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四章 傍証が照らす真意

 

 娘が狙われ村の子にも累が及びかけたことを村長や長老へ報告し村全体でも警戒するよう伝えたララナは、村外活動をしばらく控える方針を聞いて帰途についた。

 精神力欠乏にも近いメリアに星の魔力を使ってもらうことはできず、メリアを体内に戻すこともまたできないララナは、原始魔法を操る魔団に直接対抗する術が大きく分けて二つに限られている。一、鎮静魔法を用いる。二、分祀精霊であるクムや糸主の力を借りる。

 ……もどかしいですね。

 皆の張りつめた警戒心を客観視していた戦時の自分をララナは振り返った。終戦といえるそのときまでなんでもできると思い上がっていた。何もできなかった。できたことが大きな後悔になった。

 ……とはいえ、やはり、何もできないということほどもどかしいことはございませんね。

 幾度となく覚え、その都度若かりし頃のオトに共感する。できたはずのこと・できるはずのこと・したいと思えること、この手で叶えられるはずのことが叶えられないつらさが冷たい夜風となって障壁を越えて吹きつけてくるようだ。

 できることをする。オトの示したことを出逢う前から実践して生きてきたからララナは寄道せず帰宅し、居間のオトに村長らのお達しを伝えた。村に警戒するよう促した魔団のことは常に頭に置いているがそちらへの対応は手段の少なさもあって今は受身だ。それとは別に竹神家の一員としてできることをする。

「気になっていたことを伺ってもよろしいですか」

「なんやろ」

 緑茶を飲むオトは、いつも通り感情の摑みどころがない表情だった。

 羅欄納が村長らと話すあいだ、魔団襲来に備えた家族内陣容をメリアが娘や分祀精霊に伝える手筈になっていた。オトに訊きたいのは魔団とは関わりのないこと、悪くいえば興味本位の内容だ。

「死霊使いとは異なりますが……私が仲間に施したように、オト様は、この世にとどまらせたかったひと、あるいは、蘇らせたいひとはいらっしゃりませんか」

 この世に死者がとどまることは葛神思のようなケースを含めていくつかある。傀儡化という非道な方法ではなくとも摂理に反して蘇らせられるとしたら、オトは誰を選ぶか。二人の名前が浮かんでいたララナは、答合せのように質問した。ところが、

(あつし)(さくら)

 思わぬ名前だった。

「……初等部までの同窓で、仲良しだったご友人ですね」

 オトが少し、遠い目をしたようだった。

「一緒にテレビゲームなんかをやった仲でもある。淳なんかはうまくいかんとハードディスクのリセットボタンをポチッとして、自分の失敗をなかったことにして──」

 

 

「これでいい!」

「どこが!」

 田中(たなか)(あつし)の笑顔に、結崎(ゆいさき)(さくら)が両拳を上げて反論した。堤端(つつみばた)(そう)の家に集まって二人プレイの横スクロールアクションゲームをやっていたときの一幕だ。ゲームにはルールがあった。一ステージをクリアするかクリアに失敗すると別プレイヤに番が回るというものだ。が、リセットボタンを押した瞬間、全ての記録がなくなって再始動(リセット)、やり直しだ。

 二室(にむろ)ヒイロと坂木(さかき)(あおい)、それからオトも集まっている。保育園からの付合いは二年を過ぎ、すっかり馴染の顔触れになった。

「だってオレあなにおちたし」

「淳だけじゃん!あたしはおちてなかったよ」

「いいじゃん、またおちなけりゃ」

「淳がまたおちるじゃん!」

「はっ、おちるわけねえ」

「どっからくるのそのジシン!」

「もう七回落ちてるのにね」

 とは、総が後ろから指摘した。ぎくりとした淳だが懲りない。

「だいじょーぶ、つぎはおちねえ」

「ほんとにー?」

「しんじろ!オレはさいきょーだから!」

「『あはは……』」

 ヒイロと葵の苦笑はどこ吹く風。淳がコントローラを握り、桜と交替した総がもう一つのコントローラを握った。

「淳、せめてこのルールは守ってくれないか」

「ルールって?」

1P(ワンピー)2P(ツーピー)もそれぞれ三回失敗したらゲームオーバで何もできなくなるだろう。片方がゲームオーバで片方が観てるしかなくなったらそれはつまらないだろうから、そこでならリセットしてもいいってことにするんだ」

「どういうこった」

「えーっと……、片方がゲームオーバになるまではリセットボタンは駄目ってことだ」

「なんで?」

「2Pの淳が押したら1Pのぼくらがどんなに進んでても無駄になっちゃうからだよ」

「ムダじゃねーよ、いいケイケンになる」

「ヘンにマエムキダナー」

 と、最低限のルールを示した総が早くも押し負けそうなので、頭のいいヒイロや葵も知恵を絞ったが、ゲームに関する屁理屈で淳を負かせられなかった。

 しばらくして、

「そうだ」

 と、総が提案した。「1Pと2Pを入れ替えればいいんだ。淳、1Pでやってよ」

「いいぜ、まかせろ!」

 いい経験。淳にそれを積ませればいいのだ。と、考えて預けた1Pだったが、それから2Pの出番がほぼなくなった。なぜなら淳が何度も穴に落ちてクリアできず、クリアできても次のステージではすぐに落ちてしまい、リセットボタンの活躍は目まぐるしかった──。

 

 

「『これでいい!』。みんなでよく笑っとったな。順調に進めとった桜は呆れて相手をせんくなったりするが、それでも結局、悪気のない淳の笑顔にやられて付き合う破目になる。俺達も肩を並べて相次ぐリセットに付き合う」

 現実に起こり得る全世界の挿げ替えと違って、ゲームなら笑い話で済む。しかしながら、

「不毛ですね」

「でも、リセットのたびみんなで肩を揺らした。アホかっ、とか、またかいっ、とか、ツッコみながら、虚構世界の進行と破壊と再構築を繰り返してね。リセットは、淳の苛立ちを治めてみんなを笑顔にする魔法やった」

 昔話をしたがらないオトの懐古的な語りは希しかった。

「淳が笑わんことがメビウスの輪を巡るより不毛やった」

 ……オト様──。

 遅蒔きに、ララナの質問にオトが答えた。

「全てをリセットしてやり直したい。そう思ったことがあるけどね、それをやるほど俺はもう絶望しとらん」

 この世にとどめたいひとも、蘇らせたいひとも、きっといる。でも、そうはしないほどにオトは絶望から立ち直った。その言葉こそが家族への愛情を宿していることを感ずるから、ララナは、微苦笑を浮かべた。

 

 時を遡る──。

 安アパート〈サンプルテ〉の一〇三号室、真新しくも心地よい竹神の姓を冠した家で、まさしく真新しい一家が始まった三〇二四年。三女子欄が祭のお土産で買ってきてくれた鏡をダイニングとキッチンのあいだに立て掛けた。孤独だったララナは妻としての歩みと母としての歩みを確かめるように鏡面を視るのが日課となった。

 視る、と、いうと、監視しているような感を受けるだろうか。また、透視という意味に受け取るひともいるだろう。それらの面は皆無でもなかった。警察組織に危険視される曰くつきの人物だったからでもなく、目を離すとどうなるか知れない危うさをオトが常に抱えているようにララナには思えてならなかったのであった。

 妻となり母となったララナに取って「視る」とは、見つめる、と、いう意味であり、その行為は夫であるオトへの気持を何より早く届ける手段であり、同じ速さで優しい目差を確かめる手段でもあった。

