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二章 作るべき神具

 

 愉しい海水浴を邪魔されては敵わない。惑星アースの世界同時テロの件もある。警戒はいくらしても足りない。海を振り返ったオトのもとに、第一妻ララナと五女謐納(ひつな)が駆けつけた。

「ひとまず一難を取り除けたかな」

「オト様」

「父上」

「二人ともお疲れさん」

 海上とは別に危険因子が訪れることを懸念して、子達には密かにララナと謐納をつけてあった。分祀精霊(ギフトスピリット)の面面がいる家は安心だが、第三妻メリアはまだ自在に魔法を使えるほど精神力を貯蓄できておらず精神力不要の星の魔法の練習もできていないので戦力分散を避けたい。

「さ、帰ろうか」

 合流したララナと謐納とともにオトは走り出した。納雪達が乗った馬車の視野に入らないようなるべく遠回りして、モカ村に先回りできるよう馬車を上回る速度で移動した。

「早速の約束破りにわたしがどう怒ればよいか教えてください」

 とは、謐納が言った。オトに似て表情が表に出にくい子であるが、一定条件下でオトが家の中を守る、と、いう約束を持ちかけた本人であるから当然のように眉を顰めている。

「あとで俺のおやつをあげるわ」

()は菓子を作った母上やメリア殿に対する罰に等しくわたしの望みではありませぬ」

「う〜ん、払える対価が俺にはない」

「次の務めにご同伴を。それで手を打ちまする」

「家の守りが薄くなるから俺の望みに適わんな」

「ご心配には及びません」

 とは、ララナが言った。「家はなんとしても私が守ります。害虫・害獣・魔物・不審者から毒物に至るまであらゆる障害を排除させていただきます」

「心強いけど、」

「ご懸念が」

「いや」

 此度のことに次代葛神久候補であった葛神思が関わっていたことを、オトは伏せていた。惑星アースで築いた因縁や招いた怨念などに神界に来てまで煩わされることになる、と、家族にはなるべく知られたくなかったからであるが、

「ちょっと限界やな」

 隠せないことを隠し通して不利な状況を招いて家族が害されようものなら自分を呪い殺してしまいそうであるからオトは閉ざしていた口を開くことにした。

 敵性勢力には統率役たるボスが必ずいる。葛神思はボスの手先・駒という位置にある。葛神思がボスの決定でオトと一戦を交えたことに間違いはないものの、ボスの名は不明、ボス率いる敵性勢力の全体像も不明、具体的な襲撃理由も不明である。しかしボスもしくは敵性勢力の構成員はオトに関わりのある人間または元人間の可能性が高い──。構図をそのように説明したオトは、ララナと謐納に協力を求めた。

「羅欄納には仕事以外での戦闘をさせるつもりは全くなかったし、謐納にも同じことが言えるんやけど、方針が粗方決まって家族が纏まったからね、わざわざ俺一人で抱え込む必要もないかと思わんでもなく、であるならば──」

「父上。端的に」

「──家全体で動こう。磋欄や霊欄、納雪だってまだ小さいし、戦闘に秀でた羅欄納や謐納が力を貸してくれると怠惰な俺は約束通り家に籠もれる」

「本日の護衛・潜伏任務をわたし達に委ねてもよかったように思いまする。いかにお思いか」

 不服そうな謐納に解りやすい理屈が必要か。言葉としては抽象的だが力でオトに適うはずがないと考えている謐納には十分伝わる表現をオトは選ぶ。

「あの気配は異常やったからね」

 普通にはあり得ない気配。力も知識も経験も自分を凌駕する父親にそう言われて謐納が口を開けるはずもない。

 オトは続いてララナの疑問に応えたい。かつてオトについて調べ回っていた彼女の手許にもない情報が答なのだ。

「竹神家と肩を並べる巫女の家系に連なるひと、葛神思さん、でしたね。どのような力を持つ家系なのですか」

「その名の通りくずを祀る家系で、強力な木属性魔法を操る。傀儡と化した葛神思さんはその限りでもなかったが、操った(なにがし)、先程の構図でいうところのボスがその魔法を知らず使えんかった可能性もあるから、その点は助かったな」

「敵性勢力のボスは配下のバックボーンや能力を把握しているとは考えにくく、関係が希薄な寄せ集めである可能性が示唆できますね」

「やから厄介」

 寄せ集めの集団は意識共有がままならず統制が執れず瓦解することもあるが、不審さからひとを寄せつけない邪教や否定的な者を弾く門戸の狭いテロ組織などと違って人員補充が早い。

「いくらでも敵性勢力が膨れ上がる危険性がございます」

「金で集まる傭兵集団なんてことも考えられる。傀儡にする術があるから集めた人材を人間として扱うとは考えにくい」

 死者を傀儡に仕立てた時点で道徳や倫理を無視する組織であることが明白だ。組織と個人は違えども、敵性勢力の中で意思決定を行っている者は人間性を無視でき倫理観を問わない人格である可能性も同時に視野に入る。死者の傀儡化など序の口で、葛神思を死に至らしめたこともにおわせている。

「とまれかくまれ、注意してもらいたい。敵の狙いはたぶん俺。私怨やと思うけど、それなら俺の性格くらいは分析して家族を狙うこともする。引籠りの俺が家族の支えもなしに生活できるわけがない、って、理屈でも同じ結論を導き出せる」

「その点は遠出の納雪ちゃん達を狙うような傀儡の出現で半ば証左が取れましたから要警戒です。謐納ちゃんも、くれぐれも気をつけてください」

「承知。敵性を余さず錆にする所存ですが引際を弁えまする」

 もしもヒトが相手であった場合も、謐納なら峰打ちで対処できるだろう。

「よい心構えです。頼りにしております、謐納ちゃん」

「お任せを、母上。父上も、家内は任せてよろしいですね」

「言わずもがなやな。約束やし」

「此度の動きは約束を破っておられまする」

「改めていうのも言訳がましいと思ってせんかったが、違うね」

「何故」

「謐納の条件は家の外を謐納が守るってことやったやろ。家の外とは、屋外かつ敷地の範囲、って、意味やろ」

「条件修正してよいですか」

「駄目。こんなとこまで()なわけがない。一緒に家の外に出て守る分には約束破りには当たらんということだ」

「オト様らしい考え方ですね」

「今回はそれが幸いした。あれを正当に対処できたのは俺だけやったよ」

 死者葛神思。傀儡に仕立てた魔法効果を解かなければ体がばらばらになったとしても永遠に動き続けた。剣技も魔法も死者に対して有効に働かないので謐納では分が悪い。さしもの大戦で多大な貢献をしたララナでも遺体を傷つけずあの魔法効果を解除することは困難だった。

