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一一章 負担

 

 突然に現れた穴に吸い込まれて消えた二人の娘を救うべく、夫オトが示した大神凰慈に協力要請をし、ララナは快諾を得た。

 凰慈の協力で状況好転。魔団がこれを予測して罠を張っている可能性があり、ララナか凰慈に対して攻撃や妨害を仕掛けてくる可能性がある。サクラジュが見下ろす庭に佇み瞼を閉じた凰慈の隣で、ララナは周囲を警戒した。

 瞼を閉じたまま凰慈が声を発した。

「遠見は対象の周辺の景色も観ることができます」

「音羅ちゃんや子欄ちゃんの周囲にいるひとの姿も観られる、と、いうことですね」

「よって、魔団の正体を摑める可能性も。音さんが切札と考えた理由はそちらでしょう。貢献できれば何よりですが──」

「時間が掛かりますか」

「いいえ、おかしいのです」

 凰慈がいったん瞼を開き、再び瞼を閉じた。「まずは安心材料を。音羅さんと子欄さんは無事のようです」

「──不安材料はなんですか」

「二人は別別に空間転移されていて、景色が目まぐるしく変化しています」

「目下、空間転移を繰り返していると──。二人に意識は」

「ないようです。痕跡を追われないようにでしょうが、絶え間ない転移は不自然ですね」

 空間転移には膨大な精神力を消耗する。原始魔法だったとしても二人を別別にのべつ幕無しに転移させているとなると精神力還流が間に合わない。

 普通に考えるなら、術者が一〇〇〇人いても足りないほど空間転移が発生している。原始魔法の使い手がそれほど大量に存在することが創造神アースの創造した世界ではあり得ない。術者の数は少なく、何かの形で精神力を補っていると考えるのが自然だ。それにしても、

「消耗の観点で非効率的です。魔力環境を乱して転移の痕跡を一度消せば追跡の妨害として十分な結果が得られます」

「目的は、音さんを苦しめることでしょう」

「陰湿ですね……」

 魔団がオトに何かしらのマイナス感情を持って動いているのは疑いようがないので、実子を弄ぶように扱い、それを餌に疲弊させることそのものに達成感を得ている可能性がある。

「羅欄納さん達が転移先追跡を中断したのは適切でした」

 オトが消耗を避けられたことは大きい。一方で、魔団が無駄な消耗を繰り返すことで無関係のひとが精神力を奪われている可能性を否定できない。これがオトの心に負荷を掛ける。魔団が動き続ける限りオトは何かしらの形で苦しむことになる。

 それとは別に、空間転移に張りつくとこちらが不利になるだろう。

「魔団はなんらかの時間稼ぎを意図しているのかも知れません」

「音さんや羅欄納さんを私と接触させ、こうして遠見をしている時間そのものが、時間稼ぎということですか」

「はい」

「だとすると、空間転移による膨大な精神力の消耗と補給を意に介さないほど重大な目的があるはず。音羅さんと子欄さんを速やかに取り戻せなければ状況が暗転します」

 凰慈の遠見で捉えられた新たな暗転の兆しに対応が必要だ。

 ……無数回の空間転移さえ時間稼ぎ。普通では考えられないことです。

 ひとから精神力を奪っているなら魔団に実質の消耗がないが、いつかは限界が来る。上級魔術師でも空間転移を数回使えば疲れ果てる。消耗は転移距離にもよるが、魔団の空間転移にどれほどの人間の精神力が必要になったか、また、これからどれだけ必要になるか、数にして一万人を下回ればいいほうだろう。

「精神力の略奪先を押さえるのが効果的です」

 と、凰慈が示した。「ひと一人の力では限界がある。だからこそ支え合っている。魔団もその点では人間らしいでしょう。精神力をひとから奪っているのなら、奪われたひとは精神力欠乏状態に陥っている可能性が高い」

 空間転移を駆使する魔団の術者の周りには精神力欠乏状態で身動きが取れなくなった有魔力個体が大勢いると考えられる。人間以外の線としては、動物や自然界の霊素で精神力を補給している可能性もある。ララナがすべきことは精神力欠乏状態の人間や動物、霊素が著しく欠けて魔物が湧いている環境を探り当てることだ。

 凰慈が言わんとしていることをそのように酌み取ってララナは惑星アース全土に魔力探知を掛けた。数百の人型の魔力反応が密集している場所を捉え、多くが疲弊し横たわったり座り込んだりしている、もしくはそういったひとが次次運び出されている場所を探った。が、

「それらしい気配がない──。いったい、どういうことです」

「音さんの推測や憶測は信頼に値しますが、外れたこともあるでしょう。魔団は、人間らしさの中でもやや偏った側の人間の思考を持っている可能性が出てきました」

「偏った側とは」

「自分の力は絶対と確信または盲信し、全てを自分で成し遂げようとする、排他的・独善的な思考を持っているということです」

 凰慈が魔団の実態を示唆する。「〈エーテルペブル〉をご存じですか」

「精神力結晶といわれるものですね。魔団は、現在進行形でひとから精神力を奪っているのではなく、長年に亘って自身もしくは他者の精神力を結晶化して大量に保管し、それを消費して魔法を使っている可能性が高い。凰慈さんはそう睨んだのですね」

 それでは術者を探る手がなくなってしまう。状況が暗転したと思われたが凰慈が笑みを浮かべている。

「エーテルペブルは身近になければ使えません。空間転移の回数からしてエーテルペブルの消費量や保有量はかなりの数になっているはず。それが個人が保有するものであれ団体が保有するものであれ、目的もなく保有する理由がない。すなわち、」

