始章 誇示
誰も夢を持っている。
無限の可能性を秘めた幼い頃は数えきれないほどのそれを抱え、何を選ぼうとも自由、と、無垢に傲慢を語れた。何を取り零したかなど気に留めず、取り零したことも気に留めず、気づけば掌に欠片ほどしか残っていないことを、曇った眼で見つめる。
誰も夢を持っていた。
誰も夢を持てなくなる。
年を取れば取るほど老いた肌と張りのない指の隙間から零れ落ちてゆくさまが目に留まる。ふっくらとした潤いのある指のときは肌に吸いついているような無限のものがいつの間にか数える必要もないほどなくなっている。
時の流れや無常さはそれぞれにある。努力や才能で遅くなることもあれば、後天的にどうにもならないこともある。
少女のささやかな夢に始まり、元大魔術師の夢を体感して、実子の夢と未来を見据え、妻の再出発に立ち会って、化物がどんな思いをいだいているか誰も知る由はない。
……誰も知る必要もない。
この世界の現実にやがて潰える夢。
……私のみが知る術も持っている。
叶おうと叶うまいと同じこと、意味などない。
……そうだろう、音──。
あえて細かいことを表現するなら、予期できたことは単なる「出来事」である。
一方「異変」はいつも突然だ。予期できていないことだから、当然の感覚である。
レフュラル表大国、テラノア軍事国、そして、ダゼダダ警備国家、三大国と称せられた三つの大国は、まさしく異変を、同時に体感することとなった。
それはプロローグであった。幸いにして犠牲は箱物に限られ、なおかつエピローグは三大国で綴られるのではない、とは、まだ世界が知らないことを示し置いた上でしかし十二分な異変であったことを明示せねばならない。レフュラル表大国では、魔導電力発電所が全壊し、テラノア軍事国では暗部たるパスチャが破壊されるとともに破壊兵器終末の咆哮に結界が張られて使用不能に陥り、ダゼダダ警備国家では広域警察本部署が半壊、政治中枢の警備府が全壊した。それらは端的にいえばテロであった。が、そのどれもが古いもので立て直しや取壊しの予定があったもの、あるいは体制や政策の転換・改革によって放棄したり意味を成さなくなったものであって、実害がないようなものだった。公的に感謝することがないにしても場所によっては取壊しの費用が浮いて好都合と考える者はいた。
ただし、好都合と考えた者でも世界同時のテロ活動がいったい誰の手によって起きたのかという問題を軽んずることはなく、俄に大国同士の緊張感が高まった。テロが起きたという事実は各国の体制維持に大きな打撃を与えるに等しい。三大国で同時に起きたこととはいっても戦争の過去があり、どこの国が仕掛けた、と、探りを入れざるを得なかったのである。
……疑え。
そして、滅びてしまえ。
……わたしを裏切った、世界への罰だ。
テロが誰の仕業か判明しなかった。理由は、誰もそこにいなかった、と、要約できた。テロ現場に設置されていた防犯カメラに誰も映っておらず、人的被害がなかったことから判るように目撃者も皆無であった。それだけなら犯人の追跡を諦めなかった。広範囲の魔力反応を探知して魔法・魔導・ひとの動きを監視するシステムが各国にある。その監視網がなんの反応も捉えなかったことから犯行手段は科学的なものと推察するに至ったが大規模な世界同時テロを起こす莫大な資金の流れは金融機関と紐づいた情報監視で筒抜けとなっている現代、大型のテロ組織はこの世界に存在し得なかった。資金がなければ科学兵器による大規模テロを起こせず、魔力を探知させずに魔法・魔導による襲撃を起こすことが困難なら、残るは自然現象のみだ。と、異変を捉えた国国の感覚とは乖離した結論が出てしまった。
感覚から乖離せず支離滅裂にならず納得できる結論がただ一つあった。最初に否定された魔法による襲撃であり、それを為せる人物が一人存在するのである。
……奇跡の少年言葉真音──。
現在は母方の姓である竹神に苗字を変えて生きている、かつての神童の名が誰の頭にも擡げた。
魔力反応を発しない魔法を操り、広範囲の魔力探知システムに掛からずテロを起こすことができる唯一の存在がそのひとである、と、結論すれば誰もが納得できる。
と、いうのも、竹神音という人間は神童と称せられた幼少期に唯一無二のその能力でもって周知の犯罪に及び、罰せられない年齢であったことから無罪放免となって名を公表されずして悪童と称せられるようにもなっていた。悪童として名を広めた後、破滅的または奇跡と称せられる魔法現象を何度か発生させたとの推測から世間を賑わせ、半面では神と信奉され、半面では悪の象徴のように忌避され、幼少期の無罪放免から六〇年超の現在に至っても賛否が分れる混沌たる存在である。