「お心遣い痛み入ります。しかしながら私でも魔法効果を解くことはできます。月属性魔法の鎮静によるものです」

 オトは無論知っている。が、そもそもの問題がある。

「お前さん達は、彼女が傀儡化の魔法に掛かっとることに気づいたか」

「『……』」

「それが答やよ」

 ララナも謐納も、知識として頭に入っていたことがある。理解を深めるため、それを改めて確認しよう。謐納が切り出す。

「創造神アースが授けし魔法に魔力を感じ取れないものがあるとのことでしたね」

「メリアさんやアデルお兄様の用いる星の魔法ですね」

 魔法とは、自然界に漂うエーテルを体内エネルギである〈精神力〉に変換・消費し魔力を集束させて発生させた現象である。魔力やエーテルや精神力といった魔法の材料といえるエネルギ物質は通常肉眼では見えない。それら見えない材料を混ぜ合わせて凝縮して視覚化したものが魔法であるともいえよう。また、魔法に伴って発生した音や圧力やにおいも対応する五感で知覚できる。

 それら魔法学的常識を踏まえて、魔力を認識できる魔法と魔力を認識できない魔法についてララナが可能な限りコンパクトに説明した。

「全てといえるほど多くの魔法は知得性(ちとくせい)魔力(まりょく)という探知できる魔力を用いて放たれています。知得性魔力の性質に染まった魔法は同じように魔力を探知できる現象となります。それに対して、ほとんど存在しない、と、されているのが魔力を探知できない魔法です。不知得性(ふちとくせい)魔力(まりょく)という探知できない魔力を用いていることがその主因。メリアさんやアデルお兄様が用いる星の魔力とそれによって発生した星の魔法、齎される破滅的な現象まで魔力を探知できず自然現象と捉えるほかなくなる。これは、魔法まで不知得性魔力の性質を持つからといえます。創造神アースの言葉で、その不知得性の魔法を原始魔法(げんしまほう)といいます」

 ここまでの話を熟知しているなら、オトが葛神思を対処した理由までしっかり理解できる。その答をララナが簡単に纏めた。

「葛神思さんに掛けられた傀儡化の魔法も不知得性魔力によるもの、すなわち、原始魔法であるということですね」

 ララナの纏めにオトはうなづいた。

「その可能性に気づかんなら、不死者処理の方法としてただの治癒魔法を用いたやろう」

「治癒魔法は生きた肉体を再生させる(すべ)。対して不死者は世の理に反した存在ですから治癒魔法の効果も反転、再生ではなく崩壊が起きます。それによって不死者の活動を停止させることが古くからの主流です」

 それしか方法がないからそうしているという側面もある。奇しくも葛神思の生前の思考と似ているのはその手立てを施し得る存在がその手立てを講じないこともあったということ。施し得る手立てを施さなかった結果、不死者はこの世にもともと存在しなかったかのように葬り去られてしまう。生を冒涜する存在、そんな烙印を捺された不死者は何も遺さず消えゆくのが真の報い、などといえる価値観をオトは持っていない。

「果ては骨も消え失せて母国に還れんなんて……、あんまりやろ。そんな最期を迎える罪を彼女は生前に犯してないんやから」

 家族を想っていた。子子孫孫の自由を重んじ、それができない自身の無力を嘆いて、しかし死を選ばずまっとうに生きた人間だ。逃げ回っているオトとは真逆の真摯な人間といっても過言ではない。そんなひとが骨も遺せずこの世を去るだなんて、看過できたものではない。

「父上は、お優しいですね。して、甘い」

「まじめな人間が馬鹿をみる世界なんてのは不条理極まりない。俺はそれを認められんな」

「駄駄を捏ねる童のようです」

「それも結構。男に生まれたからには童心を失うことはないやろうよ」

 と、いうことにしておく。

 童心でもなく、オトは、看過できない。因果応報。何かを起こした者に等しい報いを齎すのが理だ。よい行いをした者に悪いことが起き、悪い行いをした者によいことが起きては、人間の世界も神神の世界も成り立たない。創造神アースから託された〈次元の管理〉をするためなどではなく、オトは単純に、一貫性のない因果に徹底的に抗う姿勢である。

「今の行動で未来を変える。それが一貫性のある因果ってもんやろ。これから外れるなら覚悟したほうがいい」

「何をです」

「その絶対的ルールのもとで生を繫いできたひとびとが、倫理観を育んだ。その倫理観を無視したのが敵性勢力のボスなんよ」

「『……』」

 沈黙を同じくした妻と娘をオトは信ずる。

「みんなには、そんなふうにはなってほしくないね。視野の中だけでいい。傷ついたひとには手を差し伸べる。尽くせる手を尽くす。自己犠牲を強いるわけじゃないが、それを含めて、自分にしかできんことがあるなら、それを全力でやる。そういう泥くささが、俺は好きやね」

「──、感動しそうになりましたが父上」

「ん」

「父上は家の中でできることもまともにやっておられないかと。自己否定です。泥くさくなってはいかがです」

「ふむ」

 思わぬブーメラン、とは、ならない。「反撃しよう。約束を解いてくれるんかな」

「なんと」

「約束に縛られて俺は家の中におるしかないんやよ。家の中の仕事は羅欄納とメリアと子欄(こらん)刻音 (ときね)、それから納雪なんかも手伝うし分祀精霊の面子が隈なく隙なく手際よくこなしとる。はて、俺ができることはあったかな」

「…………うむ、前言撤回を」

「賢いよ」

 家族が集う場で約束させたことを簡単には取り下げられない。謐納のまじめさがオトは心地よい。

「オト様にはオト様のお仕事がござります。目下、聖水の小瓶作りがお忙しいのです」

「ナイスアシスト羅欄納。その通り、俺はそれだけで随分消耗する」

「一日何個作っておられる」

 と、謐納の質問を受け、「さあ」とオトは首を傾げた。

「一〇個以上はメンドーやから数えてない。感覚的に疲れたら終りだ」

「ふむ……確かに、できることを全力でやられておると申せましょう」

「やろ」

 隙などない。首尾一貫の言訳や屁理屈はオトの得意分野である。勿論、小瓶作りをやれるだけやっているというのは噓でもない。真実を織り交ぜてこそ噓や建前や言訳や屁理屈が罷り通るものである。

「今のところ俺自身は外に出る予定がしばらくない。ゆっくりさせてよ」

「そうされるのがよいでしょう。壮絶な戦いだったようですから」

 よう、と、謐納が不明瞭な表現にとどめたのは主戦場が視野の外だった。しかしここには謐納ではない観察の眼があった。馬車より速く移動しているのに舌も嚙まず平然と話し、なおかつオトの斜め後ろをぴったり離れずついてくる並外れた能力を有する妻ララナである。

「オト様が止めに用いたのは刀でしたね」

「見えたん」

「緩やかに湾曲した刀身の奏でる風切り(かざき  )(おん)でした。また、ヤブルハナノコハリという和語と思しき名称から推察致しました」

「重複のような反応で悪いが、名前が聞こえたん」

「聞こえました」

 笑顔で。視野の外で戦っていたのだから距離は言うまでもなく遠い。ひとによっては恐怖を覚えるだろうその()()()()()はオトも同じなのであえてツッコんでこなかったが、

