おかしな検査ばかりしてくる異常なメガネ屋に入ってしまった話
最近、レンズの傷のせいでメガネを拭いても目の前が曇って見えるようになってきた。
流石に替え時だろうと前回メガネを買った店へと行ってみると、どうやら閉店してしまったらしい。そういうわけで、俺は家から近い初めて行くメガネ屋へと足を運んだ。
「いらっしゃいませ」
白を基調とした清潔感のある店内に、20代であろう若い店員の声が響く。俺より10歳は若そうだ。
その店員にメガネを作りたい旨を簡単に伝えると、店員は流れるような動作で俺を案内し、一台の、双眼鏡みたいな形の機械の前に座るように促された。
「そちらの機械に顔を近づけて、額をしっかりと押し当ててください」
「こうですか?」
俺は顎置きに顎を乗せる。
「はい。では、遠くをゆったりと眺める感じで、表示される画像を眺めてくださいね」
言われて、俺は画像へと意識を向けた。
「......」
視力検査でよく見る気球の画像だ。俺はぼーっとリラックスして目を開き続ける。
「少しピント調節しますねー」
店員の声と共に、機械を調整する小さな音が耳に届く。俺は力を抜いたまま気球を見つめ続けた。カチリと一際目立つ音が耳に届くと同時、画面が切り替わった。
「痛い痛い!!!」
「どうしました?」
あまりにキツいカラーリングに俺は思わず検査機から顔を上げた。チカチカする残像が網膜に焼き付いて痛みすら感じる。
「あの......。すみません......。痛くて見てられないです」
「痛くて見てられない?」
すっとぼけた感じで店員が言う。
「はい、痛いです」
「痛くて見てられないというのは、恋人へ向けたポエムをSNSに投稿している高校生カップルのことですか?」
「違います」
店員の訳のわからない返答を遮り、俺は再び機械に顔を付けた。
画像を戻すよう伝えると、店員は機械を調整し始める。数秒を置いて、画像が切り替わった。
「すみません!気球が事故ってます!!!!」
「......乱視ですか?」
「乱視だからこう見えてるんですか???」
視界が歪むとかいうレベルを超えている気がする。俺はこの気球の画像を使った検査はまともにできる気がしなかった。
「ちょっと別の検査してもらえます?」
言うと、店員が機械を調整し始める。
「では別の検査をします。もう一度機械にアギトを乗せて下さい」
「顎の言い方キモくないですか?」
俺は文句を言いつつ顎を置く。
「では画像の真ん中に何が見えるかを言って下さい」
画像が切り替わったらしく、俺は機械のレンズを両眼でのぞいた。
「......りんごですか?」
「正解です。乱視の方だと、輪郭がブレてリンゴだと認識できない人がいるんですよね」
なるほど、分かりやすい検査だ。少し安心したところで、画像が切り替わった。何が映っているか言えば良いんだよな。俺は新たな画像へと意識を向ける。
「......?????」
「答えてください」
なんども見たことがある、しかし名前の思い出せない物体がそこに鎮座している。
「えー、あの、金魚の中にぃ、醤油が入っているやつですか?」
「正式名称を答えて下さい!」
「......分かりません」
なぜか大声で叱られ、答えに窮している間にも、無慈悲に次の画像が表示される。
「えーっと......パンの袋を閉じるやつ......」
「名称を答えろ!!!!!」
語彙力を試されているのか、視力を試されているのか。そしてなぜ俺は怒られているのか。
「......分かりません」
「乱視です」
「乱視ですかね????????」
「はい、答えられなかったので」
「いやいや、見えてはいましたよ???」
「では、なぜ答えなかったんですか?」
「それはまあ、俺の知識不足ですけど......」
「では乱視ではなく『無能』ということですか?」
「そう言われて『そうです』とはならないだろ」
あまりに失礼な店員の態度に、思わず不愉快な態度をあらわにする。
「他の検査はないんですか?」
「そうですね......。では、今から画面に文章を表示させるので、書かれた質問に答えてください。文字がきちんと見えている人なら答えられます」
俺が機械を覗くと、機械からカチリと乾いた音がして、視界の先に黒い文字が浮かんだ。
俺は表示された画像へと意識を向ける。なるほど、そこには『日本で一番高い山は?』という質問が表示されていた。
