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HEINE  作者: ふみづくえ
第二章
14/34

記憶の底

 食堂を出て、誰が言うでもなく二人の足はそこへ向いた。

 実りの大樹がある公園。

 公園の主である、くぬぎの巨木をハイネが間近にしたいとのことで、保護のため区切られた柵の前まで足を運ぶ。

 その雄大な姿を見上げれば、そよぐ風にさわさわと緑の空は揺れ、葉と葉の合間から、ちらちらとした光が、金色の粒となって降り注ぎ、ふわふわと鼻をくすぐった。

 しかし、見たいと言った張本人は、くぬぎの豊かな精彩など見向きもせず、柵から身を乗り出して何かを地面に探していた。

 「どんぐり、落ちてないかの」

 「どんぐりって……あのどんぐりですか」

 このくぬぎの木の実は、普通より大きなどんぐりが生る。その珍しさからか、いつしかそれを拾うと願いが叶うという謂われが付き、そのため『実りの大樹』と銘された。

 「無理ですよ。まだそんな季節じゃないですから……欲しいんですか?」

 「欲しい」

 「…聖人でも願掛けするんですね」

 「変かの」

 「笑えます」

 むっと頬を膨らませ、聖人とはかけ離れた顔で怒るので本当に笑ってしまった。

 ムキになったか、ハイネは柵の回りを巡っては、見つかる確率の低いどんぐりを探し続ける。よほど叶えたい願いがあるのだろう、思い当たる節は一つだけ。

 きっと、捜していると言っていた友人のためだろう。

 でも確か、その友は自らの戒杖だとも言っていた。そして、死んでしまったとも……

 一概には信じがたいが、けれど、人々の前世を目覚めさせた聖人ハイネの戒杖ならば、魂が宿っていたとしてもおかしくないのかもしれない。ハイネの戒杖なら―――人と同じように転生を繰り返してもおかしくないのかもしれない。

 いつまでも柵の周辺をうろつくハイネの姿に、そんな考えを傾けていたが、どんぐり探しを諦めたのか、彼女がふてくされた顔で戻ってくる。

 あえて何も触れず、この三日間続けて座っているベンチで、一休みすることにした。

 ハイネの隣に腰掛ければ、彼女が前触れもなく腕にしがみついてくる。あれだけデートを否定した後で、こんな状態を誰かに見られては、もはや言い訳が立たない。丁重に腕から引き離そうと身動ぐが、ハイネはそれを許さず、余計に力を込めてくる。

 「オギよ。最近、何か気になったことはないか?」

 「……?」

 「おぬしがこれまで抱えてきた過去については色々と聞いたが、では、最近になって何か変化を感じたことはないか?何でも良いぞ。身体的なことでも…感情的なことでも」

 その声は真剣で、この状況から動けなくするための口実ではないようだった。

 言われるまま、この何日かを振り返ってみると、以外にも、それはあっさり見つかった。

 「あ。ありました。一昨日のことなんですが、何か変な風に気を失ったみたいなんです」

 「…みたい、とは?」

 「自分では良く分からなくて、十五分くらい反応がなかったと店長が。それに意識が戻っても、記憶が混乱してたみたいで、店長のことも、自分が居る場所も分からなかったんです。まあ幸い、その辺の記憶はすぐに思い出せたんですけど」

 「……一昨日といえば…わしがこの町に着いた日だな」

 「そういえば…ええ、そうです。貴方が店にいらっしゃるほとんど直前の事です」

 ハイネが、服の袖を強く握りしめた。

 「他には?」

 「え?ええと…そうですね、ここ数日、起きる度にけだるかったのが、その気絶の後に消えてたりもして――けだるいのも変だとは思ってたんです。俺、怪我とかはしても病気の類は今まで一度もなかったものですから」

