合言葉、嘘、白銀色の涙
合言葉、嘘、白銀色の涙(aikotoba,uso,shiraganeirononamida)
忘れないでいて。どうか僕達二人の、骨が、肉が、残した何かが、雨や風にさらされてえぐれて消えてしまっても。これだけはとどめておいて。叶わなかった二人の日々の夢が、白銀色の涙に消える。
君は、まるで天使のような人だった。この世の醜い大人たちには持ちえない輝きが君の周りにはあった。それは何より魅力的で、僕の心を掴んで離さなかった。
そして君は若かった。それはこの世の醜い大人たちに、汚されてくすんでしまうという恐れを孕んでいた。箱入り娘の君には、僕ですらやはり、汚れになってしまうほど繊細で、花の様に儚くもろい存在だった。
君は言った。「私たちにしか伝わらない言葉が欲しいの。それはきっととても美しくて、皆わけも分からず私たちを真似てそれを歌うの。けれど本当の意味は私たちにしかわからない。そんな言葉を送ってほしいの。」
僕は頭が悪かった。大きな君の家の屋敷、僕たちを隔てる白銀の柵越しに見る君の笑顔に、答えられる言葉は何処にもなかった。あんなに暖かかった夕焼けの明かりが、いつしか街灯の冷たい明かりに代わっていた。
困った顔で僕を見つめる君の奥に、あの恐ろしい君の母親が、こちらに一歩、又一歩と近づいてくるのが分かった。まずい、また君との時間が奪われる。僕は急いで言葉をひねり出した。
「許しておくれ。これから君に送る嘘を、どうか信じてしまわないで。」
僕がいるのに気が付いたのか、歳に合わない色の大きなスカートから覗く脚の速度がどんどん増していく。僕は急いで君から顔をそむけた。
「二度と、お前なんか…」
「何をしているの!うちの娘から離れて!」
僕の言葉は恐ろしく強い怒号に絶たれてしまった。僕は狐から捕まるまいとする兎の気分で走った。必死の思いで振り返ると、君の眼から零れ落ちる白銀色の涙が一滴、美しい頬を通っていくのが見えた。
風のうわさで、君が結婚したのを聞いた。相手は知らない。それで君が幸せなら、なんて思えたら楽だったのかもしれない。
街角では、疲れ切った恋人たちが、「お前なんか!」と嘆いている。そんな叫びを聞くたびに、君に言えなかった最後の言葉を思い出してしまう。
不意に通った暗い路地、なんだか明るい男女の声。下を向いて歩いていると肩がぶつかった。
なんて美しいんだろう。何度見ても君は輝きを放っている。
「愛しているものか。」