テロに関する情報共有、敵性の意図への推察、敵性への対処、警備強化と次なるテロへの予防策、人員配置、情報開示とメディア対応、犯人の国籍によって生ずるであろう外交対応、そして再発防止策、などなど、確認のため話し合いを何度もループさせているが、やはり焦点は一つに絞られる。
「彼が関与しているなど、やはり馬鹿げています」
と、大神凰慈は円卓に今回も手を重ねた。本当は、両手でばんっと叩いてしまいたいほど苛立っているが同じ円卓についた二名の参加者に配慮して思いとどまった。
大神凰慈は八百万信仰を司る八百万神宮の巫女であり、ダゼダダ警備国家を代表してこの円卓についている。同席しているのは、レフュラル表大国とテラノア軍事国の代表たる両国現王で名は順にフェルェール゠ウヴ゠オルオとネペル゠イルである。両者とも旧体制からの大きな方針転換を訴えた賢王であり、戦争を招き寄せんとしていた両国前王より穏やかな人格だ。
「大神殿。気は解るが馬鹿げているとまではいえないのが実状だ」
と、フェルェール゠ウヴ゠オルオが言った。「論理的結論が誰も安心させる拠り所だ」
「同意です」
と、ネペル゠イルがフェルェール゠ウヴ゠オルオの意見に賛同した。「竹神音さん──、彼が敵であると結論することが、現状では求められています」
「彼がそんなことをする動機がないのですよ」
「彼なら世界安寧のためにテロを起こす」
そう口にしたのはフェルェール゠ウヴ゠オルオだ。確証はある。密会と表せられるこの場で彼がそれを口にしないのは竹神音を貶める考えがない。
「皆が団結して事に当たるため、スポットライトで目標を照らす」
「解っています……」
フェルェール゠ウヴ゠オルオやネペル゠イルが竹神音に心から敵対したいと思っているのではない。テロ実行犯が隠れていると見越して国家戦略上の共通仮想敵性に光を当てる考えだ。
大神凰慈が先に述べた通り、竹神音に世界同時テロを起こす動機がない。彼は現在、出身国であるダゼダダ警備国家どころかこの星から離れて新たな地で生活を営んでいる。悪童と称せられたことに腹を立てて世界への報復をするような狭量でもなく、そんな狭量であればさしもの犯罪の後にただちに次なる犯行を世界規模で、それこそ次次に発生させただろう。が、そんな事実は存在しない。ほかでもない大神凰慈に協力していたのが彼であるから世界を守る側にいたことはいくらでも証言できる。そも、
……本当に彼が敵なら、私達では太刀打ちできない。
問題なのは、太刀打ちできない彼に非常に似た能力を有する敵が確かに存在し行動を起こしたということである。
「少数でじっくり話せるのももうしばらくのことであろう」
と、フェルェール゠ウヴ゠オルオが話のループから外れた。大神凰慈とネペル゠イルは続きを聞く。
「小国や名もなき集落の傘たる大国の代表者としてわたし達がここに集っているが、元来、規模に拘らず各地の首長が集い議論するのが平和の形だ」
「議論であればいくら衝突しても戦争にはなりませんからね。とても安全だ」
フェルェール゠ウヴ゠オルオとネペル゠イルの考え方は言葉としては正確だが歴史を繰り返す楽観視でもあることを、大神凰慈は三大国の因縁にわずか触れて訴えることにした。
「その議論が辿る平行線が長きに亘る対立と戦争の種です。お二人とも王の血を受け継ぐ者として母国の成立ちをご存じでしょう」
「『……』」
「三大国も平行線の先に衝突し、何百年・何千年と対立してきた。各国の改革が進み全てが順調で気が緩んだことは理解できます。テロです、横槍です、して、今はまだ三大国の完全なる対立解消には時期尚早なのです」
「もとよりレフュラルはトップダウンの体制だ」
「テラノアも同じく王制の部類です」
より多くの首長が顔を揃えた議論の場は平和の一典型。けれども、独裁に近いトップダウン体制だからこそ話が速やかに進むこともある。それを恒久的に通用する体制とは考えていないが世界同時テロが起きて民の動揺が治まらない中で国全体の体制転換を訴えては各部に皺寄せと摩擦と混乱が広がり、却って民を傷つける結果を招いてしまう。
「独裁的体制の転換は後進に委ねることになるでしょう。私達はどんな泥を被っても進み続ける責任があります」
「同意だ」
「同意です」
「では、話を戻します」
王政廃止などの根本的な改革に及んでいなくても新風が吹き込んだのは事実。三大国が標榜すべきはテロもとい無用な争いをしないことである。