「術者は魔団の目的に深く関係している主要メンバ、もしくは長である可能性が──」

「エーテルペブルは魔術師が一〇年に一つも作れば上出来な稀有な品。魔術師の名門など大量にある場所が限られます。そちらを遠見すれば術者ひいては魔団に接近できます!」

 凰慈の機転に、ララナは活路を見出した。

「術者を止められれば娘の転移を止め、救助もできます」

「今すぐエーテルペブルの場所を探ります。術者への対応の心構えをお願いします」

「はい」

 同時に二人を別別に転移させているので魔団の術者は二人以上いると考えるのが無難だ。そこに魔団の長が含まれているかどうかは不明だが主要メンバであることは想像に固く、目下音羅達を転移させている最中でほかへの注意がおろそかになっていても武器や物を使ったとっさの反撃くらいは可能だろう。術者の不意を衝いてその場での牽制を行うと同時に空間転移を制限し、かつ、術者をなるべく長く拘束して今後のオトへの干渉を止めたい。最低目標は音羅と子欄を救助する時間の確保、最高目標を術者確保として、究極の一手を考える必要がある。

 ……攻撃のみでは不可能ですね。

 緊急逮捕用として隣空間に常備している魔導手錠。これを掛ければ魔法を封ずることができる。破壊できないわけではないので、これを掛けた上で刻音が傀儡にしたように魔団の構成員を結界に閉じ込められれば僥倖である。

 ……魔団が高等な術者で、オト様を研究しているとすれば、反射発動型にも警戒です。

 オトが得意とする反射発動型の魔法は予測可能な攻撃への絶対的な反撃手段となる。条件を満たした状況下で自動発動するため体勢を整えたり追撃に備えたり逃走したりと行動の選択肢が広がるので魔団にも得が多い。最初の穴型空間転移がまさにそれだとのオトの見立てもある。

 ……追加の障壁を用意して防御を固め、魔導手錠を確実に掛けましょう。

 などと考えていたララナに、思わぬ声が届く。

「おかしいです……」

「凰慈さん、どうかしたのですか」

「エーテルペブルの山は見つけましたが……それらしい術者が見当たりません」

「死角は」

「ありません。……いったいどういうことでしょう」

「まさか、エーテルペブルも外れ──」

 そうだとしたら、いったいどこの誰がどのようにして空間転移を無数に発動させられるというのか。

「──特異能力である可能性は」

 と、凰慈が瞼を開いてララナを窺った。「先程羅欄納さんの話にもありましたが、この世界には不知得性魔力を自覚的に操る特異能力が存在する。それは不知得性ゆえ誰にも探知されないばかりか消耗を必要としません。私の受け継いだ遠見がそれです」

「私の空間転移も特異能力です」

 魔団の空間転移は魔力集束を経た原始魔法なのだとオトが明示した。魔力集束が必要なら精神力消耗が起こる。補給が必要になる。ところが、精神力を奪われたひとの気配がなく、エーテルペブルの使用も疑わしくなっている。けれども、不正と書いてヨコシマとオトが称した不知得性魔力、これによる空間転移がそもそも魔力集束を経たように偽装されたものだったとしたら──。

「魔団の空間転移も、特異能力……」

 集束を偽装すれば、一方的にオトの消耗を嵩ませることができ、その時間で別の行動を起こすこともできるだろう。

 竹神家としては、精神力消耗がない魔団の空間転移に対処しきれない。音羅と子欄を取り戻すのが極めて難しくなる。

 ……オト様がこちらにいらっしゃるべきだったのかも知れません。

 ヤブルハナノコハリ。魔力効果・魔法効果を打ち消すあの神具を使えば、凰慈の遠見を活かして転移先に先回りし空間転移を無力化することが不可能ではなかっただろう。

 特異転移でやってきたララナに精神力消耗はないが振出しだ。音羅と子欄を取り戻すためには、遠見とともに転移先追跡が必要だったか。そう考え始めたララナの横で、再び瞼を閉じた凰慈が慌てた。

