オギの嫉妬
彼女のことだから、考えあってのことかもしれない。
そうやって、何度も理由を付けて、ざわつく胸中をなだめた。
しかし、だんだんと、そんな風に言い訳している自分に腹が立ってくる。
ハイネは友を捜していた。その友が見つかった。それだけのことなのだ。
ずっと捜していた相手に会えたのだから、ハイネの行動は当然で、だから、このまま彼ら二人で旅立つことになっても、自分は彼女を責められない。
戻った作業場で、出来上がり間近の靴をもう一時間近く見つめていた。
外はすっかり日が暮れて、窓辺から夜の匂いが作業場へと吹き込んでいる。
ともすれば、明日にでも旅立つことになるかもしれない。だとしたら、早急に靴を仕上げておく方がいいだろう……それなのに、作業が全く手につかなかった。
旅に出てみないかと、あんなに心躍った言葉が、今では胸に突き刺さる。
こんなことになるなら―――こんな想いをしなきゃいけないなら、あんなこと言わないでほしかった。
「ハイネちゃんと、ケンカでもしたのか?」
靴の整備していた店長が、作業の片手間のように聞いてくる。
ハイネをあの聖人ハイネだと知らない店長は、彼女をちゃん付けで呼ぶ。
機嫌の悪さを店長に悟られたのが気に入らなくて黙り込んでいたら、分かりやすいヤツと、余計に勘づかれ、ますます苛立ってくる。
「ま、とやかくは言わないけど、仕事に支障が出るならさっさと謝ってきな」
「何で俺が謝るんですか。事情も知らないで、いい加減なこと言わないで下さい。第一、ケンカなんてしてません」
「そうか。じゃ、何の問題もないな。今日の夕飯、作りすぎたからハイネちゃん用に包んでおいた。キッチンにあるから渡してこい」
「――って、だから何で俺なんですか。作ったのは店長でしょ」
「何でって。オレ、店長。お前、従業員。これ大自然の摂理じゃね?」
言いながら、店長は問答無用とでもいうように、自分の仕事を片付けていく。
「……店長の立場を笠に着て、独裁権力を振りかざしますか。あまつさえ、何の力もない未成年労働者を迫害するなんてそれでも人間ですか」
「うん、まあ…とりあえず、お前は言葉の暴君だけどな」
抗議めいた視線を送ってくるが、そんなこと知ったことではない。店長は店長なりに、気を回したつもりかもしれいが、はっきり言って迷惑きわまりなかった。
ハイネがあの男と、思い出話に花を咲かせているかもしれない最中に、どうやって入っていけというのか。それよりも、そんな光景など絶対に見たくなった。
このもやもやとした感情の呼び名を自分でも分かっていた。
だが、どうしようもない。あれだけ世話になっておきながら、こんな身勝手な感情を彼女にはぶつけていいはずがなかった。
遠からず、靴を受け取りにやってくるハイネと、まともに顔を合わせられるのかすら自信がなくなって、途方に暮れるあまり、作業台の上にうつぶせる。
近くで店長のため息が聞こえたが、聞こえないふりをした。
しばらく店長が動く音だけが部屋に響き、不意に、こんこんとノック音が割り込んだ。
わずかに顔を上げれば、裏口の方から店長を呼ぶ声が聞こえてきた。
店長が出迎えに行き、裏口の戸を開けると、そこには青い顔をした男が立っていた。
ひどく血の気が失せていたが、男の顔には見覚えがあった。
斜向かいにある宿屋のご店主だ。
そう、ハイネが泊まっている宿の―――知らず体を起こしていた。
嫌な、予感がした。