「敵の目的が何か、改めて順を追って確認しましょう。三大国を標的にする意図が何か」
「例えばなんだったか」
フェルェール゠ウヴ゠オルオの催促にネペル゠イルが応える。
「狙われた箱物が実害のないものばかりだったことを踏まえて考えるなら、三大国のいずれかに関係した何者かが三大国の緊張感を高めるため、と、考えるのが妥当でしたね」
三大国に関係した何者か、の、くだりは口にする必要もないほど当然だ。無関係ならテロなど起こさない。
「関係にもさまざまある」
と、フェルェール゠ウヴ゠オルオが付け加える。「敵性なら解りやすいがそれのみでもないな。ダゼダダ警備国家には裏切り者のケースがある」
「口に上したくもない売国奴です」
竹神音の実父の兄言葉真国夫だ。竹神音に取って叔父であるその男は、ダゼダダ警備国家のためと称してテラノアに防衛機構の技術を流出させ、テラノアの軍備拡張を支援し、結果として不戦を掲げていたダゼダダ警備国家の体制転換を当時の総理大臣と半ば連携する形で促した。専守防衛体制における国防の穴を塞ぐ目的であったが、当時のテラノア軍事国国王ゾーティカ゠イルの助け船を得てテラノアに出国、ダゼダダ警備国家を裏切りあまつさえ終末の咆哮によるダゼダダ警備国家の破壊を目論んだ。ゾーティカ゠イルに切り棄てられて竹神音の手でダゼダダ警備国家に連れ戻され広域警察に逮捕されたのち死亡するまで続く懲役刑〈終身懲役〉に処せられ拘置所に送られると三〇五〇年にこの世を去った。余談ではあるが妻も同罪で拘置所に送られ、言葉真国夫と同じ末路を辿っている。
「彼らは特殊な例だと捉えています。できもしないことを少人数の力でやり遂げようと暗躍することなど現実的ではありません」
「かの神童ならやりきるだろう」
「ですからそれは──」
「世間はそう思っている、と、いう話だ。彼は誤認逮捕さえ吞んだ。仮想敵性にされた程度で反論しない。テロを起こすなどということもな」
「……」
だから、フェルェール゠ウヴ゠オルオがいうように竹神音を仮想敵性に据えて三大国の足並を揃える。大神凰慈は受け入れがたいことだが、別の敵性がいると主張したところで誰も信じない。それでは統制を執りづらい。迅速に動けるよう建前をうまく利用することも大事だ。結果的にひとびとを守れるなら小汚い体制に理解を示してくれるのが竹神音というひとだ。
……申し訳ございません、音さん。しばらく敵性と見做させてください。
幸いにして現代は三大国の代表が同じ方針でいる。「事が済んだら真相を公表し、世間の疑惑を払拭します。よろしいですね」
「心得ている。わたし個人も、国も、彼に多大のご恩がある」
「同じく。竹神音さんの汚名をそのときこそ雪ぎましょう」
円卓を両手で叩きたかったのは大神凰慈のみではない。フェルェール゠ウヴ゠オルオとネペル゠イルは通俗的な言い方をすれば言葉真音のファンだったのである。それが全てでもないが竹神音を好き好んで貶めるはずがなく、彼に絡みついた汚名を雪ぐに吝かでない。
「一つ釈然としていないことがあるな」
と、フェルェール゠ウヴ゠オルオが大筋に戻した。
大神凰慈は代表して口を開いた。
「どうせ狙うなら人的被害のある箱物を狙う、と、いうことでした」
「国家または組織など敵対するモノに対する致命的なダメージを与えるため王城や聖地、権威や信仰の象徴的建造物への破壊行為がよくある。より大きなダメージを与えられることから死亡者を出す傾向も強く、歴史を振り返ってもその性格のテロがいくつも起きている。今回のテロは巻添えもなく例に倣わぬ形だが、矛盾点もある」
それについてネペル゠イルから意見が出た。
「犯行手口を除いて、テロ犯は国境を越えて点在する同種の思想団体と考えるのが現実的でしょう。その場合、テロの対象選定に左翼思想と右翼思想が混じっています。しかし、狙われた箱物は人的被害がないものであると同時に、一つの共通点があります」
「誇示」
フェルェール゠ウヴ゠オルオの呟きに、ネペル゠イルとともに大神凰慈はうなづいた。
何に対する誇示か、と、問われれば、一行で纏められるほど簡単だ。
「竹神音さんが関わった場所──」
ネペル゠イルが示した共通点とは、悪童と称せられたのち竹神音が関わった場所、と、いうこと。レフュラル表大国の魔導電力発電所は彼がテロを起こした場所であり、レフュラル表大国における自然エネルギへの政策転換と現王体制移行の光明となった場所にほかならない。テラノア軍事国の終末の咆哮を封印しパスチャを解放したのも彼であり、それもまた同国現王体制移行の潮流を作った。