 そこで区切ると、ハイネもまた、それっきり黙り込んでしまった。

 それでも、彼女の手はずっと袖を握りしめたまま、爪が手のひらに食い込んでしまわないかと心配になるほどだった。

 「感情的なことで言うなら……貴方に出会えたことは、俺にとってよほどの変化でした」

 彼女の気を引きたかったのか、思いつくまま口を出していた。

 「こうして相談に乗ってもらっている事もそうですが、その前に、貴方から旅が目的の旅人だと教えられたおかげで、どれほど心を軽くすることが出来たか……本当に、俺は俺自身の得体が知れなくて、あの時、気絶したことも何かの兆しだとしたら、取り返しの付かない事を起す前に、貴方のように旅に出てみようかと思ったんです」

 彼女の力が緩んだ。こちらを見上げ、黙って耳を傾けた。

 「ここの人たち迷惑をかけずに済むのなら、旅人としてこの町を出て行くという岐路は、俺にとって初めて見付けられた道で……とても嬉しかった」

 ハイネの手が、腕からずり落ちた。

 目をやれば、その顔はうつむいていて、口元にはかすかな笑みが飾られていた。

 「おぬしは、本当に真面目だな」

 「……馬鹿にしてます?」

 「しておらぬ。真面目な良い子だ」

 ますます馬鹿にされている気がしたが、ここで反論するのも子供じみていた。

 「心配せずとも、おぬしなら、町の人々を傷つけるようなことはせぬよ」

 「って、何の根拠もないですね」

 「そうか?ならば聖人の御墨付きをやろう」

 「……余計に胡散臭くなりました」

 罰当たりめっ、とハイネが体当りをかますので、罰はどんっと肩に当たった。

 負けじと彼女の身体を押し返すが、ハイネはそのまま肩に寄りかかっきた。そして、しばらく二人の間には沈黙が落ちた。すると、何とはなしに笑えてくる。

 驚くことに、もう自分について話すことがないのだ。もうハイネに全てを語ってしまった。後はハイネがどう判断を下すか待つばかり。いや、ハイネにも判断は付かないかもしれない。そして、遠からず彼女はこの町を旅立つのだろう。

 それでも良かった。自分について答えが欲しかったわけではない。

 欲しかったのは―――思わず感じてしまうのは、隣にある柔らかな体温。

 相手に寄りかかっているのは、ハイネなのか自分なのか、次第に分からなくなりながら、時間は静かにゆっくり過ぎていく。

 降り注ぐ暖かな日差しは、昼食を取ったばかりの頭に、眠気まで注ぎ込んできた。

 「良い天気だの」

 「…そうですね」

 眠気のせいか、味気のない答えを返す。

 「のうオギ。あの空をおぬしはどう思う?」

 「……どうって…キレイ、ですね」

 「そうだ。ただ綺麗だと思うだけでいい至上の青だ」

 味気のない返事が、なんとも味のある世界に変わった。

 彼女の言葉が、声が、耳に触れるたび、波紋となって何かが深く沈んでいく。

 「のう、オギ。こうしておると、万事が(たい)らかに思えてこぬか?」

 質問に応えたかどうかも分からなかった。ここ(・・)にいることが心地よくて、耳は聞いているのに意識は波にまどろむ海の底だった。

 「――のう、トルトゥーガ。おぬしにこの世界はどう映る?」

 ああ、またかと思う。その質問には飽き飽きしていた。


 ―――貴方は、私にそればかり聞く……


 「……は?あれ、俺いま何か言いました?」

 意識が一気に浮上した。何かを聞かれ、それに応えたはずなのに、そのどちらも思い出せず、ハイネを振り返った。ところが、彼女は顔を覆うようにしてうずくまっていた。

 「ちょっ…どうしたんですかっ」

 「…大事ない……目に、少しばかり…ごみが入ったのだ」

 そう言っても、必死に音を殺すせいで声は震えていた。

 「あの…何か、酷いこと言いました?」

 彼女は何度も首を横に振った。

 振って、少しだけ身を起こすと、ころりと寝返るようにして俺の膝を枕にする。

 「嬉しいのだ。おぬしがとても良い子で、とても優しい…立派な人間だから」

 ハイネの言葉も行動もどう対処すればいいか、ほとほと困り果てた。でも、せめて、彼女が泣きやむまではと待つことにした。


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