 鏡の目差は一定ではなかった。日溜りの気怠さ、青空の穏やかさ、霖雨の悲しさ、マグマ溜りの険しさ──、視ていなければおよそ酌み取ることができないさまざまな変化は、端からは無表情と一言に括られている。

 

 表情と同じように行動の少ないひとであるからオトを理解することができない他人は多く、娘の通った学園での一件がなければ永遠にも危険視のみだっただろう。ララナから観てもオトは動かないことが普通で、娘の友人からはグータラ親父と呼ばれているのを何度も耳にした。

 魔団という呼称がオトの口から発せられる約二箇月前、三〇七五年五月七日、日曜日。世間でいう還暦を優に超えたのに、ネガティブな呼び名を自認もしたオトが活動的と捉えられたから、ララナは尋ねることにした。

「オト様、何か心境の変化がござりましたか」

「家族が増えたでね、ちょっとばかり大黒柱っぽいこともしておいたほうがいいかと思い直さんでもなくてね」

 お国訛りの彼が両手に包んでいたのは、販売用の聖水を汲んでおく小瓶である。製法は謎に包まれているが、彼の魔法以外では作り得ない特別製で、現状その小瓶でしか聖水は保存できない。湧出量から逆算して聖水採取量が決まっている上、聖水を取り出したあと小瓶は消失するので、聖水使用に合わせて小瓶を作る必要がある。それらの理由から、一日一二個を目安に小瓶を作っていたのだが、

 ……小瓶が無数に積まれております。

 ここのところは一日三〇個以上、作業場としている居間に収まらず寝室に山を作っている。

「少しお休みになりませんか。魔法を使い続けられては差障りがござりましょう」

「普段お前さんらに頼りきっとる分、回復しとるから大丈夫やよ」

「……それならよいのですが」

 魔法を使う愉しさを知っている彼。その横顔が活き活きとしていることを感ずるから、ネガティブな部分として精神力消耗を取り上げて作業を止めるのは躊躇われたが、

「何があっても数が足りるようにしとかんとな」

 その言葉を流すのは難しかった。

「……それは、どのような意味ですか」

「ん。そのまんまの意味やけど」

「まるでオト様がいらっしゃらなくなるかのようなお言葉でした」

「それを含んでもいいかもね、どこで怨まれとるか知れんし」

 冗談と笑い飛ばせたらよかったが〈終末(しゅうまつ)咆哮(ほうこう)〉や異次元の結界、青い雷の件もあって噓とは思えず、笑えるはずもない。

「オト様は、私がお助けします」

「何年経ってもその気持は変わらんのやね」

「オト様は、私の未来そのものですから」

「……。そうかい」

 応答までの間が気になったが、「ときに悪神討伐戦争時に現れた未来の俺とやらの姿はどうやった。イケメンやったか」

 そう問われて想起した記憶には、今のオトと変わらない姿があった。

「今と変らずもっさりです」

「一般的な人間にすると何歳くらいに観えた」

「一八歳、いいえ、オト様が自称されるような外見年齢を捉えると二〇代半ばといったところでしょうか」

 オトと出逢った当時と()()()()()姿だが違和感などあるはずもない。「私達は不老(ふろう)生者(しょうじゃ)、老いが訪れませんから姿が一定で保たれてしかるべきですね」

「──そうかい」

「あと、おとぼけですね、先の質問は二度目です」

「そうやっけ」

「三〇三七年八月六日です」

「憶えとるんかい。さすがに曜日は──」

「月曜日でした」

「キモっ」

「オト様の三二歳の誕生日ですから」

「歳まで……」

「このくらいなら暗算で一秒も掛かりませんよ。ちなみに回答も同じでした」

「──すっかり忘れとった」

 誕生日を娘にも伝えないようなひとだから、そもそも自分から思い出したり意識したりすることはないのだろうが、漫才のような応答も無表情では感情が読み取れない。

「左様なことでは磋欄ちゃん達の情操教育に悪影響しませんか」

「誕生日を軽んずるな、普段から意識せよ、と」

「ご存じですね。意識、よろしくお願いします」

 そんな当り前のことより、彼の人生上の前倒し思考をララナは打ち砕きたい。

「たまには森にいらっしゃりませんか」

()や」

「大黒柱らしさの欠片もござりませんね」

「参拝くらいはしてもいいけど」

「目的をお察しですね。では、参りましょう」

「強引だこと。いまさらか」

「はい」

 オトに対してララナは至極積極的である。

 家族に留守を任せると、オトと並んで外を歩いた。

 モカというこの村は、アスファルトも鉄筋もなく、自然の香りと機織りに和む。周囲を厚く囲んだペンシイェロの木に潜み、畑の野菜や水田の米を育て、家畜を飼って、独特の風習を纏って、お金の存在を忘れそうになるほど自給自足ができる。そんな土地柄ゆえに家をほとんど出ないオトを変り者と捉える村民は多い。一方で、

「ハォ〜」

 と、鳴きながら擦り寄ってくる四足歩行のウサギュマなどの動物にオトは懐かれている。

「よし、よし。あとでそこらの草をあげよう」

「せっかくですので畑のニンジンでもあげましょうか」

「子どものトラウマにすべきアイテムやな」

「トラウマには致しませんが、ウサギュマ達も働き者ですから疲労回復したいでしょう」

「働き者には一票やな」

 村の女性や子どもが運べない重い荷物を載せて運ぶことが多いウサギュマ達は、男性陣に次いで力仕事を担っている。

「オト様はいかがでしょう」

「疲れとらんよ」

「二週間近く、以前の三倍は小瓶作りをしていらっしゃります。納雪ちゃんに加えて磋欄ちゃんや霊欄ちゃんの相手もなさって、疲労が嵩んではござりませんか」

 納雪、磋欄、霊欄は娘の中でも年少組で、体力と元気がある。もともと騒がしいのが嫌いなオトとしては耳に障ることもあるだろう。

「小瓶作りはあとあと楽するためでもある。子らについては、たまには騒がしいのもいいし、特別疲れたりはせんよ」

「左様ですか」

「左様よ」

 北の森に入る。村を円状に囲んだ森は大きく分けて内側と外側に分けられる。大きく育ったペンシイェロの木が成す内側を内層(ないそう)、背の低いペンシイェロの木が成す外側を外層(がいそう)という。伝統工芸品の製作に携わる摘師(つみし)がよく出入りしている。木の根を頼りに歩く根上(こんじょう)探索(たんさく)や枝と枝のあいだを渡るように移動する枝間(しかん)跳躍(ちょうやく)が主な移動手段となる。内層に踏み込むと、先頭のオトに倣ってララナは根上探索だ。

「木の実がたくさん落ちていますね」

「モカ織の染色からデザートに至るまでこの村はそこらの木の実に支えられとるからね。大量にあって困ることといえば、動物が増えすぎることくらいか」

「適宜採取して生態系を維持しているのが村民ということですね。いわゆる相利共生です」

「持ちつ持たれつ。得意なこと、生活に必要なことの折合をつけて上手に生きとるのがモカ村とペンシイェロの森やな」

 この森は固有の植物が豊富で希少価値が高いだけでなく、多種類の昆虫や爬虫類、鳥獣なども集まる動物の楽園ともなっている。村民は伝統工芸品であるモカ織を作ることで環境保全も行っていることになる。

