一〇章 幼少の記憶(三)
新たな傀儡、死者たるそれがオトの父であってもララナは冷静に次の行動に移れた。傀儡にされる可能性がある人物をオトが事前にピックアップしてくれていたお蔭だ。
一手の魔矢で再生された死者の肉体の全てを消失させた後、刻音に結界を解除させると、娘にも判る形で脅威が去ったと示せた。刻音の結界に巻き込まれた家には傷一つついていない。見た目通り、木造の三階建てだが、移住当時にオトが施した魔法で強力な聖域になっている。じつをいえば、その関係で外から家の中へ直接の空間転移ができないなどの制限があるが、強力な魔法を用いる魔団でも傀儡による侵入を試みなければならないほどの防護力があることは今回の襲撃で判然としただろう。
念のため周辺を警戒し、魔団らしき気配がいくつかあったことをララナは察していた。その気配が音羅との接触後に次次消えたことを確認しつつ、しかし音羅の気配まで消えたことを認めてララナは内心驚愕した。音羅のもとにいた夜月やプウが北の内層に飛び込んできてほどなくしてこちらの対処が済み、敵性分子が周囲にないことを確かめた。謐納と刻音、夜月とプウ、それぞれ歩いて勝手口まで向かうことは可能な状況だが刻音が目撃した子欄の消失が確かなら家の外に長居はできない。ララナは謐納と刻音、夜月とプウ、それから自分を特異転移に掛けて勝手口に集めると速やかに家の中へ入れ、戸を閉めた。家の中からは外の気配を探れる。屋外・屋内に不審な魔力反応がないことを確かめつつ、また、友人が亡くなったときにも増して苛立った様子の夜月から音羅消失の報告を受けてララナは居間に入った。
居間には、無事な家族が合流していた。ララナと一緒にプウ、謐納、夜月、刻音が合流すると音羅と子欄がいないことがはっきりした。無警戒に眠っている納月を見ると、家の中にいた子は突然消失したりしないことが判って安堵したが──、ララナは周囲の警戒を継続して、夜月と刻音、それぞれが目撃した出来事についてみんなに改めて話してもらった。
佐崎文也らが現れたナゴエド平野で発生した音羅の消失。言葉真毎が現れた家の西で発生した子欄の消失。いずれも闇のようなものに吸い込まれて消えたこと、それに至る経緯を共有した。また、プウが見聞きしたこととして一部傀儡の新たな特徴をオトが補足した後、音羅と子欄を吸い込むようにして消失させた闇のような穴と音羅と子欄の消息について情報を纏めることにした。
「空間転移は消耗の大きい魔法です。その多くは現代では空間転移魔導機構が担っています。無駄打ちを避けたい術者が用いる場合の傾向は二つ。身動きする対人には指定型、動かない対物には穴型を使うということです。これらを踏まえて、二人を吸い込んだという闇、それは恐らく穴型です」
「動く刻達にわざわざ穴型を?」
刻音の質問にララナは明確な答を出せない。
「魔団の意図とは捉えます。理由は不明ですが早期に調べれば転移先を辿れるでしょう」
刻音から話を聞いてすぐ、子欄が吸い込まれた穴型があった場所をララナは探った。案の定、痕跡を見つけられなかった。不知得性魔力。これのせいで穴型の魔力反応を辿れないのだ。それで諦めたのではない。子欄の魔力反応を広範囲で探った。しかしそれも見つからなかった。
そこで不知得性魔力を探知できるオトが穴型の追跡を担ったのだが、
「状況はいかがでしょう」
「ちょっと大変そうやな」
と、一言返してオトが集中の構えである。「羅欄納は話を纏めてちょ」
「畏まりました。引続きそちらをお願いします」
精神力が回復していればメリアも可能だっただろうか。穴型の痕跡から音羅と子欄の捜すことが今はオトにしかできない。
音羅が消失したナゴエド平野はほとんど変化のない景色が続いているので、夜月がプウと内層へ飛んだときに使った月属性の氷の柱にオトは注目していた。氷の柱は自然消失している頃だが、魔法を使う際に集めた自然魔力は不自然な環境としてしばらくその場に滞る。残留魔力などというが、それを分析すれば夜月が魔法を使った地点が特定できる。音羅が吸い込まれた穴型の発生地点はその近くだったことからオトは探り当てられたのである。
傀儡の話に移りたかったが、ずっとそわそわしている刻音が心配を口にした。
「音羅お姉ちゃんと子欄お姉ちゃん、無事なんですか」
追跡に集中してもらうため声を掛けるのは避けたかったが、疑問に答えないと刻音も安心できないだろう。ララナはオトに尋ねる。
「オト様……いかがでしょう」
「さほど進んでないけども、どちらもヨコシマの穴型やな」
「転移先はどちらでしょう」
「転移先は惑星アースの無人島だ」
「(星間転移!)魔団の気配は辿れましたか」
「今のところ無理やな。おまけに、家付近やナゴエドと同じく二人の気配が転移先でも消されとる。宇宙規模の魔力探知でもこれでは探り当てられん」
「では転移先に絞るほかござりませんか」
「そちらはそちらで骨。無人島とその周辺の地点から再転移した痕跡が何十箇所もあった」
「気配、もとい個体魔力が魔団に隠されているとなると〈時遡空間投影〉で立体映像化してもどの痕跡が子欄ちゃんの移送に使われたか判らない……」
「AIの発達とともにフェイク動画も作れる時代だ。事実、空間投影もフェイクを仕込める。穴型に使われたヨコシマが残留しとるから、残留量からおおよその魔力集束時刻を割り出して二人の消失以降に発生したものから正しい転移先を割り出しとる。時間ちょうだい」
「音羅ちゃん達の消失の直近に繫げられた穴型が正解と考えますが──」
オトの次の情報に慄然としない者はいなかった。
「無人島から分岐した転移先にも無数に痕跡がある。一個分岐するたび二〇個以上分岐しとるから時間が掛かるよ。近辺ごとの痕跡がどれも同時に発生しとる上、痕跡がいくつもの星にまで及んどる」
「同時、それも星間転移を──!」
人間の行いならあり得ない。主神級の神の行いと言われても俄には信ぜられないことだ。なぜなら空間転移には強大な魔力が必要で、膨大な精神力を消耗する。精神力が枯渇すれば魔法を使えなくなる。身体機能の低下も起こる。空間転移を行う時空間魔法に限らず術者は魔法を使わないようにするのがベタ。二つの時空間に干渉して膨大な精神力を消耗する空間転移は距離に比例してさらに消耗が増す。強大な相手への急襲や緊急脱出、それ以外の移動手段が確保できない状況でもないと使わないだろう。対して今回の穴型の術者だ。一度に二〇箇所以上もの空間を繫げた痕跡を作っており、それが惑星アース全土にとどまらず他星にも及んでいるというのである。同じ星の上を往き来する転移でも人間なら翌日に響く。神でもそれを一〇回もできればいいところ。オトによれば魔団は人間だが、やれたことが神のキャパシティを超えすぎている。これはいったい何を示している。
「私でも、左様なことをすれば半日と持ちません。魔団の術者はいったい何者なのです」
「この際それはどうでもいい。お前さんの悪い癖やけど人間は弱いからね、その弱さを数で補うこともあれば技術で補うこともある。一騎当千のお前さんにできんことを、魔団は傀儡などを用いた数の力で成し得たのかも知れん」
「では、不知得性魔力を扱う術者が無数に存在しているということになりませんか」
「いや、そうじゃない。お前さんもさっき使った負魔法に近いもんやと思うよ」
「──精神力を他者から奪っているのですね」
負魔法は他者・他物から略奪することができる魔法だ。融断光はそれに当たる。
「合理的な結論やろ。お前さんなら自分一人の精神力で賄おうとするところを、魔団は他者から奪うことで補う。それは、最悪のケースで証明されとる性格だ」
死者への冒涜。生前の意志など酌むことなく傀儡に仕立てる魔団の行いは、生きている人間から精神力を奪い取ることをも示唆していたということ。
……いいえ、恐らく、魔力、果ては命までも──。
魔団は、オトを狙うためにあらゆる手段を講ずる。そういうことか。しかし、そのために無関係の人間まで無数に巻き込んでいるとなると狙いがオトかどうかも疑わしくないだろうか。
「魔団はまるでテロリストです。何かを世界に訴えるかのように、世界への被害を拡大させているように感じます」
「惑星アースにおける世界同時の件もある。あながち間違いでもない。けど、狙いが俺なのは変わらん」
「論拠を伺います」
「狙われた場所と俺との関係に同期するような干渉があったからやよ」
その論拠に整合性がない場所が一箇所含まれているようにララナは思ったが、鈴音がそれを含めて尋ねる。
「広域警察本部署の半壊、警備府の全壊、テラノアの一防衛機構が使えなくなった理由はなんとなく解った。レフュラルの魔導電力発電所の全壊って、お父さんと関係あるの」
納雪以下の娘にはあとで個別に説明するが、刻音以前の娘は皆、ララナとオトとの出逢いやオト単独のテラノアとの駆引を知っている。その関係で、ダゼダダ警備国家やテラノア軍事国の名が出て、そこの施設が狙われたことは無関係ではないと思えた。が、鈴音がいうようにレフュラル表大国の魔導電力発電所とオトの関係ははっきりしていない。神界移住前、ララナはそれらしい話を引き出したが明答を聞けず皆には伝えてはいなかった。
ところが、
「あるよ」
と、オトが真実をさらっと語る。
「父王たるエント゠ウヴ゠エリーの方針にNOを突きつけた現王フェルェール゠ウヴ゠オルオが妹に当たる二人の王女とともに起ち上がった。そのきっかけにレフュラルの電源やった魔導電力発電所へのテロがあった。それを起こしたのが俺やから」
「『!』」
皆が絶句する中、ララナは一人瞼を閉じた。
……あの頃のテロはやはり──。
と。
約五〇年前の出来事。それがレフュラル表大国の古き体制の打破に繫がったとは言っても、テロはテロだ。