「恐っ」

「何が恐ろしいのですか」

「解っとらんとこもまたコワイ」

「申し訳ございません。具体的に仰ってくだされば改めます」

 本気の目差で前のめりに言うところもひとによっては恐く感ずるだろう。その恐さに救われているオトであるから、責めるように取り上げるのはもうやめておく。

「ツッコミやから気にすんな。話に戻れば最後はまさしく刀やった」

「母上との話から、傀儡化の魔法を打ち消したのは其ですか」

「そうやね、破花乃居玻璃なら不知得性の効果も打ち消せる」

「魔力反応もござりませんでしたね」

 とは、やはりララナの観察である。納雪達の安全に気を配り、オトの戦いを魔力反応と音で観察していた。もっと離れたところかあえて近くで戦ったほうがララナの気を散らせず万全の警護になったか。

「羅欄納は納雪達に集中してくれとりゃよかったんよ。ヤバいなら俺から連絡するし」

「ご連絡もなく異質な結界に閉じ込められた過去がござります」

「初耳です」

 と、謐納が反応したので困りもの。謐納が生まれる前の話で、オトとしては不覚を取ったと言わざるを得ない出来事だ。

「対処方法があることは羅欄納に伝えてあったが、より高度に対応する考えもある」

「より高度にですか」

「そう、高度」

 オトが閉じ込められた結界は、下手に解除しようとするとダメージを負わされる危険なものだった。それゆえ、最初の解除時に危険を避けるとともにどうしても掛かる時間を有効活用して構造を把握し、同じような結界魔法なら高速で解除できる対処魔法を構築、自動で放てるようにした。学習機能を搭載した対処魔法なので経験を積むことでさらなる高速解除と対応幅の拡充が可能だ。が、その魔法は精神力消耗を避けられない。高度なものに対応するほど消耗具合が大きくなるのは一般的な魔法なら自然だがオトとしては安易で非効率的だった。そこで、あとに考えた対処方法が有効となった。

「子時代には草案があったが形にしたのはそう昔のことじゃないな。謐納と融合魔法で作った〈壊死治癒刀(えしちゆとう)〉の経験もあってより高度にできた」

「もしや、それがヤブルハナノコハリでしたか」

「正解」

 見たほうが早いだろう。馬車を目で追いながら、いったん止まってオトは刀を取り出した。

「いずくから。隣空間(サブスクエア)とは異なるようでしたが」

 どこから取り出したのか疑問をいだいた謐納に答えるためにも順を追って説明する必要がある。ひとびとが行き交うこの空間とは別の空間である隣空間は多くの人間も収納スペースとして活用する謎の空間であるが、オトが破花乃居玻璃を取り出した原理とは関係がない。

「まず、この刀の説明からやな。既成の概念に当て嵌めると、この刀は〈神具(しんぐ)〉だ」

「神具。母上はご存じですか」

「ええ。魔力や霊素で鍛え上げ、それ自体が魔力効果や魔法効果を有する特殊な武具、それが神具です。魔力効果と魔法効果については謐納ちゃんも知っていますね」

「魔力効果とは、魔力本来の働きによって生ずる効果。例えば風の魔力の場合、少量の魔力で微風を、大量の魔力で嵐を起こすという具合に自然現象、あるいは自然の恩恵と表せられるものを指すのが魔力効果です。対して魔法効果とは、魔力を意図的に集めて発生させた現象である魔法が齎す効果。先の風の魔力と同じように少量で微風を、大量で嵐を起こしますが、自然現象と異なり魔力を操った術者の意図した攻撃性や防御性などを有します。魔法効果とはすなわち術者の意図した働きでありその結果であるといえましょう。斯様に、基本的には魔力効果が自然現象、魔法効果が人為的現象と覚えまする」

 神具には意図した魔力効果が発生し得る。これは基本からは逸れているので、それを見据えて説明した謐納はよく理解している。それをララナが褒めて、神具の話に戻した。

「それら効果を精神力消耗をせず発揮できる神具は、純然たる星の魔法など原始魔法を使えない者に取って、特に長期戦で強い味方になります」

「なるほど。父上の刀も其であり、ゆえに先の戦闘後も父上に消耗が観られないと」

「物理的なダメージなら足腰に来とるけどね、いざというとき魔法を使うには精神力を温存したいのが普通やから、神具の活用は対する相手が強大であるほど重要度が増すね」

 種明しでもないがオトは謐納の持つ刀について触れる。「壊死治癒刀も神具に当たる」

「まことですか」

「まこともまこと。考えてみ。俺と謐納の魔力で構築したのが壊死治癒刀やけど、その刀で魔力を切り離すとき精神力を消耗せんやろ」

「説明されるまで意識の外でした」

 腰から抜いた黒刀を見つめて謐納が納得。「消耗を感じたことがございませぬ。母上の説かれた既成概念に照らすと確かに神具。魔法効果は延命、いいえ、魔力の融合ですね」

 延命に目的を置いて切り離した個体魔力を取り込む刀ではあるが、

「謐納はもう解っとるな。謐納のおもいに応じて斬った相手に死を与えることもできる。逆に殺したくない相手には物理的威力がないということでもある」

「理解しておりまする」

 苦しい思いをさせたが、謐納がちゃんと理解してくれているようでオトは安心した。

「魔力の切離ししかできんかった壊死治癒刀から進化して活殺自在。命を左右するって意味で〈運命(うんめい)(かたな)〉と名を改めてもいいね」

「体を示さぬ名では鈍りましょう。左様に改め、より研ぎ澄ましたく」

 個体魔力の切離しは老衰しない竹神一家が避けられなかった〈魂器(こんき)過負荷(かふか)(しょう)〉を回避する手段だ。閉ざされかねない未来を運命の刀を握る謐納の意志が切り拓いてくれる。

「羅欄納が一緒に旅したひとも神具を持っとったよね」

「ええ」

 一二英雄(じゅうにえいゆう)と呼ばれた一行の所持品について詳しく聞いたことのないオトがなぜ知っているのか。それをララナが訊くこともなくうなづいたのは、旅の出来事の一端を話した経験がある。それ以前に〈記憶の砂漠〉を有しており、これを獲得した一〇歳以前のひとと物の記憶を全て振り返ることができる。掘り起こせる砂、拾える砂にはオト自身の経験や着想、それから集中が必要になる。それゆえ物が持つ記憶を拾うのがオトは苦手で半ばできない。また記憶の砂はオトにしか拾えない。オトが得意な魔法を用いても他者に見せられない。が、それら欠点を補って余りある記憶や情報を補完できる。今回のような異常事態の経緯を窺い知るための下調べに、歴史書や古文書のような役割を果たしてくれるといえば間違いではないだろう。そこにオト達の経験で蓄えた記憶やその場での情報収集も重ね合わせてゆけば、未確認情報の穴を埋めて、傀儡化した葛神思に思惑を託したボスに辿りつける。

 そのためにも、神具の話に戻ろう。

「オト様や謐納ちゃんと同じ刀型ですと女神であるアリスちゃんの、……」

「どうかしたん」

「いいえ、ふと思い出しました約束がございましたが、それを果たすためにも今はこちらに専念致します」

 ララナと一二英雄一行とのあいだにはいろいろなやり取りがあった。彼女は、他愛のないものも大切なものも振りきるように生きてきた。手を伸ばして摑むべき過去もきっとあるが、その前向きさを叩きのめす必要はない。