「独特の風習と排他的な世界という理由だけでなく、モカ村はオト様の考え方を理想的な形で実現してもいるのですね」

 モカ村に引っ越す前にも聞いていたことだが森の中を実際に歩いて動植物の観察を行うと、淘汰と生活を肌で感ずる。オトの理想とする世界にララナは嬉しくなった。

「オト様はまことにお好きな場所を選ばれたのですね」

「嫌いなところには住みつかんわ」

 根を渡り歩くと、木肌に樹液が滴っている。栄養補給中の昆虫を邪魔しないように、オトが指先で樹液を掬ってぱくっと。

「ん、おいしいね」

「私もよろしいですか」

「みんなの邪魔をせんければ」

「では一口」

 オトがやったように指先で樹液を掬う。蜂蜜よりも抵抗感のある感触、指を離すとつ〜っと糸を引くようなねばり。

「服につかんように気ぃつけぇ」

「はい。んむっ」

「どう」

「んっ〜〜」

 指で感じた印象と打って変わってさらっとした舌触り、すっきりとした甘みはフルーツを思わせる。

「甘くておいしいですね……!」

「味覚は完全に回復したっぽいね」

「──、そのようです」

 オトとの触れ合いを経て取り戻しつつあった五感。

「おいで」

 と、引かれた掌に感ずる確かな温かさ、柔らかさ、力強さ、魅力、汗──。どきどきしてやまない一つ一つに、緑茶荘での出逢いを思い出す。

「オト様……」

「艶っぽい声を出すようになったね」

「何も知らない私を、女性にし、妻にし、母にしてくださったのは、オト様です」

「母にしたのは娘やと思うよ」

「きっかけです。オト様がいらっしゃって、初めて、私は、斯様に、心を躍らせて、森の空気を愉しんでおります」

「この場所を育て守ってくれたモカのみんなにも感謝やね」

「はい」

 少し手を握り返されただけで声を漏らすほど驚いていた頃と何も変らずララナはオトにときめいている。時折目線をくれて、それから前を向いて歩く大きな背中に思わず跳びついてしまいそうな衝動を抑えるために、固有の植物を踏み荒らしてしまうから、とか、突然跳びついたら彼を驚かせてしまうから、とか、理由を探した。

 外層に踏み込むと日差が遮られた。目が慣れるまで歩きにくいほどの闇が覆っている。ララナはオトの腕にぴたりとくっついた。

「歩きにくいんやけど」

「ゆっくり、参りましょう」

「お前さんが怯えるべきものはここにはないのにね」

「魔法で照らすことはできますが目が慣れれば不要です。こじつけがほしいのです」

「素直やね」

「はい。このままで、お願いします」

「じゃ、ゆっくり行こうか、寂しがり屋同士」

 多少の魔物なら対処する。ララナが恐いものは、オトが言うようにこの森にはない。理由をつけなければどきどきと衝動が爆発してしまいそうで、爆発する前にオトにくっつけるこじつけがほしかった。その気持は自分のものとでもいうように抱っこしてくれたオトに密着して、その香りを、ぬくもりを、堪能する。

「家の中でそうしてくれればいいのに」

「妻で、母ですから」

「そうやね」

 オトが突き放すことはない。そうと判っていたからある程度の理由さえあればどこでもくっついていたい気持がララナにはある。

森社(しんしゃ)では離れようね」

 と、言われてしまう外見をララナは少し怨めしく思う。少し前までは娘の妹に間違われるほど幼かったらしい見た目はオトとの公然の密着を許してくれた。外からどう観られていても構いはしなかった。どんな意味を持つ密着なのかはオトと共有できればよかった。隠れた文通のような夫との密着を、思えばほとんど愉しまず積極的に求めることもしなかった自分の鈍重さに、機会を手放してから気づいた。

「この姿では娘という建前は通用しませんね」

「通用するなら無限にくっつきぼぼしそうやね」

「なりませんか」

「お好きにどうぞ。神様の前では建前なんて看破されるけどね」

 オトも口にした森社では、ペンシイェロの森を守る精霊〈森の声〉を祀っている。

「こうしてくっついていることを森の声はとうに察していることでしょう」

「所作は大事やよ。態度に示さにゃ参拝の意味がないし」

「自然を尊ぶモカの住民の一人としてですね」

「ん。態度と言の葉で示して初めて神様はこちらの気持に応えてくれるんやと思うし、そのときばかりは夫婦であってもちゃんと距離を作るべきやと思うよ」

「オト様の考え方は、分祀精霊のみんなに受け入れられている理由の一つなのでしょうね」

「あの子らはお前さんやメリアと同じやと思うよ。俺が情けないから助けてくれとるだけ」

「ええ、理由の主軸、きっとこじつけですよ」

「そうかい」

「そうです」

 自称するほどに情けなくて怠惰なオトは実際ほとんど動かない。それでも目を離せない理由を解りやすいところから拾うなら、魔力の自然環境を自然な形で完璧に保とうとする姿。魂器過負荷症で死にかけていたときも貫いた痛痛しい姿勢をわずかでも自分への労りに換えていたらきっともっと楽になれたはずだと思えて、ララナはつらかった。痛みや苦しみが少しでも楽になれば。そんな気持をいだかずにはいられず自然と向けた目を離せなくなる。

 恐らくは自然の痛みを自分のことのように感じているオトだが彼は同時に建前が上手な噓つきで、大っぴらに支えようとしても受け入れようとしない。だから、吐き捨てられた噓を逆手に取って、支えるこじつけをみんなが探している。ララナもその一人で、

「私達がついていなければお食事も碌に召されません。情操教育に悪いので面倒をみさせていただきます」

 と、主たるこじつけとして幼い子の存在をちらつかせた。彼に対しては完璧な理由になる。

「森の声の話からは脱線した感がするね」

「脈絡がやや通らない話でしたね」

「日日精進」

「はい」

 なぜそんな回り諄い理由づけをしているのか、なぜそうせねばオトを支えられないのか、互いに、全て解っている。それに甘えてしまえばオトが遠くへゆいてしまいそうな(おそれ)をいだいてしまうから、ララナはできればなんでもこじつけにしてくっついて、オトから一秒も目を離したくはない。相手がいかに動かない彼でもそんなことは現実的ではなく不可能と解っているから、せめて近くにいるときは、と、目一杯に抱き寄せる。

「もうすぐ着くよ」

「早いのです。ゆっくりお願いします」

「ずっとくっついとってもいいよ、大きな赤ちゃん」

「情操教育に悪い話を家中に流される懸念が生じましたね」

「是非流そう、森社でまでくっついとったらね」

「大人気ないのです」

「どちらが。くっつきぼぼ、それとも、事実を流す噓つき」

「事実が真相とは限らず、事実を明かすことを青いとする関係もままございます」

「うまい言回しをする。さすがくっつきぼぼ」

 そんなやり取りをしていると森が開けた。森の外に出たのではなく外層の一角に位置する森社に到着したのである。何度観ても立派な社で、拝殿前の供物台にペンシイェロの木の実や固有の植物など、村民が日日絶やさぬ神饌が捧げられている。オトがどこからかペンシイェロの木の実を取り出して神饌とし、淀みない所作。その隣で、ララナも一通りの所作をこなして参拝を終えた。

「くっつきぼぼをやめたら途端にいつもの女神様やね」

「私は女神ではございません」

「神前で噓を言ったらヘソ取られるぞ」

「それは雷のときではございませんでしたか」

「同じよ。『神が鳴らす』で『かみなり』やからね」

「自然信仰ですね」

「畏敬やよ」

「八百万の神を祀るダゼダダらしい考え方です。一神教よりも多様かつ複雑です」

「話を戻せば、神前で噓つきゃ臍を取られても仕方がないわけやよ。やから噓じゃない」

「神前で別の神様を崇めるようなことを仰るのは問題ござりませんか」

「神様はそこまで狭量じゃない、と、言いたいが改めよう。そもそも女神ってのは比喩みたいなもんやし問題かもね」

 森社から退き、再びオトがララナを抱っこして森の中を行く。「女神様やね」

「臍を取られたいのですか」

「いやもう神前じゃないし、主観的表現ではあるが噓でもないとは重ねて言う」

「私のどの辺りが女神なのですか」

 自覚がないことだから全く理解できない。一部娘にも同じ表現をされたがララナはやはり理解できなかった。

「綺麗・大人、と、比較表現されるほど以前の私は見窄らしく幼かったのですか」

「卑下したのでもないことはお前さんの『可愛い』の理解が狭いことから察するとして、単純に可愛く幼かっただけやよ。今は自然と敬いたくなるような容姿になってまったってだけ」

