黒き誓いは胸に
夜の帳が下りた帝都の空は、かつてないほど澄んでいた。シリル・ヴィゼリウスは静かにその星空を見上げていた。
勝利の凱旋。
大将軍への任命。
帝国中が歓声を上げる中、彼の思考はただ一つの場所――いや、一人の少女に向かっていた。
「……レーヴ」
幼き日に交わした、たった一つの約束。
“また会おう”
それは彼の全ての原動力であった。
最前線の泥に塗れ、血を浴び、命の境を彷徨う夜にも、戦功を讃える喝采に包まれる凱旋の時にも――
彼の心にあるのは、あの紅玉の瞳と、震えながら自分にしがみついた少女の面影だけだった。
「俺は……お前を守ると、誓った」
あれはまだ、何も知らない少年だった頃の言葉。
けれど今、どれほどの命を奪い、どれほどの血を背負ってでも、守りたいものがあるとすれば、
それは名誉でも地位でもない。
ただ、彼女のみ。
─あの紅玉の瞳に宿る痛みを、誰にも触れさせはしない。
シリルは懐から、小さな銀の装飾を取り出す。
それは自らの家紋――“月影の黒豹”を象ったものであり、かつて文と共に託した誓いの証。
彼女は、今も持っているだろうか。
それを、握りしめて待っていてくれているだろうか。
「俺はもう、ただの少年じゃない。だが……気持ちは変わらない。たとえ、皇帝が相手でも」
黒き夜に誓う。
それがどれほど狂気じみていようと、運命に逆らうことになろうと、構わない。
──今度こそ、奪い返す。何もかもを懸けて。
窓の外、夜空の果てに浮かぶ星がふと瞬いた。
それは、かつての彼らが交わした、小さな約束の証のように見えた。
黒豹の誓いが胸にある限り、次の夜明けへと、彼は進んでいく。