「幻滅結構。むしろ好都合」
先達ての家族会議でようやく足並が揃ったというのにまたも波風を立て始めた無表情のオトである。何を考えているのかララナは判らなかった。が、その意図を、思わぬところで拾っていた娘がいた。謐納だ。
「父上、癖でしょうが口を慎んでくださりませ」
「謐納に一票」
と、鈴音が謐納に加勢した。「訊かれないと答えない慎重な癖は残ってるのに嫌われるようなことはさらっと口にする自滅な癖、ほんとどうにかしたほうがいい。それと似たようなものだと思うけど、さっきの話で伏せてることがあるのわたしちゃんと気づいてるから」
「ふむ」
「その話はあとでするから謐納の話を聞いてくれる」
「いいよ」
鈴音の要望を受け入れたオトに、謐納が意見する。
「くだんの王女の一人と偶然話したことがありまする。詳しい経緯は伏せまするが、彼女は父上に大変感謝していた。加えて先王エント゠ウヴ゠エリーと父上の関係を聞くに、父上の行いは恐らくエント゠ウヴ゠エリー殿も暗に了解・黙認・黙殺したと考えまする」
「それはどうかね」
「いいえ、その可能性が高いでしょう」
オトの濁すような言葉を退けてララナは謐納の見立てにうなづいた。真相に迫る情報は多くあった。レフュラルの魔導電力発電所がテロを受けたのは三〇二四年八月一二日金曜日。それ以前にララナはオトと三大国の戦力バランスについて会話した憶えがある。オトはその会話のときからレフュラルへのテロを画策し、既述の日に実行した。各国先王及び現王はそのテロ行為を事実上追及していない。掲示板にも記された〔旧知〕〔夢を語った間柄〕にあった先王や現王と関係者が国益と照らしてオトのテロ行為を実質容赦したということである。
それらを口に出そうとしたララナだが核心に迫る経緯がほかにもう一つあると考えて、そちらを口にする。
「レフュラルでのテロ直後、お義父様から電話がございました。その際、オト様は外でお話されましたね。あのときお義父様と何を話されたか、伺いたいです」
「いまさらなんで。無関係な話やん」
オトにしては下手な濁しだった。穴型の痕跡捜索、音羅や子欄の追跡に集中している今だから話に割く意識が不足しているのかも知れない。そんなタイミングで責めるような物言いはすべきではない。が、この機を逃せばララナは真実を聞けない気がした。
「あの電話のあと、お義父様率いる聖産業が会見を行いました。神業・魅神も足並を揃えて、魔導電力発電所の再建を目指して動くこと、電力供給が滞った一般企業・工場などに金銭的な支援と電力供給回復後のサポートを表明しました。そこでお義父様との会見前の会話が重要です。オト様の旧知である国王エント゠ウヴ゠エリーらがテロ行為を黙認すると先読みしたオト様がお義父様に真実を語っていたのだとしたら──」
「それを追及してテロ行為が帳消しにでもなるん」
「なりません。オト様が目指したもの、それを知るための問答です」
ララナはこう紐解いた。「あの日、外に出たオト様との会話で、お義父様はテロの事実を聞いたのです。先の表明にあった三大産業の動きは蓋を開けてみると現王らによる自然エネルギ開発事業の基盤であり後押しでした。これについて同じようなことを申し上げた記憶がございますが、改めて……話がうまく行きすぎていました。過日判明したことですがオト様は以前より聖本邸へ赴きお義父様方と交流されていた。メリアさんの問題解決後に私達を連れて再会することを目指されていたとのことでしたが、それと同時に、魔団が目下竹神家を襲っているように、テロ行為黙認に荷担した恰好のお義父様が何かしらの勢力から狙われる危険性に配慮し守る意図もあったのではござりませんか」
「敬いながら言うな」
「半ば察して変わらなかった私にいまさらのことです」
「まあね。けど、美化せず追及せんと意味なくない」
「美化ではなく、純粋に捉えたのみです」
「そうかい」
「お認めになりますか」
「さあね」
……やはり、一周回って解りやすい反応です。
まあね。はぐらかした彼の反応は、ララナの推察が正しいと認めたに等しいのである。
「(それほどまでに捜索が難航しているということでもございますが──。)もう一つ、レフュラルへのテロと同時期の、テラノアで行われていた折衝もとい駆引についてもオト様は明言を避けていらっしゃった。そちらについても、そろそろ真相を打ち明けてください」
ここまでララナの話を聞いていたオトだが、追及は予想通りだっただろう、答えつつも打ち切る。
「いい加減音羅達の話に戻そう。掲示板にテロ関連の経緯を纏めてあるから気になるなら確認して。責任論争に時間を割く暇もないし問われるまでもなく俺の責任やから目先の話を進めよう。魔団の狙いはテロリストでもある俺ってだけの話。で、音羅や子欄を消したのは家への襲撃の邪魔になるからやよ」
テロ云云はいまさらといえばそうだ。テラノアとの駆引を掘り下げれば大怪我を負わされる側面があったことはその当時に明白になっていた。終末の咆哮の脅威をオトとの出逢いの頃に目の当りにしているので、内政干渉を問われかねないこととはいえ彼が対処しないことはあり得ないとすらララナは感じた。オトは裏でテロに類する動きをずっとしてきたが、表向きはテロ行為でも各国の人間に致命的な攻撃を加えていないのも事実。予想の時点でララナは好意的に受け取っていた。かつて各地で暴れ回ったララナや後の一二英雄と比べれば優しいくらいだと。ただ、およそ五〇年、人間なら半生だ。それほど長く連れ添ってなお──、無意識にそう思ってしまったのかも知れない。ララナは思わず言葉を零して、それをすぐに後悔した。
「打ち明けてくださらないのですね……」
「……」
音羅や子欄が消失したこと、オトがテロを行っていたこと、魔団の襲撃がいつやってくるか判らないこと、それらに対する動揺もあるだろう。皆が沈黙してララナとオトの話し合いを聞いている中で、オトもまた、目を伏せ、沈黙したのだった。
……長年、話していただけなかった私が、何を言っているのです。
打ち明けてもらえないのは頼りないからだ。そうならないように懸命に働いてきたつもりだが不足していた。ただそれだけなのに、彼を責めてしまった。
「申し訳ございません、お忘れ──」
「いや……取り下げんでいい」
言葉を遮ったオトがララナにまっすぐ目を向け、会釈した。
「オト様……」
「素直に意見してくれて、感謝するよ。ありがとう。ゆっくり話したいが、すまん、今は余裕がない」
噓の多い彼だ。どこまで真実かは判らない。けれども、その言葉を疑う必要はないようにララナは感じた。責め立てるような物言いも、素直にしたら聞いてくれる。それもまた彼らしさだと振り返り、「もう一つだけ」と断って、ララナは伝える。
「今後はご報告ください。これは責任追及のためではなく、心配してのことです」
「ん、解った」
動揺の治らない家族、一人一人に目を向けて、オトが打ち明け、願う。
「各国や関係者、それに連なる全ての国民、それらに可能な限り配慮して世界に争いが生まれんよう、丸く治まるように動いた。その結果がこれだ。テロ行為が、半世紀も経って俺じゃなくお前さん達への害になった。そのことについて平に頭を下げる。しかし今は音羅達の捜索に集中させてほしい。この通りだ」
座布団から退き両手をついて額を畳につけた謝罪は、あまりに美しい所作ゆえに、それが普段ほとんど身動きしないオトの稀有な謝罪であるがゆえに、先程とは別の意味で皆が言葉を失っていた。
「無責任と取ってくれて構わん。これで俺の話は終わらせて先へ進めよう」
そう言ったオトに、鈴音が苦笑で催促する。
「顔を上げてよ。そのままだと進めようにも進めにくい」
「……そうやな、すまんが顔を上げさせてもらう」
「断りはいいって。眠ってる納月お姉さんやちょうど不在になってるお姉さん達はむしろすっきりしたかも知れない。お父さんのテロの空気を肌で感じてたはずだから」
掲示板にテロの内容は記されているそうだが、そうしていたオトは魔団の件が済み次第、個別に説明する意志があったに違いなかった。
「ってことで、話を戻そう」
特に音羅の消失理由について、鈴音がオトの話を汲んで考察する。「音羅お姉さんの力は本物だ。チャンバラで対戦して勝ち越せた姉妹がいないくらい。でも、魔団はほとんど無視してると思う。焦ってるお母さん達はすっかり見落としてるみたいだから突っ込んでおくけど、純然たる原始魔法なら精神力消耗がないはず。空間転移がヨコシマで起こしてることなら無制限に使えるってことになる。魔団はいっそ誰も警戒しない。事実そうしたように消してしまえばいい」
……確かに。
「そして子欄お姉さんまで消した理由は単純、傀儡の近くにいて狙いやすかった。あと、自分達が絶対的優位だからじわじわ追いつめて恐怖させて愉しんでるだけ」
ヨコシマを用いる魔団の術者。これがまさに不知得性魔力であるヨコシマのみを用いた原始魔法なら、星の魔力のみを用いるメリアのように精神力の消耗を気にせず魔法を行使できるはずである。
それに異を唱えたのはこの中で最も不知得性魔力に詳しいオトにほかならない。
「正しい意見と捉えたいが、絶対的優位、この辺りは間違いやろうね。この家は、ヴァイアプトやほか複数の分祀精霊の加護下にあるから」
分祀精霊の齎す加護。ララナがオトからそれを最初に聞いたのは糸主を紹介された頃、星の海でだった。ここへの移住が決まってクエンの植え替えを終えたあと加護に変化があったということで改めて聞いた。それから、頼み事があったため後に合流した子欄に説明し、同棲を始めた頃のメリアにも分祀精霊の面面を紹介した流れで説明した。一方で、特に話す必要に迫られなかったこともあって多くの娘には説明していなかった。
