四
「だめだ、まったく寝れない・・・」
今日はなぜか眠れない。こんなことは”プリビレッジ”に来てから初めてのことだ。
眠れなければ寝なければよい、と割り切ることもできるけど、そんなことをしたら明日は確実に授業中に夢の世界へ行ってしまうな。Go to heaven! いや、天国には行かないけど・・
現在時刻午前三時。これがブラジルの現在時刻だったなんて落ちではなく、もちろん日本のだ。つまり今は夜明け前、他の皆はもうぐっすり眠っているところだろう。オレも普段なら間違えなく寝ている。
「起床時間まであと三時間か。少し散歩して、それからは哲学でもやってるか」
何かについて一人で考えるのは割と好きだが、それで三時間つぶせるとは思えない。たまには散歩もいいだろう。あと一週間でここともお別れだし、最後にこの土地を一回りしてみるか。
オレはここの塀に沿って一周まわることにした。明かりはすべて人工でまかなわれているプリビレッジだが、地上の明るさを再現するつくりになっているので、現在は夜明け前の明るさだ。明かりが一切ついていなかったらどうしようかと思ったが、取り越し苦労だったようだな。
俺が考えているのはこれからのこと、イギリスに行ってからのこと。イギリスについての地理的な情報は授業を通してすでに知っているが、それ以外のこと、実際に住むのに必要な知識をほとんど持っていないことに、いまさらながら気づく。そういえば、イギリスに行ってからのことってまだ詳しく説明されてなかったな。明日にはチュートリアルがあるんだろうか。もうすでに遅すぎる気もするけど、習うより慣れろってことかもしれないしな。
そんなことを考えながら歩いているうちに、ここの出口ゲートまで来ていた。当然だが、門は硬く閉ざされている。門には門番が二人ついている。こんな時間でも門番おかれてたのか。夜間勤務なんてしなくても、誰も脱出したりしないだろうに。彼らは退屈しのぎに何か話しているようだ。会話内容が、別に聞こうとするわけでもなく自然と耳に入ってくる。
「そういえば、一年計画もそろそろ今回も終わりか」
「おい、ここでそれは禁句だろう。聞かれたらどうする」
「いや、やつらももう寝てるだろ。いちいちビビるなよ」
やつらって、オレたちのことだろうか。オレたちについて話して何が楽しいのだろうか。
「やつらもなんかかわいそうだよな。自分たちが監禁されていることに気づかずに死んでいくなんてな」
「まあな。確か明日の夜中に殺す算段になってたよな」
オレの思考が一瞬にして止まった、彼らの言葉によって。殺す? 殺すって俺たちを?
突然の展開、オレは状況を整理する。
「えっと、オレたちは明日殺される。一年計画とは、オレたちを処分するまでの計画。オレたちは明日、手抜かりなく誤算なく変更なく慈悲なくためらいなく容赦なく躊躇なく真心なく確実に殺されることになっている。・・・・・・。」
このとき、オレのスイッチが入った。
・・・はいはい、わかりましたそういうことですか。まったく、なんかおかしいと思ってたんだよな、選抜されてグランデの上流階級入りなんて。とんだ釣りだな。こんなものを信じてた今までが恥ずかしいぜ。若き日の恥ずかしい失敗ダントツトップだな。
ここはもうちょっと混乱するところだろ!って怒られるかもしれないが、突然知らされた自分たちの殺人計画に驚いて狂う、なんて愚考をオレはしない。それはオレの能力に反するから。それはオレの生き様に反するから。
なにも連中も伊達や酔狂でオレを殺人リストに載せたわけではあるまい、オレにもほかの仲間同様にここにいるだけの理由がある。
「まったく・・・最後の最後で手を抜いちゃだめでしょ。もう少しで処分計画も成功しただろうに」
やつらは失敗した。最後の最後でどうしようもない完璧に完全に無様で無骨で致命的で補修不可なミスを犯した。うっかりと言うにはあまりにどうしようもない、たまたまと言うにはあまりに不幸な、そんなミスを犯した。
オレの能力の片鱗を見ておきながら。甘く見ていたのだろうか。氷山の一角を見ただけですべてを理解したような、最初の十ページを読んだだけで結末までわかったような、見た目だけで中身まで知ったかのような、一を聞いて十を知ったような、そんな勘違いをしたのだろうか。
オレの中に”麒麟”がいるなんて、まるで気づかなかったのだろう。それがお前たちの敗因になることも気づかずに。




