オギの迷走
結局エマソンの挑発に乗せられた。靴を作るどころか、足の測量すらままならなかった。
屈辱、と言えばいいのか、けれど、残された心はばらばらで、次から次へと別の感情が沸いては、泡のように消えていった。
この場に居るのがいたたまれなくて、私室に戻ろうと立ち上がるが、カウンターにいた店長と目が合わせられず、無言で横を通り過ぎた。
「…オギ」
「一人にして下さい」
その言い様は、突き放して聞こえると、言ってしまってから気が付いた。
「……ごめんなさい」
口から出たのは、聞こえているかも分からない声だった。
足早に立ち去り、私室へ戻った。
扉を閉めると、もう一歩も動ける気がしなくて、その場にうずくまる。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
俺はハイネを恨んでいた。でも、一方ではハイネの安否を心配している自分がいる。
エマソンへの憤りは、ハイネが俺のために自らの自由を差し出した憤りとごっちゃになって、怒りのぶつけどころが見つからない。
そして――そして、町の人たち。どうしてこんな事になったのか。
どうして、あの人たちが巻き込まれるのだ。分かっている。何もかも前世のせいなのだ。
前世が戒杖だったせいで、ハイネを恨んでいるし、エマソンにも狙われる。前世が戒杖だったせいで、人間に生まれ変わったこの現世すら、未来に自由はなくなった。
すでにエマソンに目を付けられた。ハイネを犠牲にしたところで、自分がこの町にいる限り、また同じ事が繰り返されかねない。
この町を出るしかなかった。
場違いにも、笑みがもれていた。
どのみち、町を出て行くはめになった事が、おかしかったのかもしれない。
ただ、このままハイネを見捨てることは出来なかった。
ヘルゲンバーカーの教団は拠点を持たない。つまり、明日の朝、ハイネが連れてかれてしまえば、その行方は二度と知れなくなってしまうだろう。
いっそのこと、教会を襲撃しエマソンか誰かを人質に取ってしまおうか。先に手を出したのは、あっちなのだから文句など言えまい。ハイネさえ連れ出せば、エマソンらがこの町に留まる理由もなくなる。そして、そのまま―――
「オギっ」
心臓が飛び上がった。
背後からノックと共に店長の声が響く。
「ちょっと出かけてくる。いいか、お前はここに居ろよ。もし、帰ってきたとき居なかったりしたら……ぶん殴る」
傾く思考を見透すかしたように店長は言った。返事を待たずして、階段を下りていく音が聞こえてくる。
きっと町の皆が無事かどうかを確かめに行くのだろう。それとも警告しに行くのか……
どちらにしろ、店長のおかげで我に返った気がした。
この町を出て行くにしても、店長に何も言わず出て行くのは、あまりに忍びない。
きっと、恩を仇で返すひどい仕打ちになる。
せめて、これからのことを相談するべきかもしれない。でも、何を?今でさえ何から考えればいいのか、一つもまとまっていないのに、そもそも、俺に出来るかどうか。店長に自分のことを話したことなんて一度も―――
「…………」
出来る、気がした。
たぶん今までは、存在が近すぎて何かを相談することなんて出来なかった。
けれど、店長に知られたくなかったことは、もう、とうの昔に知られていた。それなら、向き合えない理由はないはず。それに、それ以上に、最初の一歩は踏み出せた。
その一歩が、次の一歩の助けとなると、輝く太陽の下で俺に言ってくれた人がいた。
そう、教えてくれた人がいた。