息子が彼氏を連れてきた!
子供には恵まれなかったけれど、もし息子がいて彼氏を連れてきたらどう対応しよう?なんて考えていたら浮かんだストーリーです。私ももちろん腐女子(腐人)です。
息子と先輩
季節は秋、とある土曜日の午後、私はぼんやりと我が家の小さな庭を眺めていた。いや、ぼんやりしちゃいけないんだけれどね。リビングのテーブルで私の隣に座る夫は顔を青くしたり赤くしたり…という表現がぴったりの様子だからだ。
私の向かいには一人息子の実央がうつむきかげんに座っている。親の欲目かもしれないけれど私と夫の子にしてはなかなかカワイイ。どうも美人だったという夫の母親似らしい。で、その隣にはー
なかなかのイケメンがお座りになっている。背も高いしモデルさんのようだ。目の保養だわ、これは。彼は実央より二つ年上の大学の先輩で広瀬暁人さんという。口をキュッと閉めてまっすぐ私と夫を見つめている。
「お、おいお母さんもなんとか言ったらどうだ」
なんとかって…自分だってろくにしゃべってないじゃない。
「…お母さんもやっぱり反対ですか」
暁人さんがちょっと悲しそうな眼差しで私を見る。ま、このままじゃ埒が明かないよね。
「いいと思うよ、私は。二人が幸せなら問題ないでしょ」
瞬時にエッという空気になった。
「本当ですか⁉」
「お母さん、本当に⁉」
暁人さんと実央がほぼ同時に身を乗り出した。
「お、お前何を言って…」
夫はみっともないくらいうろたえている。
「いやだから、私は二人の気持ちを大事にしますって言ってるの」
「だっ…だってお前、男同士…」
夫はそこまで言って絶句した。
そう、そうなのだ。我が一人息子が今日、「彼氏」を両親である私たちに紹介するべく家に連れてきたのである。
今のご時世頭ごなしにけしからんとか非常識とかあり得ないとか否定するのは、さすがに夫も憚られたのだろう。ただもうパニくって頭を抱えている状態なのだ。
「で、でも…それじゃ孫が…」
おいっ、言うに事欠いてそれかいっ!
「はぁっ⁉孫?孫って言った⁉じゃあ何、実央が連れてきたのが女の子なら何でもいいわけ⁉仮に実央が女の子と結婚して子供に恵まれなかったらヨメを取り換えろとかいうわけ⁉うちだって一人だけじゃない。あなたは孫欲しさに息子の気持ちを蔑ろにするんだ、へーーー!」
私のあまりの剣幕に夫だけでなく実央と彼氏も呆然としている。
「い、いやそんなつもりで言ったわけじゃ…」
という夫を尻目に
「ところで暁人さん、ご兄弟は?」
私はにっこりと息子たちの方へ向き直った。
「あ、はい、姉と弟が…」
そうか、じゃあそちらの方の孫問題はどうにかなりそうね。
「ねぇ、今日は奮発してお寿司を頼んだのよ、そろそろ来ると思うから。暁人さんお酒は?今日は車じゃないわよね」
「あ、はい…」
「俺はなんだか食欲が…ちょっと出てくるよ…みんなはごゆっくり…」
夫は力なくそう言って玄関の方へ向かって行った。
「お父さん、ショックだったかなぁ…」
実央が気にしている。
「ほっときなさい、大丈夫よ、あの人ちょっと頭が固いから」
「いや、僕はお母さんの反応の方が驚きなんだけど」
「そぉ?反対したほうが良かった?」
「まさか、嬉しくてびっくりだよ」
「それより二人のことを色々聞かせてよ、馴れ初めとか♡」
そこまで言ってハッとした。
(やだ…わたし…はしゃぎすぎているかな?)
いや、実際自分でも驚いているんだ。いくら私が腐女子だからって息子の衝撃告白をここまで素直に受けとめてしまえるとは…
そうなのです。わたくし明石実和子御年……は十代のころからの年季の入った腐女子なのである。もっとも私の年齢だと腐女子ではなく腐人とかいうらしいけれど、まぁこの際それはいいでしょう。
思い返せば中学の頃、もともと漫画好きだった私は友人の影響でどっぷりBL沼に漬かってしまったのだ。残念ながら私には画才も文才もなかったのでひたすら鑑賞するのみだった。友人の中には同人誌を作ったりした子もいて、その手伝いをしたり一緒にコ〇ケに行ったりとかもした。
ついでに妹も同じ沼に引きずり込み、現在紙の本はほとんど彼女に管理してもらっている。一部お気に入りだけ夫や息子に気付かれないように家に置いてあるのだ。いい時代になったもので今は電子書籍なる強い味方がいてくれる。場所を取らないし見つかりにくいし老眼にも優しいし、まったくありがたいことだ。
などと考えながら二人に視線を戻すと、
「先輩、わさび足りてますか?」
「ビール持ってきますね」
と息子が甲斐甲斐しく暁人さんの世話を焼いている。あー、やっぱりこれは実央が「受け」だよね。作品では年下攻めもスキだけど。
「さ、早く二人の馴れ初め教えてよ~」
「か、母さん、馴れ初めって…」
実央が焦って先輩と私の顔を交互に見ると
「サークルが一緒なんです」
暁人さんは余裕の笑みを浮かべて答えてくれた。
「サークルかぁ、実央は何のサークルだったっけ?」
「お、温泉研究会…」
私の視線を感じた実央が恥ずかしそうに答える。
「都合のいい時に都合のいい奴が温泉に行くっていう、ゆるいサークルです。新入生勧誘の時僕が実央君に声を掛けて…」
暁人さんがちょっと照れくさそうに付け加えた。
「へぇ、実央の一目惚れ?」
「えっ、いや、その…日帰り温泉に行った時僕がお風呂で足滑らせちゃって…それで足首痛めたんだけれど先輩が荷物持ってくれたり支えてくれたりして…頼もしいなって。その…まあ初対面の時にかっこいい先輩だなとは思ったんだけれど」
顔を赤らめてしどろもどろに答える息子。
「俺もかわいいなって思ったよ、告白したのは俺だしね」
「か、かわいいって…先輩…僕男なのに…」
良き、あー非常に良き!暁人さん、私には自分のこと「僕」というけれど実央には「俺」で親密さの違いが分かるしー‼
「で、でもね、先輩はスポーツだって得意なんだよ、バスケとかテニスとかよく助っ人を頼まれるんだから」
あーはいはい、わかっていますよ母は、あんたにとってはスパダリってやつよね。
ニコニコしながら二人を見ていると
「お母さん」
暁人さんがこちらを向いて、改まった口調で私に話しかけてきた。
「は、はい?」
イケメンに真正面から「お母さん」と言われて、私も座り直した。
「心の広いお母さんを見込んでお願いがあります」
「お願い?」
一呼吸おくと暁人さんは真剣な面持ちで
「僕の母に会って頂きたいんです、会って説得して頂けませんか」
………はい~⁉
息子の彼氏とその母
気まずい…ていうか、いたたまれない?ていうか…
とある高級住宅街の、とある立派なお宅のセレブ感漂う応接間。私の向かいには着物姿の上品そうな奥様がお座りになっていらっしゃる…が、そのお顔は青筋が透けて見えそうなくらの険しさだった。
う~ん、まぁそうなるか。
「冗談はよしてちょうだい、暁人さん」
奥様が怒りを抑えた声色で口を開いた。うわー、息子に「さん」付けとかする人ホントにいるんだー。
「冗談じゃないよ母さん、俺は実央君と真剣に付き合っている」
「暁人さん‼」
高そうなテーブルを挟んでこちら側には暁人さん・実央・私、向こう側には奥様つまり暁人さんのお母様…と今日はたまたま御在宅だという暁人さんのお姉様。そう、私は暁人さんがうちに来たあの日に彼に頼まれて今ここにいるのだ。多分お姉様も、たまたまではなくお母さまの援軍として休みを取ったのではないだろうか…なんて考えていたらお母様―お名前は静子さんーがきっと私の方に向き直った。あ、矛先がこちらに来たぞ。
実は私たち親子がこちらを訪ねる前に、暁人さんは母親に実央のことを知らせたらしい。詳しい様子は知らないものの、それはもう烈火の如くお怒りだったとか。その気持ちは同じ母親としてわからんではない。自慢の息子が同性の恋人を連れてきたら、そりゃあショックでしょうね。差別意識はなくたって自分の息子のこととなれば話は別。いやまあこの手の母親は実央がかわいい女の子でも、絶世の美女でも才女でもなにかしらいちゃもんをつけるだろうと思われるが。
「実央さん…のお母様でしたわね」
「はい」
「伺ったところによるとそちらのご主人様も二人のことは反対なさっているとか。私の夫はあいにく海外赴任でアメリカにおりますが、やはり同様に反対すると思いますの」
「あー、いやうちのは…うちの夫は反対というかびっくりしてパニクっていろいろ頭が追いついていないだけだと思うんですよね、ほんとに情けなくてお恥ずかしい。しっかりした主義主張があって反対しているわけじゃないと思いますけど…」
すると静子さんの顔は一層険しくなった。あ、やば、自分も「パニクって情けなくて恥ずかしい」と言われたように受け取ったのかな。
