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HEINE  作者: ふみづくえ
第五章
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旅立ち


 旅立ちの朝、店長は店の中で見送ってくれることになった。

 見慣れた店内に立つ、見慣れたはずの店長は、何だか久しぶりに顔を見たせいか、よそよそしい気分にさせた。とりわけ、その隣に立つオリビアさんに、どうしても注意はいく。

 「いや、なんだ…見送りに来たいって言うから……」

 態度からしてしどろもどろの店長は、説明足らずで口を濁す。

 「ごめんね。お邪魔だった?」

 「そんなことはない。とても有り難いぞ。のう、オギ」

 「はい。こうして二人親しげなところを見られて良かったです」

 言って、ハイネと顔を見合わせ笑い合い、全て承知済みだと暗にする。店長も、オリビアさんから何か聞いているのだろう、決まり悪そうに、後ろ頭を掻いていた。

 二人がこうして並んでいる光景は、本当に喜ばしいと思う。

 不満などあるはずが無い。無いが、ただ……オリビアさんににっこり笑われると、思い出されるのは、あの日、目の当たりにした黒い笑顔。

 「あの…くれぐれも、呪いには気をつけて下さい」

 「……なんだ、その不吉な予言は」

 「ふふ。オギくんって面白い」

 つい滑った口を、オリビアさんは何事もなかったように聞き流す。

 オリビアさんにしてみれば、おじゃま虫が居なくなるわけだから、今日ほど晴れがましい日もないだろう。ほっと胸をなで下ろした。

 「それで、これからどこに向かうつもりなんだ?」

 「あ、はい。それが、まだ決めなくて。旅をしながら決めるのがハイネの流儀なので。でも、清白の都には寄ろうと思います。店長が大絶賛の銅像とやらが見てみたいので」

 店長の顔が、引きつった。

 「でも、今から不安です。憐れみを傾けている人たちをよそに、たぶん俺、噴き出してしまいます。どうしてくれるんですか」

 「知るか」

 店長の一言で、よそよそしい雰囲気が、朗笑に変わった。

 暖かな空気が店内を満たす中、店長がじっとこちらを見ていた。

 「…オギ。お前、人見知りもあるから…そういう時、たいてい口調が荒いから、それには気をつけろよ」

 「…はい」

 「それに、お前の頭、イヤでも目立つからな。変なのに絡まれても相手にするなよ。ハイネもいるんだから、ちゃんとして…いや、ハイネの方ずっと旅慣れてるから、彼女の言うことはちゃんと聞け。あと無茶はするな。それと……」