「えーっと、富士山!」
「正解です」
コレなら大丈夫そうだ。文字の輪郭もはっきりしている。俺は安心して次の画像が現れるのを待つ。
「えーっ、えー???」
突然の大喜利に、思考が停止した。
「答えてください」
店員が冷静に催促する。
「えーっと......髪型が、モヒカンだ!」
「乱視です」
「おい!」
判定基準を教えてくれよ。と、その時、パーティションで区切られた隣のブースから声が聞こえてくる。
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『えーお坊さんか......』
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かわいそうに、隣の人も同じ検査をされているのか。俺は隣のお客さんに同情を向けた。すぐに隣の客の『こんなお坊さんは嫌だ』の回答が聞こえてくる。
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『ご遺体のことを『死骸』と呼んでいる』
「はい、乱視ではございません」
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「俺が悪いの?????」
隣の人を小さく指差し、俺は情けなく言う。店員は俺の方を向き直し、淡々と告げた。
「でしたら、もう一度答えて良いですよ」
「えー、うーん。......木魚の代わりに、ドラムを叩いている」
「うーん、スベってます」
「関係ないだろ!!!!!」
耐え切れなくなった俺は店員に別の検査するよう要望する。店員は少し考えて、機械の調整を始めた。
「では、これからうずまきを表示させるので、何回巻いているかを答えてください」
言われて、俺は検査機に目をくっつけて画像を見た。
「えー、4回ですかね」
「はい、正解です」
なるほど、これなら間違いはなさそうだ。俺はやっと安心して次の画像を待つ。すぐに次の画像が表示された。
「シンナーを吸った人の書いたうずまきが見えますけど!!!!!」
「えーっと、中毒者です」
「乱視関係なくない????」
「乱視というより、乱用ですね。へへっ」
「笑うな。上手くないからな」
店員の舐めた表情に対して吐き捨てるように言った。
「それでは乱視用のメガネを作りましょう」
検査は終わり、とばかりに店員が話を進めようとする。
「検査結果が乱視でも、自認は乱視ではないのでやめて下さい」
「しかし......」
「検査なんて気にせず、客が言う通りに作れば良いんだよ!」
言ってることは完全にクレーマーである。しかし、俺が正しいのでこれはクレームではない。
「わかりました......。でしたら次に視力検査をしましょう」
店員が機械をいじる。画像を差し替えているのだろう。
「今からCの形をした環、ランドルト環を表示させます」
よく知っている検査だ。俺は肩の力を抜いた。
「それでは、ランドルト環の穴の空いている方の反対を南とした場合の北の反対方向を指差して下さい」
「えっ!!!????」
「あっあっ」
えーっと、穴の反対が南だから......
「あっあっあっあっあっ」
あっあっあっあっ。
「あああああああ!!!!!」
パニックになり叫びながら指をブンブン振り回す俺。狂った指揮者?
「......はぁ」
検査が終わり、無駄に汗だくになった俺は黙って店員を見つめる。
「......えー、視力0.0」
「ゼロなことあります?????」
店員の無慈悲な宣告に、思わず大声を上げた。
「ド近視です」
「ド近視かなぁ??????」
「メガネのレンズ、分厚くなっちゃいますね」
「どのくらいですか?」
「ハリーポッターくらい分厚いです」
「防弾ガラス???」
話にならない。時間の無駄である。
「もう良いです。さっさとメガネのフレームを選ばせて下さい」
俺は投げやりにそう告げると、店員はいくつかのフレームをピックアップして持ってきた。俺はそれを一瞥する。
「このメガネとか良さそうですね」
「さすがお客様、お目が悪い!」
「お目が高いみたいに言わないで下さい?」
結局俺は、今使っているメガネと似た形のものを選び店を後にした。
【五日後......】
俺は完成したメガネを受け取りにメガネ屋へと再び足を運んだ。
「本当にハリーポッターくらい分厚い!!!」




