4-5 葬られた歴史
「ヒーアリック殿、フェリス殿。……これから精霊王様が気まぐれにお話をしてくださるそうよ」
『うむ。唄い手の歌に、その金髪……。妾の機嫌がこれほどいいこともない』
「あはは!相当気に入ってくれたみたいでうれしいよ、ね?ひーくん」
「……俺は特別何もしていないがな」
「ふふっ。精霊さんにはよくあることよ。直感的に『この人がお気に入り』となることは、彼らの中では珍しいことではないの。……私たちに例えるとすれば、『一目惚れをすることがよくある』といった感覚に似ているかもしれないわね」
フローリアはくすりと嬉しそうに微笑んだ。
「それでふーちゃん、どんなお話なんだい?」
「私が昔から聞かせて欲しいと言っていた話よ。……この国の、歴史の話」
「へぇ、それは是非聞かせてほしいね。なら僕たちはそれを聞きながらランチをしてもいいかい?」
すると、フェリスがどこか声を弾ませながらフローリアに尋ねれば、精霊王は割って入ってまでして声を上げた。
『ダメに決まっておる!妾の前で食事などするな!妾は食べれないのだぞ!』
子供のように叫ぶ精霊王の様子に、フローリアは穏やかな様子で片手を頬にあてた。
「あらあら〜断られちゃったわねぇ。私が以前軽い食事をとった際は許してくれたのだけど」
『あれは軽食だったから許したのじゃ!そのバスケットからみるに、少しではないだろう!』
「そっかぁ、残念だなぁ……」
まるで、人間のように会話をする精霊王の様子にヒーアリックはあっけにとられた。
(……小さな精霊たちもそうだったが、精霊王を含め、どこか人間味を帯びているようにみえる……)
精霊と対話できるようになった瞬間から思っていたことなのだが、どうやらこの精霊とやらは、想像していた神秘性を纏っていないらしい。
圧倒的な神秘性を持っているのは聖なる森なのであって、この森に棲まう精霊はというと個性豊かな人間のようにもみえる。
すると、巨木の枝葉がサワサワと大きく揺れ、神秘的な音が森全体に響き渡った。
『ーー良いか、人間よ。かつてこの地で何が起きたのか。妾の気まぐれな話、しかと耳を傾けるがよい』
精霊王がそう呟けば、森に静かな緩い風が吹く。
『……妾がこの話を人間にするのは初めてじゃ』
「……俺たちにその話をするのは何故だ?」
『……ただの興味本位じゃ。それ以上でも以下でもない。ただ、妾はお主達の往く先を見てみたい』
ヒーアリックのさりげない問いに、精霊王はあっさりと答える。
精霊王は少し間を空けては、重い口調でゆっくりと語り出した。
『……かつてこの大地には、魔法使いという存在がいた。……無論、現存している魔術師とは全く別の存在だ』
突然精霊王から飛び出した『魔法使い』という言葉に、3人が息を飲んだ。
魔法使いという存在をヒーアリックたちは知らない。そんなものは、世界中の文庫を読み漁っても存在しないだろう。
精霊王はそれを、「かつては存在した」と言った。
『その反応……。当然の反応じゃ。お前達、わかりやすく説明してやれ』
すると、沢山の光の粒が、樹々の間から顔を出した。
赤、青、緑、黄の4色の色をした光は、次第に巨木の元へと集まっていく。
『ああ、大王様が私たちにお役目をくださるなんて……!』
『あわわ、ちゃんとお役目を果たさなくちゃぁ……!』
情熱や感じさせるその赤に、澄んだ青、風を纏った緑に、大自然を司った黄色の光。
魔術の基本四属性でもあるその四色、四属性が集まりを見れたのは、フローリアの力を借りているからこそ起こり得たものだ。
『ーー魔術と魔法はものが違うものじゃ。……魔術は技術』
『技術〜』
精霊王がそう言うと、空中を舞う光の粒たちがキュキュッと集まり、複雑な歯車や回路のような形を描いてクルクルと回り始めた。まるで緻密に組み上げられた機械のようだ。
『……対して、魔法は天理と言っていい』
『天理〜』
次の瞬間、歯車の形をしていた光が一気に弾け、空中にふわっと一輪の大きな光の花を咲かせた。物理的な法則を無視して、何もないところから生まれた純粋な光の現象である。
「……なるほど。魔術が技術なら、術はすべて人間が解析して再現できるものということか。だが魔法は……」
ヒーアリックが顎に手をあてながら言い淀むと、フローリアが真剣な表情で頷いた。
「ええ。理屈や対価ではなく、人の手では決して起こせない、法則そのものを書き換えるような力。それが魔法ね」
『その通りじゃ。物分かりがいいのう』
『頭がいい〜!』
精霊たちがパチパチと光の拍手をする。
フェリスは頭をぽりぽりとかきながら、「うーん」と唸っては首を傾げた。
「なら、その魔法使いってのはその天理を使える人のことなのかい?」
『そうじゃ』
『ぴんぽんぴんぽ〜ん!』
すると、再び光の粒が集まり大きな正方形を作り、その上に大きな王冠のような形を描いていく。
『……かつてこの地には魔法使いは沢山いた。彼らは圧倒的なその魔法と手に入れた権力を行使し、大きな力を持った。それは、当時の国王さえも脅かしたと言っていい。次第に魔法使いは、彼らの望む、理想の魔法使いが優遇されていく世界を創っていった』
精霊王がそういえば、小さな光たちがせっせと正方形の中に城の絵を描いた。
『……だが、普通の人間は彼らをどう思う?彼らだけが納得のいく世界を作り上げていくことは、普通の人間からみれば納得など到底出来ん。だからこそ、絶滅したのだ』
『……賢い人間どもが束になり、魔術師という存在をつくりだし……。長い年月をかけ、ようやく彼らは魔法使いを滅ぼした』
城を描いていたはずの光の粒が、パチンと消えるような動きをして、その城は崩れていった。
精霊王のその言葉に、その場の空気が一瞬で凍りつく。
「……そんな……」
フローリアが、青ざめた顔で小さく呟いた。
フェリスも、いつものおっとりした笑顔を引っ込め、目を見開いたまま固まっている。
「……待ってくれ。なら、今の魔術っていうのは、その魔法使いたちを排除した人間たちが作ったものなのか?」
眉をひそめるヒーアリックの問いに、精霊たちはユラユラと上下に揺れて、精霊王は躊躇いなく答えた。
『そうじゃ。今の魔術は、魔法を全て分解し、誰でも使いやすく安全に薄めた「劣化コピー」のようなものだ』