「広域警察本部署が半壊なのは間接的な関わり方だったからでした」
「竹神殿の後の妻聖羅欄納によって救われたのだったな」
聖羅欄納による救済は竹神音の関与があってこそ、と、示すために半壊なのである。同国政治中枢である警備府の全壊は、類を見ない強大な魔物と対峙したダゼダダ警備国家が竹神音本人によって同魔物から救われたことを象徴する。
とはいえ竹神音と紐づけたのは強引という考え方もあるだろう。テロに及んだ者から大きな暗示が一つあったのである。天才の名をほしいままにした言葉真音が〈奇跡の少年〉として初めてテレビに出演した日づけ五月一〇日、その日に、世界同時テロが発生したのである。場所柄とその日づけから竹神音本人が犯行に及んだとはとても考えられないため、大神凰慈達はテロリストが竹神音やかつての言葉真音に対して何かしらの感情を持つ可能性を酌み取った。
「竹神殿による当該建造物及び事象への関与は公にされていなかった」
フェルェール゠ウヴ゠オルオが示した通り、各国広報は事の全容を公にしていない。国家の威信を守り表向きの外交問題を防ぐことに注力し、一部真実を公表しつつも一民間人である竹神音の関与を伏せている。フェルェール゠ウヴ゠オルオ、ネペル゠イル、そして大神凰慈が他国での竹神音の干渉を知ったのもここで情報を共有したからである。
客観的事実として、テロの犯人は竹神音に勝ると誇示するように動いている。が、竹神音関与の真相を犯人はどこで摑んだのか判明していない。フェルェール゠ウヴ゠オルオが釈然としないと示したのは、その点だ。
「良くも悪くもレフュラルは長期的成長や利益に明るい。わたし自身や妹、前王や議会、過去のテロの真相を知る一部人間に竹神殿の関与を口走る軽はずみな者はいない。ネペル゠イル殿の体制も同じだな」
「はい。前王ゾーティカ゠イルは既になく、テロ行為に竹神音さんが関わったことを知る一部の者は箝口済み。漏れた可能性がゼロとまでは断言できませんが情報を漏らして利を得る者がいたとは考えにくいことから漏洩は考えにくい。大神さんのほうも同じですね」
「彼の関与を知っていて情報漏洩しそうな者は言葉真夫妻を筆頭にことごとく亡くなっています。無論、八百万神社で知る者には私の名において箝口、広域警察本部署長なども法的拘束のもと口を閉ざしています」
「ますます釈然としないな」
「『……』」
謎を残しては真相に辿りつけない。世界同時テロという大事であるにも拘らず、各国が犯人に振り回されていることを否めない。
「情報漏洩を前提に調査の目を仕込むとして、犯人の行動を予測しましょう」
「心構えだけで対応に差が生まれるからな」
大神凰慈とフェルェール゠ウヴ゠オルオのやり取りを聞き、ネペル゠イルが推測する。
「竹神音さんへの挑戦・挑発という線で考えても、次の標的が人となる危険性があるかと」
犯人が竹神音の各国への干渉を知っているということは、竹神音が各国体制の先進性を高めかつその体制を守る側であることも知っているということである。それゆえ犯人による竹神音への挑戦が各国に深刻な人的ダメージを生ぜさせる、と、予測できた。
「政治家、資産家、各地域で名のある地主や旧家、大企業やその傘下企業、王族、と、対象はさまざまです」
と、いうようにテロリストの次なる攻撃対象をネペル゠イルが予想した。
フェルェール゠ウヴ゠オルオが別の指摘をする。
「竹神殿は幼少の砌から視野が広かった。その竹神殿にある種の意識を傾けていることや世界同時テロという犯行の規模からも挑戦的かつ自己顕示欲の強い人物像を照らせる。明るい舞台上の演者を狙うこともあれば暗がりの客席を狙うこともし、体制側の弱さを暗示するかのように振る舞うこともあろう」
正心をもって機能すれば人間関係の支えになるのが自己顕示欲だ。実績がなくとも他者を助ける意欲や社会貢献をしたいと欲する気概を含み得るからである。それらとは逆に暴力的・反社会的・不条理に体現されることが多い欲求でもある。その多くが他者から認められないことや成功者への羨望などに起因した自己への歪んだ鼓舞である。自らや同類の中で肯定を重ねて育んだ歪んだ正義を実行することで却って矮小さをひけらかしても人目を引ければ満足してしまうのである。そのような人物が今回のテロを起こしたのならフェルェール゠ウヴ゠オルオの指摘した危険性、つまり、無作為にショッキングな犯行に及ぶ危険性が高まる。