緊急事態の今、普段は眠っている時間のヴァイアプトが居間や食堂を照らしてくれている。
「加護。この燈のこと……じゃないか。詳しく聞かせて」
鈴音に促されたオトが、座布団を枕にして眠ったままの納月を横目にうなづいた。
「分祀精霊にはそれぞれ特別な能力がある。その能力に基づき、一定の範囲に及ぼす効果が加護、加護の範囲が加護領域、加護の効果を受けとる状態を加護下、と、それぞれいう」
「なるほど」
鈴音が気づく。「サンプルテの頃に聞いたクムさんの空調の力は加護だったんだ」
「今では複数の分祀精霊が力を合わせて、家の外から中に対する魔力効果と魔法効果を遮断してくれとる。つまり、外から働きかける空間転移はできんのやよ」
「中から中、中から外へは可能ってことは、特異転移なんかで実証済みだね」
「退避目的でね」
「家の外は加護領域じゃないんだ」
「ん。やから音羅と子欄は外で穴型に吸い込まれとる」
「いまさらだけど誰が穴型を展開したんだろう。傀儡にされたひと達にそんな有魔力がいたって話は聞いてない」
「首席やった鈴音なら魔法学の知識で察しとるやろうからみんなに解るようにあえて言うが、術者本人がおらんくても不可能じゃないよ」
「傀儡に仕掛けさせたのね」
とは、夜月が言った。「コラン姉様の場合、刻音が結界に閉じ込めた傀儡が、オトラ姉様の場合は三人の傀儡の誰かが、何かしらの挙動をトリガとして発動した。そう、父様の得意とする反射発動型で」
反射発動型は特定の条件を与えて魔法を放つものだ。これを傀儡に仕込んでいたのなら傀儡の生存・死亡に限らず穴型を仕掛けられる。例えば、誰かに見つかったと同時にとか、斃されたあと間を置いてとか、術者の都合のいいような条件で放てる。
夜月の推測を聞いた鈴音が、下の子の気を和らげるように啞然とした顔と口調で意見する。
「常識を簡単に覆してくれるよね、魔団の術者は。傀儡に不知得性魔法の、それも高度な空間転移を仕込むことができるなんて、反則的だなぁ」
「追究すればなんでもできるようになる。それが本来の魔法やからね」
「お父さんが典型例だ。お姉さん達がまず消されたのは家の外から空間転移させられなかったせいもあった。それで、反射発動型の条件にもたまたま合ったからだったんだろうな」
「条件はともかくたまたまでもないかもね」
「どういう意味」
「音羅が俺や羅欄納達に次ぐ戦力になるのはお前さん達が一番理解しとるやろう」
家族全体の戦い方をよく観ている鈴音が、音羅の力について解説する。
「音羅お姉さんは原始魔法を使う。不知得性だから魔力反応じゃ認識できない。訓練中、刻音の刻属性魔法を強制解除したり、夜月の鎮静魔法が通用しなかったこともあった。それぞれ不規則だったけど回を重ねて精度が増してた。不知得性ってだけじゃなく、強力なんだ。おまけに成長してる」
納月の水弾、子欄の闇、納雪の吹雪、磋欄の岩石砲、霊欄の雷撃などなど、属性や術式がさまざまな魔法を音羅は原始魔法たる炎と氷で全て防ぎ、圧倒することができた。
「わたしの無属性魔法も音羅お姉さんには全く通じない。最初のうちは当てられたけど、戦闘に関する学習能力が群を抜いてるんだろうな、すぐに対策されて当たらなくなる。術式を変えても同じ、数回も観られたら対策されてる。不意打ちで前の術式に戻しても見抜かれてしっかり対応される。強いよ、音羅お姉さんは」
魔団が警戒したのは音羅の学習能力の高さだろう。今は簡単に抑えられる相手、と、侮っていたら手のつけようがないほど強くなる危険性があると見做したのだ。魔団がそう判断するに足る情報を得たのは、家族しか入れない特殊空間で特訓を始めたあとでは無論ない。ではいつなのか。音羅が在学時代のことだろう、と、オトが推察した。
「音羅は吞み込みが早い。学園で教えとる型を一から学んで数週間で物にしたし、格闘慣れしとった花さんやほかの生徒相手に技術的な面でも互角以上に戦えとった」
ほとんど家にいたはずのオトだが分身を使ってこっそり学園を覗くことも、家から気配で出来事を把握することも、鋭敏すぎる聴覚で様子を捉えることもできただろう。
「有魔力が学ぶ必要のない体術であれやからすごい。それと、魔団の警戒心を煽ったのは三年間でたった数回しか使わんかった魔法と、それを支える魔法技術やろう」
冬木敦也の魔法を退けた魔力環境保全に纏わる魔法技術。花を温めようとした補助魔法。花の暴走に対抗すべく使った宙を飛ぶ炎の移送魔法。土壇場で編み出したプウとの合体魔法。
「──以上の魔法と魔法技術は、生まれてたかだか三年の子が使えるもんじゃない」
オトのアバウトな説明にララナは注釈を入れる。
「一般的には高等部から頂等部の学習課程でも教えない技術、いいえ、教えられないものも含まれていますね。音羅ちゃんの魔法は感覚的ですから鈴音ちゃんも観察した通り波があり、反面、強力に機能することもございます」
「……満点でしたしねぇ」
とは、目をこすった納月が横になったまま言った。寝起きでぼやっとした声音だ。「入学のために受けたテストがありましたけど、筆記は壊滅的、逆に実技試験は満点でした。当時からも思ってましたけど、お姉様の魔法の才は実践方面でマジもんでしよ」
「と、いうことだ」
と、オトが話を引き継ぐ。「高等な魔法に目をつける魔団が俺の周囲を眺めたとき、警戒すべきは音羅やったってこと。その念の入れようは夜月から聞いた複数の傀儡と人選で判る」
精神的な消耗を強いられる相手を三人も用意されていた。音羅が魔団に障壁と見做されていたことがそこから理解できる。
「そういう意味で、子欄さんが狙われた意味が解らんですねぇ」
と、納月が寝ながらに首を傾げた。「年長三姉妹を狙うならわたしも狙えってんですよぉ」
「いや、狙ったんやと思うぞ、一応は」
「へ」
「あんなドタバタがあっても寝入っとるようなお前さんが障壁になるとは判断できんかったから見逃したんよ」
「ひどいっ、これでも二女なのに!子欄さんのお姉様なのにッ!」
「その態度も含めて警戒に値せんと踏んだんやろう」
そうは言うオトだが納月を軽んじているのではない。加護の話を聞き漏らしている納月の態度を利用して場の空気を和らげたのである。
……いいえ、納月ちゃんのことですから、協力でしょうか。
加護の話をする前、オトが納月に目を向けていた。納月が目を覚ましていることを察していたのだろう。対して、目線を感じた納月はそれに応じて剽軽な態度を執った。加護下にある屋内で眠っていた者に対して魔団は何もできなかったのが実状と理解した上で、納月は明るく振る舞ってくれたのである。
「さて、合流してからも寝入っとった納月が話の流れをまるまる理解できとるのはなぜか」
「魔団の不意を衝きたかったんで寝たふりです」
「で、どうやった」
と、オトが納月の寝たふりをばらしたのには理由があった。
オトの問に納月が答えたのは、上体を起こして一つの水弾を放った直後である。水弾は納月がいる居間の端から食堂の端まで瞬時に飛んである人物の前で風船のようにパンッと弾けた。目の前で風船が弾ければ驚く。反射的に瞼を閉じたり顔を遠ざけたり反応はさまざまだろうが、音を立てて弾けた水弾に全く反応せず、顔についた水滴も気にしないのは、不自然だ。
「どうしましたー。眠いんじゃないですよねぇ、納雪さーん」
「よもや──」
納雪の隣についていた謐納がとっさに取り抑えようとするが納雪がそれを押し返し、さらに手を振り翳した。そのとき、布切れのようにふっと天井から降りてきたノクシィが納雪の手を止めた。間もなく背後から納雪の後頭部を摑むようにしてオトが「おやすみ」と魔法を掛けた。納雪が謐納の胸にくたっと倒れると、風の流れを受けたノクシィが飛ぶ。糸主の伸ばした繊維に釣られていたようでふわふわと天井へ舞い戻ってゆいた。
「納月、お手柄」
「まあ、こんなこともあろうかと思って」
「寝起きに階段降りるのメンドかっただけやろ」
「あ、バレました。それのついでですよー」
と、納月が悪びれたふうもなく納雪を見つめた。「ノクシィさんの対応が機敏なので任せてOKでしたかねぇ。謐納さんの反射神経も頼もしい限り 。で、どうします。傀儡化は解けてないですよね、それ」
「結界に入れた傀儡には魔法薬が通じなかったから、たぶん納雪ちゃんにも通じないですぅ」
と、刻音が慌てるが、納雪の頭に手を翳していたオトが、もう一度納雪の頭に手を当てて、
「はい、終り。解けたよ」
と、何事もなかったかのように座り直した。居間の端から食堂の端まで瞬間移動していたこともそうだが、動き出すとやはり途轍もなく機敏である。
謐納が支え直した納雪の手からはノクシィが止めたこともあって力が抜けており、傀儡化の状態が綺麗に消えている。傀儡化は死者をも術者の意のままに操るので、生者の意識が覚醒していても覚醒していなくても自由に操れる。ただし、睡眠時と覚醒時では一部神経活動に変化が生ずる。まずは覚醒状態にある納雪に催眠の魔法を施し神経を休息状態に運んで抵抗を最小限にした。そこから新たな傀儡化魔法を分析し、解除したという流れだ。分析により術式が判る。術式が判れば対策も立てられる。
「新たに魔法薬を調合しよう。すぐに対策されると思うがないよりマシだ」
「ありがとうございます、オト様」
場が落ちついたようだが疑問が残った。魔団に害意がないわけがないのにノクシィが納雪に触れて傀儡化魔法が解けなかったことだ。ノクシィの無害化の効果が不発したのだろうか、それとも別に理由があるのか。
……注視しなくては。
消失した音羅と子欄についても話を進めたいが、今夜、魔団が現れてから屋外つまり加護領域の外へ出ていない納雪に、誰が傀儡化を仕掛けたのか割り出す必要がある。
(オト様、確認してもよろしいですか)
(先廻りで答えよう)
(ん──!)