なってしまった(なってまった)、は、消極的では。皆さん、以前の姿がよかったのでしょうか」

「激変したからびっくりさせられたって意味やよ。今の姿も前の姿も家族内で拒否られたことなんかないことくらい感じ取りなさいよ」

 それは感じ取っていたつもりだが、もしも不快ならメリアの魂を再び体内に戻して、肉体変化の力を借りなければならない。

「多少の姿形なら俺が変えたるけど必要ないよ。髪同様、お前さんのことが好きやから」

「──何故、本日は真率でいらっしゃるのですか」

 オトが言ったように、もう神前ではないのに。

 ……オト様──。

 素直に主張してやり取りをスムーズにする理由はなんだろうか。メリアの問題が解決してこれから無限といえるほどの時間がある。そのはずなのに。

「思えば、」

 と、オトがぽつりと言った。温かくて柔らかな香りを余さず感じ取りながら、ララナはその声に耳を傾けた。

「回り諄いことばかりで拗れたこともあったね。相手がお前さんやったから、それでもいいと甘えさせてもらった部分は大いにあるし、今も、そんな甘えから吐露しとる部分はあるんやけど、それを除いても、俺は今、素直に話したく思っとるんよ、お前さんへの感謝や、顔が熱くなるような何十年もの気持をね」

「……寛解手段は確かなのですよね」

 魂器過負荷症を回避する延命手段、謐納と実現した融合魔法が仮に不完全でじつは意味をなさないのだとしたら、終りを予期したかのようなオトの話は筋が通っていることになる。

「そこに噓があったら、あの〈後悔(こうかい)()〉を繰り返すことになる。そんなことは寸分も望んでないから安心して」

「信じます。では、なぜ先のお話を」

「解りやすくいえば、心境の変化。基本的には後ろ向きなままやけど、包丁を向けたときと同じで多少素直になってもいいかなと思っとる」

「あれは素直な態度といえるのですね」

「真率とは遠いかも知れんが、あの頃にしては素直やったよ。で、話を今に戻せば、俺はお前さんに、してもしきれんくらい感謝しとるってこと」

 立ち止まったオトが巨木の一つに背を預けて、抱き締めたララナの頰にそっと口づけ。

「こんなに素直なのはこれが最後かも知れんから、素直に受け取って」

「はい」

「これまでありがとう。メリアやみんなと一緒にこれからも家のことをよろしくね、羅欄納」

「はい──」

 オトの言葉と口づけに応えて、返事同様にララナはこれからのことを抱擁に明示した。

「私や皆さんのことも、どうぞ、よろしくお願いします」

 抱擁には抱擁で、言葉には口づけで、応えてくれた。抱擁にも、口づけにも、夜のような欲求はなく、包み込んで宥めるお包みのような落ちつきがあった。伴侶たる自分に向けられるはずのない感情、噓ではなく事実でしかし真相とは異なる感情が、ある。積まれた小瓶の感覚をララナはどこかで拭いきれずにいた──。

 

 して、昨晩知らされた幽霊の正体だ。オトが家族を守る覚悟を決め、外に出ることも辞さず一定の攻撃的手段も用いることを示唆したのだ。

 オトを狙う魔団に対抗するため部隊編成を行ってそれを家族内で共有した翌朝、みんなが朝食を済ませると、ララナは食器洗いを進めつつ考えを深めた。

 ……マモリイチカ──。

 あの太刀には憶えがある。驚異的な攻撃力を発揮することは昨日知ったが最初に観たのはもっと前、成行きだがララナは握ったこともある。後悔の日。家族の中でそう呼んでいる日だ。彼の近くに鞘が落ちていた。白抜きのスイレンが象られた特徴的な青い鞘から、昨日観た太刀と同一の太刀であることは明らかだ。彼の傷に染まったスイレンが自分達家族を如実に表しているように感じて苦しかった当時のことも、ララナははっきりと憶えている。

 ……オト様は、あの日、あの刀でご自身を傷つけられた。

 具体的なことは言えない。無論、余所に言いふらせる内容ではない。分厚いオブラートに包むなら、これ以上ないほど痛ましい断行、だ。

 一緒に台所に食器を片づけていたメリアと、ララナは話すことにした。居間には娘とオトがいる。声にすると特にオトにはあっという間に聞かれてしまうので、その昔から読心の魔法を用いなくなったという彼の言葉を信じて、傍受されることもある伝心の魔法でララナはメリアと会話した。

(後悔の日、オト様が自傷されたことは以前伝えました。あの一件について意見を聞きたいのです)

(何か、気になることができたのですね)

(忘れもしない三〇四〇年一一月八日の火曜日、三五年前のあの日にはあの神具、マモリイチカが既に存在し、自傷はそれによるものでした)

(覚悟を持って振るったと窺えますが……、日づけや年数に深い意味でもありますか)

(いいえ、それ自体には。ですが、およそ二〇年後、謐納ちゃんとともに壊死治癒刀が作刀されたことを踏まえ、小さな頃に草案があったというヤブルハナノコハリの高度化及び作刀が成されたのはそのあとということです)

(それがいったいどんなことを指し示しているのですか)

 刀型神具の作刀時期がおおよそ判った。そこから読み取れるオトの考えは、マモリイチカで不足している能力をヤブルハナノコハリに込めたであろうこと。滅亡(スイレン)を象り物理的脅威に揮うとした太刀の次は、普通であれば防御に特化したものになりそうなところ、調和(カエデ)を象り鎮静効果を発揮する打刀を作ったのがオトである。常常魔力環境に配慮してきた彼らしい選択といえばそうであるが、果してそれだけが鎮静効果を選んだ理由だろうか。ララナは、そこに疑問を持ったのである。そこから陣容を振り返ってみると、面白いことに気づいた。

(攻撃特化のマモリイチカが最古の神具であるとはオト様が明示なさりました。同じく古い付合いとなる分祀精霊の中でも、クムさんや糸主さんが攪乱や防御を担っていることは先日の陣容確認で明らかとなりました)

(糸主さんがいるから防御特化の神具は不要だった、と、いうことですね)

(さらに、戦闘に秀でているとしながらオト様が紹介なさらなかった三人の能力です)

(観察のカナメダマさんに、金縛りと圧から攻撃に転ずるソソさんに、それから、精神支配系のフタツハテさん、やはり穴のない布陣ですが──、あ)

(気づきましたか)

(鎮静効果は、魔法の前段階である魔力流動や魔力集束現象、身体強化効果、それら魔法や魔導に纏わる全ての基本動作に有効です。すなわち、属性の不利を除けば、鎮静効果は全ての魔法・魔導を制します)

(そう、十分すぎる陣容、そこに空いた気づかないほど小さな穴を、ヤブルハナノコハリが埋めたと考えられるのです。鎮静効果が有効でないなら一周回ってマモリイチカの出番です)