「いえ、反対して当然だと思いますの。多様性の時代とか申しましても現実は厳しいものです。そんなに簡単に受け入れてもらえるものではありません。好きだから…で済む話ではございませんよ。それなのにそちらのお母様は二人の関係を認められたとか。子供かわいさとは言え少々無責任ではございません?」
と、一気に畳みかけてきた。あ、「多様性」とか一応知ってるんだ。
「母さん、失礼じゃないか」
暁人さんが思わず遮る。私は軽く彼を手で制した。
「そうですね、なかなか周囲には受け入れてもらえないかもしれません。だからこそせめて家族が受け入れるべきではないですか。人として間違ったことをしない限り、私は息子の一番の味方でいたいと思っています。まあ息子にとっての一番は今は暁人さんなのでしょうけれどね」
私は暁人さんと実央の方を見て笑った。実央は照れ臭そうな顔をしたが、暁人さんは
「僕も実央君が一番です」
とはっきり言い切った。
「なにを…」
静子さんは言いかけたが、なかなか次の言葉は出てこない。
静子さんと初めて顔を合わせたとき、正直説得は無理だなと直感した。話していて尚更そう思った。とにかく感情で二人のことが受け付けられないのだ。ではどうしたらいいか。もうこれは徹底的に息子を理解する「いい母親」を演じるしかない。いや実際認めるというより二人を応援しちゃってるからね、私。静子さんは多分世間体を重要視し、かつ自分の感情を優先するタイプ。厄介と言えば厄介だがわかりやすいと言えばわかりやすい。昭和のドラマに出てくるような「良家の奥様」なのだ。だったらこっちはひたすら「息子への愛情」で押す‼
「綾乃!」
「え」
静子さんは横にいるお姉さんに向かって言った。綾乃さんというらしい。暁人さんより3つ年上の会社員だとか。暁人さんのお姉様だけあってお美しい。
「黙っていないであなたも何か言いなさい!」
ちょっと分が悪いと思ったのか静子さんは娘に助けを求めた。綾乃さんはそれまで無表情で静観していて何を考えているのか読めなかった。
「あー…」
言葉を選ぶように綾乃さんは口を開く。
「えーと…」
「綾乃さん!」
「二人がお互いを思い合っているなら別にいいんじゃないのかなぁ」
静子さんと私、暁人さんと実央、全員が一斉に綾乃さんを見た。
てっきり綾乃さんはお母さまの援軍だと思っていた私は、軽く混乱して言葉がすぐには出てこなかった。
「あ、綾乃…あなたは何をいい加減なことを…」
まさかの展開に静子さんは声を絞り出す。
「弟の一生を左右する問題なのよ、適当なことを言わないで頂戴!」
「いや一生って大げさな―。男女のカップルだってくっついたり離れたりを繰り返すんだよ?まだこの先どうなるかなんてわからないじゃない」
「俺は実央君と一生一緒にいたいと思ってるよ。決していい加減な気持ちじゃない。簡単に別れられるくらいなら家族に紹介したりしない」
「先輩…」
今まで黙っていた実央が感動したように暁人さんの方を見た。母も暁人さんの誠実さ男らしさに感動です。あーもうまんまBLじゃない~(不謹慎かな)。
すると綾乃さんは暁人さんを目で制した。ん?余計なことを言うなって感じ?
「暁人の彼女がうちに来たことは今までも何回かあったけれど、改まっての紹介とかはなかったじゃない?だから暁人が真剣なのはわかるよ、うん。暁人は彼女ができてもいつも長続きしなかったからさー、私は姉として心配していたんだよ。暁人は恋愛の機微がわからないボクレン…じゃなくて朴念仁なんじゃないかって」
ん?いま綾乃さん「ボクレン」って言った?噛んだだけかな……まさかこのお姉様…
「だから正直安心したわけ。暁人も正面から恋愛に向き合えるようになったんだなーって。さっきも言ったけど先のことはわからないよ。でもさあ、ここは二人の気持ちを尊重して静かに見守ってあげるのがいいんじゃないのかなあ。反対されるとかえって盛り上がっちゃうよ?同性とか異性とか、そんなに重要?」
怒りが爆発し何か叫びだしそうな静子さんの機先を制して
「そうですよねぇ、大事なのはラブ…愛ですわよねぇ」
私が応じた。すると綾乃さんはちょっと目を見開いて私ににっこりと微笑んだ。
息子の彼氏のお姉様と私
「お話になりません!」
静子さんは叫んで立ちあがった。
「同性も異性も一緒⁉冗談言うんじゃありません。男同士じゃ子供はできませんよ!」
「異性だから子供ができるとは限らないけれど…」
「綾乃はもう黙っていてちょうだい!」
あーこのやりとり。なんだかデジャヴ…
「年末には夫が一時帰国しますから、その時改めてきつく言ってもらいます!」
「あ、あの」
ほとんど話をしていなかった実央が、部屋を出ようとする静子さんを追いかけるように立ち上がった。
「すぐに認めてもらえないのはわかっています。でも暁人先輩への僕の気持ちは本物なんです。なんとか理解して頂けるように頑張りますから」
と、健気に声を振り絞る。
「実央…」
暁人さんは座ったまま、下から自分の手を実央の手に添えた。あー、二人の時は呼び捨てなのね。私はニヤニヤしそうなのを隠すために手で口を覆った。実央も男らしいところがあるじゃない。母は嬉しいぞ。
静子さんは実央の声に一瞬立ち止まったが
「失礼します」とそのまま部屋を出て行ってしまった。
その状態でしばらく沈黙が続いた。一同どうしたらいいのかわからない。静子さんはどうやら出かけてしまったようだ。
「あー、なんかうちの母親がすみませんね」
綾乃さんが申し訳なさそうに口を開く。
「あの。さ…姉さん俺たちのこと応援してくれるってこと?」
「んー、まぁね、驚いたけれど暁人が真剣だっていうのは伝わったから。今時同性だからどうとか…お母さんも古いのよねぇ」
「いや、すごくうれしい…でも正直びっくりした。てっきり姉さんにも反対されると思っていたから…母さんの反応はまあ予想通りだけれど」
「あ、やだ、お茶が冷めちゃいましたね、入れなおしましょうか」
「あ、お構いなく。私と息子はそろそろお暇を…」
私が言いかけると
「暁人、実央君とデートでもしてきなよ、まだ時間も早いし。これからのこととか二人で話し合ったら?」
とすかさず綾乃さんが言った。
「ん?ああそう…だね。実央。なんか予定あるの?」
「な、ないです」
「そ、じゃぁ私は実央君のお母さまと今後の対策とか色々お話ししたいから。お母様、私の部屋でいいですか」
「え、はい…実央、帰宅は別々でいいわよね」
「うん」
実央は暁人さんに肩を抱かれてドアの方へと向かっていたが、こちらを向くと
「ありがとうございます、お姉さん。お姉さんにも認めてもらえて…僕本当にうれしいです、心強いです」
そう言って深々と頭を下げた。
「姉貴、俺からも礼を言う。ありがとう、感謝してる」
暁人さんがそう言うと綾乃さんはハイハイと手振りで二人を追い払うようなしぐさをし、
「お母さま、階段上がって突き当りが私の部屋になります。お茶をお持ちしますから少しお待ち頂けますか」
と、私に向かって言ったのだった。
さて、私は綾乃さんの部屋で改めてお茶を頂いた。頂きながら私は思った。
…お姉様はひょっとして…私と同じ沼の住人では…と。
というのも先程の会話で綾乃さんが噛んだふりして?言った「ボクレン」、これは『ボクらは連理の枝』というBLの名作小説の略称なのだ。もちろんわかる人にしかわからない。それに応じて私が言った「ラブ…愛」、これは『らぶ!愛くん!』というアニメ化もされたBLコミックの略称だ。綾乃さんはこれに微笑みを返してきた。つまり私たちは腐女子にしか通じない応答をしていたのである。
「ひょっとしてお母様は…と思いましたが…やはり…」
「ええ、どうもお姉様とは同好の…」
ここで二人は満面の笑みを浮かべた。
「そっかー、いやー彼氏のお母様が二人を快く認めてくれたって暁人が母に話していたのを聞いた時には理解のある人だなぁと思っただけで、さすがにすぐに腐女子だと思ったわけではなかったんですけど」
「あの私、腐女子というトシでは…」
「まあまあそれはいいじゃないですか。それを言ったら私だって…ねぇ。とにかくどんな方かお会いしたいって興味がわいて同席を申し出たわけですよ。母は私が味方すると思い込んでいたみたいですけれどね。あ、私の趣味は家族の誰も知らないのでどうかご内密に」
「それは私もです。実家の方にはバレてますけれど」
「で、お会いしてご様子を窺っているうちにもしかすると…と。腐女子のカンと言いますか、失礼ながら同じ匂いを感じたと言いますか…」
「それで『ボクレン』…と。さすがです、お姉様」