ララナは、心底、驚嘆した。
……体が、勝手に──!
右手の手刀。オトが腕を抑え込んでいなければララナはオトの右眼を潰していた。
「っ……!」
「やっぱりね。〈定期魔法〉の中でも感染性っていわれるもんやな。感染者が増えると耐性の強い相手でも魔法に掛かる仕組とは厄介極まる」
オトが空いた左掌の上で虹色の液体を蠢かせ、ぱっと霧状に拡散すると、ばたばたと娘が倒れてゆき、ララナも、じきに体から力が抜けてオトの胸を借りた。
「これは──」
と、謐納が様子を窺い、
「え、ちょ、ほぼ全員掛かってたんですかっ!」
と、納月が跳び起きて警戒した。謐納と納月、それからオト、メリア、プウなどには傀儡化魔法が掛かっていなかったようだ。
「もう警戒せんでいいよ、解いたし」
と、オトが言ってララナを抱っこ、膝に載せて後ろから抱擁した。「はい、みんなおかえりなさい。今の魔法薬も一種の鎮静効果やから、納雪も目が覚めとるよね」
傀儡化魔法が解けたことで一時的な脱力感に襲われたものの、筋肉の動きを確かめるようにゆっくりとした動きで上体を起こせた。
「メリアは平気やな。俺が作った依代に宿っとるんやから当然やけど」
「紙耐久だったのでは」
「それは物理的な意味。魔法耐性、特に精神支配とか傀儡化の類には羅欄納以上に耐性あると思うよ。物理的に紙耐久なのは変わらんから傀儡の攻撃を受けたらダメやけど、その替りに魔団の警戒も薄いと観ていいな」
ララナはオトを振り返り、こちらと魔団の状況を整理する。
「先程の魔法薬は新たな傀儡化に対応したものですね。魔法薬を使う前から正常だったオト様とメリアさん、納月ちゃんと謐納ちゃん、それからプウちゃんには新たな傀儡化が通じていなかった。理由にご高察を」
「新たな傀儡化魔法の説明から入るが、先にも触れたように俗にいう感染性だ」
「魔法を定期的に発動する術式で、断続的な発火や治癒効果などに用いられますね。中でも、魔法に掛かった者から周囲の者に伝播するものを特に感染性といい、時間差を作って効果を及ぼします」
「移送なんかの土台にある〈射出〉の技術で立体的に効果が及ぶようになっとった。納雪から伝播して場の全員に順順に傀儡化魔法が掛かってっとったから納雪から一番遠くにおった俺と納月が最後に掛かるのは当然として、納雪の間近におったメリアの耐性でどうにかなっとることから俺にも掛からんと踏んであえて放置しといた。したら、羅欄納も挙げた通り納月と謐納、プウにも掛かる気配がなかった。分祀精霊は実体が半ば実体じゃないから掛からんかったんやろう」
プウのほかにも、蜜柑山のクム達が無事でいることからもそれが判る。
「俺とメリアは魔法耐性やけど、納月と謐納は〈潜在属性耐性〉で防いだと考えられる。場合によってはメリアも後者かも知れんが」
潜在属性耐性とは生まれ持った魔力〈潜在魔力〉による耐性のことだ。属性魔力による耐性の中でも、後天的に獲得した属性魔力より個体に大きく作用する。納月と謐納の潜在魔力は順に水属性と死属性、メリアも謐納と同じ死属性だ。保有魔力を始めとする総体的な能力値に支えられている魔法耐性と潜在属性耐性とで異なるのは、前者が平均的な耐性を与えるのに対して、後者にはムラがある。後者のムラは突き抜けた耐性、例えば魔力の吸収や無効といったことも可能だ。納月と謐納が傀儡化魔法に掛からなかったのは、後者・潜在属性耐性で無力化したからである、と、いうのがオトの見立てだ。
「水と死が共通で耐性を持つ属性は岩と死。強耐性か無効かの違いはございますが……」
「俺も判然としてないが、不知得性魔力やから岩や死ではないな。まあ、細かいことはあとで掲示板に纏めるから知りたいひとだけ知っとればいいとして、話を進めよう」
先程の疑問、ノクシィが無害化できなかったことが感染性傀儡化魔法なら納得できる。
「外から魔法が通用しないため、魔団は我が家への侵入を画策した。加えてこちらの防衛戦力を削るため音羅ちゃん達が外に出るのを待っていました」
それは今夜が初めてだったかといえば否だ。「傀儡の桜神甚さんが納雪ちゃんを襲ってきました。家の中へ堂堂と侵入できる家族内に傀儡を作るための接触だったのでしょう。新たな傀儡化は感染性。病原菌の働きを模したものだとすると、」
「顕在化に一定の時間が掛かりますかねぇ」
と、治癒魔法研究者である納月がその知見から溜息を禁じ得なかった。
「惑星アースではかなり長いこと魔力性ウイルスが猛威を振るって大変でした。こちらは一部毒薬の対処にまで回されて多忙に多忙で──」
「私怨、私怨」
と、オトに制されて「はい、はい」と納月が説明を再開する。
「まあ、あれはもともと人工ウイルスって論文が随分前に出まして治癒魔法学会や製薬会社の金儲けに門外漢の研究者や民衆が乗せられたわけですね、厄介な。その辺りから悪知恵を得たのが魔団でしょう。ワクチン回りが利権の坩堝なのはさすがに一般にまでは広まってませんけど、潜伏期のウイルス感染が特に厄介とは周知の事実になりましたし。魔団が惑星アースを拠点にしてる人間ならいくらでも悪質な感染性術式の着想を得られたわけです」
納月の見立ては着想の経緯を含めてほぼほぼ間違いないだろう。その意見を汲んでララナはオトを窺う。
「感染性を反映したのは桜神甚さんに仕込んだ傀儡化魔法でしょう。それを介して私達全員に魔法を掛け、屋外からでは不可能な邸内攻撃を行ったということですね」
「飽くまで魔法は魔法やから、病原菌や病原体と同じ活動をするわけじゃないがそんな感じ。感染性は発動と同時に発揮される。甚さんを介して納雪に仕込んだ傀儡化魔法が四日半掛けて効果を発揮した。で、さっきこの場でみんなが感染していった。第三次症例以降の傀儡化は極めて早かったが、第二次症例たる納雪の傀儡化は発動まで時間を掛けたみたいやな」
感染と傀儡化発動の速度にばらつきのある複雑な魔法は、魔団に優れた魔法技術があることを裏づけている。
「オト様は発動と同時に察せられたのですね」
「ん。発動する前に探知できとったならもっと余裕をもって分析できたよ。わざわざ感染させてみんなを危険に曝す必要がないしな」
納雪が桜神甚と接触し、感染性傀儡化魔法に掛かったのは早朝。オトが眠っていた時間であるからオトが察知できないのは仕方がないとしても大きな穴であった。
「感染性の特徴として、魔法に刻まれる個体情報が術者から被術者のものに書き換えられるため、第一次症例すなわち直接の被術者と思しき桜神甚さんを一日以内に調べなければ術者の痕跡を見つけられません」
「甚さんに不自然な魔力が大量に付着しとれば気づいたがそれもなかったから調べとらん」
「魔力量が増えるほど顕在化が早まる。逆を言えば魔力量を抑えることで顕在化を遅らせることができます。桜神甚さんにあえて少量の魔力で感染性傀儡化魔法を仕掛けることで時間を掛けて納雪ちゃんを感染者にし、桜神甚さんに残る痕跡に気づかれず術者を辿れないよう仕組まれていた。第二次症例以降、今回のケースですと納雪ちゃんや納雪ちゃんから感染した家族全員を調べても術者特定は不可能です。オト様が不知得性魔力を探知できることも加味している魔団は慎重かつ頭が切れますね」
そうして魔団がオトの能力を警戒した慎重さがノクシィの無害化を擦り抜けた原因だろう。
「オト様が魔力から感情や考えを読み取れるように、ノクシィさんも魔力で害意を読み取っているのですね」
「そう。やから、害意なんかなかった甚さんの感情に染まった魔力は、傀儡化魔法にあったはずの害意を消して、納雪が感染しとることも気づけんかったってことやな。その辺りは俺ももっと警戒すべきやったが」
反省しつつオトが掘り下げる。「感染と発動のばらつきは〈供給〉のせいやな」
自然魔力・術者個体魔力・被術者個体魔力の供給割合と供給量を決める魔法技術を供給という。これに変化をつけることで魔団の感染性傀儡化魔法は感染・発動の速度にばらつきが生じていた。
「頭が切れるというより、嫌らしいと表現したいね。外からの直接干渉は加護で防げるが、幅広い屋内対応を前提に魔法を制限せんかったのは手落ちかも知れん」
「しかしいっそ全ての魔法を禁ずる、などというのは浅慮です」
と、謐納がオトの態勢を認めた。「音羅の姉上やわたしなどはそれでも対応できましょうが多くの姉妹は能力低下に見舞われ万一の邸内侵攻に対応できませぬ」
「その通り。こういう定期魔法なんかにも対応できると踏んではおったからね」
全ての魔法を禁ずると総合力の低下を招いて危険だ。特に年少の娘やメリアは魔法が自衛の主軸で、逃げるとしても魔法を用いる前提だ。それができなければあっさり魔団に捕まって、最悪は──。そのようなケースを考えて加護の範囲をあえてセーブしているのが現状なのである。
それにも関わる話だが、ようやく一番の問題に取りかかれる。
「この場にいない音羅ちゃんと子欄ちゃんには感染性傀儡魔法が掛かっていないことになります。しかし、連れ去られたことに変りはございません」
痕跡の捜索、娘の追跡はどれほど進んだか。「オト様、いかがでしょう」
「まだ、と、いうか全く終わらん。音羅か子欄の魔力が発見できれば早いがやはりその痕跡を隠されとる。隠しの魔法は対象の音羅達と一緒に移動しとるから分析できず解除できん」
ララナが痕跡を当たった際も隠しの魔法を感じ取れなかった。それにも不知得性魔力が用いられているのだ。音羅と子欄が転移先で魔力を残せないならその線で探り当てるのは難しい。