 観察・牽制・攻撃・防御・補助・攪乱・鎮静──、敵陣営並びに自陣営の攻撃さえも確実に止められる戦力をオトが揃えていた。それも、ヤブルハナノコハリの作刀時期から考えるに三〇六〇年には、だ。その後、惑星アースで未知なる強さの魔獣を相手にした。戦う心構えは、問うまでもないだろう。

 聖水の小瓶作りを加速していることも引っかかっていた。大黒柱らしいことをするため。本当にそれだけか。作れなくなることを見越して前倒しで作製しているかのようにララナは思えてならなかった。ララナが認識している加速の起点は、約二箇月前の三〇七五年四月二六日。思えば、納雪のリモート授業を申請したのもその日だった。それから何日もペースを緩める気配がなかったから、疲れていないか五月七日に尋ねた。

 それらオトの様子から推理できるのは──。

(二箇月前、それより前にオト様が魔団の出現を予期なさっていた可能性がございます)

(二箇月以上前に、魔団が動きを見せていたということですか)

(オト様のみが捉えられるような些細なことだったのかも知れませんが、確実に)

 魔団出現を予期した時期。それを正確に知ることで、オトが自身と家族に迫る危険を知りながら昨日まで隠していたことの意味を深く知ることができるだろう。メリアの狂気対策が打てて家族全体の方針が粗方決まったから、と、いうのがオトの主張であったが、ララナはそれのみとは思えない。主張が本当なら家族会議と同日三〇七五年四月二五日、メリアとアデルの関係に区切りがついたあとに魔団出現予測を伝えてくれなければ一貫性がないからである。自称噓つき。実態として、オトは噓つきだ。確実に何かを隠している。

(リモート授業の件を拾うなら、納雪ちゃんが狙われた事実も、ひょっとするとあるのかも知れません)

(それなら鈴音さんを自由にさせて、納雪さんのリモート授業を促したのも納得です)

 オトが何を隠しているか探るためにも思考を深めよう。二箇月前やそれ以前、魔団に関係するような出来事はなんだろうか。ぱっと思い浮かぶ出来事がララナにはない。メリアの狂気に対応するため忙しく動き回っていた頃なら見逃しがあってもおかしくないと推測できる。納雪の周辺に絞っても同じだ。リモート授業申請の前はテロも起きておらず、それらしい動きはなかったはずだ。と、なると、四月二六日以降の出来事に目を向けるのが早そうだ。

(メリアさんは何か思い浮かぶことはございませんか)

(狂気対策をしていた頃というと、わたしが竹神家に馴染めるよう動いていた頃ともいえますね。カナメダマさん達を除くたくさんの分祀精霊を紹介されました。それから、羅欄納さんからも炊事・洗濯・家事、家の仕事を一通り教わった時期でした)

(最初は大変でしたね)

 特に大変だったのは、あの時点で八人もいた娘の洗濯物と食べ物の好みをメリアに覚えてもらうことだった。娘が全員合流するまでにはなんとか覚え、今もきっちりこなしているメリアである。

(羅欄納さんの体を出て戦えなくなってから同行していませんが、音羅さんとハンタ資格を取得したり、謐納さん達と魔物討伐に出掛けるようになったのもその頃でした)

 メリアの失態も重なって音羅が毒に冒されたこともあった。メリアも深く反省したことなのでこれはあえて話題に上さない。

(音羅さんと夜月さん、そして刻音さん……三人のお蔭もあってトリュアティアを破滅させずに済んだことも大きな出来事でした。そのあと、霊欄さんが生まれたことも──)

 娘からすれば突如のように現れたのがメリアだった。思わぬ反発を見せた刻音とどう仲良くなるかがメリアの大きな課題だった。課題をなんとかクリアし、人生において大きな実り、実子霊欄の誕生という出来事が齎され、大昔から望んでいた家族との暮しをメリアは実現した。

(──、思えばメリアさんとのあいだに霊欄ちゃんを、同時に私とのあいだに磋欄ちゃんを授け、霊欄ちゃんと磋欄ちゃんが孤立することのない関係を作り上げていたことも、オト様の先見かも知れません)

(魔団の出現を予期なさっていたことの傍証の一つ、と、いうことですね。……)

 メリアのわずかな沈黙を捉えつつ、ララナは傍証をもう一つ挙げておく。

(私とメリアさん、音羅ちゃん、それから生まれたばかりの磋欄ちゃんと霊欄ちゃんを連れて私の義父母と再会したこともでしょう)

(音さんはお義父様方と以前から密かに会っていらっしゃったという話でしたよね)

(予期なさった時期がもっと前になる可能性がございますね。メリアさんの狂気に対策を講じていらっしゃったのが私との出逢いから間もなくのはずですから、──)

(まさか、そんなに前から──)

 ララナの義父が余命わずかと見做せたから、過日、急いで聖本邸を訪問した。ララナ、メリアに加えて音羅、磋欄、霊欄をオトが同行させた。その理由をオトはこう述べた。

 ──おじいさんとおばあさんの気持が解るような気がしてね。

 ララナの実父母の血を絶やすことなく繫ぐことができたこと、メリアの狂気を治めた証拠を示すこと、して、繫いだ血とおもいを目に見える形にすること、それらを報告するためだったのだとオトは暗示したのだ。その暗示が変わることはないが、魔団出現を予期した上だとしたら、あの訪問はより深い意味を持っていたことになるだろう。ララナやメリアや娘と築いた竹神家の形を示すと同時に、

(何者からも家族を守る。そう、お義父様方に誓うためだったのでしょう)

 惑星アースでの彼の活動は公には認められるようなものではなかった。実態としては大黒柱を担えていたとしても元来責任感や正義感の強い彼が自負できるほどのものではなかったに違いない。して、魔団出現をずっと警戒していた彼が大黒柱としての誓いを訪問に籠めていたなら、ララナ達に魔団のことを昨日まで黙っていたのはむしろ自然である。

(攻撃部隊の陣容からも、音さんの決意を感じ取れます。音さんは、黙って全てを背負い込もうとしていらっしゃる……)

 その傾向が昔から強いひとだった。だから、なんでも受身だ。訊かれなければ答えないし、悟られなければ真相を語ろうともしない。その心の奥底に秘めた優しさも、問いつめなければ白状しない。

 ……目は口ほどに物を言うものなのですよ、オト様。

 彼がどんなに隠していても、目差に宿る気持は隠せない。だからテーブルがあったサンプルテなどではほとんど突っ伏して、目差を伏せていた。理性欠損の問題もあって隠すことが難しかった優しい心を、大黒柱の役割を果たさんとして必死に隠していた。

 ……オト様──。

 食器洗いがとうに終わって、アイコンタクトでおやつ作りに入っていたララナは、手伝ってくれている隣のメリアに支えられて、果物を落とさずに済んだ。

(羅欄納さん……)

(……、大丈夫です。私は、とても鈍いですが、報いる方法ならいくらでもございます)

 これまでもそうであったように尽くす。ストーカといわれようと、恐いといわれようと、拒絶されたとしても、何度でも駆けつけて寄り添って尽くし遂せてみせる。

(大黒柱を支える。それこそが、私達、妻の役割です)

 うなづいたメリアが、ふと告げる。

(羅欄納さんのお義父様方を訪問した日のことで、伝えたいことがあります)

 先程の沈黙の理由がそこにあった。(あのときは信頼の証と感じてほかに意図がある可能性など考えもしなかったのですが……)

(なんのことでしょう)

(寛解対策の融合魔法を、音さんはわたしにも教えてくださりました)

(!)