「ちょっと苦しかったですかね、噛んだフリは。ああ私のことは綾乃とお呼び下さい。私も実和子さんとお呼びしても?」
「もちろんです」
「実和子さんの返しも良かったですよ、とっさに応じられるなんて」
「いや、あれしか思い浮かばなくて…お恥ずかしい」
「ちなみに属性は…」
「『夜明け』です。ハッピーエンドの前に一波乱二波乱あるのが萌えるんです」
「『夜明け』…いいですね。私はみんなイケますが『闇』もけっこう読んじゃいます。読後はメンタル持って行かれるんですけどねー、で、口直しに『光』を…」
この辺多分腐女子にしか通じない。
「ストーリー大事ですよねぇ。なんかエッチなシーンが描きたいだけ、みたいなのはちょっと…やっぱりストーリーがあってこそのエ〇でー。ちなみに好きな作家さんは…」
私は息子の彼氏のお姉さんと一体何を話しているのだろうか。しかしオタク談義は一度始まると止まるところを知らなかった。
結局「今後の対策」そっちのけで趣味の話に興じてしまった私たち。日を改めて会うことにしたのだが、
「最後に一つだけ」
「はい?」
「実和子さんは腐女子じゃなかったら暁人と実央君のこと、受け入れましたか?」
綾乃さんはちょっと神妙な面持ちで尋ねてきた。なかなか核心を突いた質問だ。
「それは…」
実は私も考えたことだったのだ。
「確かに腐女子ということでハードルは低かったかもですね。もちろん驚きましたよ。『まさかうちの息子が』ってね。でも腐女子じゃなかったら反対したのかな…と考えたとき、そういう自分の姿が想像できなかったんですよ。やっぱり息子の気持ちは尊重してあげたい。それが世間の尺度とずれていたとしても悪いことをしているわけではないのだから、自分だけは認めてあげたいって考えたんじゃないかな」
「素敵です、実和子さん」
「まあぶっちゃけ暁人さんと実央が並んだところを見たらお似合いすぎて、もう応援するしかないでしょって思ったのも事実ですけどね」
私は綾乃さんと連絡先を交換して再会を約束し、静子さんが帰宅する前に急ぎ広瀬邸を後にした。
息子の彼氏のお姉様と私 2
さて、綾乃さんと私は日と場所を改めて再び会うことにした。人目も時間も気にせずゆっくり話せる場所…というと結局わが明石家が一番ということになった。ちょうど夫が泊まりのゴルフで出かける日があり、綾乃さんも都合がいいというのでそこに決めた。実央もその日は不在で帰りも遅いという。なんでも秋の学際の準備で忙しいらしい。
(エ?温泉研究会が学際で何やるの?各地温泉の入り心地とか成分とか効能とかの発表?)と思ったが、そこは突っ込まなかった。
実は前回の広瀬家訪問の後、私は実央から綾乃さんと何を話したのかしつこく追及された。静子さんを説得する妙案でも練ったのかと思ったらしい。まさかBL談義に終始していたとは言えないので、ごまかすのが大変だった。息子よ、スマン。思いっ切り趣味の話ができる機会はそんなにないのだ。
約束当日、綾乃さんは手土産を持って我が家を訪れてくれた。
「駐車スペースお借りしちゃいましたけれど、大丈夫ですか?」
「今日は夫は外泊なのでOKです。どうぞどうぞ」
会うのがまだ二度目とは思えない気安さで綾乃さんを招き入れた。同好の士と思うと失礼ながら年齢の差も気にならないのだ。
「いや、お恥ずかしい、広瀬さんのお宅と比べると小さい我が家で」
「いえいえ、お庭とかきれいじゃないですか。それにうちだって初めからあんなじゃないですよ」
綾乃さんが話し始める。
「父が運よく大手の商社に転職して、『しごでき』ってやつですか、なんかうまいこと出世コースに乗ったみたいで」
なるほど、それはうらやましい。
「もちろん子供としては恵まれた環境で育ててもらって感謝しています。父は母ほど口うるさくもなかったし。母は父が出世するにつれてあんな感じになっちゃって。『いいとこの奥様』のテンプレみたいで笑っちゃうでしょ。本当に先日は失礼しました」
「気になさらないで下さい。まああれが普通の母親の反応かと…」
すみません、わたしは普通の母親じゃありません。
「そういえば先日はお会いできなかったけれど、弟さんがもう一人いらっしゃるとか」
「ああ篤紀のことですね。高三の受験生だっていうのにあまり家にいないんですよ、まったく。部活だカラオケだ合コンだと…部活だってもう引退しているはずなのに。ちゃんと予備校に行ってるんだかどうだか」
なかなか元気な弟さんのようだ。
「ていうか私が言ったら年上の実和子さんに失礼ですけれど、タメ口にしません?腐女子仲間ってことで」
「そうね、そうしましょう。特に趣味の話の時は『気分は十代』だし」
「そうそう趣味って言えばこれ、お土産♡」
「え、先程お菓子を頂いたけれど」
「これ、同人誌なの」
綾乃さんがお菓子とは別にもう一つ持っていた紙袋、気にはなっていたが
「同人誌♡?」
「ええ、この間実和子さん電子書籍派だって言っていたでしょ。だから迷惑かなとも思ったんだけど、商業誌だとすでに読んでるかもしれないから」
綾乃さんが紙袋から薄い本を5冊ほど取り出して私に手渡した。
「私の友人が描いてるの、二人。私は絵心さっぱりなんだけれど、アイディア出したりコ〇ケ前の修羅場のサポートをしたりしていて…ホラ、ここの『スペシャルサンクス』の『アヤ』って私のこと」
「え、嬉しいし懐かしい。私もね、昔友人の手伝いをしたことあるの。コ〇ケにも行ったことあるし。結婚後は気力体力その他の事情でご無沙汰だけれど…うわ上手、プロ並みじゃない」
「うん、実際出版社から声が掛かってる。でもなかなか決心付かないみたいで」
「商業誌だといろいろ制約ありそうだものね」
とはいいつつ最近の商業誌は「これ⒙禁じゃないの?小学生や中学生が読んじゃっていいの?」ってくらい過激なものが多いけれどねー。
「もらっちゃっていいの、こんなに?」
「どうぞどうぞ、ぜひ感想を聞かせてね。新しいのが出たらまた持ってくるから。でも隠す場所は大丈夫?」
「へーきへーき、こんな小さな家でも物置と称した私の専用スペースがあって、そこにお気に入りの紙の本とか特典のグッズとか隠してあるの。物置って言っておくと男の人は近寄らないから」
すぐに読みたい気持ちを抑えつつ、もらった同人誌を隣に置いた。
「ところでもりな先生の新シリーズ読んだ?」
「読んだ読んだ、あの攻めってちょっと暁人さんに似ていない?」
「あ―、確かにそうかも。融通利かなそうなところとか…兄弟でも篤紀とはタイプが全然違うのよねぇ。この間も話したけれど彼女らしいコはいてもあらためて彼女ですって紹介されたことはなかったの。いつも告白されて付き合うって感じで長続きしてなかったから」
「あーBLによくあるアレですか。モテる攻めが告白されて女子と付き合うんだけれど、思ってたのとなんか違う~とか○○君私のこと別に好きじゃないよね~とか言われて振られる、みたいな」
「そうそう、多分そんな感じ。恋愛自体に関心薄いのかなーと思っていたんだけれど、その暁人がわざわざ家族に紹介するっていうじゃない。それも実央君のお宅に先に伺って『息子さんを下さい』みたいなこと言って」
いや、下さいとは言われていないのだが。
「もうびっくりよ、暁人の本気度がわかって姉としては応援したくなるじゃない?でもホラ、母はああいう人だから『男女だって簡単に別れるから先のことなんてわからない』とか言ってごまかして、うやむやにしちゃおうかと思ったのに」
綾乃さんはやれやれという感じで続けて、
「それなのに暁人ったら一生一緒にいます宣言しちゃうでしょ。もう参ったわよ、参ったけど…ちょっと感動して弟を見直しちゃった」
といたずらっぽく笑ったのだった。
「私もあれには感激したわ~、息子をそこまで大事に思ってくれているなんて」
「実際異性だって同性だってすぐ別れちゃうカップルなんてたくさんいるじゃないですか。でも…なんかあの二人は添い遂げるような気がするなー、腐女子のカンですが」
「私もよ、なんだかそんな気がする」
話が盛り上がってきたそのとき。
「ところで」
ちょっと声のトーンを変えた綾乃さんが言った。
「あの二人、実和子さんはどちらが『攻め』だと思う?」
「……!!?」
腐女子の目線
唐突な質問に私は面食らった。
「どちらって…そりゃあ暁人さんが…」
思ったままを口にしたが、いや、待てよ。
昨今のBLは色々なシチュエーションが考えられる。
年下攻めに部下攻め、体格の小さい方が攻めだったりリバもあるし…リパというのは役目を固定しない場合のことでして、私はあまり好みじゃないから地雷なんだよなー…っていやいや、そういう話じゃなくて!