 店長の言い様に、くすくす笑い出したのはハイネ。

 隣では、オリビアさんが過保護だと言うように肩をすくめていた。

 店長は、ハイネに笑われたことをわきまえ、ひとつ咳払いをつく。

 「ま、とにかくだ。たまには帰って来いよ。待っててやるから」

 「はい。ありがとうございます」

 待っててやると言うあたり、店長らしい皮肉に聞こえて笑ってしまう。すると、ハイネが袖を引っ張った。

 「オギよ、オギ。ここは、いってきますと言うところだぞ」

 優しく諭すようだった。

 それは、皮肉ではなく、店長は本当に待っててくれると言ってくれたのだと気付いて、ハイネもオリビアさんも、そして店長も、促された一言を待っているのだと察した。

 だが、改めて言うのは、やけに気恥ずかしい思いにさせる。

 「……いってきます」

 小さくなる声に、けれど、店長は満足そうに笑ってくれた。

 「いってらっしゃい」





◆◇◇◆◇◇◆






 町を出るのもひと苦労だった。表通りを店ごとに呼び止められ、温かい見送りや、激励の挨拶をもらうため、かなりの時間を要した。

 太陽はすっかり天高く昇り、日影はまさに影を潜めていた。

 ぽかぽかとした陽気に、このダブルのコートでは少し暑いかもしれないと思ったが、ふと視線をやれば、街道を行き交う旅人の似たような格好に、それも考え直した。

 隣を歩いていたはずのハイネが、突然一人で駆けだした。

 旅の荷を背負っているのに軽快な足取りで、どこへ行くのかと思えば、町を出てすぐそばにある、街道の岐路を示す標識の前で立ち止まった。

 ハイネは両足を踏み込んで、何もない標識の前を飛び越えた。

 「見よ。オギの作った靴で、旅の第一歩を踏んだぞ」

 振り返って、これ見よがしに言い放つ。かがみ込み、自分の靴を撫でながら待つハイネを、微笑ましく見つめがら歩み寄った。ハイネは、まだ地面をながめていた。

 その視線の先にあるのは、履き慣らした黒い革靴。

 「そういえば、オギのその靴は、オギが自分で作ったのか?」

 「え…いえ、コレは店長が、八回目の記念日にくれたんです」

 「記念日?」

 「俺がこの町に来た日を記念して、毎年店長が祝ってくれたんです。たぶん誕生日の代わりだったんだと思います」

 「…そうか」

 「それで毎年新しい靴を作ってくれていたんですけど、今年はこれで最後だって言ってました。もし足のサイズが変わったり損傷したら、あとは自分で作れって言われてて……」

 そういえば、部屋にはこれまで貰った七個の靴がしまってあることを忘れていた。

 しまった。アレが見つかりでもしたら、しばらく店長の顔が見られない―――と、何を言っているのか。これから旅立つのだから、顔を見るどころか、店長としばらく会うこともないではないか。浅はかなことに、まさにいま、その事実を受け止めた。

 無意識に、後にしたばかりの町を振り返っていた。

 外から見ることなど、数えるほどしかなかった町。思えば、あの町に育てられたと言ってもいいのに、何も返していないまま旅立たとうとしている自分に気が付いた。 

 「どうしたのだ?」

 「いえ、その…店長とか、もっと色々な人にちゃんとした挨拶を……これまでの恩とかを、ちゃんと言葉にして感謝すれば良かったかなって」

 今度いつ会えるかも分からない人たちと、どうして、ああも軽率な別れ方をしてしまったのか。後になって悔やまれた。

 「なに、二度と会えなくなるわけではあるまい。それに、やり残したことがある方が、また会いたくなって良いではないか」

 何も悔やむことはないと、そう優しく添えた。

 ハイネの言葉は、いつも前へと進むために語られる。

 ハイネのように、すぐさま気持ちを切り替えることは出来ないけれど、彼女を見ていると、前に進みたくなるのは、ハイネの力なのかもしれない。

 「仕方ないの。そんなに寂しいなら、わしがぎゅっとしやろう」

 「………………」

 どさくさに紛れて何を言い出すのか。

 「嫌ですよ。何ですかそれ」

 「良いではないか。抱っこさせろ。ほっぺにすりすりしたいのだ」

 「絶対嫌ですっ」

もはや何の関係もなく強要されるスキンシップを、断固として拒絶する。

 それでもハイネは、変なスイッチが入ったようで、執拗に迫ってくるが、人通りのある街道でそんなこと出来るはずがなく、最大限に譲歩して腕の一本で許してもらった。

 腕を組んで歩くのは、かなり不便ではないのかと思いながら、二人並んで道をゆく。しかも、ハイネが何かと腕にすり寄ってくるので、こっちの顔が赤くなる。

 「あの、もうちょっと離れてくれませんか」

 「何を言う。わしの右肩はおぬしの指定席ではないか」

 ……指定席。確かに、戒杖だった頃は肩に担がれていたが、指定席……

 どう受け止めたらいいか、考えさせられる言葉だった。

 「はじめて会ったときから、どうりで抱き心地がよいと思ったていたのだ」

 言って、心底幸せそうに頬を寄せてくる。

 ……まあ、いいか。ハイネにしてみれば、きっと俺は赤ちゃんも同然なのだろう。

 猫かわいがりは勘弁してもらいたいが、これまでかけた心労を思えば腕組み程度のこと、しばらくは甘んじて受ける入れるべきだった。

 「オギよ。人の身で旅に出るのは、またひと味違うだろう」

 鼻歌交じりに道中を楽しんでいたハイネは言った。

 「まだ町を出たばかりですよ」

 「そうか?そうだな。しかし、せっかく人になったのだ。今から楽しまねば。さ、まず何がしたいか言うてみよ」

 何がしたいかと、言われても困ってしまう。

 とりあえず、白の公国に寄ることは決めてるが、他に行きたいところなど……ふと、頭の片隅によぎった。現世に生まれて一番古い記憶の中、自分を育ててくれたおじさんの家を出来れば訪ねてみたいと。けれど、その家までの道のりを、全く覚えていなかった。