「女神アリスの神具はなんて名前」

廻月日(うつろいづき)ですね」

「其はいかな刀です」

 と、謐納が興味を覗かせた。

「由緒を語れば天界の命運を左右した刀です。神具としての力は、魔法効果の変化です」

「変化させずとも魔法を適切に使い分ければ済みそうなもの。失礼ながら、神具の機能としては凡庸では」

 謐納の意見も尤も。事態に適切に対処し続ければ魔法を使わず済ませられることもある。

「実戦では何が起こるか判らんからな」

「オト様の仰る通り、刻刻と変化する戦況に適切に対応するのはとても難しいのです」

 女神アリスらとともに最前線に立っていたララナが今後の戦闘の予備知識を謐納に与えた。

「例えば相手が治癒魔法を放とうとしているとき、鎮静を試みたとします。両サイドの魔法が順に放たれれば、治癒魔法を無力化でき、こちらの有利に事が運びます。しかし確認できている戦力が相手の全軍とは限りません。別働隊等等による作用がいくらでも起こり得て、治癒魔法に対処した鎮静魔法では別の作用に対処しきれません。そこで登場するのが魔法効果の変化を齎すアリスちゃんの神具です」

「──なるほど」

 魔物との実戦を重ねている謐納が、早くも理解した。「既に放った鎮静魔法を攻撃や防御の効果に変化させることで、急な動きに落ちついて対応できる。さらに、魔法効果変化の機能に消耗がないなら鎮静魔法を放った分の精神力消耗のみで攻勢にも守勢にも転ぜられる。意表を衝かれた相手方からすれば牽制を受けた恰好となって連携が崩されまする」

「謐納ちゃんには少し簡単な問題でしたか」

「真髄には及びますまい」

 敵対することのない相手への洞察だとしても気を抜かないのが大事だ。解った気になって侮ることを定常化させては肝心なところでまで気が抜けてしまう。常日頃鍛錬している謐納なら油断は少ないが隙ができたところを狙ってくる曲者も少なくはない。遠方から常日頃狙われているオトは最大限の警戒を保ってララナ達には伝えず何十年も暮らしている。そちらの問題に比べれば、今回の出来事は表沙汰にしても問題がない。隠し通すべきこともあるが──、語るべき日が訪れたとき語ればいいことだ。

「と、まあ、神具を持っとるひとと知合いの羅欄納はもう解っとるやろうけど、俺のも同じように取出しが可能だ」

「神具はその多くが持主の魔力や霊素から構築されており、一時的に分解して持主の体内に収めることができます。オト様の刀も同じ原理でしょうか」

「ん。謐納の最初の疑問に立ち返って答えるなら、俺の魔力で構築されとるもんやから出し入れ自在ってことやよ」

「普段は円滑に用いられる隣空間ですが一刻を争う場面では取出しにもたつくこともあるやも知れませぬ」

 謐納はやはり吞み込みが早い。整理整頓が苦手な手合は特に隣空間の中が雑然としているもので、必要なものを取り出すのに何時間も掛かることがある。押入れにしまったものをすぐに取り出せない状況を想像してもらえれば解りやすい。押入れに上半身を突っ込んでいて敵が待っていてくれるはずがないのである。

「謐納がいま感じたもたつきが最悪は死を招くわけやから、神具を使いこなすことができれば負けの目をより多く潰せるわけやよ」

「壊死治癒刀改め運命の刀もわたしの中に治めたほうがよいでしょうか」

「掌を返すようで悪いがそれはやめたほうがいい」

「何故に」

 一刻を争う場面での時短は大切だが、運命の刀の取扱いに関わる危険性を理解してもらう必要がある。

「魔力の切離しに効果を傾倒させとった魔法を基にした。そんな謐納の神具は少し特殊なんよ。活殺自在以前に延命目的に使用した実績が出し入れの否定材料になる」

「……」

 さすがに理解が難しかったか。破花乃居玻璃を治めたオトは、ララナと謐納を促して馬車を追走して口を開いた。

「早い話、謐納の魔力だけなら自由に出し入れできる。運命の刀はそうじゃない」

「まさか──」

 魂器過負荷症を寛解するためにオトやほかの娘から切り離した魔力が運命の刀に繫ぎ止められている。体内に収めるには謐納の魔力を分解する必要があるが、謐納の魔力がみんなの魔力を繫ぎ止める役割を担っているのだから、分解した瞬間、みんなの魔力が各人に返還される。それでは切り離した意味がなくなってしまうのである。元来の機能なら謐納が自由に出し入れ可能の神具だが運命の刀に限っては戦闘に最適化できる状態にはない。

 謐納が息を吞んで運命の刀を鞘に治めたのを認めて、オトは微笑む。

「理解できたようで何より。そう、鞘に治めといて」

「皆の命を左右する、まさしく運命の刀にございまする。鞘から取り出すこと、また、隣空間から出し入れする速度の向上に取り組みまする」

 そうせざるを得ないとはいえ前向きに挑む謐納をオトは褒めたい。

「仕事じゃないが、そういう練習を手伝うのならやってもいいかもね。家の中で済むし」

「父上……、時折、観察していただいても」

「了解。成長を愉しみにしとるよ」

 視野の広い茜色の平原。ときに馬車の近くを闊歩する魔物が目に入る。

「葛神思さんの襲撃を除いて今日は何事もございませんね」

 と、ララナが現在進行形で言ったのは、普通の帰り道と少し異なっていたからである。

 モカ村に向かうには街道を逸れるほかないため馬車が魔物の生息域を走ることもある。魔物との遭遇が比較的多くなり、スムーズに往き来できることは少ないのである。

「行きも帰りも魔物と遭遇しておりませぬ」

 とは、謐納が言った。「馬車が魔物を躱している感はございませぬが」

「オト様」

「なんかな」

「オト様ですね」

「何が」

「〈リカランスの粒子(りゅうし)〉が時折目に留まっておりました。それも、希しく白いものです」

 多くは薄黄色に輝くリカランスの粒子。魔物が息絶えたときに発する光の粒で舞うようにして空へ登る。視野の外も意識に留めているララナに見つけられないものではなかった。

「明らかに不自然な平穏です。オト様が先手を打っておられることが明白ですね」

「いかようにして」

 理由も含めて説明しなければ、ララナと謐納が引き下がってくれそうにない。

「不自然な平穏はご尤もやけど、納雪達が愉しそうにしとるのに水注されたくないし、隠れた引率としては村の子にも手を出さられるわけにゃゆかんからね」

「父上や母上には魔力反応を発しない魔法技術がござりますが、此度も其ですか」

「いや、神具だ」

「消耗なき魔法効果ですか」

「これのね」

 オトが破花乃居玻璃とは別の刀を出すと、ララナが密かに息を吞んで外観を捉える。

「ヤブルハナノコハリがカエデの描かれた桜色の鞘の打刀(うちがたな)であるのに対して、そちらは白抜きのスイレンが描かれた青い鞘の太刀(たち)──」

「ヤブルハナノコハリも見事でしたが、其も貴族が有したような美しい(こしらえ)ですね」

 ララナに次いで謐納が少し観察したあと、オトは刀をしまった。

「俺の中では今のが一番古い刀やな。名は〈守一花(まもりいちか)〉。調和の象徴としてカエデを描いた破花乃居玻璃が魔力や魔法に揮うものなら、ダゼダダ固有のスイレン(ヒツジグサ)を描き滅亡を象徴した守一花は物理的な威力に揮うもの、つまり攻撃主体の刀だ」