「BLなら多種多様なパターンがあるけれど、あの二人はやっぱり暁人さんが攻めでしょ。実央が攻めとかちょっと想像できないし」
「受け」なら想像できるんですかとのツッコミはおやめくださいね。
「でも気になるでしょ、実和子さんも」
「それは、まあ…」
「それでね、聞いてみたんだ暁人に」
「………ハァッ⁉き、聞いてみたって何を⁉」
「だからどちらが『抱く側』なの?って」
…………この方次々と爆弾をぶち込んで下さる。
「この前暁人と二人になるタイミングがあったからね…」
―以下綾乃の回想―
綾乃のどストレートな質問にたじろぐ暁人。
「ね、姉さん…いきなり何を…いくら家族だからってそんなデリケートな質問には…」
「あらだって大事なことでしょ、私はあなたたちのことを応援しているのよ暁人」
「それは…うん…ありがとう…」
「二人が幸せになるためにこれからお母さんだけでなくお父さんも説得しなくちゃならないのよ、実央君のお父様だってなんか微妙な反応なんでしょう?」
「それは…確かに…」
「当然みんなを説得するために話し合いの場を設けなくてはならない。それも一度や二度じゃ済まないかもしれない」
「それは…そうだね…」
「きっと色々なことを言われるだろうし、こちらもそれに応戦していかなくちゃいけない。その中でそういう大事なことをちゃんと押さえておかないと、うっかりヘンなこと言ってしまうかもしれないでしょう?」
「それは…いや、そんなことあるかな?」
「あらゆることを想定しておかないとダメなのよ、話の流れで実央君を傷つけてしまうかもしれないよ」
実央の名前を出されて暁人もちょっと考えだした。
「実央には…いやな思いをさせたくないな…」
「でしょう?だからプライベートな事でも情報の共有は大切なのよ」
しばらく黙り込んだ後暁人は気まずそうに口を開いた。
「まあ、あれだよ、俺の方が年上だし体格も…まあ見ての通りだよ…」
さすがにはっきりとは言いにくいらしく、横を向いて呟くように言った。
「わかりました。あなたが『抱く側』なのね。そこを踏まえて策戦を立てましょう!」
―綾乃の回想 終わりー
「………」
私はしばし絶句した。暁人さん、よく答えたなー。正直綾乃さんの追及は筋が通っているのかいないのかよくわからない。多分実央のことを言われて観念したのだろう。
「これでも私、気を遣ったのよ。実和子さん」
え、どの辺が…?
「攻め受けとかタチネコとか左右とか言ったら、なんでそんな言葉を使うのかってことになって、こちらの趣味がバレるかもしれないじゃない?」
ああ、そういうこと…。でも、そうか…実央は「受け」かぁ…母としてはなんとなく安心した(不謹慎か)。決して女の子みたいというわけではないのだが、「可愛いタイプ」には違いない。標準的な男の子だと思うのだが、あまり積極的な方ではないかな。高校の時一度だけ同級生の女子に告白されてつきあったことがあったが、一向に進展せず呆れられて終わってしまったらしい。
「あー、実和子さんとしてはやっぱりフクザツ?」
私がちょっと黙り込んだので綾乃さんが気にしたらしい。
「いやいや、そっちでよかったなって。でもあの二人ってノンケよね」
「そうそうノンケ同士の両想いって、BL展開でも萌えるわよね~」
綾乃さんはうれしそうに笑ったがすぐに表情をあらためて、
「でも…うちの母親もだけれど、実央君のお父様も二人の交際には反対なさっているのよね?」
困ったように確認してきた。
「あー、反対というか…夫の場合は頭が追い付いていないというか…それに一人っ子のせいなのか私以上に実央には甘いのよ。今のご時世同性だからってあからさまに反対しにくいけれど、かといって素直に認められない、子離れもできないっていう感じ?」
「そうですか。実央君は一人っ子ですものね。うちは篤紀がいるし孫問題はどうにかなるでしょうけれど、お父様にとっては気掛かりな所ですよね」
篤紀君がいるからって…そこは綾乃さんもいるでしょうって言いかけたけれどセクハラになりそうなのでやめておいた。
「確かに孫のことはごちゃごちゃ言っていましたよ。まあ私が一喝しておきましたけど。BLのオメガバース設定でも現実にあればねぇ…」
オメガバースとはBLの特殊設定で、ざっくりいうと男性でも子供を産めるというユメのようなお話だ。
「オメガバかあ、確かに」
綾乃さんはちょっと笑ったが、またまじめな顔になって
「実和子さんは平気なの?」
と聞いてきた。
「私?んー、考えたことがないと言えばうそになるけれど…そもそも夫は長男ではないから跡取りなんて気にしなくていいし、跡継ぎを切望するような御大層な家でもないし。それに今は独身の人も多いでしょう?もし実央がいい人と出会えなくてずっと独り身だったとしても、孫が欲しいから結婚してくれとは言えないわよね。孫もいたらそりゃ可愛いでしょうけれど、やっぱり子供の幸せが一番大事なのよ母親は。暁人さんといることが実央の幸せなら、それが一番」
「うちの母親もそう思ってくれたらなぁ。暁人には長男として期待していた分裏切られた気分なんだろうけれど」
「わかる、暁人さんはスパダリって感じで頼もしいものね」
「はは、あれスパダリかなぁ…」
「アメリカにいらっしゃるお父様もこういうことには厳しい感じ?」
「父さんかぁ…うーん、どうだろ。人の迷惑になることはするなとかルールはちゃんと守れとかそういうことには厳しかったけれど、それ以外…たとえば進路のことなんかはわりと寛容だったし、母親みたいに口うるさくはないですよ。多分頭ごなしに否定するってことはしないだろうけれど、かといって認めるかどうかとなると…」
「そうですか…」
「正直冬の休暇で父が一時帰国するまではしばらくこの状態が続くのかなって。母を無理に説得しようとしても態度を硬化させるだけだろうし、父の出方次第で私も今後の対策を考えようかと」
そうなるよなぁ、やっぱり。
「お父様は今回のことをご存じなの?」
私は綾乃さんに聞いた。
「いや、それが…わからないのよ。私から知らせるのはなんか違うかなって控えているんだけれど、母も暁人も知らせていないような気がするの。もし知らせていたなら父から私に何か言ってきそうだもの。母の態度を見て暁人も躊躇しちゃったのかも。母は篤紀にはなんか愚痴っているみたいだけれど、できれば父の帰国前に交際をなかったことにしたいのかも」
「弟さんはなんて?」
「『兄貴に彼氏できたってホントー?』とか面白そうに言うもんだから、『暁人は真剣なんだから茶化すんじゃないわよ』って釘刺しといたけど」
ま、とりあえず弟さんは大丈夫そうか。
その後二人の大学の学際に私たちも行ってみようということで話を一区切りし、またまたBL談義に花を咲かせてその日は別れたのだった。
腐女子の功罪
「へぇ~、今時の学際ってこんな感じなのねえ」
飲み物片手に綾乃さんは周りを見回した。綾乃さんは私よりずっと若いから、大学時代はそれほど昔の話ではないと思うけど。大声を出す人はいなかったが、多くの出店が並びコスプレの人が案内をし、みんな楽しそうだ。私も遠い遠い記憶を呼び起こしていた。
「人は多いけれど、思ったより落ち着いているわね」
「数年前にパンデミックがあったからかしらね…あっ、いたいた」
前方に何かを確認すると綾乃さんは大きく手を振った。向こうから近づいてきたのは暁人さんと実央だ。
「姉さん、いきなり来るっていうから驚いたよ。お母さんまで一緒だなんて。お母さん、お久しぶりです、わざわざお運び頂いてありがとうございます」
「いえいえ」
お母さんとは私のことだ。こんなイケメンにお母さん呼びされるのはいい気分である。
「そうよ、わざわざ来てやったのよ、ね、実和子さん」
「すっかり仲良しさんなんだね」
実央が嬉しそうに笑った。あれからも綾乃さんと私は対面・電話・メール・ラ〇ンなどで何度もやり取りしている…なんてことまでは知らないのだが。ま、ほとんどシュミの話なんだけれどね。
「なになに~、広瀬君の家族?」
挨拶をしている私たちに、いつの間にか数人の女子が寄って来ていた。
「ひょっとして二人の仲はもう家族公認なのぉ?」
え、なに⁉二人が恋人関係なのは大学でも知られているの⁉私と綾乃さんは思わず顔を見合わせた。
「ち、違うよ、俺たちはそういうのじゃないっていつも言ってるだろ。からかうなって」
こう言うと暁人さんは私たちに目配せをした。バレているわけではなさそうだ。
「こっちが俺の姉でこちらは実央君のお母さん」
「へぇ、家族同士も仲いいんだ」
女子はニヤニヤ笑っている。
どうやら暁人さんと実央の仲の良さはキャンパス内でも有名らしく、付き合っているのではないかと噂でもされているのだろう。
「ええと…きょ、共通の趣味があって…?」
綾乃さんが言いかけると
「え、そうなんですか?聞いてなかったよ母さん、趣味って何なの?」
実央が突っ込んできた。
「あ、えーと…ま、漫画かな、そう少女漫画」
苦し紛れに私は答えた。ウソは言っていない、ウソは。
「へぇ、確かに母さん若い頃から漫画が好きって言ってたね」
「そうそう」
いやな汗出たわ。
「えー、そうなんですかぁ、じゃあぜひ漫研来て下さいよ、ウチの漫研レベル高いんです。はいコレ、フライヤーどうぞ」
一人の女子が綾乃さんと私に一枚ずつチラシ…じゃない、フライヤーを渡してきた。
「よかったら広瀬君を通して感想聞かせて下さいねっ」
そう言うとじゃあね~と手をヒラヒラさせて行ってしまった。