直接的に居場所を探る手段として人間関係を魔力的に示す因果の糸を辿ることは最初にしていた。が、そちらは案の定切られて把握できなくなっていた。だから転移の痕跡を追跡するという原始的な手段をオトが講じている。魔団が精神力を消耗しないなら魔法の使用に制限がないので、先細りの戦力での籠城戦を避けるため一気に片をつけるのが望ましい。
「しかしここまで来ると、やはり精神力については少し説明しとく必要があるかもな」
「なんのことですか」
「集束が必要か否かが大きな違いとした原始魔法と特異能力だが、精神力消耗の観点でじつは大きな相違がある」
その説明を今しているのは今後の対応に影響するためだった。
「簡単に話そう。特異能力には文字通り精神力の消耗がない。一方、原始魔法は精神力を還流するから消耗なしは結果論だ」
端的な説明だがララナは理解した。
「特殊空間と同じように還流されるということは、原始魔法を使いすぎれば一時的ながら精神力が枯渇することがあり得るということですね」
「弾みで簡単に枯渇しそうなメリア達に特殊空間では俺の精神力を分け与えとったから尽きることはなかったし、通常空間でも還流はかなり早い。とはいえ、今回みたいな星間転移を実行するとなると還流が間に合わん可能性が高い。と、なると、最初の危惧が持ち上がってくる」
何かから奪ってでも精神力を確保する意義が魔団にはある。鈴音がその事実に反応した。
「わたし、もしかして恥ずかしいツッコミしてた」
「術式を組み立ててヨコシマが用いられとる時点で、術式の最終段階に位置する集束が発生する。と、」
「原始魔法になる──。特異能力は集束が必要ない、つまり、術式を組まずに使う魔力効果だから、魔法学の定義的にも全くの別物だ」
「つまりどういうことなんだ」
と、最年少の霊欄が首を傾げたので、鈴音が纏めてくれた。
「霊欄は精神力がほかになんて呼ばれてるか知ってる」
「えっと、そうだな、確かエーテルとか、霊素だ」
「正解。精神力は特にわたし達みたいな人間的な生き物がそれぞれ持ってて、自由に使える霊素のこと。これは個体霊素ともいう。それとは別に、自然界に漂ってる霊素を、自然霊素っていって区別することができる。霊欄が使う普通の魔法は、さて、どっちを使ってると思う」
「そりゃ、それぞれ持ってる霊素、個体霊素のほうだよな」
「正解。そう、俗にいう精神力を使って霊欄は魔法を使う。霊欄が精神力を消耗するのは、魔法を使うとき精神力を使って魔力を操り、体の外へ出ていくからだ」
「へえ、そういう仕組なのか。自分の魔力を操るのに使ってるのに、精神力は魔力みたいには戻せないのか」
「いい質問だ。それができないのが普通の魔法なんだ。体の外に出た精神力は自然霊素に変わるから、すぐには戻ってこなくなる」
「そうなんだ。精神力、個体霊素は魔法を使うのに必要なエネルギってことなんだな」
「その通り。霊欄に限らず世界じゅうのほとんどの術者がそのルールの中で魔法を使う。普通の魔法を際限なく使えないのは体の外へ出ていった精神力を自然霊素から取り込むのに時間が要るから。霊欄、ここまではいい」
「ああ、なんとなく。魔力を動かすのに使った精神力は魔法を使ったあとに体の外に出ていってしまう。それで、出ていった精神力の回復には時間が掛かるんだな。全力で走ったあと呼吸が安定するまでに時間が掛かるのと同じ感じだよな」
「そう、霊欄が言うように、精神力の回復は呼吸に似てるかもね。自然霊素を体じゅうに取り込むのに時間が必要で、ひとによって取り込む量とか速度とかが違うから回復速度にも違いが出る。でも、そのほとんどがゆっくりってのは同じ。強い魔法や範囲の広い魔法を数回使ったら回復に専念するほかなくなるくらいね」
「特殊空間でやってるみたいに外でどんどん魔法を使ってたら、わたしも簡単に息切れするってことだな」
「そう。で、このルールは原始魔法とそれを使う術者にも一部当て嵌まる。違うのは、原始魔法の場合、体の外に出ていった精神力が還流される、つまり、体の中に戻ってくること。これで結果的に、自然霊素を取り込む時間が要らない。原始魔法を使ったあとは精神力が消耗してない状態にすぐに戻れるんだ」
「ずるいな。でもそうだ、空間転移は消耗が大きいってさっきララお母さんが言ってたな。体の外に出てった精神力が戻ってこないうちにどんどん空間転移を使ってる魔団には、瞬間的かも知れないけれど精神力が尽きてるタイミングがあるはず、ってことか」
「そういうこと。で、体の中の精神力が切れてた場合、魔法の精度が格段に落ちる」
「魔力を操るのに必要な精神力が一時的とはいえなくなってるんだからそうだよな」
「そう。でも、精度が落ちて不思議じゃない状況で魔団はお父さんの追跡を逃れてる」
「……魔法の精度が下がってないのか!逆をいえば魔力を操るために必要な精神力が魔団にはあるってことなんだ」
「正解。でも、普通の人間が空間転移をばんばん使うなんてことは、精神力の貯蓄量からして考えられない」
「だから、精神力をどこかで補給しながら魔法の精度を保ってる、って考えが成り立つんだな」
「大正解。で、いいよね、お父さん」
「OK、説明ありがとう、それで十分」
鈴音と霊欄が随分解りやすく嚙み砕いてくれた。霊欄は途中で理解できていて、吞み込みの遅い磋欄が理解できるようにあえて解らないふりで話していたふうだ。そんな姉妹仲を眺めつつ、オトがOKサインを出したのだった。
「これもあとで掲示板に纏めとくから必要なら覗いといて。特異能力の説明も要るかね」
と、付け加えようとしたオトに鈴音が魔法学の見地から推察を語る。
「魔力を集束せず、魔力本来の効果、つまり魔力効果を引き出すのが特異能力だ。魔力効果は自然の範疇。そもそも、人為的な操作じゃないから体外に精神力が出ていかない。だから精神力は要らない。って感じなんじゃない」
「これを説明できるなんて俺より理解早いね」
「魔法学の基礎を学んでるから納月お姉さんとかも推察できたことだと思う」
「それもそうね」
「要するに特異能力は自然の摂理を利用してるってことだ。まあ、頭で理解してるからってそれを引き出せるわけじゃない。無音歩行が特異能力なら、お父さんや謐納、刻音がそれを使ってるときのコツを教えてほしいくらいだ」
鈴音の目線に刻音が悩ましげに応えた。
「刻は静かに歩こうとしてるだけで理屈は解らないですぅ」
「そうだろうね。原始魔法や特異能力とは別にお父さんやお母さんみたいに魔力反応がない魔法がある。刻音がときどきそれを使ったりするからもっと複雑な原理が働いてるのかも知れない。それに、特異能力に関しても習得のプロセスが解ってるなら運動会以降の特訓で教えてくれたはずだ」
「不甲斐ないがそうやね」
知得性魔法が不知得性化する原理はオトも知らないが現状は創造神アースの魂を持つがゆえと解するのが妥当と結論している。その点は娘全員にも当て嵌まるので刻音の件でまた傍証が集まった。そのように語ったオトが補足説明をする。
「特異能力についてはじつは少し理屈が判っとって、刻音が言ったことがかなり合っとる」
「刻の言ったこと。どの辺り?」
「無音歩行のとき、理屈は知らんけど静かに歩こうとしとる。そう言ったよね」
「うん。ホント感覚的なものですけど」
「そう、その感覚的なものでいい。ちょっと前に謐納は俺と一緒に風の精霊が起こした風で跳躍したことがあったが、あれと同じだ。精霊の気まぐれに乗って力を貸してもらう感じ」
原始魔法も、魔力反応のない魔法も、皆が皆、使えるわけではない。それに、原始魔法を使える音羅も、魔力反応のない魔法を使う刻音も、それが常ではなくムラがある。魔団にはムラが観られていないが、ムラの有無を問わず魔法乱用に精神力還流が追いつかなくなっている可能性は極めて高く、ひとから精神力を奪っている可能性も相応に高い。こちらが下手に長期戦を仕掛けたら不利に傾きあまつさえ魔団にひとから何かを奪う動機と機会を与えて被害を拡大させてしまう。
親世代であるララナやメリアは勿論、娘も原始魔法や特異能力といった不知得性の現象の原理を理解しておくことは必要だったのでここまでの話を追い追い掲示板に纏めておくとして、そろそろ大筋に話を戻そう。不知得性魔力を巧みに使っている魔団に竹神家全体としてどう対抗するか──。
「感染性魔法での感染拡大を招くためには精神力を大量に使います。傀儡化魔法の術者本人は勿論、音羅ちゃんや子欄ちゃんの個体魔力を隠すのにも精神力を使うでしょう。従って術者本人の気配を隠すことにも限度がある。魔団の術者の気配から音羅ちゃん達を辿れませんか」
「感染性傀儡化魔法を細かく説明するなら、生者の甚さんが納雪に感染させたというのは推測で別の可能性もあると思う」
「そんな曖昧な状態で話を進めてたのか」
と、霊欄が口を出した。「みんなが危険な目に遭ってるのに、魔法の出処がはっきりしてなかった、って、そんな馬鹿な」
「その辺も不甲斐ない限りやよ、すまん」
「……なんとか割り出せないものなのか、お父さんなら簡単にできそうなのにな」
「買被りやよ。思う、なんて言い方になったのも、じつは可能性が多すぎる」
「術者が、魔団のほかにもいるってことか」
「依然として魔団の可能性が高いからあえてほかの団体を省くが可能性のうち最も高いものを三つ挙げてみようか。一、甚さんが感染性傀儡化魔法を仕込まれた。二、甚さん本人が傀儡化魔法を使った。三、魔団の術者が甚さんに傀儡化魔法を使わせた」