 その意図は、小瓶などと同じではないか。

(羅欄納さんの話を聞いていて、不安になってきました。そんなはずはないのに、音さんは、ご自分が動けなくなるようなことを見越されているような気がします)

(魔団への対抗のための家族内陣容、私の全耐障壁をまこと盾として迎撃型防衛態勢を主軸としましたが、その流れでマモリイチカを有するオト様が自然と攻撃部隊に決まりました。これは、一種の誘導と捉えられます。無論、オト様による誘導です)

(魔団との衝突で、ご自分がどうなるかまで、音さんは予期していらっしゃる──)

 その可能性が、極めて高い。だから、先手・先手で物事を動かしている。誰にも破られる心配のない全耐障壁を有するララナを中心にオトも迎撃に加われば、いっそ攻撃部隊の存在意義は不問に終わるというのに。

 ……陣容は既に決してしまいました。

 怠惰な噓つき、それでいて責任感も正義感も併せ持って先へ先へと行動している彼は、一度決めたことを覆さないひとだ。修正案を突きつけたところで簡単に吞んでくれるはずがない。ララナはそう思って、足が竦んだ。

 が、しかし、

(吞ませましょう)

 と、メリアが言ったから、ララナははっとした。

 隣のメリアを見ると、俎板に果物と包丁を置いてエプロンを外したところだった。

(メリアさん……)

(何を迷うことがあるのですか。柱は柱でも、大黒柱は生きているのですよ。動けなくなったら、みんなが悲しみます。いうまでもありませんが、わたしも羅欄納さんも死ぬほど後悔しますよ、それでいいのですか)

(……、いいえ)

 強い物腰に気圧されたララナは、メリアと同じように手のものを置いて、しっかりと、首を横に振った。オトが何十年も前から考えていたであろうことをいまさら気づいた自分が覆せるわけがない。一人だったら、ララナはそう諦めていたかも知れない。

(メリアさんの、言う通りです……、私も常常、娘に言っていることなのに、これではなりませんね)

 悪い結果になると解った気になって試さずに終えて、結局悪い結果が出て後悔する。それで納得できるような自分ならオトに見放されていたのではないか。やりもせずに何が解る。どうせ悪い結果が出るなら、少しは足搔こう。泥塗れで後悔しても納得できる。こんな自分だからきっと彼に求められたのだ、と。

(メリアさん、一緒に来てくれますか)

(勿論です。参りましょう)

(心強いです)

 竹神家のためにメリアの狂気を治めた。それをずっと前から考えていたオトの真意は、ひょっとすると、こういうときのためだったのかも知れない。

 ……おもいのままに、躊躇いなく動けばよいのです。

 臆病になるたび、ララナにそれを気づかせる。それがきっとメリアである。自ら動くこともきっとできたが足並はいつも遅かった。

 ……この脚がすぐに動いたのは、メリアさんのお蔭です。

 そして、メリアを家に招き、いることが当り前にしてくれたのは、オトだ。

 ……()()()()()を、受け入れるわけには参りません。

 オトが動けなくなる。それだけなら傍にいればいい。癒える日が来るまでずっと。でも、動けなくなるどころか、いなくなってしまうとしたら──。

 エプロンを外したララナは、メリアとともに居間に向かった。

 ……っ。

「音さんは──」

 いない。

 ……まさか、もう──。

 食器洗いを終えたら家全体の掃除に入るのがいつもの流れ。その流れに滞りを感じたオトがララナとメリアの追及を気取ったとしたら攻撃部隊から外されまいと──。

「メリアさん、急いでオト様を捜ふぇっ!」

「っん、どうしたん」

 東廊下から姿を現したオトが、目を白黒させるララナとメリアに逆に驚いたようだった。

「えっ、音さん、追及から逃げたのでは」

 と、メリアが同じ推測を口にしてくれたので、ララナはオトの反応に集中できた。

「いや、逃げるって何からよ」

「そ、それは、ね、羅欄納さん」

「……」

 東廊下を挟んで向こう側に寝室。「オト様、寝室に戻っていらっしゃったのですね」

「小瓶作ったからそっちに置いてきたんよ」

 ……焦りました、焦りましたっ。

 例の如く顔には出さなかったが、ララナは気持を整えるため額を拭い、改めてオトを仰ぐ。

「お話がございます。端的に、陣容修正願います」

「いいよ」

「『──』」

 オトのことであるから先回りの回答であろう、と、見做すならあっけないほど簡単に話が済んだことになる。が、ララナはまだ修正内容を全く話していないのである。油断しては、オトに逃げの理屈を積まれる危険性がある。騒がず慌てず冷静に、オトが納得する理屈も用意しなければならない。

「内容をしっかりお聞きくださりますか。お答はそのあとでお願いします」

「OK。お菓子があると捗る」

(作らせているあいだに逃げる算段かも知れません!)

 と、メリアの心を聞いた。ララナも同感だ。

「メリアさん、先日作ったショコラズキが冷蔵室にございますので取ってきてください」

「ついでにお茶もお願いね、和菓子風味には緑茶がいい」

「少少お待ちください。(羅欄納さん、引き止めてください)」

「(任せてください。)オト様、席に落ちつきましょう。こちらです」

「ん」

 囲炉裏があって炭の香りに落ちつける居間もいいがメリアのサポートも近くなる食堂のテーブルにそれとなく移動してオトを席に着かせた。

「羅欄納も座りなさい」

「はい」

 オトの席は、居間や台所の間仕切りから遠い東奥の席。ここまでオトから一秒も目を離さなかったララナだが、いくら身長が伸びても距離があると手が届かない。

「お隣、失礼してもよろしいですか」

「いいんやない。いつもの席やん」

「そうですね、(そうでした。道を塞ぐにはお隣が一番とつい考えて、いつもの席であることを失念しておりました……)」

 風に飛ばされた木の葉のように慌てふためく内心を面に出さずララナはオトの隣についた。

 急いでくれたのだろう、間もなくメリアが台所から現れた。

「お菓子とお茶です」

「おやつどきでもないのに」

「えっ、あ、そうですね、引っ込めましょうか!霊欄さん達に示しがつきませんし!」

「大人のブレイクで済むやろ」

「あ、そ、そうです、大人なのですから大人らしい振舞いで示しをつけることも大事です、よね、羅欄納さん!」

「はい。(メリアさん落ちついてください、挙動不審です)」

「う、え、っと、ではドウゾ」

 語尾が怪しい。が、なんとかお茶出しを終えたメリアががたがたと席について口を噤んだ。

 ショコラズキ。モカ村で古くから伝わる和風生菓子は、ペンシイェロの木の実を再利用したものであり、和菓子が好きなオトがモカ村でよく食べるスイーツの一つだ。森を感ずる甘い香りに反してララナとメリアはテーブルに隠した拳をほどけなかったのだが、

「二人とも落ちついていいよ。逃げんから」

 と、オトが微笑んだから、全て筒抜けであることを悟って、ようやく肩の力が抜けた。

「どっから話そうか。昨日は走りながらで舌嚙みそうやったからかなり簡略化したが、それが災いしてそんなに心配させたんやったら、改めて話さんといかんよね」

「……メリアさんと話していて、大いなる疑問が湧いています。いいえ、本当なら、オト様がマモリイチカを用いて魔物を討伐なさったというあの瞬間に気づくべきことでした」

 詳しく知らないはずのメリアへの説明もかねて、ララナはオトに気づきを伝える。

「遍く命を差別せずむやみに狩り取らないようオト様が自ら施された制約魔法がございます。それを〈命の平等〉といいましたね。制約魔法は一定の制限を設けることで利益を得る術式であり、オト様の制限は利益と共存している。魔法を無駄遣いせずに済むことや命を奪う心配がないことなどです。よって、オト様はひとはおろか感情を持つ魔物の命をも奪うことができないはずでした。以前、マモリイチカがオト様の呼掛けに応じて握ることもなく動いた場面に私は遭遇しており、マモリイチカが神具であることから遠距離に対する攻撃も魔法と断定できます。オト様の制約は魔法にのみ働くものとも伺いましたから、マモリイチカの魔法効果に疑問をいだかざるを得ないのです。ヤブルハナノコハリによる葛神思さんの葬送のあとでしたから私は疑問を見逃してしまいましたが、葛神思さんの葬送は異例でした。死者であり、命の平等に縛られず葬ることができたからです。状況観察に漏れがあったことの失態を認めた上で伺います。制約に反しない形で魔物に対する致命の攻撃を可能にする原理があったのでしょうか、それとも、制約を解かれたのですか。まずはこれにお応えください」