「やれやれ」
暁人さんが首に手をやると
「なによ、あんたたちの仲、大学でも有名なの?」
綾乃さんが問い詰めた。
「いや、有名って程じゃ…ただ学年が違うのにいつもお昼が一緒だったり、時間を合わせて帰宅したり、バイト先も一緒だったりするから勘ぐられているだけで…」
それだけべったりなら、そりゃそうなるよ、しかも「勘ぐり」じゃなくて真実だし。
「暁人って溺愛執着タイプかよ」
綾乃さんがボソッと呟いた。
「え、なにか言った?」
「いえなんにも。さあ実和子さん、行きましょうよ漫研♡」
「ちょっと、温泉研究会の発表を見に来てくれたんじゃ…」
言いかけた暁人さんを尻目に
「あー、温泉研究会ね、わかった、あとで行く行く、じゃあね、そっちは二人で楽しんで」
綾乃さんはぐいっと私の腕を引くと
「漫研てどこ?」
暁人さんに聞き、目的地にすばやく向かった。
「お姉さん、僕たちのところ来てくれるのかな…」
「さあ…」
そんな二人のやり取りが聞こえたような…。
「漫画研究会」と大きく書かれた部屋に入ると、視界にわっと色とりどりのきれいなイラストたちが飛び込んできた。
「キレイ‼」
綾乃さんが思わず声をあげる。アオハル・スポーツ・異世界ファンタジー・歴史…色々なジャンルの美しいイラストが配置良く飾られている。その中にはもちろん(?) BLらしきものもあった。私たちが見とれていると
「いらっしゃいませー‼」
と元気のいい声が掛かる。
「あちらに並んでいる本はみんなメンバーの作品です。どうぞご自由にお読みください。一部販売もしています。商業誌デビュー予定のメンバーのものもありますよ」
見れば一方の壁側に机が置かれ、その上にずらっと同人誌が並べられている。
「よかったら隣の机と椅子をお使い下さい」
見れば横に読書スペースが作られていて、五、六人の人が熱心に読み耽っている。
私たちは並べられた作品の一角に目を留めた。
「あ、そこはBLコーナーです」
「びー…える?」
私はわざととぼけた風に聞いてみた。
「ボーイズラブです。男性同士の恋愛もの。けっこう流行っているんですよ。でも読む人を選ぶかも…過激なものもありますから…」
「へ、へぇ~面白そう」
「よ、読んでみようかな~」
綾乃さんと私は他のジャンルの本にBLを混ぜて読書スペースに持って行った。
先程フライヤーをくれた女性がメンバーなのかただの手伝いなのかわからないけれど、身バレするのが怖いのでBLだけをチョイスするのは憚られた。
「フライヤーの出来から期待はできたけれど、レベルたかっ!」
綾乃さんが私に小声で囁いた。
「うん、最近のコはすごいわねー」
………………………
時間がどれほど過ぎたのか、空腹と喉の渇きでふと我に返った。
「あ…」
気が付くとけっこう日が傾いている。
「綾乃さん、そろそろ…」
「え、ヤダ、もうこんな時間?」
「私もう帰らないと…」
残念なことに主婦には夕飯の支度という職務がある。
「取り混ぜて何冊か買いましょう。気に入ったものを教えて下さい。とりあえず私がまとめて持ち帰ります。万一あの二人の家族だとバレても、私の方が無難でしょうから」
綾乃さんは色々なジャンルの物とBLを混ぜて一緒に購入してくれた。
「機会を作って読書会しましょう♪」
綾乃さんとは大学の最寄り駅で別れて帰路に就いた。帰りに近所のスーパーで夕飯の買い物をしたのだが、そのときになってやっと温泉研究会に寄るのを忘れていたことに気付いたのだった。
その晩当然ながら
「お母さん温泉研究会の部屋に来てくれた?来訪者の記名帳に綾乃さんとお母さんの名前がなかったけれど…」
と、実央に聞かれてしまった。ヤバい、まさかずっと漫研で漫画を読んでいたなんて言えない。
「あー…ホラ、『広瀬』と『明石』じゃすぐにメンバーの家族だってわかっちゃうでしょ?ちょーっとそれは恥ずかしいかな―って思ってやめといたのよ」
「…ふぅん、で、どうだった?」
「ど、どうって…良かったんじゃない、実央も頑張ったのねぇ」
「………」
具体的なことは言えないから言葉を濁しておいたが、実央は不審な面持ちをしている。あとで綾乃さんと口裏を合わせておかないと…。
腐女子の気遣い
(はぁ、やっぱりダメか…)
朝食をとりつつ向かいに座る夫の顔を見て、ため息が出た。
実は学際の後暁人さんからとある申し出があったのだ。
「先日はお父さんとじっくり話せなかったので、改めてゆっくりお話しがしたいと思います。よろしかったらお父さんお母さん、実央君、僕の四人で一泊の温泉旅行にでも行きませんか」
と。二十歳を過ぎたばかりの若者がここまで歩み寄ってくれているのに、我が夫ときたら…。
浮かない顔で
「いや、俺は…」
と口ごもる。
「暁人さんの何が気に入らないの」
「いや、気に入らないとかじゃなくて…いい青年だと思っているし」
「なら」
「そうはいっても何を話していいのかわからないんだ。二人の仲を認めてくれと言われても…『はい』とは言いにくい」
「だったらはっきり『認めない』と言ったらいいじゃないの。たとえ相手の意に添わなくても正直にいうのも誠実さってものでしょ」
「それは…」
また夫は口ごもる。要は実央に嫌われるのが怖いのよね。だからずるずる態度を保留して結論を先延ばししているんだわ。ホント煮え切らない。
でも…と私は思う。静子さんも同様、無理やり説得しようとしても駄目なのだ。結局は意固地になってそっぽを向いてしまう。これは長期戦を覚悟しないと…。
後日このことを実央に報告した。
「そっか…やっぱりね」実央はちょっと悲しそうな顔をして呟いた。
予想はついていたのだろう。
「暁人さんには申し訳ないって謝っておいてちょうだい。お父さんもね、別に暁人さんが嫌いなわけではないのよ。いい青年だって言っていたから。ただ…実央を取られちゃうみたいで寂しいんだと思うの」
一応フォローをしておいた。
「寂しいって…女の子じゃないんだから」
実央は笑ったが、いや、じゅうぶん女の子ポジじゃないのか?先日綾乃さんから「どっち」問題を聞いたので、母は(二人はすでにそういう… ?)と、色々妄想してしまっている。すまない息子よ、不純な母で。
「あなたたちの本気度は伝わっていると思うから」
ただ付き合うだけの話ならいちいち家族に報告して理解を求める必要なんてない。あえてそれをしたということは、それだけ真剣でかつ将来のことまで見据えているからだろう。夫もそれがわかっているから困惑しているにちがいない。そして静子さんにもそれは伝わっているのだろうか”
一方の広瀬家の方はというと…綾乃さんに聞いたところによれば…
―以下綾乃の話―
「もしもしー、お父さん?久しぶりー、元気―?」
「おお綾乃か、久しぶりだな、珍しいな綾乃から電話を寄越すなんて。何かあったのか?」
父の様子からすると母親も暁人も何も知らせていないらしい。篤紀には口止めしてあるし。
「いやー別に何もないけれど、クリスマス前には一時帰国するんでしょ?」
「ああそうだな、いつも通りだ、楽しみにしているよ。そういえば…」
「なに?」
「この間暁人からも電話があったな。変わりないようだったが何か相談したいことがあると言っていたよ」
「へ、へぇ~」
「詳しくは聞いていないんだよ、会って話したいと言っていたから。綾乃は何か聞いているかい?」
「いや~特には…(暁人そんなこと言っていたんだ)、就活のことじゃないの?三年生だともう始まっているでしょ」
「そうなのかな、あれは理系だったからそちらの職種を選びたいのかもな」
「そうだね」
「お母さんは元気か?相変わらず気が向いたときにしか連絡してこないが、最近はさっぱりだよ。こちらからメールやラインをしても返事はたまにだし」
「変わりないよ」
いや、大アリなんだよ、実際は。母としては事前に情報を与えず、父が帰国した時にいきなり事実を突きつけて驚かせ、『男同士で交際なんて許さんぞ!』という流れに持って行きたいのかもしれない。考える時間を与えると冷静になってじっくり話し合いをしよう…となる可能性もあるからだ。
姉としては弟が黙っている以上父に現状を知らせるわけにはいかない。
「冬休み、楽しみに待ってるね」
とりとめのない話をした後、そう言って電話を切った。
―綾乃の話 終わりー
と、まあこういうことらしい。お父様への対策はひとまずペンディングというところか。しかし冬休みまであんまり時間もない。暁人さんと実央は順調に交際を続けているようで何よりだが、私と綾乃さんはいい策が浮かばず少々焦っていた。
じっくり相談する時間も取れずにいると、いきなり綾乃さんからSOSが来た。
「実和子さん、助けてっ‼」
腐女子の采配
てっきり私は暁人さんと静子さんが衝突したとかの揉め事かと思ったのだが、そうではなかった。
「本当にごめんなさいねー、他に頼める人がいなくて」
聞けば綾乃さんのご友人の同人作家さんがコ〇ケを目前にして仕事が終わらず、さらにいつものスタッフたちがインフルエンザにやられてしまって人手が足りないのだとか。
「私は彼女のフォローをしなくちゃならないので、申し訳ないのだけれど食事の支度とか簡単な片付けをしてもらえると助かります。冷蔵庫にあるものは適当に使って、お金はここに置いておきますから足りないものに使って下さい。彼女アレルギーがあるのでケータリングは難しくて。NGの食品はこれです」
