった」


呟いた裕也の声に莉桜も頷く。

テレビの中から時報が聞こえ、同時に鐘の音も響いてくる。


「あけましておめでとうございます」


莉桜が丁寧に言う。


「おめでとう」


二人で並んで窓の外を眺める。

都心の住宅地。

建物の隙間に暗闇が広がり、明かりの燈る窓とは対照的だ。


冬の冷え渡った空気が頬を差す。


「寒くなってきた。風邪引くぞ」


そう言って裕也は窓辺に立つ莉桜の肩を抱いて中に入れた。

そのまま抱きしめて自分のものにしてしまいたい衝動を押し殺しソファーに座らせる。

そして裕也はキッチンに向かい、ホットミルクにブランデーを入れて戻って来た。


「体が温まると良く眠れるらしい」


莉桜は素直に頷きカップを両手で包んで持った。


「美味しい」

「俺は、こっちだ」


ロックグラスを掲げて見せる。

莉桜は微笑んでミルクを口に運んだ。


「明日、じゃない今日だ。昼前には出発しよう。夕飯、一緒に食べようと言われてる」

「はい」

「早く寝ないと・・・・・・」


口先でそう言うものの莉桜を隣に帰すことができない。

莉桜も帰ると言えなかった。



見るともなしにテレビ画面を眺めているうちに莉桜がコクンと眠りに落ちた。

肩に掛かる重さを感じながら裕也はどうすることも出来ないでいる。



プレーボーイ気取りで過ごした日々もある自分の心境に裕也は戸惑っていたのだ。

愛しいと言う気持ちに初めて気が付いたのかもしれない。



結局、裕也は自分のベットに莉桜を寝かせた。

ブランデー入りのミルクが効いたのか、ぐっすりと眠って目を覚まさない莉桜の額にそっと唇を寄せ、裕也はソファーで横になる。


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