「転移が止まりました、子欄さんのほうです!」

 魔団の消耗が限界に達したか、それとも罠か、推測するのはあとでもいい。

「場所は」

「南は広い海、後方はヤシの木が群生、熱帯地域の島でしょうか、周囲に人気はなく……夜です」

「さほど離れていないようですね」

 言いつつ魔力探知を掛けるが子欄の気配を依然として感じない。遠見による位置特定を進めよう。ここからは西北西に三日月が見えるが、子欄のところからはどうだろうか。

「月は」

「西北西の空、高度四五度前後に。雲が多くて、星座までは……」

 凰慈がちらとここからの月を観て遠見に戻った。「気のせいではないようですね、子欄さんのところは月が少し北にあります」

「南半球──。海のほうはどうでしょう。目印はございませんか」

「海の奥に、丘、大陸ではなくあちらも島か、灯台か、燈があり、人気を感じます」

 情報が揃ってきた。

「(南半球、ヤシの木が群生する熱帯、南に広い海、遠目に有人と思しき陸地を望み、現在は夜で月が中程度に昇っている──、恐らくは、)ジンジ島」

 ララナが閃いたのは、実妹が亡くなったその地だ。

 ……私との関係は偶然でしょうか。それとも──。

 罠と考えるのが妥当だが魔団の術者への対策と同様に心構えがあればいい。考え事はあとにして、今はとにかく先を急ぐ。

「陸地の近くに小さな漁船が繫留されている。恐らくジンジ島で間違いありません。羅欄納さん、船着場から約一五〇メートル西です!」

「ありがとうございます」

 ララナは肩の織師を掌に載せた。「織師さんの布は防衛に向いています。私が離れるあいだ凰慈さんをお願いします」

「解った。キミも気をつけるんだよ」

「はい」

 織師を凰慈の肩に渡したララナは示された場所へ転移、すぐ近くのヤシの木の根元に横たわった子欄を見つけた。周囲の警戒を怠らず数歩のところまで近づいて様子を確認する。

 息をしている。

 対してララナは息が詰まるようだったが、ひとまず安心した。

 掛かっているかどうか認識できない傀儡化魔法を解除するため魔法薬を散布してから、ララナは子欄に歩み寄った。

「子欄ちゃん、朝食の準備を手伝ってください」

 と、特に変化のない朝のような呼掛けをしたのは、なるべく非日常的な起こし方をしたくなかった。

「う……ん……」

 瞼を薄く持ち上げた子欄を、ララナは抱き締めたくなるが、呼掛けに専念する。

「目が覚めましたか」

「……、こ、こは」

 ヤシの木の囁きと潮騒が届いている。海から流れ込む潮風も五感で感じているだろう。

「ジンジ島です。何が起きたか憶えていますか」

「……突然現れ、た穴に吸い込まれて、刻音さんと、手が擦れ違って、それから……判り、ません」

 ……穴に吸い込むと同時に意識を奪うような魔法が仕掛けられていたのでしょうか。

 凰慈によれば音羅も気を失っている。空間転移に催眠系の魔法を組み込んでいたのだろう。ともかく、わけが解らないほど空間転移させられていたことを記憶していなくてよかった。

「体は大丈夫ですか」

「ちょっと、重い感じ、がします」

 ……顔も、首筋も、手も、血の気が薄いのです。

「ふらふらし、て、頭、が、ぼんやりして、お母さ、まの、声が、遠、いです」

 ……転移・移送魔法性低酸素脳症──。

 治癒魔法研究所で働いていた子欄は自分の状態を少しは勘づいているだろう。俗にいうところの転移酔い、その重度症状だと。

 ……口の動きが鈍く、聴覚の鈍化、わずかな痙攣、意識の混濁まで。

 周囲の時の流れに置き去りにされているように感じているのではないだろうか。そんな中、痙攣に伴って視覚情報が定まりづらく、さらには視界の広さが絶え間なく変わって疲労感が嵩む。瞼を開けているのもつらいだろう。自力で体を起こすこともできない。

「私が家に送るので今日は休んでください。詳しい事情を知りたくなったらお父様へ」

「はい……」

 ララナは、小さくうなづいた子欄を最後にそっと抱き締めて、竹神邸門前へと転移させた。これで立ち番をしている家族が加護領域に入れてくれる。

 潮騒と風音とヤシの囁き。

 それを塞ぐように、耳の奥がびきっと音を立てて、

 ──ーーーーーーーッ──。

 雨音が聞こえた。その昔この島で聞いた、あの激しいスコールの音が──。

 ララナは、両手でぐっと顔を覆った。

 ……──。

 空間転移は被術者にも負担がある。害意ある魔団による無数に及ぶ空間転移は当然、被術者への気遣いなど欠片もなかった。あれほど衰弱した子欄をララナは観たことがない。

 ……──。

 怒りを禁じ得ない。

 あるいは、実妹のように子欄がこの島で命を落としていたかも知れない。そう考えたら、両拳を固くしてなお抑えきれない激情が湧き上がって、周囲への警戒も忘れた。

 ……音羅ちゃん──。

 もう一人、助けなくてはならない。その思いがぎりぎりのところで平静を取り戻させた。

 ……音羅ちゃんが子欄ちゃんのように苦しんでいるとしたら早急に救出せねばなりません。

 感情に支配されれば油断が生ずる。魔団にアクションを起こさせるような隙を作るべきではない。闇の海を見つめて嚙み締めた怒りと握り込んだ拳を意識的に緩めてから、ララナは凰慈のもとに戻った。

 サクラジュの大木が如く佇む凰慈は頼まれることもなく音羅の遠見を再開しており、しかし予期せぬ状況を捉えていた。

「羅欄納さんが子欄さんを転移した頃に音羅さんの姿を捉えられなくなりました」

「死角に隠れたというわけではなさそうですね」

「遠見は惑星アースのほぼ全域。穴となっているのは星の真裏など一部です」

「(穴が複数。)凰慈さんが移動した場合、真裏は変化しますか」

「ええ」

「一部には、〈魔海(まかい)〉も含まれますか」

 ララナのかつての仲間が侵入してしまった危険な海域で、各国が迂回航路を組んでいる。

「北海と南海、そして、お察しの通り魔海ですが、そこへ空間転移させるとは──」

 考えにくい。

 とは、言いきれない。オトを苦しめるためならば陸地の遠い海の只中へ音羅を放り出すことだってあり得るだろう。南海には陸地があるので単純に危険度が高いのは北海と魔海だ。

 魔海は、ダゼダダ大陸の北、ダゼダダ海の北部に複雑な形で存在しており、噂や文献で危険性を窺い知られている。生還者があまりに少ないため海域の詳細が不明だ。

 隣り合った海域と環境が著しく異なる魔海は、いま思えば創造神アースの設計によるものと推測できる。原始魔法と同じく不知得性魔力を用いた優れた力、特異能力である凰慈の遠見が利かない理由はそれゆえとも考えられる。