「理屈は簡単。マモリイチカの魔法効果を使ってないから魔物を討てたんよ」

「それなら制約の外ということですね。では、具体的にどのように討伐されたのですか」

「剣技やよ。人間も使える」

真空斬(しんくうざん)ですか」

「いや、空衝点(くうしょうてん)だ」

 空気圧を飛ばして敵を斬る剣技が真空斬。空衝点は真空斬の刺突版で、威力と速度に優れ、攻撃範囲が狭く狙いを定めにくい替りにピンポイントの攻撃が可能である。

「私はオト様から目を離していたのでしょうか」

「たまには離しなさいよ」

「刀を抜かず空衝点を放てるのですか」

「忘れたん。お前さんは俺の素振りを見逃したことがある」

「セラちゃんの長剣を直していただいたときのことですね」

 オトが素振りをした。ララナの認識では、一回きりの素振りだった。が、そのときオトは、ララナやラセラユナが認識できない真空斬を三つも放っていた。それに気づけたのは、巻層雲にまっすぐの亀裂が横並びに入っていた。

「限りなくゼロに近い動きで剣技を扱われたということですね」

「あのときほどなまってもないしね」

 食事も碌に取らず顔色も悪かった頃でも捉えきれない動きだった。ここ数年の運動量はかつての比ではなく相応に機敏になり、なまっていたときでも見抜けなかったオトの動きはララナが捉えられない領域に達している。

「マモリイチカに関しては納得致します。リモート授業申請について、それから、小瓶作りの加速について、真意をお聞かせください。どちらも、同じ日のことです」

「加速の日なんてわざわざ憶えてなかったが、リモートの申請はその前の日に確かに俺が言い出したんやったな」

 転移代を理由にして。「特異転移で送迎するっていうお前さんの提案は却下したね。原始魔法で精神力消耗がないからといって、魔法の無駄遣いに変りないし」

「出逢った当時から変わりませんね」

「特異転移ってことが判ったから余計にね。それに慣れきって一般性から外れすぎられたら困ると思った」

 何が困るのかといえば、情操教育や子育てを見越していたことを、じつは当時から遠回しにオトが口にしていた。

「跳ぶな、隠せ、と、よく叱られましたね」

「パンツスタイルなら構わんかったけど」

 要するにオトは出逢って間もないララナを独占したがっていた。オトとの関係で悩むことが多かった当時の自分に安心していいと声を掛けたくなるほどララナとしては嬉しい真実だが、今は話を戻す。

「小瓶の件が未回答です」

「多めに作り出したことやっけ。それは単に、あとあと楽するためやよ」

「それだけですか」

「まあ、原因をいうなら、調子を保てんっていうのがあるんやけど」

「調子、ですか」

「ほら、労働意欲がないからね、こういう感覚は俺みたいなもんの悪い癖かも知れん」

 その悪い癖なる感覚をオトが説明する。「一日一二個。世間でいうところのノルマが調子のいい日まで頭打ちを作る。で、消化不良を引き摺って次の日は億劫に感ずるんよ」

「反動のようなものでしょうか。ノルマを気にせずいつも通りなされは問題ございません」

「いや、そこは労働意欲の塊なお前さんと比べんでほしい。いつも通り、が、気分で変わるからパフォーマンスも変動が激しいんよ。逆に、億劫になった翌日調子が戻ることもあるし。仮に調子が戻らん日が続いた場合を考えてみぃ」

「補給が間に合わなくなりそうですね」

 聖水は穢れを消して魔物化を防ぐ役割がある。一日に一二個使うようなことはこれまでなかったが、小瓶の供給不足で穴を空けた日に穢れに冒されたひとが多くいた場合にそのうち誰かの魔物化を防げなくなってしまうおそれがある。そうなっては仕事として成り立たない。

「中途半端に責任感だけあるからね。自分の中で折合がつく程度にそれを保ちたい、相変らずの自己保身やよ」

 親として恰好のつかないその姿勢を娘にも打ち明けた彼だ。いまさらそれを隠すつもりはなかったようだが、

「お前さん達にくらいはいい恰好させてほしい気が、俺にもあるのかも知れんね。自ら打ち明けんことのほうが、よっぽど情けないっていうのにね」

 ……オト様……。

 溜息混りの伏し目はオトの数少ないプライドを示している。自ら話そうとしない受身の彼を知っていながら変化を感じたときに深掘りしないまま納得してしまったのがララナなので、情けないとまでは思わなかったが恰好がついているとも言いがたい状況に口を開くのは躊躇われた。対して、

「そんなことありません」

 と、間を置かず首を振ったのがメリアだった。「音さんは甲斐性なしですがわたし達に取って無二のひとです。情けなくてもそのことは何も変わりません。自信を持ってください」

 ……メリアさん──。

「羅欄納さんも、同じ気持のはずです。そうですよね」

 そう言って、メリアがララナを見つめてうなづいた。

 ……はい。

 メリアの問掛けに応じて、ララナはオトに会釈した。

 ララナは視野が狭い。目の前の問題で頭がいっぱいになっていた。家族も大事であるが、そこにいなくてはならないオトのことをいの一番に伝えるべきところで言葉が出てこなかった。心の底から思っていることを、メリアのお蔭で伝えられて、それが伝わっていることがオトの表情で解ったから、

「……ん、ありがと。つくづく、メリアがいてくれてよかった」

 と、いうオトの言葉にもララナはうなづいた。

 そのまま話を終えてしまいたいほど胸がすっきりしたが、話はまだ終わっていない。気持の面をメリアに委ねるつもりで、ララナは目先の問題解決に邁進する。次は、家族内陣容の修正についてだ。

「陣容修正案は、確実に通させていただきます」

「俺が防衛部隊に入ると、もとの防衛部隊が攻撃部隊になるしかなくなるんやない」

 謐納との約束があるため簡単に考えるとそうなりかねない。修正案は別だ。

「分祀精霊の皆さんに頼みましょう。能力を考慮するとカナメダマさんとソソさん、それからフタツハテさんで十分です」

「目玉さんは勝手に観察してくれるが、指示待ちの楚楚と両極は自分から動かんぞ」

 幽霊的二者はオトのように受身であるということか。そうであっても問題はない。

「戦時と同じ手法を採らせていただきます」

「司令塔の羅欄納が伝心で指示を送るってことか」

「伝心を用いるなら伝令が不要です。また、壁を気にせず連絡ができるので攻防両部隊で司令塔を分ける必要もございません。攻撃部隊において状況観察をカナメダマさんが担うのであればそちらの情報を防衛部隊に届けてもらえば指示も的確に行えます」

