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魔術士の蕾たち(5)

 午後になると屋敷の中が騒がしくなってきた。メイドや使用人たちが掃除用具やリネンを抱えて広い屋敷を行き交い、食材を運ぶ業者がひっきりなしに裏門の通用口に入ってくる。今夜は要人たちを歓迎するためにささやかなパーティーを行うらしく、既に晩餐の仕込みが始まっているのかスパイスの良い香りが漂ってくる。

 あっという間にメイドたちと仲良くなったフェリクスはこっそり分けてもらったパイを頬張りながら窓の外を指さして何かを叫ぶ。

「ふもおふぁへふぁふぉ!」

「食べるか喋るかどっちかにしなよ…」

 ルカはぼそっと聞こえないように突っ込む。ルカの声は仲間たちの声でかき消された。

「おーい!馬車が十台くらい来るぞ!」

「なぁ、もう少し近くに見に行ってみようぜ!」

 隣国の要人とやらがいよいよ到着するらしい。外が騒がしくなってきた。生徒たちもつられて騒ぎ出す。

 エルドランド公は何もしなくていいとしきりに言うので、生徒たちは突然の余暇に時間を持て余しているのだ。ルカは騒いでいる仲間を尻目に一人隅っこで本を読んでいた。

「なぁ、ルカも見に行こうぜ」

 フェリクスはルカの視界を塞ぐように覗き込む。

「なぜ?出迎えは特に必要ないと言われているじゃないか」

 読書を中断されたルカはあからさまにムッとした顔をした。

「なんだよ、ヴェストリアの奴らがどんなのか興味ねぇのか?」

 フェリクスはなんだかどんどん雑な物言いになっている気がする。とっくに憧れは崩れ去ったが、接すれば接するほどに好感度も下降していく。

「興味ないよ、そんなの」

「まぁまぁ、教本なら帰ってから好きなだけ見ろ」

 フェリクスはすっとルカの本を奪い取ると笑いながら廊下を出て行った。

「うわー!!返せばか!」

 思わずルカは立ち上がる。しかしルカは追いかけることなく再びすとんと座ってしまった。なんとなくフェリクスの考えていることは分かる。自分が一人でいるのが可哀想に見えているのだろう。今だってわざとふざけて仲間に入れようとしているに決まっている。

(余計なお世話だ…)

「ルカ?」

 一向に追いかけてこないルカを案じたのか、フェリクスが戻ってきてしまった。

「僕は一人でいる方が好きなんだ」

「……」

「そうか、ふざけて悪かった、返すな!」

 フェリクスは本を投げ返すと、もうルカを顧みることはなく行ってしまった。


(一人がいいんだ。僕は……)


 フェリクスはひと足遅れて皆の元にやって来た。生徒達は隣国の者を見ようと正門を見渡せるバルコニーにこそこそ集っていた。フェリクス達の国はあまり国交が盛んではない。この国は昔から平和が乱れるのを嫌ってあまり外交をして来なかったのだ。ゆえに外国人が珍しいのだ。

 しかし今世の王は、開かれた政治を目指していて近年は門を緩くしている。ゆえに旅行者や商人が以前よりも増えたが、それでもきちんと外国の者を見るのは初めてだった。

 「おお!あれが外国人か!」

 近隣諸国ではレジスタンスが活発に活動しているというから、どんな野蛮な人間だろうと思ったが何も変わらなかった。

 一等大きな馬車から黒髪の中年の男が降りてくる。どうやらその男が主賓らしい。エルドランド公はその男と握手をして、フィーナや奥方は後ろの方でお辞儀をする。

 馬車はあっというまに屋敷の庭を埋め尽くした。屋敷の人間たちが男も女も関係なく総出で荷下ろしをしている。


 バルコニーで見物しているとエルドランド公はフェリクス達に気付いて手を振った。咎めるでもなく、にこやかに『こちらへ来い』と手招きをしている。

 フェリクス達はのぞき見をしていた手前、ややバツが悪そうな顔でぞろぞろと階下に降りた。

「紹介しよう。バルドゥス・グレインヴァル氏だ。貴族でありながら自ら行商を行っておられる商人だ。主に薬剤を扱っていて我が国にも流通を促しに来られた。医療は魔力だけでは及ばない分野だからな」

 笑顔のエルドランド公とは対照にグレインヴァルは愛想なかった。ちらっとフェリクスを見やると僅かに会釈した。

「彼らは花の学び舎アストラル・アクアデミアの者たちです。まだ若輩者ですが、将来有望な若者たちです。今は学院の一環であなた方の滞在中警護をしてくれます。どうかお見知りおきを」

「ああ、蕾の者たちですか」

 フェリクスやルカの学園「アストラル・アクアデミア」は通称花の学び舎と呼ばれ、その生徒を「蕾」と呼ばれることが多い。

「左様です。よくご存じで」

「我が国ヴェストリアも花の学び舎の卒業生がよく派遣されてくるようになりましたからね」

「ああ、レジスタンスの制圧に…。いかがですか近況は…」

 と言いながら、エルドランド公とグレインヴァルは屋敷の中に入っていった。


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