 その魔海に並んで遠見が及ばないという北海と南海は、それぞれ北極付近と南極付近の海域のことだ。うち南海は魔海ほど破滅的な環境ではなく、陸地と遺跡があった。何度目かの余談であるが、幼い頃ララナが創造神アースの手記を発見したのがその遺跡だ。そのことから南海にも創造神アースの設計が働いていると観ていいだろう。北海についてララナは情報を得ていないが、魔海と南海に並んで遠見が利かないなら何かの設計が働いているのだろう。

 空間に視覚を割り込ませる遠見が利かないなら空間に体ごと割り込ませる空間転移もできなさそうなものだが、それが不可能ではないことは明らかに創造物である輪廻転生機関へ特異転移できたことで五〇年も前に証明されている。魔団が音羅を危険海域に空間転移させていないことを、足を運んで確かめる必要がある。

「ララナ、行くのかい」

「織師さんはこのまま凰慈さんの護衛を」

「無理をしないように」

「解っています──」

 羅欄納はすぐさま動いた。ここからちょうど星の真裏に当たる座標へ転移し、音羅を魔力探知と視覚で捜した。日中にも拘らず豪風と雨粒が吹きつけた。ひどい嵐だ。

 獣の爪痕が何重にも巡るような景色は視界不良を極めていた。魔力探知も叶わず、別の手が必要となった。

 ……魔力的に捉えられないなら、物理的に捉える魔法を──。

 精神力消耗を避けられないがララナは迷わない。

「ひととき失礼します」

 空と海を覆う球状の対物理障壁を展開して雨風を完全に防ぐと、対物理障壁の下部から魔法の光を放つ。海中に潜むあらゆるものを照らして障壁の天面にその影を映し出したのだ。ほとんどは予想通り漂流物や魚だ。が、一つでも人型の影が見つかればそれが音羅である可能性が高い。照射角度を変えて数秒も調べれば理論上十分な捜索ができる。

 念を入れて、一分を掛けた。が、何も捉えられなかった。音羅は、この一帯にはいない。

「……」

 北海、南海、魔海も捜索しなければならない。ここで粘ってほかの海域での捜索が致命的に遅れてしまっては意味がない。

 真裏の海域の捜索を打ち切ったララナは海流が最も激しいと予想される魔海を優先し、次に北海、南海を順に探った。真裏の海域と同じ要領で捜索したが見つからず──、凰慈のもとにいったん戻り協力に改めて感謝を伝えた。すると、

「羅欄納さん──!」

「ララナ……」

 二人に呼ばれて、ララナは踏みとどまった。いっとき、景色が横転するように見えていた。気づかぬうちに、気を失いかけていた。精神力を消耗したのだろう。

 ……子欄ちゃんの転移酔いに比べれば──。

 我が身の疲労は大したことがない。とはいえ、魔団が音羅を手中に置く危険性を踏まえて長期戦になることが視野に入っている。消耗を控えなければならない。

 ……それでも、私は──。

「ララナ、わたしの忠告を無視したね」

「……」

「自分の負担を軽んじてはいけない」

「負担は感じておりません」

 と、答えたララナの胸許に、織師ではなく凰慈が人差指を突きつけた。

「明らかに疲れているので説得力がありません。音さんのもとで休んでください。音羅さんの遠見を引続き私が担います」

「それでは凰慈さんの負担が大きいでしょう」

「気が回らなくなっていることを自覚してください」

 凰慈の遠見は特異能力。消耗がない。

「あなたほど自己犠牲ができる立場ではありませんのでご安心を」

「私も自己犠牲などは──」

「それなら私や織師さんが言うことを聞き入れられますね」

「ですが──」

「今は休むんだ」

「……」

 凰慈や織師の言葉を聞き入れるべき。それが合理的だとは解っている。が、音羅が窮地に立たされている。そう思うと気が気ではなく、どうしても動きたくなってしまう。

「羅欄納さん」

 凰慈がわずか声を低くして、重大な指摘をする。「音さんの推測や憶測を逸している魔団はあなたが思うより強大だと思います」

 オトの対策や分祀精霊の加護を擦り抜けて、確かに突きつけられていた脅威。ララナはそれを感じていなかったわけではない。だからこそ、ここにいる。凰慈を巻き込んででも問題解決のため動いている。

「あなたも、音さんも、一人では太刀打ちできないと考えてください」

「解っています。一人で立ち向かう考えはございません」

「であるなら心得てください」

 凰慈がララナに詰め寄った。「あなたも音さんも、決して無力ではない。独りでもない。それを理解した上で、今このとき優先すべきことが何か、考えてください」

「──」

 次の行動を起こさなければ、その次の行動が遅れ、どんどんあとの行動に響いて、魔団に屈することになるだろう。

 魔団を退けるためにはララナとオトが力を尽くす必要がある。が、常に戦えばいいということではない。

 ……頭では解っています。ですが──。

 動きたい。……ですが、動けません……。

 音羅に対してできることが何もない。魔団にも対しても同じだ。そんなララナができることは、オト達が知らない経過を伝えること。すなわち、音羅の消息が摑めなくなったと報告することだ。

 ……昔は、なぜ、無慈悲な指揮を執れたのでしょう。

 今こそ自らをその指揮下に置かなければならない。音羅のために。家族のために。

 ……そうです──、家族のために、責任感や、感情で動くわけにはいきません……。

 納得がゆかない心を理屈で圧し潰したララナは、凰慈と織師の言葉に遅れてうなづいた。

「……報告を済ませたら、音さんや家族と相談して次の方針を決めてください。そして、いつまで続くか判らない魔団との戦いに備えて、音羅さんを取り戻す力を蓄えて、あらゆる事態に万全を期するために心と体を休めてください」

