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プロローグ

 月の光が冴え渡る夜、人はいつもと違うことをしたくなるのかもしれない。

その夜も月が怪しく輝いていた。


 中野裕也は気持ちよく酔っていた。2年続いた連載小説が評判も上々に無事終了したのだ。嬉しく無い筈がない。


 オートロックの正面入口を開け、エレベーターで5階に上がる。共用廊下を曲がって直ぐが裕也の2LDKの部屋だった。ここは小説家として稼ぐようになって仕事部屋のスペースを確保するために引っ越した部屋である。


 酒豪の裕也でもさすがに今日は飲みすぎたらしく足元が少し覚束ない。自分の部屋の鍵を開けようとして気が付いた―――隣の家の玄関の前に人が座り込んでいることを。


 その時、裕也はいつもなら絶対にしないことをした。他人を観察するのは好きでも関わることは滅多にない彼が眠り込む隣人に声をかけたのだ。


「おい、風邪引くぞ?」


眠り込む肩に手をかけて軽く揺さぶった。


裕也の呼びかけに反応して、うっすらと目を開けたのは栗毛色のサラサラヘアーの少年だった。


「大丈夫か?」


との問い掛けにコクリと頷く。


「鍵・・・・・・」

「えっ?」

「鍵、見つからなくて」


少年はそう呟いた。


「しょうがないな、おまえ未成年じゃないのか?」


気だるそうに首を振る少年の呼吸が速いのに気が付いた。

―――酒臭くもない・・・・・・


裕也がうずくまる少年の額に手を当てると驚くほど熱かった。

ゴホゴホと咳き込んだところを見ると風邪を引いているようだ。


「熱があるんじゃないか。鍵、見つからないのか?」


再び小さく頷いて


「学校かも」


と弱弱しく答えた。そしてまたゴホゴホと咳き込んだ。


「春になったからって朝までここにいたら死ぬぞ、おまえ。仕方が無い、俺の部屋に入れてやる」


少年の手を掴んで立たせようとしたが、高熱で辛いらしく動かない。


「ったく、世話が焼けるな」


小柄な少年を易々と抱き上げると自分の部屋へ運んでいった。

男の一人暮らしとしては驚くほど綺麗な部屋。と言うより何もない部屋に少年を抱えいれ、取り合えずソファーに寝かした。

タオルを水で濡らして額の上に置き、寝室から毛布を運んでかけてやった。


長身でそれなりの容姿、かつ作家なんて商売をやっている為か裕也はよくもてた。思わせぶりな態度で迫られることも度々あったのだが、裕也自体は疎ましがっているように見え、一部では同性愛者ではと噂されていた。


目の前で苦しげな呼吸で眠る少年を見て、そう噂されていたことを思い出す。

―――何やってんだ、俺。

裕也は自分の行動に苦笑する。そんなつもりは断じて無いと言い切れるのに。


ソファーで苦しげな呼吸で咳き込み、眠り続ける少年に不安を覚える。

日頃、病気一つしない裕也の部屋には薬など常備していない。救急車を呼んだ方がいいのだろうか?

それとも病院に連れて行くべきか裕也は逡巡した。


ふと思い立ち携帯を手にする。

長くコールして諦めかけた時、声が聞こえた。


『なんだよ、こんな時間に』


電話の向こうの不機嫌な声に、時計を見ると0時を少し過ぎた所だ。


「最中だったか?」

『・・・・・・切るぞ!』

「悪かった。熱が高くて咳が出て呼吸が荒いんだが、救急車を呼んだ方がいいか?」

『おまえがか?』

「いや違う。拾ったんだ」

『拾った?犬か、猫か』

「人間」

『なんだ、それ。具合が悪い奴を連れ込むなよ』

「連れ込んだわけじゃないんだ・・・・・・」

『どっちにしろ、俺は獣医なの。解る?人間のことは医者に聞けよ。ま、意識がはっきりしてるんなら朝まで待って医者に行けば大丈夫じゃないか。じゃあな』


一方的に通話は途切れた。


医者ね―――裕也の脳裏に浮かぶ姿がある。

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