見ればデジタルで作品を作っているので、昔のようにスクリーントーンを貼るとかベタ塗りをするとかそういうことはしなくていいようだ。よかった。不器用だから、私。
「おにぎりでもなんでも簡単なものでいいですから、NG食品でなければ出来合いでもいいです。何かあったら聞いて下さい」
それだけ言うと綾乃さんは慌ただしくご友人の仕事部屋に入っていった。
頼み事をするせいか口調が無意識に敬語になっているなぁ。
辺りを見まわすとゴミだらけというわけではないが、確かに雑然としている。
お昼まではまだ間があるわね…と私は気になったところを片付けて、食事の支度をすることにした。
「いやー、本当に助かったわ実和子さん。すっかり遅くなっちゃったけれどタクシー代は出すから」
「いえいいの、今夜は泊まらせてもらって明日の朝帰るわ。雑魚寝でいいから気にしないで。ついでに朝食も作っていくから」
なんとかお友達の仕事は目途が立ったものの、時刻はすでに夜中の12時を回っていた。
「でも…お宅の方は大丈夫なの?」
「うん、独身の友達が急病で看病に行くって言ってあるから。夫にも実央にも食事は各自でどうにかしてもらったし」
「本当にありがとうございました。これ少ないけれどお礼の気持ちです」
綾乃さんのお友達で同人作家のアイミさんが深々と頭を下げて封筒を差し出してきた。
「やだ、そんなつもりないですから。大したことはしていないし、食事だっていいもの作っていないし…。むしろ今時の創作風景を見られて楽しかったくらいだし」
私は手を振って断った。
「いえ、とても美味しかったです。手作りのお味噌汁、久しぶりに飲みました」
「受け取ってよ実和子さん、ちゃんとしたお礼は私から改めてするから」
綾乃さんも言う。
「そんな…いいって、かえって恐縮しちゃう。でも…そうだな、それなら直筆のイラスト下さい、サイン入りで」
「お安い御用よ」
アイミさんは封筒を私に握らせると、にっこり微笑んだ(後日アイミさんからはイラストの色紙を添えてこのときの新作を進呈されました)。
「綾乃もありがとね。今回はいつにもまして無理させちゃって」
「いやいや、コ〇ケ当日の手伝いも任せておいてね」
三人は人心地ついてお茶をすすった。
「ところで弟さんの件はどうなったの?」
アイミさんが尋ねた。綾乃さんはどうやら暁人さんと実央のことを彼女に話していたらしい。
「あー、膠着状態ってところかな。母は私がちょっとでも二人のことに触れると、凄いカオして『何も言うな』オーラ出すし」
「うちの夫もねぇ、先日も暁人さんのお誘いを断って…」
「いや実央君のお父様の方がずっとましですよ、うちの母と比べたら」
「あ、実和子さんは実央君のお母様だったのね。それは失礼しました」
そこは知らなかったのか。
「勝手に話しちゃってごめんなさいね、でもアイミに相談したくて…」
綾乃さんが謝るので私は手を振った。
「いいのよ、気にしてないわ」
「大体の状況は綾乃に聞いていますけれど…BLでもいろいろな親いますものね。異様にものわかりのいい親もいれば殴ってやろうかと思うほど無理解なクソ親とか…現実だと二次元みたいに簡単にいかないのはわかりますが」
うんうん、私は「クソ親」にはなりたくない。
「アイミさんも綾乃さんも疲れているなら休んでいいのよ、無理に話をしなくても…」
「大丈夫です、こういう話は次のストーリーへの糧にもなりますし」
そーゆーもんなのか?
「綾乃のお父さんの出方次第だとは思いますが」
「私は戦うわよ、たとえ3対2でも4対2になっても、ね、実和子さん!」
目の下にクマを作りながらも綾乃さんが力強く言う。いや、私たちが戦ってどうにかなる話でもないのだが。
「そうなんだけど…できれば事を荒立てたくはないわよねえ」
「確かに。穏便に済ませるのが得策ですね。全員が納得できなくても現状維持=ふたりの交際が継続できることが最低条件です」
第三者目線だけあってアイミさんは冷静だ。
「少なくとも実央君のお父様をはっきりと敵に回すことはしない方がいいと思います。綾乃のお母さんほど強硬じゃないのですよね?」
「まあ賛成はしていないけれど、実央のことを思っているのは間違いないわね」
「なら情に訴えるんですよ、遠回しに」
「情に?」
「そうです。決してお父様を非難してはいけません。『あなたの気持ちもわかるし仕方ないわねー、でも私は二人を応援したいから悪く思わないでね』とか」
「なるほど?」
「『私は二人と食事をしたり旅行したりするけれどごめんね、あなたを無理やりつき合わせるのは申し訳ないから許してね、お土産買ってくるわ』とか」
「ふんふん」
「あからさまな仲間外れではありません。あくまで『気を遣っている』というスタンスです。時間はかかるかもしれませんが、じわじわ効いてくると思います。綾乃は年末年始に双方の家族を全員対面させるつもりらしいので、仕掛けるタイミングは選んで下さい。先ほども言いましたが、綾乃のお父さんの出方次第です」
わが夫は頼りないというわけではないが、おとなしめで押しは強くない。実央の性格は父親似である。確かに正面切って攻めるよりはこういうやり方の方が効きそうである。
「綾乃には悪いけれど、大反対しているのは綾乃のお母さんだけという孤立無援の状況を作れればそれがベスト」
「全然悪くないよ」
「自分だけ蚊帳の外にやられたらお母さんも気に入らないはず。うまくいけば態度を軟化させてくれるかもしれない」
「策士だねー、アイミは」
「いい?実和子さんも綾乃も決してカッカしないこと。頭に血が上ったら負け。冷静でいられればどんな状況になっても対応できるはずだから」
私は大きく頷いた。少なくとも私と綾乃さんは二人の援軍だ。息子のため弟のため、しっかりとタッグを組んでいこう。不純な動機も少しはあるけれど…。
怒涛の家族会議
晩秋になると季節は一気に進む。クリスマスムードも飛び越えて正月のしめ飾りなんかが店頭に並ぶと、(早すぎるからやめてー!)と心中叫びたくなる。だが今年はそれどころではない。広瀬家明石家にとって世紀の一大イベントが待ち構えているのだ。
どうやら暁人さんはそこで実央とのことをお父様に話すつもりらしい。一気にカタを付ける…とはならないかもしれないが、ここは両家が集合してしっかり話し合わねばならない。静子さんだってさすがに黙ったままというわけにはいかないだろう。
実はアイミさんの手伝いをした後、一度だけ彼女に勧められた策戦を実行してみた。
「暁人さんの誕生日が近いらしくて実央にプレゼント選びの手伝いを頼まれたの。ごめんなさい、今日は二人で出かけるわね。お昼はピザでも注文して下さい」
決して嫌味っぽくなく、ちょっと申し訳ないという風で夫に告げた。
「あ、ああ、行ってらっしゃい…」
案の定夫はダメ出しをしなかった。実央に嫌われたくはないだろう。帰宅後も
「はいこれ、あなたににお土産」
さりげなく夫が好きそうなデパ地下のお惣菜を手渡したりした。
「ありがとう…」
夫は気まずそうにしている。まあこれも本番前のちょっとした地ならしだ。後日、
「お母さん、先輩プレゼントすごく喜んでくれたよ。お母さんも選ぶのを手伝ってくれたって言ったら、『お母さんによろしく伝えて』だって」
実央は嬉しそうに私に報告してきた。実央に悪気はなかったのだろうが、たまたま夫が近くにいたのでこちらの会話が耳に入っていたようだ。チラと夫の方を見るとフクザツな顔をしていた。何か感じるものはあったらしい。
さて、綾乃さんの話によると暁人さんは
「父さんには俺が話すから絶対変なことを言うな、言ったら親子の縁を切る」
と静子さんにきつく言ったそうだ。さすがの静子さんもこれには逆らえなかったらしい。綾乃さんと暁人さんが相談して、両家の顔合わせ(?なんか結納や結婚式みたいだな)は年明け三日、広瀬家でということに決まった。この日だけはうちの夫にも是が非でも動いてもらわないといけない。いくらゴネてもお構いなし、引きずってでも連れて行かねばならない。
大みそかの晩、私は夫に告げた。
「正月三日はあなた・私・実央の三人で広瀬さんのお宅に伺います。暁人さんのお父様が海外赴任から一時帰国なさっていますから、この機会にもろもろきっちり話し合う予定です。あちらのお父様のお気持ちはまだわからないけれど、お母様は猛反対なさっています。あなたも二人の交際を認めていないし、それで構いません。ただ親の責任としてあなたにもちゃんと話し合いに参加してもらうつもりです」
「わかった」
意外なことに夫は素直に応じてくれた。まあ暁人さんのお父様が同席するというのに、自分が行かないのはさすがにまずいと思ったのだろう。
当日は良い天気で正月にしては暖かかった。身支度を整えた私たち親子は広瀬家に向かう。途中夫はほとんど口を開かなかった。広瀬家に着くと実央がインターホンを押す。ドアが開き、暁人さんが現れて出迎えてくれた。
「いらっしゃい、明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます。お邪魔致します」
私と実央がここを訪れるのは二度目である。
「お久しぶりです、お父さん」
暁人さんが言うと、夫は軽く頭を下げた。
応接間に通されるとそこには綾乃さん・静子さんとお父様らしき男性が立っていた。お父様が何か言いかけたとき
「ちょっと‼これはどういうことなの⁉」
前回同様ご立派な着物姿の静子さんが驚いた様子で金切り声を上げた。静子さんは私たちが来ることを知らなかったの?