 論理的で合理的で隙のない考え方だ。それでも圧し潰したはずの心が動きたがる。どうにもならない衝動が膨らんで圧し潰しきれない。

 そんなララナの気を察して、凰慈が話す。

「大神家や、大神家を支える多くの家系も、自然を司っています。その大いなる存在を崇め、敬い、畏れて、その力を借りて生きていることを確かめてきたんです」

「……」

「魔法、魔導、科学、そういった自然を従えたような力を得たとて人間は人間のみでは生きられない。それを忘れて生きることの狂気を、私達巫女の家系は伝えていかなければならないと考えています。それに真向から反旗を翻しているのが魔団だと、感じています。羅欄納さん、あなたはどう思いますか」

「……同じように、感じます。(かつての私のように、)魔団は、ひとの営みを外れて、摂理を蔑ろにして、争いを巻き起こしています」

「自然は寛容です。醜い争いも受け止めます。人間より許容できることが遥かに大きい。ただそれだけのことです。負の感情に曝され続けたひとがふとした瞬間、感情の重みに堪えかねて苦しむように、自然も苦しみます。拳を振り翳すように大地を割り、足蹴にするように波を起こして、自然は訴えます」

 凰慈に一つ促されて、ララナはその通りにする。

「このサクラジュを仰いでください」

「……」

「ひとを愛せるひとだから、大地を割る前に、波を起こす前に、拳を下ろして足を地につけ、緑や花を愛でられるひとであってほしい。私はあなたに、そう思っています」

「……」

 夜闇に映える大木、押し寄せるような緑、圧迫感すら覚えるサクラジュの存在感に吞まれるように、包まれ、支えられ──。

 得体の知れない強大な敵性分子に音羅を人質に取られた可能性が観えて焦りに拍車が掛かっている。心が、先へ先へと走りすぎて、どこにいるか判らなくなっている。音羅を取り戻す。その理想的結論が先走るばかりで、何もできないのに行動したがっている。

 その全てが、消えはしない。

 だが、サクラジュへと目を向けると自分がどこにいるのか自然と確認できた。先へ先へと走り続けていた心が「今」に戻って、着実に先へ進むための道筋を見つめ直すことができた。

 ……オト様も、皆さんも、きっと、同じように苦しいのです。

 受け入れられなかった合理的結論が心に馴染んで冷静になった。焦りが皆無になることもないが、理想的結論へと先走った心では理解しようのない着実な第一歩を素直に踏み出せる。背負いきれない重みはみんなで支える。みんなとともに、この重みを考える。そのために、話をしよう。そのために、

「家に戻ります」

「はい。私も無理なく遠見を続けます」

 メリアの狂気がなかろうとも暴走してしまう自分に付き合ってくれた凰慈と織師に、ララナは深く頭を下げた。

「よろしくお願いします。織師さんは引続きこちらに残って凰慈さんの警護を」

「遠見に変化があればフラフを介してわたしからオトに伝えよう」

 織師が両手で掲げたのは彼と同じくらいのサイズの綿毛、クムの幼体的な位置にあるフラフだ。

「フラフさんにはそのような伝達手段があったのですね」

「別のフラフやクムに直通だ。じつをいえばほとんどこの場で伝えていたから、噓をついたようになってすまない、キミが報告する必要はないといえばない。が、」

「ええ、帰ります」

「そうするといい」

 目的は連絡だけではない。遠く離れても家族だが、ララナは、竹神邸や家族から、離れたくない。

 ……音羅ちゃんもきっとそうです。

 流れで一人暮しになったとき以外、音羅はずっとララナとオトのもとにいたのだから。そんな音羅を無事に連れ戻すためにも、疲れた心と体を癒やす時間が必要だ。

 ララナは改めて凰慈と織師に頭を下げ、経過報告をお願いした。

 魔団には、得体の知れない力がある。数えきれないほど操ったことから空間転移はララナ並に得手なのだろう。加えて、有魔力個体の気配を隠すことにも長けている。音羅・子欄に次いで連れ去られる子が増えないとも限らない。そして次は、子欄のように救出できるとも限らないのだ。

 ……オト様。オト様、私はどうしたら……──。

 

 

 立ち番をしていたオトが、ララナの特異転移で現れた子欄を家の中に抱えてきた。

「すまんが布団に頼む。俺は立ち番に戻るわ」

「はい。お任せを」

 子欄が衰弱していることは一目で判った。メリアはオトを見送らず布団を用意し、子欄が横になるのを支えて、ぐったりと、深く眠る姿を見届けた。

 ……子欄さん……。

 いつも家事を手伝ってくれる子欄は主張こそ控えめだがてきぱき働く優しい子だ。姉である音羅や納月からの信頼も惇く、妹からも頼られている。何一つ、悪いことをしていない。どう間違っても罰が当たるような人生を歩んではいなかった。だというのに、魔団は、そんな子欄を苦しめた。

 ……許せません──。でも、わたしも不甲斐ないです。

 転移酔いに有効な治癒魔法を使えない。もとより、傷を治すような治癒魔法も使えない。だから考えても無駄とは思うものの子欄が少しでも回復するような魔法がないものか考えてしまう。オトによれば、しばらくすれば回復するとのことだが、疲労を物語る浅い寝息は、まるで息絶える間際のヒトのようで、メリアは、両拳を握り合わせて、不安を怺えた。

 ……何もできない。でも、見守ることはできます。

 近くにいてほしくてもそうしてもらえなかった過去があった。それを叶えてくれたひとがいたから今がある。同じように、メリアはみんなの傍にいて、見守りたい。

 みんなを抱き締めて夜を明かせたなら一番いい。体が一つしかなく、それはできない。囲炉裏の脇に座り、炭火を保つ。みんなが少しでも暖まれるように、その眠りが少しでも温かく包まれるように。目差と体温を炭火に乗せる。