その危険性への対処はまだまだ広がりがある。ここまで人物・犯人などと単独犯的に称してきたが、世界同時テロという事犯からして複数人の可能性が高いのだ。
「複数犯なら、個個の人格より集団としての性格が犯行と一致しなければなりません」
気弱な人間が集まったテロ組織だったとしても、同じ意識を共有して増長し気が大きくなれば集団としての性格はいっそ自己顕示性の強い過激なものになる。集団の性格とその集団に属する個個人の性格は必ずしも一致しないということ。
集団の性格は目的によって大きく変わる。思想的なものであれば既成思想との対立や対立対象からの圧を肌で感じているため反発的に主張が強まり一貫して過激になりがちだ。体制転覆を狙うようなものには変遷があり、粘り強く慎重・穏便に準備を済ませて事を起こすまで目立たないが、目的達成を見込めた時点で一転して爆発的行動を起こす。爆発的というのは過激なものも含めて状況を激変させるような動きを表現しているのであって暴力・暴言を用いるとは限らない。無論、テロを前提とするなら少なからず暴力的行為が発生するが、それを支援・応援・支持する者がいた場合は暴力的行為が肯定されることもままある。
「本件の犯人・テロ組織は妙な増長をしない場合に限って、音さんや国家体制を対立対象と見做していると考えてよいですね」
との大神凰慈の推測にフェルェール゠ウヴ゠オルオが細かい見立てを加える。
「テロ組織全体としては恐らく国だろう。が、立場は対立に限らないだろう」
「信奉者による過激な踏襲ですね」
竹神音を信奉する者に取っては彼の忌避されるべき行動すら信仰対象であり是認されるべき神聖な行為だ。勿論、神格化された存在に憧れたり崇めたりする者が全てそのような思考回路を形成するのではない。
が、他者に依存し深入りした挙句依存した相手をトレースするような者は得てして自分という存在が曖昧か欠落しているものである。自分がないから、写し取った存在で補おうとする。自分がないから、自分を棄てていることに気づけない。自分がないから、自信がなく認められることがない。その先、自信のなさを補うことができた者なら正当に認められて満たされてゆく。自然と自我が成長して、自分の道を見つけて歩むこともできる。そうでない場合、認められるべく動いても空回りし、挫折して、やがて漣のような全否定を繰り返しながら、自己肯定して心と体を守るようになる。場合によっては自害してしまうこともある窮地だ。守りに徹した自己肯定は一時的なら否定されるべきことではない。だが長くなると毒だ。実態と異なる偉大な自分を作り上げ、認められないことを不正と捉えて社会に怒りを向け始める。自らの精神を守るためだった自己肯定が社会からの承認を求めて暴走する。そうして自己顕示欲の強い行動に及ぶ。
竹神音の信奉者の場合、自らに落とし込んだ竹神音の偉業を知らしめようとする。人道に適う行為とそうでない行為の境目が曖昧になり、過激な踏襲行為に及び得るのだ。
「組織の意思決定に近い者か頭脳の中に特に竹神殿を崇拝・忌避している者がいる可能性がある」
「ぼく達もそんな側面がありますからね」
と、善心で言えるネペル゠イルを含め、この会に参加している三者を組織として見做すなら「国の代表者集団」となる。個個人の意識を捉えるなら竹神音のファンが二人いる。残り一人である大神凰慈は竹神音に仲間意識を持っている。テロ組織が同じ構図とはいえないものの竹神音の行動に擬えたと観て間違いない犯行から竹神音への意識が働いた者が存在することは確かである。なお、竹神音を陥れたり竹神音の名を貶めることを予想できないはずのない行動に踏みきっているため、フェルェール゠ウヴ゠オルオやネペル゠イルのようにファン心理を土台とした肯定的性質とは限らず、忌避・非難・否定する側と捉えたほうが自然だ。
「いずれにせよ狙われる範囲が広い」
フェルェール゠ウヴ゠オルオが問題点を挙げた。「同時に三つの大陸に跨って行動を起こせた集団ならば海を隔てた各国領地にも細かな襲撃を起こせるだろう」
「暗示で十分とも考えられますが、犯行声明がないことから目的が明確化していない集団とも取れます。犯人像・集団像がいまいち摑めない状況です。網を掛けるほかないでしょう」
「アナログが過ぎるが入念に調べるほかないか」
「怪しげな行動をする者を一時隔離します。保護といえば体裁も立ちます」
現状ではテロに対して受身になる。各所の対策は整えておくとしても、被害を避けられないだろう。
……これからが大仕事だ。