 守一花は刀身八四・七九センチメートルのやや大きめの太刀。鞘には紅掛花色(べにかけはないろ)の濃淡に立体感を帯びた白抜きのヒツジグサが活き活きと映えている。

 破花乃居玻璃は刀身六〇・六センチメートルで、定義として求められる二尺の刀身を最小サイズで満たした打刀。(くれない)八塩(やしお)という深い紅色で描いたカエデが鞘の桜色に際立つ。

 それらや名前に宛てた漢字など、ララナ達に細かな説明はしなかったが、それぞれオトに取っては意味ある。

「出し入れが早いことは教わりましたが、攻撃主体でも合点はいきませぬ」

「遠くにいる魔物に対して刀でどのように攻撃したのかですね」

 と、ララナが反応したのは守一花の効果に推測が立っているからである。「私の師匠であり死神と恐れられる女神ラセラユナの神具に似ているかも知れません」

「説明してみ」

「はい。セラちゃんの直剣型神具〈スキャタリング・リィヴス〉は認識の範囲に攻撃性能を発揮します」

「認識の範囲とは、視覚や聴覚で捉えたものということでしょうか」

「嗅覚、触覚、味覚、それから魔力探知で捉えたものも含みます」

「特に広範囲で捉えられるのは、ひとが発する魔力反応ですね」

「はい。把握できたものなら別の星からでも有効で、障壁や結界を除けば障害物に阻まれることもございません」

「左様な神具が存在するとは……」

 謐納が目を丸くするのも無理からぬ信じがたい攻撃性能だ。障壁や結界を張り続けることは精神力消耗の観点で不可能であるから、事実上障害物はないようなもの。どんなに逃げられても居場所を摑んだ瞬間に首を落とせるということである。異名の由来が神具の驚異的威力にあることが十二分に伝わっただろう。誰もが立ち向かうことを恐れる死。それを自在に与えるラセラユナをおいてほかに死神の異名がぴったりな神はそういない。

「要するに、死神の由縁たる女神の神具と父上の古き刀は同じ。距離を問わず魔物を滅せられるのですね」

「そんな感じ」

「構えを観せていただけませぬか」

「なんで」

 消耗が生じなくてもしまったものを直後に取り出すのはメンドーに感ずるものだろう。

「エアでいいかね」

「マモリイチカかヤブルハナノコハリを携えてです」

「構えを勉強したいなら羅欄納から教わればいいんやない」

「私は構いませんが弓ほど達者ではございません」

「ここは父上にお願いしたく」

 と、謐納がオトにのみ気持を向ける。

「ふむ、そうか……」

 神具たる刀を二振りも観たのだ。オトの最たる得物が謐納と同じ刀であると捉えても不思議ではない。学習意欲を燃やしている謐納の申し出はじつは希しいので、オトは困った。

「構え、ね……」

「オト様が本気で困ったお顔を……」

 ララナが微苦笑している。

 謐納に応えてあげたいのが本音。しかしながら多くの教育をララナや学園に委ねたのと同じだ。オトは教えるに当たって根本的な問題を抱えている。

「構えとか知らんのやよなぁ」

「なんですと。……、なんですと」

「おお、謐納がボケた」

「ボケたのは父上では」

 謐納は至ってまじめなのである。二回言ったのは耳を疑ってのことだ。

 オトもボケずにきちんと答えることにした。

「学園で学ぶようなもんなら第三田創で基礎から学んだ謐納に及ばん。実際、ダゼダダの海で観た構えは心が伴えば隙がなかったよ。鍛錬次第でどんな相手とも戦える」

「恐縮ですが、左様に評価できる目がおありなら指導力も十分では」

「いや、全部ボケと思われとったなら改めて伝えるが、俺は構えを知らん」

 初等部で学んだ型は憶えている。けれど、オトは()()()()

「どんな武人も土台にした流派なんかがあってそこから型が少しずつ体に馴染むもんやよね」

「左様です。各各文化体系から創出された各各の武術において、文化体系下にあるひとびとの遺伝的生活と筋肉形成の観点で最も効率よく体が動き最も効率よく活用できる姿勢が型です」

「謐納らしく正道で、理に適っとるね。その考えに根差した時点で謐納は俺から学べんと思うよ」

「……いかな意味でしょう」

「俺は怠惰やけど、害する行為に根を張る考えがないから」

「…………、……」

 何か応えようとして口を噤むしかない五女はやはりまじめでいい子だ。

 助け船となろうか、ララナが微笑む。

「オト様が仰るのは謐納ちゃんの認識を逸した別次元の概念でしょう。通常、その域に達する必要がございませんから気にするだけ時間の無駄です」

「よもや無駄ですか」

「ええ、無駄です」

 助け船を出したのではなく沈ませたようなララナが、オトを窺う。「昔から体現していらっしゃった。オト様が仰りたいのはそういうことでしょう」

 身動きできない半端者であり救いようのない引籠り、と、家族に認識してもらうためオトはテーブルにへばりついていた。希しくオトが伝えられる大切なことがあったときもそれを認識してもらうため、テーブルから離れるなどのいつもと異なる動きをした。

 煎じつめて述べるならこうなる。

「一つの型で全容が知れる」

 型とはそういうものだ。「武道から広がった守破離の考え方としては基本を学んで応用して独創することを説いとる。が、俺は守破離の最初の段階で踏み外したから基本もできてないくせに独創に入った。共通の知識で認識される形がない、言葉通りの意味で型がないわけやよ」

「なるほど……学園で身につけた基本があるからこそ父上の構えに学ぶべきことがない、と」

 型を離れればその限りでもない。三振り以上の武器を用いる多刀流や足を手のように使う自己流などがそれである。が、謐納の認識としては今のままで十分だ。基本の学びから抜け出しにくい人格は変えられるものではない。基本を忠実に守ってこそ応用や独創を求めたひとびとが及ばない場所へ踏み込むこともあるだろう。数多くの応用と独創の基礎を授ける伝承者の立場になることも、忠実に基本を守るからこそできることで、それもまた応用や独創とともに困難で尊い行いだ。

 話を戻せば、戦闘の優位・劣位に拘らずオトとしては構えたくない理由がある。

「守一花は振るわんくても効果を発揮するから構える必要がないっていう理由はあるが、武器を振るえば足腰に来るっていう俺個人の肉体的問題があるんよ。おじいさんやからねぇ」