 「わしのオススメは、公国よりやや西にある、木杯(もくはい)の村が良いの。あそこの葡萄酒が上手いのだ。チーズも良いが、わしはやっぱりチョコをつまみにするのが好きだ。そうそう、木杯の村といえば外せないのは金杯の国だの。あそこには世界中の酒が集まるうえ、わしは酒場の一つに顔が利いての。ブランデーがいつでも飲み放題なのだ。しかも、あそこの踊り子は皆かわいいくて、気さくで気が利いて……いや、その辺はまだオギには早いの。なに、もっと他にも遊び場はあるから案ずるな。金杯の国は夜通し遊び放題だからな。さあ、どうする。オギはまず何がしたい?」

 ハイネの問いには、毛ほども悪気は見られなかった。

 けれど、感傷に浸っていた心は、耳から入った暴飲に毒されていた。

 そうだった。この人は、遊ぶときはとことん遊ぶ人だった。

 脳裏に甦るのは、前世で目の当たりにしたハイネの放蕩三昧。

 顔の筋肉をどうにか動かして、ムリヤリ笑顔を作り上げる。

 「……そうですね。とりあえず目指したいのは、ハイネの更生」

 最後の一言に、ハイネの笑顔も固まった。

 「こ、更生とはっ。聖人に向かって更生とは何事だっ」

 「聖人なら、聖人らしい振る舞いってものがあるでしょう」

 「何を今さら……そもそも、わしに変わらないでくれと言うたのは、おぬしではないか」

 「それはそれ、これはこれ。と言う便利な言葉が、世の中にはあるんです」

 「ひ、卑怯だぞ。わしの心を弄びおって」

 「何言ってるんですか。ハイネこそ言っていたじゃないですか。俺のお小言が懐かしいと。良かったですね、これから毎日お小言が聞けますよ」

 ハイネは、うろたえたように何度も口をぱくつかせたが、やがて、観念したようにうなだれた。小さい体がいっそう小さくなり、とぼとぼと足取りも重たくなるが、それでも、つないだ腕だけは放そうとしなかった。

 そのいじらしいさに、少しいじめ過ぎたかと気が引ける。

 「……木杯の村なら、行ってもいいですけど…味見だけですよ」

 ぽつりと言った言葉に、ハイネの反応は早かった。

 「それでこそ、わしのオギだっ」

 現金にも元気を取り戻し、それどころか早く行こうと、自ら手を引っぱっていく。

 「ちょ、味見だけですよっ」

 もう一度、強く念を押すも、返ってくるのはいい加減な返事ばかり。

 失言だったと今度はこっちがうなだれる。

 きっとこの先も、同じ事が繰り返されるだろう。

 いくら厳しいことを言ってみても、すぐにほだされてしまう気がしてならない。

 これも前世のせいなのか。この先に待つ、旅路の岐路で、いかなる主導権もハイネから奪える気がしない自分が思いやられた。

 でも、それは、仕方のないことである。

 ハイネに引かれる手を、振り解けないのは彼女のせいじゃない。

 俺が、この手に惹かれて旅に出た。

 この道を、この足で歩いているのだから、間違いなかった。







 おわり









 これにて、ひとまず完結です。


 欲を言えば、もっと色々とこの世界をこねくり回したかったのですが、どうにも書くつれに扱いの難しい世界になっていっていました。

 今度はもう少し違う視点で、書いてみようかと思います。


 ここまでお付き合いくださった方、大変ご苦労さまでした。


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