竹神音が作った世界的不戦の土壌を崩さぬよう、大国同士は勿論、名もない集落や小国との連携も強めてゆかなければならない。
……それが、世界に与る私達の使命。そうですよね、音さん──。
〔霊〕の字の幕の前、一つの影がほくそ笑む。
命の危機を覚えろ。懸命に足搔け。
そして徒労を重ねろ。
……それをお前達への罰としよう。
いずこかに潜んだ影の存在すら知る由もない頃。
竹神音の第三の妻となったメリアは、そのオトと第一の妻であるララナの手助けで自由に動き回れるようになっていた。神として死を迎え、従たる人格としてララナの肉体に転生していたメリアは、主たる人格であるララナが持つ創造神アース由来の〈魂鼎の力〉で彼女の肉体の中に同居していたが仮の肉体を用意することで自由行動が可能になったのである。
主たる人格のララナを追いつめて肉体を奪うことがあったメリアとしては、前世から続く呪いが解けた事実に胡座を搔きたくなかった。
端的にいえば、自分の中に宿った狂気と思しきものは呪いとは無関係だった。が、もしも自分の心が傾くようなら、かつてのような狂気に自滅するおそれを覚えたのである。
そこで、オトとララナの承諾を得てメリアは改めて神界トリュアティアを訪ねた。いうまでもなく、前世の夫アデルと会うためである。
西部門番である天使エノン・ハンニウェアに先日の発言を謝ったメリアは、アデルへの取次を申請した。前回のように止めなかったエノンが白一色の巨塔・神界宮殿を示してメリアを通し、ふと口にした。
「先日は、ぼくも、申し訳ないことをしました」
メリアは脚を止めて、彼の言葉を聞いた。
「ぼくには、過去の記憶がありません。アデル様とのあいだにどんなやり取りがあったのか、その経緯、結末、全容を知らないぼくがメリア様に刃を向けるような発言をするのは出すぎた真似でした。申し訳ございません」
頭を下げたエノン。
神界宮殿と同じような白一色の町を振り返って、メリアは答えた。
「ずっと思っていたことですが、アデルさんは幸せ者です。自分を想って口を開いてくれる配下がいて、それを守ることができるのです。わたしはそれを棄てた身です。本当なら、罵倒でも済まされないことです」
「……」
黙って聞いているエノンに、アデルとの関係について踏み込んだことを言うのは、今のメリアには不可能だった。「取次ありがとうございました」と会釈して歩んだ。背中の視線は離れなかったが不快なものでもなく、ある種の信頼と取って、メリアはこう思った。
……あの視線を裏切りたくもないのです。
そのための、最後の確認。アデルに会い、自身の感情を試すのだ──。
小高い丘を歩み、神界宮殿に入ると、
「アンタまた来たの」
「あ、麗璃琉さん」
アデルの現在の妻で、ララナの義妹に当たる麗璃琉がちょうど外へ出ようとしているところだった。肩に掛けた荷物に、ゴーグルやシュノーケル。
「今からお出掛けですか」
「ええそう、アデルもよ」
「と、いうことは……」
「メリア、よく来たな」
バスケットを提げたアデルが階段を下りてきた。早くも彼と顔を合わせたメリアは、
……──。
胸に手を置いて、目線に重ねるようにアデルを見つめた。
トリュアティアは栄えている。神界三〇拠点の頂点にして連携神界のトップに君臨するアデルが治めていることもあって、神界宮殿への来訪者が多く今日も賑やかだ。その声が遠退くことなくメリアの耳に入ってきて、アデルの顔を近く感ずることも、じきに声を発した麗璃琉の声を煩わしく思うことも、なかった。
「ひとの夫を見つめると誤解されるわよ」
「はい、ごめんなさい」
自然に微笑を浮かべてメリアは会釈した。対する麗璃琉も、鼻を鳴らして笑った。
「いい顔になったわね」
「麗璃琉さんとアデルさん、それに、今ではたくさんできた家族のお蔭です」
創造神アースの悪質な設計に振り回された過去など噓だったかのように、アデルにときめかなくなっている。メリアは、それを確認して、麗璃琉の言葉に心からそう答えたのである。会う前からこの結果をなんとなく察していた。以前なら、トリュアティアを訪ねる前にどきどきしていた。訣別の前でさえどこか浮足立つような心地があった。今日はそれが全くなかった。
「行きすぎたバカに感謝するのね」
と、悪態をついたような麗璃琉の言葉に惑うこともない。
「あのときは気づきませんでした。麗璃琉さんは、本当に羅欄納さんのことを信頼しているのですね」
「小さいときから一緒だった。姉妹として暮らしてた。でも、だからじゃないわ」
その意味も、今のメリアなら解る。