「磋欄や霊欄が耳にすればさぞ嘆くでしょう。抱っこもおんぶもしてもらえぬと」

 生まれて日が浅い妹を想う姉心も尊く、父親としてのオトは謐納の過去を思い出してつい笑ってしまった。幼子の可愛い仕種は不意に思い起こされる。

「昔のお前さんは無理くり背中に乗っかってきたっけ」

「父上の背中が訴えておったのです。密着せよと」

「いぃやいや、前傾姿勢のときに飛びかかってくるのはいっそ殺意があるぞ」

「童心です」

「謐納ちゃんに一票です」

 と、ララナが状況を愉しみ出したからオトはなお笑った。

「寝返るん。お前さんだけは一生味方と信じとったぞ」

「胡座を搔いては成長できるものもできないと考えております。マモリイチカには見憶えがございますが──」

 謐納には解らない微妙な表情を微笑みに潜めてララナが力不足を前向きに語る。「二振り目の神具ヤブルハナノコハリは初見でした。二振り目の神具の分だけオト様に置いていかれていると考えるべき私は神具製作を検討せねばなりません」

「ほいほい作るもんじゃないよ」

「心得ております」

 焦りがあるのだろう。置いてゆかれて、独りになったら、オトを失ったら──、そう、恐れているのだろう。ララナの気持を、オトも等しく持っている。それは、自分の存在意義の喪失と家族からの離脱だ。自分が竹神家に不要とされたらどうする。そのためだけに生きようとしているのに、爪弾きにされたらどうする。過去の経験から判っているのは、想像を絶する苦しみに襲われることだけだ。

 神具はそれ一つで世界の命運さえ握り得る。その製作には、それぞれに強い意志や決意がある。ララナにも葛藤や苦しみがあるが、それを形にして残す気持がなかったなら必然性がなく、神具自体の存在価値もないなら必要がない。命運を握れば存在価値が生まれるのではないが握り得ないようなものなら作ることはないとオトは思う。それらは悲観的な思考ではない。神具を作らなかったララナがこれまで何をしてきたか、一番近くで観てきたオトはよく知っているのである。

「俺達家族には神具より大事なもんを、ララナはいつも作ってくれとるよ」

「──」

「と、到着やな。謐納、普通に跳べ」

「はい」

 娘は一人で跳ばせて、

「羅欄納」

「ふぇっ」

 妻のことは抱っこしてオトは跳躍した。馬車も入ってゆいた森、小さくも深くモカ村を囲むそこを見下ろす恰好になった。

「斯様なまでに跳躍できるとは。父上の魔法ですか」

「そこらにおった風の精霊が助けてくれただけやよ」

 オトの周りでは昔からそうだった。分祀精霊に始まりありとあらゆる精霊や生き物がよく現れた。現在竹神邸で助けてくれている分祀精霊はその一部であり、この神界フリアーテノアにやってきてから増えた顔もある。

「人間世界で評価が二分した父上ですが、自然界の寵愛を受けておられる」

「みんな気がいいだけ。自発行動でそうなっとるわけでもないから(ほまれ)はないよ」

 自然界に生息し全ての行動が摂理に適っている精霊。摂理が崩れることはないにしても自然環境が絶妙なバランスで成り立っていることや不自然な干渉で崩壊することを知っているから環境破壊を助長する魔法の無駄遣いを減らせる事実がオトとしては大切である。

「其は横に置きまするが、精霊の力も不知得性魔法もとい原始魔法なのでしょうか。跳躍に必要な魔法または魔力を感じませんでした」

 と、謐納が捉えた。

 魔力を探知できない魔法をララナが「ほとんど存在しない」と表現した理由が関係している話題である。

 放物線を描き始めた身だ。オトはララナに倣ってコンパクトに説明する。

「精霊や妖精は司る力が原始的であればあるほど不知得性やな。原始魔法とは別に〈特異(とくい)能力(のうりょく)〉という概念もあるが結果にあまり差がないから原始魔法に統一しても問題ないか。ちなみに不知得性は俺や羅欄納も使うし謐納や刻音も無自覚に使っとるな」

「無音歩行──」

「ん」

 超常の力と認識されていることもあれば、使用者も周りの者も認識していない場合もある。それが不知得性魔力による効果や魔法。不知得性魔力を用いたそれは現代魔法学において認識されている二〇の属性魔力から漏れているものばかりなので、二〇属性で探知できないことも相俟って認識に落差があるのは仕方がない。ざっくり分けると、特異能力は自然現象の範疇、原始魔法は意図的現象、と、いったところだが境目がはっきりしないものも多いので「不知得性」と表すれば間違いではない。それら不知得性の現象を全て「原始魔法」と統一すると語弊はあるが、オトも口にしたように現象の結果にあまり影響がないので問題はなかったりする。

「不知得性には原因不明のものもある。知得性魔力を用いても不知得性になる俺や羅欄納の魔法だ。これは、創造神アースの転生体ゆえと推測しとる」

 喬木の枝で適度に速度を落として着地すると機織りと豊かな緑を感ずる平穏の村である。オトと謐納が降り立ったのは、ほかでもない竹神邸、自宅の真ん前だ。仄暗い夕闇のなか分祀精霊の光がある三階建ては一際明るい。

 森への到着と同時に話を中断された等閑(なおざり)感を覚えさせるつもりがオトにはない。地面にそっと降ろしたララナの髪を撫でて整えると、ひんやりとした手を取って短い言葉を交わす。

「今日も羅欄納からいただくとしよう」

 跳ぶ前にはそれが何か理解していたふうの妻である。理解が正しいことを改めて伝えてもらって、涙さえ浮かべて微笑んだ。

「畏まりました。腕に縒りを掛けます」

 

 

 傀儡葛神思が現れる前に時を遡る。場所は神界三〇拠点と名高く、神に取ってはそれほど遠いことでもない悪神からの奪還が果たされた〈(そい)の神界〉である。

 強い光を届ける恒星、いわゆる太陽がないこの神界では星明りが自然の燈だ。が、巨大な枝葉が空を覆っているため大地にはほとんど届かない。ひとびとが頼るのは、主神ラセラユナが灯す薄闇色の光。それもまた闇ではあるのだが、濃い闇の中で薄ぼんやりと光って見える闇の魔力である。そこらじゅうに配置して燭台のように持ち運べるので、民はこれを頼りに日日生活している。

 闇の力を活かし死神とまで称せられるラセラユナの力が存分に発揮される神界だが、ここに異常が発生していた。

 ……また、か。

 神具スキャタリング・リィヴスの調子がおかしい。魔法効果である遠隔攻撃が、全く発動しないのである。奪還までに放置され増殖していたこの神界特有の魔物〈葉魔ようま〉をほとんど討伐したあとであるから安全保障は人員配置でどうにかなるとはいえ、統治者たる主神の神具が使い物にならないとなれば防衛力低下は明らか。それに、

 ……こんなことは一度もなかった。

 瀕死の重体に陥ったときですら神具は機能した。それなのに、万全のラセラユナが、自身の力を発揮しやすい神界で、まさかの不発。

 ……それらしい動きを感じなかったが何者かの干渉か。ジーン亡き今、誰が。

 魔物からの防衛を配下に任せたラセラユナはただちに別の神界へ飛んだ。添の神界と同様、悪神に占領され、悪神討伐戦争前に奪還し、妹アリスが治めている〈(つみ)の神界〉だ。神界三〇拠点に敵対する勢力の干渉なら、ラセラユナとともに一二英雄に数えられたアリスの神具を警戒して機能不全に陥らせている可能性が考えられる。神具を機能不全にする方法など聞いたこともないのだが、そういった細かいことはあとで頭脳を揃えて考えたほうが早い。