「一を前提に話を進めてるんだよな」
「だが、甚さんに残っとったはずの術者の痕跡を辿れんから二の可能性を否定できん。また、甚さんが直接やれることなら魔団の術者が間接的に使える可能性があるから三を否定できん。霊欄も指摘した通り一を想定して話を進めてはおるが、飽くまで甚さんの過去や周辺情報を統合して可能性が大と見做したに過ぎん。明確でないことは明言できん」
「テストと同じだ。空欄を埋めずに次の問題に取りかかってる状態といえる」
とは、鈴音が言った。「判らないことに時間を割くのは無駄だ。急いでる今は特に、ね」
霊欄が提案する。
「今からでもあの特殊空間に逃げ込めないのか」
家族や分祀精霊以外が入れないよう制限を掛けているあの空間なら絶対に安全。守るに易く回復もできる。ずっとそこにいたほうがいいと考えるのは自然なことだ。が、
「それは無理じゃないかな」
と、刻音が遠慮ぎみに意見した。妹に甘い刻音だが、家族みんなを好いているから不和を見逃せない。
「理由を教えてくれ。なんで無理なんだ、ずっと危険に曝されるのに。それに一時的でも回復できれば態勢だって立て直せるはずだ」
「うん、一理あると思いますぅ、……、けど、あそこでの底なしの精神力は、精神力を還流させる魔法で成り立っている。その魔法は、誰が使ってくれているんでしょう、と」
「それは……お父さんだろうけど、だからこそ、お父さんなら家族を守るために──」
「ジリ貧ですね」
と、メリアが刻音の意見を支持した。「魔団との戦いでは避けるべきことです。それが、攻撃部隊の要である音さんの消耗に繫がるとなればなおさらです。霊欄さん、座ってください」
「お母さん……」
「気持は解ります。でも、座って」
「……ああ」
冷静なようで両拳を固く握っていた霊欄は、オトを責めるように、立ち上がっていた。
座らせた霊欄をメリアが抱き竦めた。
「音羅さんや子欄さんが姿を消して恐ろしいでしょう。でも、こういったときだからこそ冷静にならなければ危険です。精神力還流もそうですが、あそこの活用は音さんの多大な消耗で成り立っています。音さんの消耗は、この家の破綻に直結します」
「消耗したらお父さんの力が弱まる……。分祀精霊のみんなも、お父さんに従っているからいてくれるんだったな」
「そういうことです」
分祀精霊は皆、ヴァイアプトのように見えないところで働いて家を守ってくれている。その働きはオトがいなければ成り立たないものだ。オト本人の能力も頼りだが、オトに付き従っている分祀精霊の力は数の力としても頼もしい。数の力で攻めてくる魔団と対するために、欠いていい戦力はない。
「音さん、少し疑問が。質問してもいいですか」
「なんかな」
「ノクシィさんは害意を無力化するとのことでしたが、お義父様に反応しなかったのはなぜでしょう。家の外だからでしょうか」
家の中はオトと並んで分祀精霊が守っている。事実そうであり、オト曰く分祀精霊のみでも守れるほどに強固な防衛態勢だったはずだが、傀儡言葉真毎の接近を許し、さらには子欄を連れ去られてしまった。
「ノクシィは切札的な位置におるから基本的に家の中で活動する。そうじゃないと敵の侵入を許してまったときの切札として使えん。けど、侵入されとっても無反応の可能性は高かった」
「なぜでしょうか」
「羅欄納の観察によればお父さんには微弱に魔力が残っとっただけやから」
「そこに宿る意志、害意も無に等しかったということですね」
「ん」
「ノクシィさんが害意を察知できないという点を拾うなら、害意なき傀儡化、お義父様も桜神甚さんから感染していたのでしょうか」
「むしろその可能性が高いね」
と、いうオトの言葉に刻音が「えっ」と反応した。
「じゃあ刻は、納雪さんだけじゃなくてお父さんのお父さんからも感染していたってこと?」
「無用に恐がらせるのもアレやから言わんかったが、刻音には感染の痕跡が二つあった」
「やっぱり?恐ぁっ!」
刻音が腕を抱いて跳びはねたので、納雪がぴたりとくっついて落ちつかせてくれた。
「襲来のタイミングからして、納雪より先に接触させて仕込まれとった可能性が高い。で、潜伏期間を計って傀儡化を確認後、今回のことを実行したならこちらは納雪から広がる傀儡化の対処にも追われた可能性が高いから攻め手として合理的な策でもある。だからこそ甚さんに感染性が仕込まれとったと観ていいとも補足しようか。お父さんに対しては耐性の強い謐納や羅欄納が少人数で対応してくれたお蔭で重複した感染が少なかったのは不幸中の幸いやった。碌な分析もせずに解除したから情報収集できんかったと思った子もおるかも知れんが、さっき説明した通り分析したところで敵性分子には辿りつけんかったよ」
一拍置いて、オトが言う。「やから、変に振り返って気に病む必要はないよ」
……オト様──。
最後の言葉は、じつはかなり重い。言葉真毎が死者だったことからも因果の糸を辿ることは難しかっただろうが、術者とのなんらかの痕跡が因果の糸にあった場合は刻音の結界で切れているので探れないという意味を含んでいる。また、言葉真毎を跡形もなく消し去ったララナのせいで不知得性魔力の痕跡があったかどうかも探れないのだ。
……私が融断光を用いなければ──。
言葉真毎の遺体があったなら、音羅や子欄を見つけるのに役立つ情報をオトが拾えた可能性もあったのではないか。ララナはそう思った。
言葉通り振り返らずオトが話を進める。
「ノクシィ固有の能力を警戒しての人選や手段ではないやろうけど、魔団の慎重さと嫌らしさがこちらの警戒を擦り抜けたといえる状況やな。質問は以上かな」
「はい、よく解りました。ごめんなさい、話を腰を折って……」
「構わんよ」
ララナもいだいていた疑問だ。魔団のような相手なら万能と思えたノクシィの察知や無害化の能力に思わぬ穴があることが判明し、自身らの警戒心が重要とさらに理解できた分を前進と捉えるほかない。
メリアの目線に応え、ララナは続きを話す。
「転移の痕跡も辿りきれていない現状、音羅ちゃんと子欄ちゃんの無事を確認する術はない。オト様、この認識で間違いございませんか」
「無事を確認する方法自体は皆無ではないよ」
「そうなのか……!」
と、霊欄が希望に目を輝かせるが、隣の磋欄が悲観的だ。
「皆無じゃないってことは、多くもないんでしょ。簡単にできることなら父さんがとっくにやってるとも思う」
悲観的ではないが「そうね」と夜月もオトを横目に見やる。
「父様がその手段を持ってない、あるいは、転移先追跡で消耗がかなりの量になってるはずだから今はできないということかしら」
「そんなとこやよ。転移の痕跡を辿るのをあえて諦めるならすぐに切れる切札があるが、それを持っとるひとを頼りに惑星アースへ行く必要がある」
「魔団のアジトを直接探るってことかしら」
「その手もあるがもっと早い手段がある。音羅と子欄の安全のためにも決断が早いに越したことはない。この場の家族の総意を纏めてくれたら俺はそれに従う」
転移先追跡を諦めた場合、オトを中心に発生したであろう竹神家の問題に切札となる人物を巻き込むことになる。精神力略奪の被害者も確定的なので、積極的にひと巻き込むなら相応の解決速度が求められる。しかし、オトの知る人物が最短で問題を解決する手を持っていたならオトは最初からそのひとを頼ったのではないか。オトはそのひとを頼らなかった。
夜月がオトに問う。
「父様の意見は。どう考えてるのか聞かせて」
「追跡には数日は掛かるやろうがやるとなれば確実にやりきる。見切りをつけ、次の手段を講ずるならそちらも即座にやろう。みんなの意見や結論はその判断材料となる情報を出した俺に責任がある。その前提で、みんなの素直な意見を出してくれるとありがたい」
オトの目線に応じて、ララナはうなづいた。
……責任──。
ララナは皆を見渡して、
「大きな方針決断です。皆、考えてください」
そう促して、判断材料を並べ直す。
「転移の痕跡は自然消失します。辿るのをいったんやめれば今回以上に追跡困難になるでしょう。別の手を講ずることができず身動きが取れません。オト様曰く、転移先追跡などの直接的捜索以上に早く探り当てる切札がございます」
解りきった情報を纏めたようなものだが、それを口にせずに選択肢を提示することがララナにはできなかった。
肝心の選択肢は、二つ。
「いま行っている転移先追跡を一、切札を二として、皆さんはどちらを選びますか。私、メリアさん、そのあとは年長順に一か二を答えてください」
一には戻れず、二が失敗すれば絶望的な状況に陥る。が、止まるのが最も大きなリスクだ。ララナはただちに皆の選択を促す。
「二は私が向かう前提で、一を選びます。メリアさん」
「わたしは二を。消耗を控え回復も見込めます。納月さん」
「二ですねぇ。理由はメリアさんに同じです。鈴音さん、どうぞ」
「一。予想より早く辿り終えるかも知れない追跡を諦めるのは骨折り損だ。謐納」
「初志貫徹、一です。母上が言うように切札は父上の名代で頼めましょう。夜月」
「一ですわ。戦力分散も避けるべきとは理解してますが、二は母様が担えばいい。トキネ」
「お父ちゃんの消耗が一番やばいですぅ。休ませる時間も込みで二!次、納雪さん」
「二がいいと思います。危ないです、みんなばらばらに動くのは。穴も、いつ出てくるか判らないから、おとぉさんの回復もして、助け合わないと。磋欄さん」