「羅欄納さんが羅欄納さんだったからですね。どこまでも、自分を認めてくれるひとです」
「解ってきたじゃない。そこに腹立つのも事実だけどね」
麗璃琉がウインクした。「昨日殺し合った仲のはずだけど不思議ね、気が合いそう」
「その折は本当にありがとうございました」
「普通に感情ぶつけ合っただけだし礼なんて要らないわよ」
「その通りですね」
オトとも、ララナとも、竹神家の娘とだって、あった。その末に今がある。
麗璃琉が話を戻す。
「用は何。日帰りだから時間を取られると困るわ」
謁見を受けたアデルが、メリアの意図を酌んでいた。
「もう済んだのだろう」
「はい」
元夫婦。そのラベルが焼け木杭として機能することはないとメリアはアデルの目線で解る。自分と同じく、悪質な設計から抜け出せたのだと。それをアデルが口でも証明する。
「殺し合いとは少し異なるようにも思うが、あんなことがあったあとだからな、オレも気になっていた。が、こうして面してみると、思った以上に揺るがないものだ」
「薄情なほどですよね。ある種の信頼は感じていますが、無意識に心を預けるような感覚がなくなりました」
それを確かめ合えてやっとメリアはアデルと別れられた。暴力的だったあのときとは別に、この機に区切りをつけたい。
「あのときは一方的に感情を叫んでごめんなさい。元妻として改めて伝えて、返事を聞きたいです」
「いいだろう。オレも口にしておきたい」
麗璃琉が見つめる中、元夫婦として口を開く。
「アデルさん、わたし、新たな伴侶ができました。その方に、大きな役割もいただきました。これからはあそこを大切にしたいので、別れましょう」
「オレにも──」
アデルが麗璃琉を一瞥して、メリアに答えた。「大切なひとができた。余所に目をやっている暇など、じつは仕事ですら少ないのだ」
「一言余計、さっさと言え」
「はははっ、そうだな」
煽るような麗璃琉の目線を受けて晴れやかに笑ったアデルが、「メリア、別れよう」と、告げた。つられてメリアも笑ってしまった。殺し合うような過去を超えて微笑み合って言葉で別れる日が来ることなどメリアは想像していなかった。それもみんなのお蔭だ。
「さようなら」
「さよならだ」
お辞儀が重なった。ふと涙が零れたのは、互いに本当に幸せだった。そして、頰を濡らした熱がすっかり引いて吹き出すように再び笑えたのは、なんだか本当におかしかった。
「いまさらですね」
「ああ。だが夫婦だったのだからいいだろう。他愛ない会話で笑うことを誰が咎める」
「時間が押してるとは言うわよ」
と、二人のあいだにシュノーケルを振り下ろして麗璃琉まで笑った。「ほんと仲いいわね、ぶん殴るわよ」
「急ぐとしよう」
「殴られては敵いませんからもう来ません」
「殴られない選択も自由よね」
メリアにない価値観で麗璃琉が関係を観る。「一夫多妻の村でオトと夫婦なら、お姉ちゃんとも夫婦みたいなもんなの」
「その考え方はありませんでした。羅欄納さんが伴侶だなんて──、恐縮で、素的ですね」
「わキモあたしならムリ、あの綺麗事陳列機にはうんざりなのよ。ま、そんなアンタなら妹にしてやってもいいわよ」
「姉だと思うのだが」
「アデルが兄ならあたしも姉でしょう」
「オレはもとから兄だが年下のお前から見ればメリアは姉になるはずだ」
「頭デカイわね、そこは威厳と立場で勝負よ。あたしは頂点主神の妻、肩書のない男に嫁いだメリアとは格が違うのよ」
「創造神の転生体の妻という立場から考えればオレは息子になってしまいお前も娘になってしまうのではないか」
「屁理屈ね」
「なぜそうなるのか」
「あたしがウソいうわけないからよ」
「そうだな」
「そうよ」
いつの間にか二人で語らっているアデルと麗璃琉を眺めて、メリアはお辞儀した。
「ごちそうさまです。末長くお幸せに」
「永遠の別れみたいなこと言うわね」
麗璃琉がメリアにびしっと指差し。「アデルやお姉ちゃんを挟んであたしもアンタの家族。だからじゃないけどまた来なさい。今日みたいに留守してるかも知れないけどね!」
「──はい、また来ます」
神界宮殿を出るまで一緒に歩くと、空間転移室のある上階へ跳んでゆいた二人を見送って、メリアは今一度、町を見渡した。
……麗璃琉さん、面白いひとですね。羅欄納さんが大切にした理由が解ります。
不器用な愛情表現がオトにも似ているひとだ。話していると自然と笑ってしまうような。オトはメリアの存在がララナの今を導いたように言ったが、きっと麗璃琉の存在も大きかったに違いない。
……これからのわたしも、そういられるように頑張ります!