「綾乃!あなたが大切な人に会ってほしいというから、私はてっきり…」
どうやら暁人さんも綾乃さんも誰が来るのか親に明言していなかったらしい。静子さんの口ぶりからすると、綾乃さんが恋人を紹介するとでも思っていたのだろう。
「別にウソは言っていないわよ」
綾乃さんはしれっと言う。再び静子さんが文句を言おうとしたとき、
「まあまあ静子さん、落ち着きなさい」
お父様が静子さんの肩をポンポンと軽くたたいた。そしてこちらに向かい
「初めまして、広瀬明と申します。新年明けましておめでとうございます」
と言って、ゆっくり頭を下げた。
「どうぞおかけください」
言われて夫も
「初めまして。明石匠と申します。これは妻の実和子と息子の実央です」
と私たちを紹介して会釈をし、ソファに座った。私と実央もそれに倣って挨拶をし、着席した。
私たちの向かいには明さん・静子さん、それを挟むように明さんの隣に暁人さん、静子さんの隣に綾乃さんが座っている。弟の篤紀さんらしい人は見あたらない。まあ高校生がこの場にいてもね…。
「さて」
明さんが暁人さんに向かって尋ねた。
「今日はどういう集まりなのかな、大切なお客様が来るから会ってほしいと暁人に言われたのだが」
「私は聞いていませんよ、こんな…」
静子さんが口を挟むと、
「だってお母さん、広瀬さんが来るって言ったら逃げちゃうかもしれないじゃない」
綾乃さんが遮った。
「静子さんは広瀬さんを知っているんだね」
「………」
静子さんは黙り込む。
明さんは大手商社の管理職らしい貫禄で、ゆったりと構えている。歳は夫より少し上だろうか。暁人さんとよく似た風貌のイケおじだ。これはまた妄想がはかどりそうな…ってそんなこと考えてる場合じゃないでしょーが。
「私と実央は以前こちらにお邪魔しています。夫は暁人さんと拙宅で一度お会いしています」
気を取り直して説明しながら私はお部屋の中を見渡した。相変わらず立派なお宅だ。
「父さん」
暁人さんがちょっと緊張した面持ちで口を開く。
「実央君は俺の大学の後輩で今一年生、同じサークルに所属している」
「うん」
「そして…俺の大事な恋人です」
さすがに明さんは暁人さんの言葉に驚いた表情を見せた。静子さんは忌々しそうに顔を歪めて横を向いた。
「俺たち二人は真剣に交際している。将来のことも考えている」
暁人さんは言葉を続けた。
「男同士で驚いただろうけれど、俺は真面目だ。できれば認めてほしいけれど、それが無理でも家族にはちゃんと知っていてほしい」
うわー、母は感動です‼これこそ理想の攻め!攻めの中の攻め!推せる!推せるわー(また脱線)。
隣を見ると意外と無表情な夫。まあ暁人さんの告白は二度目だしね。一方実央は、
「あの…先輩の相手として僕ではご不満だと思います。でも先輩を思う気持ちは誰にも負けないつもりです。たとえご理解頂けなくても…僕先輩のことは諦めません!」
と、これも男らしく言ってのけた。
「不満なんてないよー」
綾乃さんの陽気な合いの手が入る。一拍二拍…おいて
「そうか」
明さんが静かに言った。………一同次のお言葉を待っている。明さんがなかなかお話しにならないのでたまらず私が
「あのー…『そうか』とは?」
と尋ねてみた。もう言葉にできないくらいお怒りなのだろうか?
「お父さん、それだけじゃわかりにくいって」
綾乃さんも明さんに促してくれた。
「だから…わかったということだよ」
しばしの沈黙ののち業を煮やした静子さんが、
「はっきり言ってやって下さいよ、あなた!男同士の交際を認める親がどこにいるんですか!?」
いや、ここにおりますがー…。
「静子さんは反対なんだね」
「あ、当たり前でしょう。こんな恥知らずな…」
いや、それは言い過ぎじゃない?
「お母さんはずっとこんな感じだよ。ちなみに実和子さんと私は二人を応援していまーす!」
静子さんの言葉を断ち切るように綾乃さんが補足説明。
「父さん、反対ならそれでいいからはっきり言ってくれ」
暁人さんが明さんに言う。
「反対だと言ったら暁人は交際をやめるのか?」
「やめない、絶対に。最初に言った通りだ」
「ならそれでいい」
えーとえーと…この展開はどういう…少なくとも明さんは反対ではなく現状を御認めになったということでいいのか?
「もちろん驚きはしたけれどね、二人が思い合っているのなら周りがとやかく言うことでもないだろう。もう子供じゃないんだから、本人たちの意思を尊重すればいい」
「お父さん、さすが!」
綾乃さんが軽く拍手。
収まらないのは静子さんだ。
「あなたまで何を言っているの⁉こんなこと…誰にも言えないじゃない、親戚にもご近所にも…世間体ってものがあるでしょう!孫だってできないんですよ!」
また「孫問題」を持ち出してきた。それが切り札とでもいうように。
「うわー、また言ってるよ」
「綾乃さんは黙ってなさい!」
明さんは静子さんを宥めながら、
「でもねぇ静子さん、アメリカじゃたいして珍しいことでもなくて。私の職場にもそういう人がいるよ」
と言う。あーそうか、明さんはアメリカ勤務だった。アメリカだって差別はあるだろうけれど日本に比べればオープンか。
「ここはアメリカじゃありません、日本です!」
怒りのあまり静子さんが勢いよく立ち上がったので、一同もつられて立ち上がった。
「でもねぇ静子さん、静子さんだって好きなものは好きだし、嫌いなものを好きになれと言われても困るだろう?」
まるで子供を諭すように明さんが言う。
「二人の気持ちが固まっている以上仕方がない。私たちは見守るしか…いや、『仕方がない』は失礼な言い方だったな、すまない実央君、暁人」
「いいよ」
ほっとしたのか暁人さんは笑顔を見せた。いつの間にか暁人さんと実央は仲良く寄り添って立っている。
向かいではなお広瀬さんご夫妻の攻防が続き、隣で綾乃さんがやれやれという体で腕組みをしていた。
私はここで「アイミさん策戦」を実行することにした。広瀬さんたちの様子を伺いつつ夫の方を見て、
「ねえあなた、静子さんがあんな風に怒るのもあなたが二人の仲を認められないのも仕方がないと思うの。親の考え方もそれぞれだものね」
と、小声で語りかけた。
「実央は優しい子だから、たとえ反対されてもあなたのことを嫌ったり冷たくしたりしないと思うわ。でもね、やっぱり微妙に距離ができてよそよそしくなってしまうかもしれない…そうなってもどうか、実央のことを許してやってほしいの。私もあなたと実央には仲のいい親子でいてほしいのよ…」
夫は黙って聞いていた。そこへ静子さんのヒステリックな声が響き渡り、私たちも思わず向かい側に目をやった。
「もう、もうやってられません!なんてわからず屋な人たちなの!」
いや、それはあなた様の方では…。
「こんな話し合いやっていられないわ!私はこれで失れ…」
「やべー‼遅れちゃった!」
静子さんの言葉に重なるように元気な声が飛び込んできて、同時に勢いよく応接間のドアが開いた。
腐女子の感懐
いきなり部屋に入ってきたのは、若い男の子だ。
「篤紀、あんたは…遅い!」
綾乃さんがしかると
「悪い悪い、いやー、友達と合格祈願を兼ねての初詣だったんだけどさ、思ったより人出が多くて前が進まなくてー。大事なお客さんが来るっていうから急いだんだけど」
「三が日の初詣が混むくらいわかりきっているでしょうが」
「こらこら篤紀、ちゃんとご挨拶しないか。すみませんね、落ち着きのないやつで。次男の篤紀です」
明さんが向き直る。
「ッス、初めまして。広瀬篤紀、受験真っただ中の高三ッス。あ、明けましておめでとうございますです」
闖入者は初対面の弟さん、篤紀君だった。暁人さんとはタイプが違うが、彼もなかなかのイケメンだ。篤紀君はぐるっと一同を見渡して、
「えーっと、いまどういう状況?」
と聞いてきた。
どういう状況…言われてみんなが説明に困っていると、篤紀君は実央の前にスタスタと歩み寄った。
「兄貴の彼氏さん?」
実央はびっくりしていて言葉が出ない。
「へぇ~カワイイね。兄貴はこういう子がタイプなんだ。ねぇ実央君、オレとかどう?」
言うや否や、なんと篤紀君は実央を「あごクイ」した。
「!!?」
「!!?」
「!!?」
一同完全に固まった。いや、多分綾乃さんと私だけ違う意味で固まっていた。
「な~んてね。冗談だって兄貴、そんなコワイ顔すんなよ」
「篤紀…まさか、あなたまで…」
静子さんは顔が真っ青になっている。
「いやだから違うって。なんかさー、うちのクラスにフジョシ?っていうのがいてさー」
ピキッ…。
「そいつらBL?ボーイズラブとかっていうの?男同士の恋愛漫画とか大好きなんだって。それで仲の良さそうな男子掴まえて勝手にカップル認定とかしてくるわけよ」
………(汗)
「○○君は攻めで、△△君は受け~とか?いや逆だとかなんとか…」
私は今自分の学生時代の話を聞かされているのだろうか…
「それでね、フジョシたちが言うには俺ってBLだと『年下ワンコ攻め』ゾクセイなんだって。よくわかんないけどな」
篤紀君は笑って話し続ける。今この場で篤紀君の言っていることを正確に理解できているのは、綾乃さんと私だけだ。