 アデルが広めた空間転移魔導機構で開けた闇から一転、ラセラユナは明るい洞窟にやってきた。光っているのは魔力結晶などではなく壁一面を埋め尽くしている薀の神界の特産品、太陽の光を宿すキノコのようなもの、その名も〈ネギ〉だ。白を始め、橙色から赤紫色まで多くは暖色に光って暖かい印象だ。

 太陽の光が直接届かないものの多くのひとが行き交っても狭さを感じない。この洞窟構造の神界で最も明るい場所が目的地。神界宮殿に替わる領域となっている〈主神御所しゅしんごしょ〉にアリスがいる。ひとの流れから洞窟の前後を捉え、ラセラユナは明るさを確認した。

 ……明るいほうを目指せば自然と行きつく。

 陽の光を散らして全速力で向かう。天井から生えたふうの無数に分れた枝のような目印をくぐり抜けるとすぐだ。ひときわ育ったネギが幻想的に揺らめく光の景色を作り出す主神御所の最奥、三段重ねのようなネギの化石の最上段でアリスが立ったまま謁見に応じていた。ネギの化石は玉座だが、謁見を求める民や報告に訪れた配下がずらりと列を成せるほど巨大で、アリスが座ってしまうと化石二段目以下からは視差で見えないだろう。

 三〇メートル超の高さを跳躍してアリスの隣に降り立つと、当然か、驚かれた。

「らせらゆなさん、どうしてこちらに……!」

「……貴様に会いに来た。が、半分は目的を達成した」

 アリスの神具には彼女自身の外見を変化させる機能がある。その神具が機能していることが、一目で判った。機能不全なら彼女が大人びた姿でいるはずがないのである。

 列に割り込むことになったのでラセラユナは単刀直入に言質を取って次の神界へ向かった。

 ──神具の機能なら正常です。

 観察通りアリスの神具は正常だった。多くの魔法を無力化できる彼女の神具を無視するとは考えにくいことから、神具を機能不全に陥らせている者は神界三〇拠点に敵対する者とは限らなくなってきた。

 ……わたし個人への攻撃か。

 考えたくもないが、不満を溜めた民や配下が神具に何かしたという線もあり得る。が、まだ別の可能性があるので〈(こころざし)の神界〉を飛ばして神界トリュアティアにやってきた。

 ……志もそうだが明るいな。眼が焼かれそうだ。

 添の神界の暗さに慣れた体に明るい星は応える。白亜の塔とも表せられる神界宮殿の上層へ跳び込んで長剣を抜くと紅茶を片手にしたアデルに詰め寄った。ティーカップから一雫も零さず短い袖で長剣を絡め取って迎えたアデルはまさに頂点主神に相応しい実力者であるが。

「どうした、ラセラユナ。苛立っているようだな」

「単なる挨拶であろう」

「挨拶もできず斃れた神を数えておくといい。我が振りを正す気になるだろう」

「挨拶もせぬ弱者など盾にもならぬだろう。屍でもって危機意識向上に役立ててやるべきだ」

「意見の相違だ」

「尻に敷かれて剣が錆びたか」

「手入れしていなければ曰く盾にもならぬ弱者だろう」

「愚問だったな」

「飲むか」

「……一口もらう」

 口にはしないが、兄たるアデルの胸を借りた。苛立ちをぶつけて、冷静になった。紅茶を一口もらって、より落ちついた。

「ララナが言っていたか、鎮静作用があると」

「今日はリリルが用意してくれた。昔はララナに投げていたが、うまくなったものだ」

「味は……まあ」

 味音痴を指摘された過去があるので細かい表現はもとより肯定や否定も避け、ラセラユナは本題を切り出した。神具の調子はどうだ、と。首を傾げられるのも仕方がない。悪神討伐戦争を経て神界には広く平穏が訪れた。平和ボケこそしていない様子のアデルがしかし神具を取り出す機会がないのも無理はないのだ。話すより証拠を見せたほうが早い。ラセラユナは自身の神具を取り出し、近場のテーブルに意識を傾けて一振り──、何も起こらないことをアデルに確と見せた。それでアデルが察した。

「神具に不具合があるのか」

「結果のみ捉えればその認識でも間違いではないのだろうが……、お前のは無事か」

「訊き方が不穏だな。少し見せてくれるか」

「うむ」

 神具スキャタリング・リィヴスを預かって数秒、アデルが先程とは別の意味で首を傾げた。

「何かがおかしいな」

「どういうことだ。原因の、不知得性の魔法を探知できたのか」

「察しているようだな。だがこれは……うむ」

「煮えきらぬな。もったいぶるなら刺す」

「結論から言おう。恐らく不知得性の魔法だが探知できなかった」

「何──」

 アデルを訪ねたのは原因究明のためでもあった。それというのも、一見ラセラユナの神具にはなんの魔法も掛かっておらず外的要因で機能不全に陥った証拠はない。が、この世には不知得性魔力を用いた魔法が確実に存在している。それを気取ることができるのは同じく不知得性魔力を持つ者のみ。アデルは、その一つである星の魔力を持っている。世の中で最も有名な不知得性魔力たる「穢れ」を探知できる数少ない神であるから探知能力は文句なしだ。ところがそのアデルですらラセラユナの神具から不審な魔法を探知できなかった。

「不知得性魔法による干渉ではないのか」

「そうともいいきれない。なぜなら創造神アースの創造の力はオレにも探知できなかった」

「──あれはいまやララナの夫だ。言葉を引っ込めるなら今だぞ」

「早まるな。探知できない魔法的現象の一例を挙げたに過ぎず犯人を断定したのではない」

「だったら誰だという。彼奴以外の誰にこんなことができる……」

 オト。創造神アースが転生して彼が生まれた。創造の力を引き継いでいる彼なら神具の機能不全とアデルが探知できないことに辻褄が合う。が、曰く犯人は彼ではない。

 そう示したアデルの視野はラセラユナより広い。

「決めつけるべきではない。少なくとも、オトさんがこれをする意味がない」

 アデルが自身の剣型の神具を取り出し、テーブルに刃を当てた。カチッと音を立ててテーブルに傷をつけることもなく止まった刃に、アデルが溜息をついた。

「見事に機能不全のようだ。いつからか判らないが……体内で保護されていた神具を機能不全にする力などあるのか」

「知るか」

 苛立ちが再燃し始めた。「お前の神具まで使い物にならないとなるとむしろ神界三〇拠点を狙う輩の仕業と捉えるべきか。だが……ここまでやったなら抵抗の余地を一片も残さず下準備するのが妥当だ。アリスの神具を無力化しない理由がない」

「狙われた神具はオレとお前の二振りのみと」

「ほかにもいるかも知れぬが、片道で確認できたのはそれだけだ」

 後にアデル配下の知恵者が提案して始まる情報収集で判明するが突如として機能不全に陥った神具もしくはそれに類するものが複数見つかる。所有者は天誅神、協和具象の神、剛柔の女王、辺境の堅牢神(けんろうしん)など二つ名のある神だった。神界三〇拠点の主神、辺境神界の主神級、いずれも神界運営の助けを受けたとかそのきっかけをもらったなどオトに感謝する者だった。