 いくつもの寝息を聞いて火箸を動かしていると、

「あなたは眠らなくていいの」

 と、蜜柑山から出てきた結師が膝に載った。見上げてきた結師を、メリアは見つめた。

「騒がしくしてしまったならごめんなさい」

「裏を読んで返さなくていいわよぉ、心配しているだけだから」

「でしたら、心配には及びません。わたし、少しでもみんなの役に立ちたいので」

「戦う力がないからよね」

「音さんにも、羅欄納さんにも、あるいは娘にも、守られるしかない。母として不甲斐ないので、力がないなりの戦い方を模索しています」

 特殊空間では対戦相手になってアドバイスできるが、通常空間では戦闘面で役に立てない。ララナの体を借りていた頃から続けている三食の調理やお菓子作り、洗濯や掃除などは勿論、みんなの相談に乗ったり遊び相手になったり、と、特別なことはしていない。ただ、その特別ではないこと、日常を日常たらしめていることを一つでも多くやっていきたいと思い、実際にそうしているつもりだ。

「結師さんも竹神家の日常の一部です。羅欄納さんは特にですが、結師さんに髪を梳いてもらって微笑むみんなを眺めるのがわたしは大好きです。その日常の中にいられること、その風景の一部にいることさえ、わたしの役割のように思います」

「善人ねぇ。イタズラしたくなっちゃうわ」

「えっ」

「冗談よぉ、でも、でもぉ、そんなあなただから音も好いたのよ」

「……それなら、嬉しいです」

「怠惰で物臭でやる気がないから誤解されっ放しだけど、」

 と、結師が蜜柑山に戻ってゆく。「あの子のこと、疑わないであげてね」

「勿論です」

 半ば二股を掛けていたメリアのことも信じて待っていてくれたオトのことをメリアも信じている。疑わしいときがあっても家族を想ってこそだということもよく解っている。素直に打ち明けてくれると助かるとは思うが、心を預けられないほど疑ったことはない。

 炭の割れ目に隠れるようにして火が弱まってきた。新たな薪を寄せて勢いを持ち直させたところで玄関が開く音がした。閉じた障子がかたかたと揺れて三和土や廊下、踊り場などに風が通ったのを感ずるか否か、三和土に面した障子を静かに開いてララナが入ってきた。

 居間と食堂の暖かな空気を逃さないよう障子を閉じたララナがメリアの横に正座して、眠るみんなを眺めた。その目差は慈愛に満ち、苦しそうでもあった。

「音羅ちゃんの救出が、先送りとなりました」

 そう切り出したララナから経緯を聞いて、メリアは先の目差の理由を察した。

 ……一層、許せなくなりました。

 魔団は今もなお音羅を苦しめているかも知れない。空間転移による疲労などではなく、もっと直接的な、苦痛を与えているかも知れない。そう思えて、ララナの話を聞きながら膝に置いた両手をきつく結ぶことをメリアは禁じ得なかった。

「状況は音さんにも」

「はい。どうにかすると。今日は休むようにとも」

 魔団の空間転移には制限がないと観ていい。ひとの再生や蘇生といった禁忌の魔法に加えて自他を自由自在に移動させる術を有しており、ひとたび誰かが連れ去られたら取り戻すことが困難なので、危険性がより高まっている。

「オト様もとても不安でしょう。それなのに、私を励ましてくださりました」

「普段は頼りないのに、いざというときは、きちんと大黒柱ですね」

 強い力を持つララナも、戦う力のないメリアも、彼はしっかり支えている。そんな彼を、戦う力で支えられるのはララナであり、ララナの日常を支えられるのがメリアだ。

 ……前のやり取りで見たあの焦燥感。

 ──打ち明けてくださらないのですね……。

 オトが大事な情報を伏せるのはいつものことで、メリアよりララナのほうがそのことに慣れている。それなのに、考えることを放棄するようにララナはオトに答を求めた。あの姿勢は余裕のなさの顕れだ。

「(戦う力と全耐障壁がある。それなのに何もできない。もとから屋外活動が難しいわたしよりこの状況下での焦りは重くなっているはず。)朝ご飯は任せて、ゆっくり眠ってください」

「ありがとうございます、メリアさん。……」

 ララナが肩を寄せて、瞼を閉じた。「こうしていても、いいですか」

「──勿論」

 ララナの肩に毛布を掛けて抱き、メリアも体を寄せた。

 ……音羅さんが心配だ。圧し潰されそうなほど、羅欄納さんも心配している。

 まだ解決はできないが、胸を締めつける不安や心配がわずかでもほどけるなら、一晩じゅうでもこうしている。

「おやすみなさい、メリアさん」

「おやすみなさい、羅欄納さん」

 疲れていたのだろう。すっと眠りに落ちたララナの横顔を覗いて、メリアは欲求を覚えた。

 ……横になれたら、思いきり、包んであげたいです。

 身を寄せ合うだけでは足りないほど苦しそうに見えて、居ても立ってもいられない気持になる。

 蜜柑山を見つめると、クムと目が合った。

「オト様と、お話しますか」

「繫げますか」

「はい」

 転移先追跡の最中、オトが中心となって共有した情報に気になる点があった。個人的な役割に関することなのであの場では控えたが、みんなが眠っている今なら少し訊きやすい。

 オトに力を貸している分祀精霊には、各自のやり方でオトに連絡する手段がある。クムの場合はオトと直接連絡できるほか、フラフを端末として誰とのやり取りも繫げられる。ヴァイアプトを始め分祀精霊の加護が竹神邸に重なり合って相乗効果を得て可能になったことだそう。そうして、竹神邸は外敵の攻撃を退けるにとどまらず、分祀精霊に取って通信基地の役割を果たしており、それが星間通信をも可能にしている。家の近くなら難なくやり取りできる。