「だから実央君…えぇと兄貴の彼氏だから、俺にとってはお兄さん?にちょっと挨拶代わりに迫ってみましたー」
どうしよう。何もコメントが浮かばない。綾乃さん、無表情で篤紀君を見つめてる…。
「ああBLね、流行っているんだってね今」
篤紀君に応じたのは意外にも明さんだった。
「父さん、知ってんの?」
篤紀君が聞くと
「知ってるさ、商社勤めたるものアンテナは広く張っておかないとね。アメリカにいても日本で何が人気か何が流行っているか部下たちが教えてくれるし、インターネットでも調べられる。BLは漫画だけでなくアニメやドラマもたくさん作られているらしいじゃないか。今こちらで流れているうちの会社のCM、あれに出ている俳優は確かBLドラマに主演して人気が出た人だと思ったけれど」
あ、あれか、明さんはあの会社にお勤めなのか、うわー大手。なんか楽しい情報が目の前で展開されているのに、話に入れない自分が口惜しい…と思ったところで綾乃さんと目が合った。心中同じかと軽く頷き合う。
「だから兄貴睨むなって、兄貴の彼氏にちょっかいなんて出さないよ、俺、女の子好きだし。でも第一志望受かったら実央君の後輩になるからよろしくね、お・に・い・さ・ん」
「よ、よろしく…」
呆気にとられながら実央は応えた。暁人さんは実央の肩をしっかり抱いている。
「ってことで、挨拶はこんな感じでいい?実はこの後女の子たちとカラオケに行くんだよね」
「あ、あんた、そんなに遊んでて受験勉強は大丈夫なの」
我に返ったように綾乃さんが問い詰める。
「正月くらいは大目に見てよ姉貴、あ、俺が無事合格した暁には両家でお祝いパーティとかしてくれちゃっていいッスよ。兄貴たちの婚約祝いも兼ねちゃう?」
篤紀君はそんな軽口をたたくと
「それじゃあ失礼しまーす、実央君またねー」
手を振ってさっさと出かけてしまった。
一瞬の嵐が過ぎ去り一同呆然としていると、
「ガサツな息子で本当に申し訳ない。どうかお許し下さい」
明さんが頭を下げたので
「いえいえ、元気な息子さんで…」
私がそう言いかけたその時、な、なんと…みんなの目の前で暁人さんは…暁人さんは実央を抱きしめキ…キスしたぁー‼
「愛してる実央、絶対誰にも渡さない。俺が就職したら同棲してくれ!」
「せ…先輩…」
「先輩じゃなくて、名前で呼んでほしい」
「あ…暁人さん…は、はい。嬉しいです…僕…」
え、え~~~どうした暁人さんっ、どこでそんなスイッチ入っちゃった⁉ひょっとして篤紀君が冗談で実央にちょっかい出して嫉妬しちゃったの⁉眼前で繰り広げられるナマBL展開に私はもう卒倒しそうだった。静子さんも別の意味で卒倒しかけて明さんに支えられていた。アメリカじゃキスシーンなんて日常茶飯事なのか、明さんはあまり動じていなかった。暁人さんと実央がしっかと抱き合うその横で、
「広瀬さん」
はじめに挨拶した後はずーっとだんまりだった夫が静かに口を開いた。
「正直言って私はまだすべて納得しているわけではないのです。頭が固いと言われるでしょうが明さんのように寛容にはなれません。そちらのお母様がおっしゃることもよくわかるのです」
「はい」
明さんが頷く。
「暁人君が初めてうちに挨拶に来てくれた時も混乱して逃げてしまったし、その後も話す機会を設けようとしてくれたのに応えられなかった。すまなかった、暁人君」
少し緊張が解けたのか、暁人さんは実央を抱いていた腕をちょっと緩めて
「いいえ、気にしていません」
と笑顔で答えた。
「親ばかと言われるでしょうが私は実央がかわいいのです。守ってやりたいし、傷ついてほしくない」
ここまで興奮MAXだった私も、夫の言葉にちょっとしんみりした。
「今日こちらに伺うまで色々考えましたし、何が正解なのかも未だにわかりません。でも…実央の意志を曲げさせるのは違うのかなと思うようになりました。暁人君はいい青年だ。お世辞でなくそう思っています。そんな彼を慕う息子の気持ちは否定したくない」
「明石さんは私を寛容だと言って下さったが、要は子供たちを信じているということなのですよ。もし人として間違った道に進もうとしているのなら、殴ってでも止めさせます。でもこれはそういう話ではないですよね。賛成するとか許すとかではなくて信じている子供の選んだ道もまた、同じように信じてやりたいのです」
「はい、私は妻ほど頼りにならないかもしれませんが、今は二人のことを静かに見守ってやろうかと…」
「お父さん…ありがとうございます。それで十分です。父さんもありがとう」
「お父さん、ありがとう、せんぱ…暁人さんのお父さんもありがとうございます」
実央は涙ぐんでいる。私と綾乃さんはいつの間にか肩を抱き合っていた。
「実和子さん」
「はい…」
私もうるっとして目頭を押さえていると、綾乃さんは小声で囁いてきた。
「失敗しました、私…」
「え?」
「どこかにカメラを仕込んどけばよかった」
「……」
いやさすがにそれはどうなんだと思ったが、綾乃さんの気持ちもわからんではなかった。
「さ、堅い話は終わりにして、お正月なんですから賑やかにいきましょうよ。お節料理とか用意してあるんですよ、さあさあ」
後で聞いたが、綾乃さんは今日のためにお節や飲み物その他オードブル等々自腹で用意してくれていたらしい。雰囲気を良くしようと気を配ってくれたのだろう。私もお土産だけではなく、何か手料理を持参すればよかったな。
静子さんの様子を窺うとすでに怒りのエネルギーもなくなったのか、悄然として食事の支度を手伝っている。目の前で息子のキスシーンとプロポーズ(?)を披露されてしまったし、父親同士はなんかいい感じで話をまとめちゃったし、途方に暮れているのかもしれない。料理が整うと
「わたしちょっと頭が痛いので部屋で休んでいます…綾乃、あとはよろしく…」
とその場を下がろうとした。
「静子さん」
私は思い切って声を掛けた。
「また今度母親同士でゆっくりお話ししませんか」
静子さんはそれには答えず、軽く会釈をして行ってしまった。
「ごめんね、実和子さん」
綾乃さんが気遣ってくれる。
「いいのよ、でも大丈夫かしら」
私が心配すると
「お気になさらず、あとで様子を見に行きます」
明さんがそう言い、豪華料理が並んだ和室に私たちを案内してくれた。
いやコレ、事の成り行き次第ではムダになったかもしれないのに…広瀬一家だけでしんみり味わう、なんてことにならなくてよかったわ。
明さんと夫、暁人さんと実央が気分よくわいわいやっている横で
「どうにかなりましたね」
「ねー、どうにかなりました」
綾乃さんと私はヒソヒソ話し始めた。
「『アイミさん策戦』も効いたかもしれないけれど、お父様の度量の広さを見せられたらうちの夫も軟化するしかなかったみたいね」
「私も父の出方はちょっと予想外でした。父らしいと言えば父らしいんですが。ただまだ母は納得していないでしょうからこれからも波乱がありそうですけれど」
「篤紀君もグッジョブでしたよ」
「まったく…ねぇ、我が弟ながら…」
綾乃さんは篤紀君の言動を思い返しているのか、ニヤニヤしている。
「実和子さん、私いまたくさん話したいことがあるの」
「私もよ」
「でもここでは…ねぇ」
「そうね…」
明さんや夫の笑い声が響いてきた。夫はなんだかんだいっても酒好きで陽気になるタイプ。
「なんだ綾乃、実央君のお母さんと隅っこで話していないでこちらに来なさい、お母さんもこちらへ、さあ」
「はぁい、実和子さん行きましょ、積もる話はまた今度」
「なんだ、二人はすっかり仲良しなんだな」
「そうよ、私たちとっても仲良しなの、ね、実和子さん」
「趣味が共通らしいです」
実央が言うと
「え、そうなのか?知らなかったな」
夫がご機嫌な様子で言う。趣味の話を広げられてはまずいと思ったのか、綾乃さんは
「これっ母が作ったマリネなの。娘が言うのもなんだけれどけっこうイケるのよ」
話の方向転換を図った。
「あ、本当においしいわ。作り方教えてほしいかも」
私は素直に感心。
「私の彼氏が来ると勘違いして張り切って作ったみたい。ちょっと良心が咎めるけれど…」
「(勘違いしてというかさせてというか…)そういえば綾乃さん、彼氏さんは…」
私が言いかけると
「あーっ、そういえばワインも冷やしてあった!今持って来るわねー」
綾乃さんはすっくと立ち上がって台所へと消えていった。
いないんだね、彼氏…まああれだけ趣味の世界に時間・労力・財力を注ぎ込んでいたら、恋愛しているヒマなどないか。
それにしても、あーっもう、綾乃さんと思いっ切り今日のことを肴にBL談義したいっ!あんなことこんなこと…息子の恋が成就しそうな喜びと、まったく別次元の不純な動機で頭がパンクしそう。不謹慎だとは思いつつ、腐女子の欲望は抑えられない。綾乃さんとの「良縁」を繋いでくれた実央には感謝!母は感謝しかありません‼男性陣の話に適当に相槌を打ちながら、私と綾乃さんは(次、いつ会いましょうか?)と熱心にラ〇ンでやりとりするのだった。
終わり
久しぶりに長文を書きました。小説を書き上げたのは初めてです。昭和世代なので改行・句読点・言葉遣いがわかりにくいところが多々あるかもしれませんがご容赦下さい。間違いや不適切な表現があった場合は修正します。