竹神邸という居場所が、メリアを奮い立たせてくれる。
空間転移室へすぐに向かうと別れの挨拶が締まらない。麗璃琉がああ言ってくれたがこれからの竹神家での生活を思うとメリアはアデルと同様、余所へ気を回す余裕があるか判らない、と、いうのが本音だ。それに、訣別がうまくできようとできまいとメリアは半ば二度と来ない心持でいた。なので、少し間を置いてメリアも外から空間転移室のある階層へ跳んでゆこうと思った。が、今はそんな身体能力がないことを思い出して、また、西部門番のエノンにもう一度会ってゆくことを考えて神界宮殿前でふらついていると、通りかかった女性と不注意にも肩がぶつかってしまった。
「ああ、ごめんなさいね、大丈夫」
と、先に謝ってくれた女性にメリアも慌てて頭を下げた。
「こ、こっちこそごめんなさい。あなたは大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫よ。初めてのトリュアティア観光で浮かれてるお上りなのよ、はははっ」
愉しげに笑う女性がショルダーバッグを掛け直した。トリュアティアは鉱物や機械産業が発達した神界であり、観光名所は白一色の神界宮殿と裾野のように広がった町、そしてその景色に溶け込んだ工場などなど。アデル曰く女性は主に景観を目当にやってくるそうだが、空間転移魔導機構発祥の地として魔導に精通する者もやってくるのだとか。
「魔導技術に長じているのですか」
「ううんむしろ逆、ほとんど知らないわ」
と、困り顔の女性がちょこっと打ち明ける。「治めてる辺境神界があんまり後進的なものだから栄えた要衝を訪ねてはこっそり技術を分けてもらってるのよ。辺境神界にあるヘンな、こほんっ、個性の尖った名産品を土産にね」
「強かですね」
「でしょ、それもまた個性、って開き直って頑張ってるわ」
と、自称主神女性が腰に手を当て強気な笑みだ。輝くような金髪に桃色の眼、健康的な褐色の肌、それに加えてころころ変わる表情と積極性だ。交渉となったらうまく相手の懐に入って話に乗せてしまうのだろう。
「連携神界に加わっていないのですか。技術交流も可能なはずですよ」
「生意気なことを言うなら後進神界の知識のなさを利用されて搾取される」
「それは……」
アデル達がそうである、と、いうことではなく、全ての連携神界で絶対にないこととは言いきれないので、メリアは言葉に詰まった。が、自称主神女性は目を据わらせながら、
「なんてね、偉そうなことを言ってみても交渉材料になる輸出品がないだけよ」
と、笑って、仰け反るようにして神界宮殿を見上げた。「連携が成立していない神界でも技術者同士の交渉は自由なのよね。通商条約ってなんなの〜、ってくらい抜け穴なんだけど、お蔭であたしらみたいなのもなんとか生きられてる。優しいわね、この仕組を始めたここの主神様は」
「ええ、そうですね」
正確にいえば通商条約の抜け穴を考えたのはアデルではなくトリュアティアの参謀たるスライナであるのだが、配下としても知恵者としても主神アデルを立てているスライナのやり方に賛同するなら彼女を褒め立てるのは間違いだろう。
強かな主神が思いついたようにメリアに顔を寄せた。
「そうだ、オススメの土産物知らない。探すのも骨が折れるから情報を集めてるのよ」
「そうですね、わたしが知っているものだとあれやこれやそれで」
かつて治めていた神界メークランをミントが引き継ぎ服飾産業や海産物が変らず有名。神界を旅したララナからそう聞いていたメリアは、知ったかぶりで主神女性にそれを伝えたのだった。
「ジュピタを挟めばすぐだし次に行ってみるわ、情報ありがとう。じゃあね!」
「ええ、よい旅を」
手を振り合って別れたメリアは、名乗り忘れたことや彼女の名前を聞き忘れたことに気づいた。
……エネルギッシュなあのひとなら、きっとうまく運営していけるでしょう。
神界の将来を決めるのは主神の働きとその働きを認める配下のサポート、それからそれらによって生かされる民の協力に掛かっている。彼女のような主神が切盛りする神界は配下も民も充実感に溢れて道を違えることもないだろう。
道を違えた者として、メリアは西部門番エノンのもとへ足を運んだ。
「メリア様、お帰りですか。あ、でも、転移は神界宮殿内からですね……」
「最後にあなたに挨拶をしていこうと思って。さっきは保留にしたことです」
「一門番のぼくに」
「アデルさんの一腹心たるあなたにです」
「──伺います」
エノンの会釈に応じて、メリアはお辞儀した。
「元同志・元妻として、また、よき仲間・家族として伝えます。あなたがここを守ってくれることでアデルさん達は安心して業務に勤しみ息抜きもできます。あなたなりの考えと力で、これからも支えてあげてください」
顔を上げたメリアは、微苦笑の目差が門柱をなぞったことを認めた。動揺ではなく悦びであるそれを、メリアに目を向けた彼が言葉にして伝える。
「……ぼくの責務であり、選んだ道です。必ず果たします。メリア様も、どうか惑うことなくご自分の成したいことに突き進んでください!」
「──はい!」
過去の因縁、その全てを断ち切ることは不可能だった。自らの手でそうしてしまったからこそ、可能なことだけでも区切りをつけられたことに心から自信を持てる。
……少しずつ、でも着実にです。今のわたしなら迷うことなく歩めます。
だから帰ろう。自分を自分らしくしてくれたあの家の、温かいあの抱擁の中へ。
三大国に用はない。
矮小な化物が守った矮小な容れ物と矮小な生態に、影はもはや興味などないのである。駒程度には見てやるが、
……わたしの興味は、お前だけだよ。
ようやく摑んだ得難いものの数数。それをどこまで守りきれるか。
……見せてみろ、音──。
──始章 終──