 本来ならクムが代弁するところだが眠りを妨げたら困る。端末たるフラフを借りて耳に当てれば玄関前のオトに声が届き、メリアにはオトの声が直接届くようになる。

「何か用かな」

「特殊空間での精神力還流、その話の中で少しあった精神力補給の話がずっと気になっていました」

「ふむ。どう気になったん」

 話の大筋を察しているからだろう、オトがそう促した。メリアは遠慮なく話すことにした。

「あの空間の外で補給することはたぶんできないと思いますが、中で補給したあと、外に持ち出せるのではありませんか」

「察しの通りやよ」

「やはり──」

「俺の個体霊素だけやけど、魔法を介することなく体外に出してほかのひとに分けられる。分けたあとはそのひとの個体霊素として使えるから、使わん限りは体内にとどまるよ」

 メリアが使う星の魔法は純然たる原始魔法に昇華できる見込みがある。死属性魔力を混ぜてしまう癖があるので、今はその癖を正している最中である。その癖を直して原始魔法として使えるようになったらの話だが、精神力還流によってほぼ消耗を気にせず星の魔法を使えるようになる。そう考えて特殊空間内で練習することが運動会から日課になっていたメリアだが、ふと気づいたことがあった。それが、運動会以前と以後の精神力の量だった。普通の魔法ですら精神力還流によって使用制限がなくなっている特殊空間では事実上魔法の乱発が可能になっており、その性質ゆえ精神力切れが起こらないようオトが各人に精神力補給をしていた。それらは飽くまで特殊空間内でのチート設定のようなもので特殊空間外では状態がリセットされるものとばかりみんなが思っていた。実際は違うのだ。メリアはもともと精神力がかつかつだったので気づけた。特殊空間内で補給された精神力は外に出てもリセットされず自分のものとして使える。それによって、特殊空間内で使えた魔法なら外でも一回は使えることが判然としている。純然たる星の魔法でなくても、それは同じだ。精神力が還流される原始魔法に昇華したあとのほうが継戦能力を維持できるのは言うまでもないが、万一のとき依代を失うことなく一度は魔法を使えるという事実がメリアに取って大きい。そしてここからが重要だ。

「トリュアティアで判りましたが、わたしの精神力は最低でも大技三回分は蓄えられます」

 星をも滅ぼす双剣萼(そうけんがく)、それが三回分だ。実際のところ星を滅ぼすわけにはゆかないので細かい魔法にする。と、数十回の使用が可能になる。それら全てを原始魔法に昇華できたあとなら、精神力還流を待って無限に使える。が、一刻を争う戦いもあるだろう。元手たる精神力が多いに越したことはない。

「あと二回分、いいえ、一回分でもいいので、補給してもらえませんか」

「補給について運動会の頃に言ってなかった理由は理解しとるかな」

「はい……、こんなふうに補給を求められても平等に応えられないから、ですね」

 際限なく補給できるならとっくにしていた。それが外に持ち出せるものなら防衛力向上にもなる。オトはそれをしなかった。精神力還流と説明されていた特殊空間のチート設定は、じつは全てオトからの()()。精神力の流れは基本的に見えない。還流も補給も疲れないという体感が同じなので、補給される側はその理由の違いに気づくはずもなかった。

「ひとより回復早いし家族全員で遊ぶくらいどうってことないからみんなには言わんといて。けどまあ、あのわけ解らん無数の転移を追跡したあとやし今はちょっと休みたいかな」

「これからも害意が向けられないとは限りませんからね……」

 原始魔法と特異能力に詳しく不知得性魔力を知覚できるオトがいなければヨコシマの干渉があったこともメリア達は知らないままだった。補給を続けるよりもオトが回復に専念したほうが竹神家は安全なのだ。

「浅はかに頼ってごめんなさい……。羅欄納さんのこと、もっと、力でも助けたくて、焦ってしまっているんだと思います」

「気持はそれだけ」

 オトは察しているふうだ。いや、察していなければ、そんなふうに、促すようなことは言わないだろう。

 幻滅される。そんな気がしてメリアは口に出すのを躊躇った。けれどもララナの寝顔をどうにか和らげてあげたい。それには、炭火を調節するだけでは足りない。

「エプロンのことも受け入れて優しく迎え入れてくれた子欄さんを魔団はあんなにした。今もまだ音羅さんを傷つけて、羅欄納さんのことも……。わたしは、それが許せないのです」

「ん」

 オトがうなづいた気配があって、やや間があった。

 メリアは、励ましをもらえるとは思っていない。負の感情が沸き立って爆発しそうなのだ。可能なら、魔団をいますぐにも滅ぼしてしまいたいくらいに。だができない。どこにいるかも判らない相手を、どうしたらいいのか。やり場のない怒りを半ばオトにぶつけたのだから、むしろ叱られるのが自然だ。実際、

「許せない、は、やめるべきやな」

 そのように、窘められて、メリアは、項垂れて、爆発を彼に向けてしまう。

「音さんは平気なのですか、音羅さんが帰ってこないこと、子欄さんを傷つけられたこと、羅欄納さんを追いつめられていること、家族全員が、安心して眠れないこと、全部、魔団のせいなのですよ……!」