「一。敵は慎重で嫌らしいんでしょ。父さんや家族のことを調べ尽くしてるなら父さんの思いつきなんかも見通してるんじゃないの。だとしたら誘き出してるのかも……。レイは」
五対四。霊欄の意見が二なら、同数で身動きが取れない。だから一を選ぶ、と、いう配慮はすべきではなく、霊欄がその点で配慮することはない。
「早いほうがいいのも確かだよな。二だ」
「見事に割れましたわね……、どうしますの」
と、夜月が額を押さえた。「トキネの票を削ろうかしら」
「ええっ、なんでっ」
「黙りなさい。普段から妹を甘やかしている罰よ煩いからよ鬱陶しいからよ黙りなさい」
「二回も言わないでぇ、ごめんなさぁい、せめて鬱陶しいは取り消してぇ」
「そういうところが鬱陶しいのよ」
取り縋る刻音を押し返しながら夜月がオトを見やる。「別に票があるとしたら、プウね」
音羅消失を目の前で見ていた一匹として一票を投じていい立場だろう。
「オト様、よろしいですか」
「みんなはどう」
生まれた日から音羅と一緒のプウである。家族全員がそれだけ長く付き合ってきた。ほかの分祀精霊と違ってペットのような外見と触れ合い方をしてきた分、より深い意味で家族のような存在だ。プウが一票を担うことはできる。と、皆の意見が一致した。
「では。プウちゃんは、いかがですか」
ララナの問に、塒を巻いていたプウがすっと体を立てて、答えた。
「プゥ……」
「……なんて言ったの」
と、磋欄が首を傾げた。
「オト様、灰と道具をお借りします」
「どうぞ」
「プウちゃん、こちらに来てください」
食堂からするっと這って、ララナの示す囲炉裏の灰にプウが目をやる。ララナはそこに灰ならしで〔1〕〔2〕と順に書いて、
「これまでの話を理解していますね。理解しているなら1を消してください」
「プゥ」
尻尾で素早く〔1〕が消された。
ララナは灰をならして〔一〕と〔二〕を書いて問う。
「先の問の答はなんですか。転移先追跡は一、切札は二、プウちゃんがすべきと考えるのはどちらですか。やるべきほうを丸で囲ってください」
「プゥ」
回答方法をあえて変えたが、問を聞き終えたプウが迷わず〔二〕に丸を打って、火の粉を吐いてオトの背に回って肩に顔を載せた。
「プゥピゥ」
「重いから急かさんといて。さて、多数決では切札案に決まったが、転移先追跡を選んだ羅欄納、鈴音、謐納、夜月、磋欄はこれでいいかね」
「私、謐納ちゃん、夜月ちゃんは切札を頼むことにはもとより賛同しております。問題なのは磋欄ちゃんの意見ですね」
「二を選んだみんなも、じつはぎくっとしたんじゃない」
とは、鈴音が言った。「この状況を罠と捉えたのはかなり鋭いと思うよ。ただ、罠の対象が判らない。お父さんを惑星アースに誘き出すのを前提に罠を仕込んでるなら、狙われてるのは単独行動のお父さんか、纏まっている家族か、どっちだろう」
それに答えたのはオトだ。
「その場合は家族が狙いと考えるべきやろう、俺を直接狙ったところで魔団に勝機はないし」
「引籠りの分際で自身満満ね」
と、夜月がちくりと刺したがオトが気にするはずもない。
「一つ問うが、魔団がせっせと傀儡をこさえて仕掛けてくる理由はなんやろうね」
「精神的に追いつめるためじゃないですかね。一般的に親世代の苦痛は子世代が痛めつけられることです。お父様にもそれは有効でしょう」
「ふむ、納月の意見を踏まえて、俺が狙いなのは揺るがんにしても、簡単に捻り潰せるならさっさと捕らえて痛めつければいい。精神攻撃が望みなのかどうか知らんがこれまでことごとく失敗しとるくせに直接の攻撃がないのは、その手段がないからやよ」
「そうと見せかけるためとか」
と、磋欄が深読みした。「父さんの考えることの先の先まで読んでるから痕跡をいっぱい作ったりもしてるんだと思うわ。だとしたら、直接の攻撃を仕掛けてこないのは、精神攻撃しかできない、って、思い込ませて隙を衝くためじゃない?」
「なるほど、面白い。隙を衝くならさっき衝くべきやったな」
「さっきって」
「納雪が傀儡化した瞬間やよ。感染性に俺もわずかながら動揺した。そういうのも狙って仕込んだはずなのに隙を衝かん理由がない。傀儡化した家族に始末させようとしたんやとしたら、調べ尽くした感をにおわせとる割に俺を甘く観すぎだ、詰めが甘い」
あるいは、そう思わせてより確実に隙を衝ける場面を作る策である可能性は皆無ではない。が、ここでララナは一言挟む。
「議論は後程。方針決断が先です」
事実として魔団は隙を衝いてこなかった。この場に魔団やその作為が潜んでいる可能性は低いので、音羅と子欄の救出を考えて素早く動くべきである。それがオトの単独行動時間を減らし家族全体の隙を減らすことになる。
「磋欄ちゃん。オト様の切札要請を否定する理由はございますか」
「……ううん、それは、ない。ただ、心配なだけ……」
「その点は私もほかの皆さんも同じ気持です」
ほとんどの家族が傀儡化魔法に掛かったことを踏まえて罠の危険性を感じないはずがなく、オトも含めて皆がうなづいた。
「では、こうしましょう」
ララナは先の皆の意見を参考にして方針の微修正を提案する。「オト様は追跡を中断して精神力の回復を。切札要請は私が行いますので場所を教えてください」
「傀儡化魔法が掛かった件について、全耐障壁が有効でなかったことへの不安はないん」
「あれの仕組は簡単です。創造神アースの魂を分けた娘の個体情報に書き換えられた感染性魔法なら私の全耐障壁を無視できます。魔団による直接の魔法を受ける可能性が皆無とまでは申しませんが、オト様が真先に狙われる危険性やメリアさんや子達が狙われることに比べれば最も安全な人選です」
「攻撃部隊の俺がソソ達と魔団の侵入を防ぎ、防衛は残った家族全体で、って、感じで時間稼ぎするんやね」
「はい、左様にしていただければ私は速やかに行動致します」
「それでいこう」
とかく、音羅と子欄の身が心配だ。話しながらも追跡を続けていたオトがそちらへの集中を解き、精神力の回復に努めるため瞼を閉じた。
「織師、羅欄納の案内よろしく」
「解った、行ってこよう」
蜜柑山の奥からもぞもぞと出てきた織師がララナの差し出した掌に載って、会釈した。「行き届かないところもあるだろうがよろしく頼む、ララナ」
「こちらこそ。早速惑星アースへ参ります。オト様、家のこと、お願いします」
「了解。これを持ってって」
「魔法薬ですね」
容器は二つ。
「一つは協力者に渡して。もう一つは念のためのお前さん達の分」
「ありがとうございます。協力者の方に必ず届けます」
「いってらっしゃい」
「『いってらっしゃい』」
「はい、行って参ります」
家族の挨拶を聞き、ララナはまず、オトとゆかりが深い惑星アースはダゼダダ大陸中央県田創町へ空間転移した。
襲撃は深夜だった。眠りが深い納月のみならず、ほとんど全員が叩き起こされた恰好であるから、体が普段通りの生活に戻ろうと睡魔を寄越すのは自然のことであった。
「皆、お眠りを。父上とわたしで番を致しまする」
謐納がそう申し出て、多くの姉妹が眠りについた。居間と食堂に敷ける布団は多くなく、父と謐納以外が全員雑魚寝になるのは新鮮な光景だ。
ヴァイアプト達の加護で家の中の安全性は高いということで、父と謐納がそれぞれ玄関と勝手口で立ち番をすることになり、居間と食堂は穏やかな寝息に包まれた。
「サラ。サラ、起きてるか」
「……レイ」
合宿気分か。同じ布団に入った霊欄が話しかけてきたので磋欄は瞼を閉じたまま応じた。
「早く寝て。眠いわ」
「ちょっと話したくてさ」
「気は解るわ。不安もあるのに、みんなすごいわよね、すっかり眠ってる」
納雪などは気疲れしてしまったせいもあるだろうが。
「わたしは、さ……」
「ん……」
「いまさらちょっとショックでさ」
音羅や子欄が消えたことについてなら意外性はない。「いまさら」では時間の示し方が合わないし「ちょっと」と示すべきこととしてもずれている。軽く受け流せる話なら瞼を閉じたままでもよかった。夜闇を照らす仄明るい炭火を見つめて磋欄は睡魔を追い払った。
「何がショックだったの」
「ララお母さんが出発したあと、みんなで掲示板を再確認しただろ。前からちょくちょく見てはいたけど……、トラお姉さんやランお姉さんのことがあって、お父さんが恋人を殺したって話にいまさら衝撃が来てる感じなんだ」
「求められたことでしょう。仕方ないことじゃないの」
「ああ」
みんな納得している。こういっては語弊があるが父ほどの力があって人殺しが発生していない状況にはむしろ違和感があった。特殊空間での戦いを観るに、一撃一撃で数十人が命を奪われていてもおかしくない。惑星アースでは、神、はたまた悪の権化のように扱われていたらしい父なら、死ぬほど苦しい目に遭っている人間から介錯を求められることがざらにありそうではないか。
「父さんと母さんの話、魔法とかが絡んだ難しい話はよく解らなかったけど、解ることもあったわ。死にたいなんてことワタシは思わないけど、みんなが操られてたことにはぞっとした。もしみんなが傷ついてワタシだけが生き残ったりしてたら……みんなのところに行きたいとは思うかも知れない」
「そんなことでもないと、死にたいだなんて思わないよな」
「ん、そうだと思う」
父の恋人のことは知らなくても父が家族のために手を尽くしていることを知っているから、亡くなった恋人にも優しく接していたのだろうと想像できた。だから、恋人が死を求めたのは不甲斐ない父のせいという主張を踏まえて、父の話に家族は納得したのだ。
