魔術士の蕾たち(6)
晩餐会は着座形式で緩やかに行われた。学園の生徒たちはさすがに同席はせず晩餐会の間、屋敷のあらゆる場所で警護に当たった。
夕食の後は演奏会が行われた。グレインヴァルとエルドランド公は隅の方でワインを飲みながら何か談笑をしていた。各々好きな場所で酒を嗜んだり、調べに耳を傾けたりしていた。部屋に帰った者もいる。
月もだいぶ昇った頃、特別に夜更かしを許されてたフィーナの元へ父のエルドランド公が声をかけた。
「フィーナ。さすがにもう部屋に戻って寝なさい」
「えー!私まだ起きてられるわ」
とフィーナは駄々をこねた。薔薇色の頬がぷくりと膨れる。娘に甘いエルドランド公は叱ることはしなかったが、かといって子供はとうに寝ている時間で困ったように眉を下げた。
メインの大広間で警護をしていたフェリクスはそのやりとりに苦笑する。そしてつかつかとフィーナの前に出ると、
「麗しのフィーナ姫。私と一曲踊りませんか?」
フェリクスはフィーナの前に膝をついて手を差し出した。フィーナはフェリクスの王子様然とした振る舞いに目を輝かせ薔薇色の頬をさらに染めた。
フィーナだけではなく、エルドランド公の奥方達やその場にいたメイド達もほうと息をついた。それくらいフェリクスは様になっていた。
「よろしくてよ、フェリクス」
フィーナはフェリクスの手を取った。小さなフィーナに合わせてフェリクスはややかがみながらフィーナをエスコートした。
演奏家達もフィーナに合わせてゆったりとしたワルツに変える。フィーナのたっぷりとした絹のドレスの裾が花のようにほころぶ。フェリクスは学園の制服を着ていただけだが、それでもここにいるどの紳士よりも華やかに映った。フェリクスはフィーナに合わせてリードをしながら綺麗にワルツを踊り切った。
「では、このままお部屋までお送りを」
と言ってふわりとフィーナを抱きかかえた。
「フェリクス、私とても楽しかったわ」
「俺もだ、フィーナ。またダンスの相手をしてくれるかい?」
愛らしい姫君と眉目秀麗な騎士のような二人に周りの大人達はにこやかに二人を見送った。
「ふう…」
フィーナを部屋に送り、あとはメイドに任せフェリクスは廊下で息をついた。そろそろ晩餐会もお開きだろう。緊張がとけてくると同時に盛大に腹が鳴る。晩餐会の最中はもちろん食事などとれないので夕方に軽食をたんまり食べたが、それでも腹が減ってしまった。急いで大広間に戻ろうとしたところでエルドランド公が現れた。
「フェリクス、フィーナがすまなかったね」
「とんでもない。私が勝手にやったことです」
「晩餐会はもうしまいだ、君も部屋に戻るといい。部屋まで送ろう」
「そんな、一人で大丈夫です」
と言ったのだがエルドランド公は何も答えずにフェリクスに並んで歩き出した。何か神妙な空気を感じたフェリクスはそれ以上は何も言わなかった。
「フェリクス。本来なら君のお父上に通す事なのだが、フィーナはどうかね」
とおもむろにエルドランド公は口を開く。
「どうとは…?」
「君の妻に娶る気は無いか?」
「妻!?」
思ってもみないことを言われ、フェリクスは思わず大きな声を出す。
「フィーナはまだ七歳ですよ!?」
「婚約という意味だ。十八の成人の儀を終えたらすぐにでも……第一夫人でなくてもかまわん。無論その前に内証で君にやってかまわん」
とにこやかに言うが、エルドランド公の物言いからは焦りを感じた。
「エルドランド公、どうしたのです?」
エルドランド公が冷静でないことを悟ったフェリクスは返答せずに彼の様子を窺った。しかしエルドランド公はフェリクスの問いには答えず、
「どうなのだ。悪い話ではないだろう?結婚が無理なら愛人という立場でも構わない」
ととんでもないことをなおも逼迫した様子で言ってくる。
(娘を愛人に?一体どうしたんだ、エルドランド公は…)
「は…?ちょっと落ち着いてください。一体何を」
その時だった。
ドォォォン!!
という爆発音が屋敷のどこかで鳴り響いた。