 それが判明する前にアデルがこう推測を口にした。

「オレとお前が関わりを持ち、アリスが関わっていない人物でこれを成せるのはオトさんと考えられるがしかし先程触れた通り動機がないだろう。人間界で敵が多そうな方だからな、負の感情を持つ者がオトさんを標的とした準備をしているとしたらどうだ」

「支援を行う可能性があるわたし達の能力を低下させ、自身と配下の外部出動が困難な状況を作り出したということか」

「その場合、犯人はオトさんの関係者だ。彼になんらかの感情を持った、な」

 惑星アースの国王級の推測と奇しくも合致したラセラユナ達は足踏みせざるを得なかった。神具を含め主神の力が減退すれば治める神界の自衛力が格段に落ちる。他神界へ派遣できるほど戦力が充実している神界三〇拠点でも、さすがに主神の能力が低下している中では横の繫がりを理由に辺境神界に配下を派遣できない。戦力が少ない傾向にある辺境神界の主神ならなおさら厳しい立場だ。

 助けられた側がいるなら邪魔された側も存在し得る。不条理なようだが、オトに感謝する者がいるなら敵視する者も存在する。その可能性が後に示唆され、なおのこと身動きはしづらい状況に追い込まれることとなる。

「目的や動機を推測されることも織り込み済みの干渉だろう。それが暗示するのは、オレ達が協力することによる神界への攻撃だ」

「手を拱いているあいだに敵は着着と動くのだ。遅れを取ってはそれこそ危険であろう」

「重ねて言うが早まるな。相手は創造の力に匹敵するなんらかの力を持っている。最大限の警戒でも足りない」

「……」

 くどいようだが犯人は不明だ。顔も、名前も、どこにいるかも、不明。手も足も出ない。

「そもそも、支援を行おうにも、ララナ達のもとへ人材派遣はできないのだ」

「どういうことだ。フリアーテノアとはそれなりに長い交流があるのではないのか」

「あちらへ移り住んだ知合いからその昔にとある相談を受けた。相談内容から戦力不足を推測したオレは悪神などの敵性分子から守ることを約束した。が、フリアーテノアの主神は連携神界への加入を断った」

 物産や人材の交流と異なり人命に直接関わる不公平をなくすため防衛戦力の派遣は基本的に連携神界加入が必要だが、

「なぜだ。慢性的に戦力不足の辺境神界なら多少の食料で戦力が増強できるのだ。利しかないはずであろう。フリアーテノアは土地が瘦せているのか」

「自然豊かだと聞いている」

 特産品など輸出できないものがないなら連携神界への加入を諦めていても仕方がない。そうでないなら辺境神界が連携を断る理由はそうないはずである。

「交渉に当たった配下やさしもの知恵者も感動していた。賢い主神だと」

「どこがだ」

「フリアーテノア固有の自然環境を崩し得る生態を有する種の混入を防ぎたいとのことだ。連携神界に加われば枠組の中で交流が盛んになる。他神界の自然物が紛れ込む危険性が確実に増すのだ。おまけに、派遣した人材が固有の自然環境を全て把握して行動するのは不可能だ。人命を守れても固有環境に根差したひとびとの暮しを破壊しては本末転倒だ」

 神界三〇拠点の戦力を派遣してもらえる連携神界に加入して防衛力を高めるよりも、固有の自然環境の保護をフリアーテノアの主神は優先したということ。

「死んだら終いだ。自己を保った蘇生など犠牲がつきものだ。転生も容易ではない」

「必要な戦力も育っているようだ。魔竜の脅威も時を掛けて退けた実績がある」

「魔竜討伐程度で辺境の主神如きが自惚れたものだな」

「フリアーテノアの主神はほとんど戦う力を持っていない」

「それでどうやって鼻を高くしたという」

「主神とて万能ではない」

 適材適所。フリアーテノアの主神は限りある人員を配置するのに長けているということ。

「采配が精緻だとして、脅威が魔竜のみなどと考えている時点で愚かだ」

「語弊があったな。魔竜は和解しひとびとを害することなくフリアーテノアに住んでいる」

「馬鹿めが。竜と付こうが魔竜はひとを食うしか能のない魔物だ。共存など……」

 添の神界ではあり得なかった。そのほかの神界でも同じだろう。

「実感を持って言えるが、あれと和解しようなどとは考えもしなかった。討伐は容易い選択なのだ。和解など、よほどの戦力と根気がなければできない。おまけに固有の自然を維持する意欲だ。全てが主神の采配ではなかったようだが、独断専行を許容し最大限の結果を導き出す総合力も主神の力だ。よって、こちらから派遣できる戦力はゼロだ」

「顎で使った配下の功績を盾にする主神など認められるものか」

 ラセラユナは拳を握って、神具を治めた。

「その言回しは俗にブーメランというそうだ」

「黙れ。お前にも刺さっているだろう」

「耳が痛いな。お互い戦うしか能がない」

「ララナにもしものことがあれば……敵も彼奴も許さぬ」

「オトさんを睨むな。罪は、害意を形にした者にのみあるのだ」

「どちらにせよ、許さぬ」

 

 これも後日アデル配下の知恵者が推察したことであるが、ラセラユナやアデルと同じく神具などが機能不全に陥った者は皆、何者かによる干渉を捉えていなかった。半ば創造の力が使われたことを確定してよさそうな状況だったが、情報共有のため添の神界に届いた葉書にはこのように記されていた。

〔創造の力が最大の脅威だが視野を狭めてはならない。

 ネギがどのように陽光を宿すか知られていないように、世界には未知の現象が数多ある。

 未知の魔法が存在し得る。

 それが創造の力を模倣するように使われている可能性も視野に入れる。〕

 可能性を考え出したら際限がなくなる。

 ……この思考、いっそ妄想に、費やす時間の全てで後手に回っている危険性もある。

 葉書を手にラセラユナは志の神界を訪れた。その昔は夫が治めていた神界だ。その昔の活気を取り戻した町に、夫の姿が戻ることはない。

 ……わたしはどうすればよい。手を拱いていて、本当に──。

 神具の機能不全が改善されないまま日日が過ぎ、自分だけが生き残ってしまったら。

 ……行動しなかったことを後悔するに決まっている。

 そんな後悔は二度とごめんだ。が、公に戦力を送ることはできない。それに単純に力関係が歴然としている。神具に干渉した者が能力減退中のラセラユナや添の神界、あるいはそのほか神界に危害を加えるのは神具を機能不全に陥らせることのように容易いだろう。

 ……どこで観ているかも判らぬ。

 まるで創造神アースを警戒するかのような立居振舞が必要になるが、

 ……自分以外に脅威が迫れば、ララナ、お前は苦しむのだろうな。

 弟子を苦しめるのは不本意であるから、ラセラユナは慎重な手段を選ぶ。自らが治める神界を覆う闇のような分身を放ち、様子を見守る。

 ……創造神気取りの(なにがし)よ、貴様が牙を剝いた相手がどれほど強大か、思い知るがいい。

 

 

 

──二章 終──

 

 

 

 

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