魔術士の蕾たち(4)
昨夜の夕食も豪勢であったが、朝食も負けてはいなかった。瑞々しい葉物を使ったサラダにはカリッと焼かれたベーコンが添えられていた。濃い味のミルクやチーズ、それらを使ったスープにはほくほくとしたイモが入っていた。そして何種類ものパンだ。小麦も上等なものを使っているのだろう。優しく甘い。
今まで課外授業として、貴族の護衛の任務に泊まり込みで就くことは多々あったが、こんなに振る舞われたのは初めてだった。育ち盛りの男子しかいない生徒たちはよく食べた。特にフェリクスの食いっぷりは尋常でなかった。少食なルカは、見ているだけで吐き気がしてくるほどに食べていた。
それにしても、フェリクスがいるせいもあるだろうが、やはりこの屋敷の主であるエルドランド公は気風の良い貴族のようだ。ルカやフェリクスが過ごす社会には差別が当たり前に蔓延している。
平民よりも貴族、女よりも男、末子よりも長子、若者より年長者といったものは当然にあったが、それより何よりも尊重されるのは「魔力」だった。魔力が高ければ高いほど、若年者であろうと女であろうと尊重され敬われる。
しかし魔力は遺伝されるもので、今現在は貴族と王族にしか持ち得ない。稀に平民の中でも貴族の落とし胤が魔力を開花させることがあるが、大抵は保護され、子のいない貴族などに貰われていく。
このような社会になって数千年になるが、近年は「魔力」を持つ者だけが優遇される社会への不満が高まっている。
というのもここ近年、貴族の中でも全く魔力を持たない子が生まれる事が多々ある。それゆえ廃嫡や離縁、お家取り潰しなどの問題が勃発しているのだ。不当な扱いを受けた者が結託し平等を求めるレジスタンスまである。
話は戻すが、このような社会意識があるため高い身分の貴族の主人がいくら魔術士の卵とはいえ若年者に好意を表す事は珍しいのだ。
「フェリクスー!!」
生徒たちが食堂で朝ごはんを取っていると、花のような声でフェリクスを呼ぶ少女が入ってきた。
「ああ、久しぶりだなフィーナ」
フィーナと呼ばれた人形のような愛らしい容姿をしたこの少女は、エルドランド公の3人目の妻との娘だ。幼子特有の柔らかな亜麻色の髪をきつく巻いている。この髪型は先月病死してしまったこの国の皇女を真似ている。年若くして亡くなってしまった悲劇の美しき皇女は王族の中でも稀有なほど高い魔力を持っており、少女たちの偶像だった。しかしながら生まれつき体が弱く、亡くなった際には憧れていた少女たちは嘆き悲しみ、後を追おうとする者まで現れ社会問題となった。
「ねぇ、今日のパーティーはフェリクスがエスコートしてくださる?」
フィーナはうっとりするような顔つきでフェリクスの手を取った。フェリクスはうら若き乙女にとって物語に出てくる白馬の王子様そのものなのだ。
「仰せのままに、と言いたいところだが護衛の仕事があるんでね」
「ああ良い良い。どうせ何も起きないさ」
と言いながらエルドランド公も入ってきた。わずかに息を切らしているところを見ると娘を追いかけてきたらしい。これまた貴族の男には珍しく子煩悩のようだ。
「けれど今夜のパーティは隣国の要人の晩餐会でしょう。異人がいるとなれば何が起きるか。この国は平和ですが、近隣諸国ではレジスタンスによる活動も活発とか」
「『暁月』か……平和を乱す無魔の暴徒。勢力は大きくなるばかりのようだな」
エルドランド公の朗らかな顔に僅かに影ができる。ここ数か月、通称「隣国」では『科学』の力を駆使して貴族や王族を襲ったり、魔術士の施設を破壊したりという行為が頻繁に起きている。その中でも特に人数が大きい団体は『暁月』と名乗っていた。
隣国だけでは鎮圧に間に合わず、たびたびこの国の魔術士も駆り出されている。この国ではまだ被害はないが、いつ火種が飛んでくるか分からないということで貴族たちは頭を悩ませているのだ。
「1ヶ月半前の姫君の病死も暁の仕業という噂があるしなあ」
と生徒の誰かが言うとフィーナはあからさまに暗い顔つきをした。エルドランド公は生徒を責めるわけでもなくパンパンと手を叩いて流れを変えた。
「しかしこんな田舎の貴族を襲うまい。我々は影響力があるわけでもないし、襲うような理由は何もないんだ。今夜は仕事もそこそこに君たちも社交界を楽しむが良い」