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HEINE  作者: ふみづくえ
第二章
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戒杖トルトゥーガ

 と、そのようなことがつらつらと綴られた小冊子を斜め読みしながら、通された待合室で時間を潰していた。

 あれから、店長に一言ことわりを入れてから、ハイネと二人で教会に赴いた。

 町の西側に位置する、町役場や自警団の詰め所、町人の代表が集まって情報交換や町内の問題を話し合う寄り合い所などの公共施設の集まる一角に教会はあった。

 教会の礼堂には旅の安全と、祈願成就を祈る旅人が良く訪れた。

 何度か礼堂をのぞいたことはあった。そこは、壁一面を覆う祭壇と、賽物が供えられた奉納台があるだけで、聖人の偶像をかたどったものはない。聖人もまた現世を生まれ変わるのだから、その姿を一つにとどめることは出来ないのだろう。

 そして、目的の場所は礼堂のすぐ隣、構えの立派な礼堂よりこぢんまりとした外観で、二階建にレンガ造り。左右二つに斜面を吹き下ろした煤色の屋根をしていた。

 一見は多くの資料を置いておけるスペースがあるように思えなかったが、地下に倉庫があるのだとハイネは言った。

 教会の門をくぐると、取り次ぎの全てをハイネに任せるが、通された先は待合室で、室内には、すでに旅人らしき先客が数人、ひっそりとソファに腰掛けていた。

 これから前世からの想い人を捜すために、教会にある前世の名を連ねた帳面を見せてもらうのかもしれない。そこに想い人の名を見付け、双方の同意が得られれば、教会を介して出会うことが出来るのだ。

 ただ、必ずしも想い人の名が帳面にあるとは限らない。そのため、旅人の中には町々の教会を渡り歩く人もいるらしかった。

 そんな彼らたちと同室にされたということは、どうやら特別扱いはされず、一人一人順番に呼ばれるようだった。

 そこに不服はないが、ただ、待つだけの時間は緊張を無駄にあおった。

 これから教会にある資料とやらで、自分の抱える特異の原因が判明するかもしれないのだ。落ち着けと言う方が無理だった。

 だから気分を紛らわせようと、脇卓の上に積まれていた『聖人教の軌跡』と題された教会の成り立ちを綴る無料配布の小冊子を手に取っていた。

 ざっと目を通し思うのは、改めて感じる聖人ハイネの超然さ。

 そいえば、ある噂があったことを思い出す。何でもハイネは、人に宿った魂の実像が見えるそうだ。誰であろうと彼の前で前世を偽ることは出来ないという。

 もちろん噂である以上、そこに確証はない。

 ちらりと、横を見た。

 隣には自らをハイネ・ガラドリエルだと名乗る少女がいる。

 彼女に聞けば、ことの真偽などすぐにでも解決してくれるかもしれないが、他の人の前で、彼女が聖人だと知られるような話はやはり憚られた。

 それでなくても、ハイネは待たされていることに苛立っているのか、ただならぬ面持ちで一点を睨み続けいており、とても聞ける雰囲気ではなかった。

 それに、よくよく考えれば、そんな力があるなら、こうして教会に来る必要はなかったはずだ。となると、あの噂もただの噂にすぎないだろう。ただし、彼女を本物の聖人ハイネとするならばだが―――頭を軽く振って思考をさえぎった。