霊欄も納得はできているが不安が強くあるようだ。
「仕方ない、では、納得できなかったひともいたのかも知れない。例えばお姉さん達の消失。直接見てなくても気が気じゃないんだ。それが、いきなり死んだなんて現実を突きつけられたらどう思う。想像もつかないけど、ただ、嫌だ、とは、思う」
「……そうね」
「ただただ、きつそうだ……」
「もう会えないってことだもんね……」
それは磋欄が想像した家族が亡くなった状況に程近いもの。想像しただけでも、息ができなくなるような苦しい状況だ。
「敵を作っててもおかしくないだろう。恋人のことだけじゃないし」
「三人の不良とか」
「そう、それ。名前も判らない三人にも家族が、友達や恋人だっていたはずだぞ」
どんな育ちをした者にも幼い頃があり、育てた家族や周囲の人間がいるはずだ。
「お父さんが怨みを買ってるのは当然に思えてくるんだ」
「……だからって考えてもワタシ達にはどうすることもできないわ」
霊欄とともに生まれたから磋欄は双子のようなものだ。けれど九女、姉は磋欄だ。いつもは霊欄に助けられているから姉らしくないと自覚があるが、磋欄だって、たまには姉らしく振る舞いたい。
「ワタシは死んだひとのことなんてどうでもいいわ」
「サラ、そんな言い方……」
「ワタシは、いま生きてるみんなが無事ならいい。だからトラ姉さん達のことは心配する。けど、リン姉さんが言うように埋める答を持ってないから先の問題へ目を移すしかない。それだって、きっとワタシは答を持ってない。特に何もできないからワタシには判る。答を持ってないワタシが変に手を出したら、それは、いろいろできる父さん達の邪魔になる」
「……わたしらが変に考えたところで、お父さん達の足を引っ張って、隙を作ることになってしまう。そういうことか」
「ん。だから、できることだけでいいのよ。これは、いつもアナタが言ってくれることだわ」
「──そうだったな」
魔団に関わることで家族に貢献できることがあまりに少ないから、ただ守られているだけの状況に甘んずることが足を引っ張っているように感じて、できもしないことへ首を突っ込もうとしてしまう。その一環で、霊欄は父が手に掛けたという人間に注目して魔団の動きを推測しようとしていた。それは、父達がとうにやっていて見落しなどないのに、貢献した気になりたくて、お荷物でいたくなくて、思考を巡らせてしまう。
「気は解ります」
と、皆を起こさないようにメリアが小声を発した。布団から抜け、囲炉裏の炭を傾けて火力を調整、それから、磋欄と霊欄に目配せした。
「お母さん……」
「わたしも同じです。星の魔法もまだまともに使えず、音さん達の足を引っ張っているように感じます。が、それで自分を邪魔者として扱うのは音さん達を愚弄することだと思います」
「愚弄って、馬鹿にしてるとか、って、意味か。そんなつもり全然ないぞ」
「ええ、解っています。音さんも羅欄納さんも、磋欄さんを含めたお姉さん達も、霊欄さんが大切だから一緒にいます。わたしにそうだったように、追い出したりなんてしません」
「──」
メリアを一瞥して、霊欄が俯いた。
「魔団に対して何もできなかったとしても、誰も邪魔になんて思わないということ、霊欄さんには解っていてほしいです」
「でも、考えてしまうんだ。どうしても……」
「そんな霊欄さんのままでいいのです」
「このままで」
顔を上げた霊欄が、メリアを見つめた。「本当に」
「ええ。磋欄さんも言いました。できることだけでいいんです。無駄な思考だったとしても、そうしてみんなを思って考えを巡らせることができた。霊欄さんの優しさ、それを、わたしはとても誇らしく感じました」
「お母さん──」
磋欄までの姉妹と異なり、異母妹という立場上、複雑な心境が霊欄にはある。その悩みはきっと一生ついて回るだろう。が、メリアに抱き寄せられた霊欄から言葉にできない重いものが零れ落ちてゆくのが見えた気がして、磋欄は、メリアと同じように霊欄を支えたいと思った。上手な言葉は使えなくても、自分にできることで、それがきっとできる。メリアの肩に隠れて目許の見えない霊欄の頭を、磋欄はそっと撫でた。
「よし、よし。今日は、もう寝ましょ。ね」
「……ああ、そうする」
霊欄が顔を上げ、「磋欄、お母さん、ありがとう。楽になった。やっと眠れそうだ」
三〇一三年八月六日、土曜日。
言葉真本家に訪れたオトは、表や屋内の壁に掲げられた〔霊〕の字を確かめて冠婚葬祭が執り行われていることを実感した。
祖母言葉真鷹音の葬式であった。
慎ましやかに行うことを望んでいた故人の望みを知らず多くの人間が詰めかけたのは、言葉真鷹音に代わって当主となった叔父言葉真国夫が葬式の案内状をダゼダダの政治家や著名人に送っていたことによる。言葉真鷹音と関係が希薄な人間までやってきていたのはこれから言葉真国夫が当主として動くのに必要な人脈作りをかねている。
言葉真鷹音とゆかりの深い人間は、魔力分析をすれば判る。故人への想いを届けることに注力している者には独特の気配がある。
その中に、そう年の離れていない人物をオトは見つけた。
「──その一人がここにいる、大神凰慈だよ」
と、織師がララナに紹介した。そこには、見憶えのある一人の少女が佇んでいた。
ダゼダダ大陸中央県田創町の中心部に位置する八百万神社の総本山〈八百万神宮〉、織師の案内でそこへやってきたララナは、社務所を訪ねると今度は宮司らしき男性の案内を受けて社務所の奥、神職の邸宅として機能している区画に踏み込んだ。
……清らかな魔力に満ちていますね。
今も肩に載っている織師を始め分祀精霊が展開するものと同じ領域だが、より強い加護を感ずる場所だ。
神職の邸宅は、二つの区画に分れていた。手前と奥、その二つだ。満たされた魔力の清浄さと同様に美しい中庭を眺めて渡り廊下を越えた先に、奥の区画はあった。そこへ案内されたララナは、目を丸くしてしまった。日が昇る随分前の時間だが、緑のサクラジュとそれを仰ぐ人物が夜闇を割くように存在感を放っていたのである。
「風景に合わせてこんばんは、羅欄納さん」
「雛子さん──」
その人物大川雛子とはサンプルテの一〇三号室で何度も面した。古くは音羅のバイト先の先輩、今では掲示板にも記されていた〔オトの友人〕の一人と認識していた。
「あなたが、大神凰慈さんだったのですか」
「改めてご挨拶を。八百万神社を纏める大神家の家主を務む大神凰慈と申します」
「竹神音の妻、竹神羅欄納と申します」
これから詳しい話を聞く機会もあるだろうがオトから預かった魔法薬とともに優先事項を提示する。「こちらを代金としてお受け取りください。お願いしたいことがございます」
「話を聞きましょう」
「ありがとうございます。──」
戦力として邪魔となった音羅と子欄を魔団が人質として利用しない理由がない。状況説明を終えたララナに、大神凰慈が理解を示した。
「魔団、死者の再生や蘇生、傀儡化、不知得性魔力の駆使──、にわかには信じがたい事実も含まれますが、音羅さんや子欄さんの消失、切迫した状況下で偽る理由がありません。協力要請を受けましょう」
「ありがとうございます」
「ただし、この魔法薬は代金ではなく賽銭ということにします。これでも私は巫女ですから、金品の授受をしません」
八百万神社全体として賽銭を受け取ることは可能ということだろう。
「音さんが示した切札についてお話します」
「お願いします」
「私を始め、大神家の当主たる存在は代代〈遠見〉の能力を有しています」
「遠見ですか」
一定の範囲を遠くから見る魔法。それが一般的な遠見である。音羅や子欄がどこにいるか見当がつかない状態では見たくても見られないから精神力の消耗を抑えるためララナ達は選択肢にすら入れなかった捜索手段である。オトが切札として示したのは通常の遠見では見えないものを、大神凰慈の遠見なら捉えられるということだろうか。
……巫女、遠見、──。
ラセラユナが話してくれた母の力、未来を予知した遠見をララナは思い出した。
「凰慈さんの遠見は、通常の遠見と異なるのですね」
「大神の遠見は魔法のそれと異なり見たいものを見られるという反則的なものです。対象がどんな形・色・性質を有しているか判っていればひとでもモノでも見ることができるのです」
「と、いうことは──」
大神凰慈がうなづいた。
「音羅さんと子欄さん、私はどちらも顔を合わせており、姿は勿論人柄もよく知っています。存在を捉えることは難しくないでしょう。転移の痕跡がどんなに消されても、因果の糸が繫がっていなくても、関係がないのです」
「遠見をお願いしてもよろしいですか」
「賽銭を受け取ったからには神から授かった力を存分に揮わねば罰が当たります。そうでなくても、同じ星に生まれ育った同胞の危機です。救いの手を差し伸べることは巫女でなくてもなすべきことと思います」
「──ありがとうございます」
最高効率で事態収束を見込めたためオトが示す切札に安心感を覚えていた。身分を隠してまでサンプルテに来ていた彼女の心根がオトに程近いことを感じ、二人が深いところで共鳴していたこともいまさらながら感じて、ララナは一層に強い安心を得た。
……これで、二人は見つかるでしょう。
優しくも疑り深いオトが迷わず切札として示した大神凰慈の遠見。亡き母を思い起こさせる力。よい結果を疑う余地はなかった。
──一〇章 終──