「もう言ったと思うが、」

 一貫して、冷静な声だった。「責任は俺にある」

「っ!──」

「魔団がどう動こうが、その目的が俺を害することにあるなら、その感情や目的を与えた俺の存在に責任がある」

「……、詭弁です」

「そうかもね。魔団の自発性に荷担したわけじゃなし、責任の割合は低い。それを踏まえて、こういう考え方がよくないことはお前さん達に教えられたばかりやよ。けどやっぱり俺はそうも思うんよ。ひとに何かしらの気持を向けること、それ自体を縛ることはできん。自由だ。それを制限するならひとは不自由さに潰れてく」

 相手に何かを求めるのは自然な気持だ。が、強制はできない。強制すれば、一方的な関係になる。かつてのメリアとアデルのようにゆく末は破滅的な別離だ。個人ではないが、竹神家と魔団の関係はメリア達のような破滅的な道を辿っている。だからこそ、双方向の関係に立つことが大事だ。強制に対して強制で対処しても、魔団は何度でも襲ってくるだろう。やがては同じ土俵に上がった自分に後悔して竹神家が自滅してゆくことになる。そんなことをメリアは望んでいない。

 オトが囁くように言葉をくれる。

「許さない、は、自分の正義を振り翳して相手の自由を完膚なきまでに叩き潰す大義名分だ。それを振り翳した末に何が起こるかは、語るまでもなく、知っとるよね」

 受け入れられることがない意志、語ることもできなかった気持、爆発したそれらが救いの声を撥ね退けて星を破滅させた。

「掌を返すようやけど、そう、今のもまた詭弁だ、強制に変りない。知ったふうな顔で意見を伝えて自らの考える正しさへ誘導しとるんやから」

 けれども、主張するのは自由だ。それを受け取るか・受け取らないか、それを受け取りたいか・受け取りたくないか、メリアには、選択と気持の自由が与えられている。

「開き直って誘導しよう」

 微笑んだ気配から間もなくオトがこう言った。「導き出した結論やどうにもならん心を止めたのが『許せない』かどうか、メリアはちゃんと解っとる、と、信じとるよ」

「音さん──」

 求める叫びを果たすような炎と氷の熱。あれを感じて、手放したくないと思って、メリアは竹神邸に帰ってきた。より深い熱と懐を感じて、ここで生きてゆきたいと心から思えた。

「メリアは知っとるかな」

「──何をですか」

「星の魔法は、星の魔力で成る。原始魔法は魔力の操作により精神力を消耗し、還流によってもとの状態を維持する。ならば、特異能力へ昇華すればそもそも精神力なんて要らん」

「……まさか、死属性の混じった不完全な星の魔法ではなく、純然たる星の魔法でもなく、さらにその先、星の魔力のみの効果を発揮して、戦う術が──」

「星の営みを司るのが星の魔力。ざっくり区切るなら、その一部に〈大地(だいち)〉がある」

 山を作り、水を溜め、沢や川を、やがては海を成して、植物を、生命を、育てゆく大地。

「星の魔法はトリュアティアやメークランの神界宮殿を地殻から瞬時に再構築した。あれは、星の魔力が持つ地殻形成の効果に〈固定〉の技術で方向性を与えて集束した魔法。椅子や俎板を作るのも同じ。やけど、神界宮殿も椅子も俎板も小規模で部分的だ。巨大な地殻を形成するのは星全体に広がる元来の魔力の働き。その上で、人間も魔物も神もちゃちな魔法での破壊に満足しとるわけだ」

 それに満足できず狂気を治められなかったのがメリアだ。そして星を滅ぼした。その狂気を受け止めたのが、竹神家だ。

「竹神家のみんなが、わたしに取っての星です」

「っふふ、家でいいよ、横になるには星は大きすぎる」

「比喩ですよ」

「解っとる。話を戻そう。魔力はときに魔法を凌駕する」

 星の魔力の一部分、それに方向性を与えた地殻を操る魔法だけでも強力だ。実際は星を形成するあらゆる力を操るポテンシャルが星の魔力にはある。その一部分でも自在に操れれば消耗を気にせずメリアはみんなの力になれる。

「以前教えた融合は、もとを辿れば魔力効果の模倣だ。そういう感じで魔力は命を奪ったり誰かを害したりするだけじゃない。ひとを生かすことにも、助けることにも、分け隔てない。いま俺ができるのはこんな基礎知識を伝えることくらいやから役には立たんかな」

「いいえ、」

 メリアは、与えられた情報に縋って星の魔法に絞って練習していた。新たに得た家族を手放さないため・守るために、それは必要なことだったが、そこに踏みとどまって視野が狭かったのだとオトの話を聞いてメリアは自分を振り返った。

「もっと高みを目指します」

 特異能力の話を聞いたときそう考えるべきだった。きっと彼は、それを望んで、求めてくれた。それに気づきもしないまま、メリアは当たり散らすような物言いをしていた。

「浅はかな上に、恥ずかしいことでした。ごめんなさい……」

「ううん、全然。素直にいえん俺にそれでも付き合ってくれとるお前さん達が、謝る必要なんて一つもないんよ。こちらこそごめんね、いつもメンドー掛けとる」

 受身のくせに試験癖がある。引籠りのくせに外に出る。頼りないのに力強い。相反を寄せ集めて固めたような彼は口にしたように責任を感じて許しなど受け入れない。だから、メリアは家族として、ただただ感謝を伝えて強制する。

「落ちついたら、みんなで一緒にお菓子を食べましょう」

 彼はきっと応じてくれる。そう信じて。

 

 

 

──一一章 終──

 

 

 

 

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