 このまま掘り下げていっても、悪循環の迷路にはまり込むだけのような気がした。

 さらに気を紛らわそうと、最後の手段として目前に座る旅人たちの靴がどの地方の造作かを頭の資料で照らし合わせることにした。

 そうして、待合室のひっそりした空気は最後まで破られることなく、順番が回って来たのは三十分も経った頃。

 待合室から、小さく区切られた個室に通されると、間もなくして一人の教徒が姿を現す。

 教徒の装束はおしなべて同じ作りをしていた。

 銀糸の縫い取りがある黒い外套。付属のフードを後ろに流しているものの、全身を覆う衣装がどうしてもぞろりとした印象を与えるせいか、あまり好きではなかった。

 挨拶もそこそこに、ハイネが用件の旨を教徒に伝え、自らの名を名乗る。すると、顔色一つ変えず聞いていた蓬髪の教徒は、その外見とは裏腹に物腰の柔らかく言った。

 「では、貴方様が聖人ハイネ・ガラドリエルだという(あかし)を、まずご提示下さい」

 「…………」

 何故か黙り込むハイネに目をやれば、彼女は実に分かりやすい、しまった顔で固まっていた。数秒の間をおいて、教徒がにこやかな笑みを深める。

 「お帰り下さい」

 小馬鹿にした様子はなく、ただ、慣れた流れ作業のように教会の門外へ追い出された。

 待たされた時間の何十分の一にも満たない面談に、しばらく無言のまま佇んでいたが、こうして教会の前に居座っていたも仕方ないため、いずこともなく歩き出す。

 「…追い出されましたね」

 「…………」

 何気なく話しかけてみても、ハイネは半ば呆然としていた。

 「…証、ないんですか」

 「――あるっ。あるが…少しばかり不具合があるのだ……」

 何か理由(わけ)があるのだろう、歯がゆそうに彼女は言った。

 そんなハイネに悪いとは思いつつ、オレは追い出されたということに落胆もしていなければ、腹立たしい思いにも駆られてはいなかった。

 単に安堵したというのもあるだろう。しかしそれ以上に、自分一人で抱えていた悩みを、初めて相談した相手であるハイネが、こうして真剣に取り合ってくれていることが、大きな励みになっていた。

 むしろ、その一方でいつまでもそわそわ落ち着かないハイネの方が気にかかった。

 「…すまぬ。もしかしたら、教会にわしがハイネだと認めさせられぬかもしれん」

 「仕方ないですよ。それに教会で調べても、必ず原因が判明していたとは限らなかったえわけですし……気にしないでください」

 気に病まぬよう言ったが、ハイネはますます切羽詰まった顔をする。

 「わ、わしがハイネ(わし)の証としているのはな、一本の戒杖なのだ」

 「……じゃあ、無くしちゃったんですか?その戒杖」

 「…違う。死んでしまったのだ」

 話が突拍子しすぎて、あっけにとられた。

 杖が死ぬとは、どういうことなのか。壊れたと解釈すればいいのか……返答の言葉が出ないが、ハイネはものともせず、まるで訴えかけるように続けた。

 「わしの戒杖は人と同じ言葉を操り、人と同じ心を持っておる。杖にはな、心が…魂が宿っていたのだ。それなのに、戒杖はいま魂を有しておらぬ」

 「――あの」

 「わしの友なのだ」

 口を開こうとして、ハイネに遮られた。

 「戒杖トルトゥーガは、わしのたった一人の友だった。わしはあやつを探して旅をしておるのだ」

 言って、ハイネは正面から見据えた。

 期待されていた。正しい答えを言ってくれと期待する顔だった。

 「あ、あの…すみません。話の次元が違いすぎて、俺にはどう言ったらいいか……」

 わからない、と言外にすれば、ハイネの瞳が失望に曇る。

 「……おぬしも信じられぬか?わしが聖人(ハイネ)だと、信じられぬか?」

 震えるような呟きに、はっとする。

 もしかすると、彼女は教会から閉め出されたことが、よほどショックだったのかもしれない。聖人扱いには飽きたと言っていたが、実際に拒絶され焦ってしまったのか。だから、自分は本物のハイネ・ガラドリエルだと訴えたくてその証明となる話をしたのか―――

 しかし、それは仕方のないことだろうと思う。

 正直、今でさえ目の前の小さな少女が聖人ハイネだと言われても、やはり抵抗が残る。

 そのうえ聖人だと証明する物がないなら、判断はその外見に委ねられるが、ハイネの外見は、見たとおり人懐っこい少女でしかない。

 ただ―――聖人ハイネ本人に会ったこともないのに、勝手なイメージを当てはめて、それにそぐわないから本物だと認めないのは違う気がした。

 「……俺は、信じます。貴方ほどのお節介やきなら…いつも、こうして悩んでいる人を無節操に助けているのなら、貴方が聖人であっても可笑しくないと思えますから」

 元気づけるつもりで皮肉めかしたが、思惑に反してまつげは震え、潤みだした瞳はこぼれんばかりに大きく揺れる。

 思わず謝りそうになるが、それよりも早くハイネが動いた。

 体ごとぶつかって来たかと思えば、ぎゅうっと顔を埋めるように抱きつかれる。

 「えっ、ちょっ……あの、何ですか?」

 慌てて声を上げるが、ハイネは何も言わず、おまけに離れようとしない。

 感謝の気持ちとして受け取ればいいのか。しかし、人通りが少ないとはいえ、道ばたでこんなことをされては、かなり恥ずかしくてならない。

 オどうにか彼女をなだめようと、すぐ真下の、形の良い後頭部に手をやるが、頭を撫でるのは失礼な気がして、そっと手を置いてみた。

 その瞬間、がばっと彼女が顔を上げるので、不覚にもビクついてしまった。

 ハイネの瞳はもう潤んではいなかった、その代わり、決然とした強さを宿し、

 「オギよ。明日一日、おぬしの時間をわしにくれ」

 「……時間?」

 「わしとデートだっ」


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