 究極的に視野の狭い戦闘を神界ライトレスの真暗闇で経験し、視覚で捉えられない部隊の指示もララナは慣れている。が、そんなララナでも及ばない理由が潜んでいた。

「タイムラグがある」

「情報のやり取りに、ですか」

「カナメダマの観察がどう伝わってくるか判るかな。昨夜も言ったが、あの子は口がない」

「伝達手段は伝心ですか」

「気配やよ」

 個人が発する個体魔力を魔力探知で捉えたもの。それが一般的にいうところの気配だ。

「ちょっと体感してもらおうか。目玉さん、おるかな」

 オトの声に応ずるようにカナメダマが現れる。そこにいるのにいないかのような、まるで本当に俗にいう幽霊かのような雰囲気だ。空気に着色して無理やり重みをつけたように突然に現れつつも、ずっとそこにいたかのように、いつの間にかテーブルの上をふーー……と転がってオトの手許で止まった。

 ……気配で伝達を察するということは──。

 体表面──眼球の形をしているカナメダマなのでまさしく眼球の表面──で絶えず出入りしている個体魔力に変化があって、その変化から観察情報を読み取る。カナメダマでなくても、気配の絶妙な変化で感情の変化を読み取ることは不可能ではないが、表情と同じように気配の変化にも個人差があるので、一人の変化を読み取れたとしても別の一人の変化も同じように読み取れるとは限らない。それに、それは飽くまで感情的な変化を読み取っているだけで、細かな情報伝達、例えば今回のように戦況を左右する細かな情報を正確に読み取る方法を、そも、状況変化を正確に伝える方法を、ララナは聞いたことがなかった。情報伝達というのは平文でも暗号でも双方が理解できる共通の言葉や文字を持つ必要がある。共通の言葉や文字を発せられないなら双方読み取れない。

 ……実際、全く判りませんね。

 気配で情報を受け取るのだと聞いてただちに魔力探知を試みたが、「カナメダマさんは無魔力個体、いいえ、不知得性魔力のみを有するのですね」

「音羅なら感じ取れるかも知れんが、それでも魔力の変化を情報に置き換えることはできん。で、情報への置き換えができる俺が防衛部隊におる場合、攻撃部隊に指示を行うのにタイムラグが生ずる。一秒に満たん遅れが命取りになることは、羅欄納のほうが知っとるんやない」

「詳細までは伝えられていませんがオト様もご存じでしょう。〈天界(てんかい)陥落(かんらく)〉。公に、悪神討伐戦争の前哨戦といわれるその出来事が、ほんの少しの遅れから発生したのです」

 戦略に直接関わる情報伝達・状況判断・物資運搬、それからあってはならないことであるが士気の低下や裏切り、それらわずかな停滞や後退によって戦況が覆り、思いもしない痛手を被る。

「カナメダマさんの気配は音さんのみが解るのですか」

 とは、メリアが訊いた。「仮にわたしが星の魔力を用いた探知を行っても、情報置換ができないのかという意味ですけれど……」

「せやね、俺しか無理。細かく説明すると難しいから簡略化するが、カナメダマとの相性や記憶や経験の差って感じやな」

 記憶の砂漠を有することで、この世界の誰よりもオトには記憶と経験がある。使わない砂は別の砂に埋もれるようにして思い出すことも難しくなるようだが、オトの推測力・憶測力の根底にあるものともいえるのでその量は桁外れ。カナメダマの気配の変化を情報として読み取るには膨大な記憶と照らす必要があり、それができるのはオトのみということだ。ゆえに、不知得性魔力を有する音羅やメリアでも、カナメダマの観察情報を読み取れない。

「メリアさんに寛解手段たる融合魔法をお教えになったのはなぜでしょう。謐納ちゃんと同じく死属性魔力を持つことが要因とは考えますが、それならば私でも構いませんでした。私には教えてくださらないのに、なぜです」

「子を作る魔法としてはお前さんにも伝えたと思うが」

「確かに……夜月ちゃんからは、オト様と私の魔力を合わせて作った器に入魂することで誕生しております」

 延長線上に融合魔法があるといえるが、子ひいては魂の器を作ることと魔力の器たる武器などの道具を作ることとは一線を画している。魂の確保など諸問題が付き纏う子作りに比べて、道具を作ることには問題はないに等しい。

「謐納にも紆余曲折あったことからして必ず使える手段でもなく、コツを教え合えるならそれに越したことはないが、それ以前に役回りがある。ララナが防衛部隊ならメリアはなんなん」

「『……』」

 ララナとメリアは沈黙を重ねた。オトの行動を疑いの目で観たあまり視野が狭まっていた。

「依代で活動しとるメリアの精神力はほぼ枯渇状態から始まって今ようやく少し蓄えられた感じだ。当然、羅欄納の中におったときと違って無尽蔵的でもないし回復も遅い。そんな中でも根本的に家族を支える役割を一つ与えたかったんよ。そんで、数少ない重要な役割を得たからこそ全身全霊を懸けて、寛解に貢献してくれると思っとる」

 ララナに教えなかったことの理由を蛇足的に付け加えるなら、ララナが防衛部隊に全力を注がなければメリアも役割に集中できなくなる。

 そこに他意などなかった。妻二人の詰問体勢にお茶を飲みつつ応えたオトの意図は一つだ。炊事や洗濯など娘が簡単に代わり得る役割ではなく謐納以外に担えなかった役割をメリアにも担ってもらうこと。その目的は、竹神家での大問題だった魂器過負荷症寛解に不可欠な存在としてより深く家族の和に馴染むことだ。そこに他意があるとしたら、メリアの重要性の低さから現状唯一の異母妹に当たる霊欄が家族内で孤立する可能性をなくすこと。それもまた、ララナやメリアが疑って掛かるような他意とは異なり歓迎すべきものだった。

 大黒柱が失われては家が終わる。そんな危機意識に焦燥して、妻として大事なことを見落としていた。

「オト様──」

「音さん──」

 謝りたかった。疑うことを当り前として、そうすることを常態化させてしまっていたことに怒ることもしない夫に、甘えていた。それは、ひとを信ずることを放棄する怠慢だった。ララナとメリアは、ともに頭を下げ──、

「一緒に食べへん」

 と、微笑まれて、謝れなかった。「甲斐性なしな俺を認めてくれてありがとう。お礼に、食べさせたろうか。それとも、食べさせてもらったほうがお礼になるんかな」

 大黒柱として前向きで積極的な彼はあまりに優しい。有無を言わせないその気迫は、謝れない不甲斐なさに潰れそうな妻の心もあっという間に包み込んで解きほぐしてゆく。

「しばしの沈黙を『食べさせてほしい』と酌むよ。はい、羅欄納、あ〜んして」

「は、はい……んむ」

「おいしいね」

「……とろけますね」

「メリアも。はい、あ〜ん」

「はい。……あむ」

「やわやわやよね」

「……ほっぺが落ちますね」

 青竹楊枝のしっとりとした口当りが穏やかな村の味と夫の微笑みを引き立てていた。

「って、すまん、羅欄納達が作ってくれたんやから、うまいのは知っとるわな」

 うなづきつつも、ララナとメリアは同じことを思った。

 ここには夫の笑顔がある。味見より、ずっとおいしい。

 

 

 朝からお菓子を食べる両親を覗き見していた磋欄であるが、微笑み合う姿につい見惚れてしまって、背後でぱちぱちと鳴る炭に咎める気持がすっかり燃されたようだった。

 わたしらもあとでこっそりもらおう。そう言うように、隣の霊欄が悪戯っぽく笑ったから、磋欄は少しだけ素直に応えた。

「ワタシもショコラズキがいいわ」

 

 

 

──四章 終──

 

 

 

 

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