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姫君(8)

その時だった。


「一同、その場から動くな!」


 と叫ぶ女の声がした。女の声と言ってもその声音は張りがあり、遠くまで響く凛とした低い声だった。見れば、金の髪を男のように短く切り揃えた軍服姿の女が馬に跨り現れた。四十は超えているように見えるが、無駄な肉がついておらず長身で、遠目から見れば男のようだった。

 女は対峙するエミリアとグレインヴァル、そしてエミリアを庇おうとしたルカの前に降り立った。

「ヴァレリア様!?なぜここに!?」

 エルドランド公は慌てて前に出る。そして跪いた。

「久しいなエルドランド」

 ヴァレリアと呼ばれた女は馬から降りるとにこりともせずに、エルドランドに声をかけた。

「なんだ、この女は!?」

 グレインヴァルは叫び出す。エミリアは黙り続け、ルカと彼らを遠巻きに見ている全ての人間は茫然とした顔をしていた。

「私はセラフィスのヴァレリア。エルドランド公、そしてヴェストリアのグレインヴァル公。貴公らには禁忌の薬物の精製、所持、輸入、密売の嫌疑がある。我らに同行してもらう。詳しい話はそこで聞こう」

 そう告げると次から次へと何十人もの男や女たちが馬を駆ってやってきた。皆一様に女と同じ軍服を着ている。あっという間に屋敷の庭は大人数で埋め尽くされた。

 セラフィスのヴァレリア。この国の亡くなったはずの王女エミリアの母、つまりこの国の妃であるセリーナの姉だ。彼女は王族の中でも変わり者であり、婚姻もせず、私設の自警団を作り主に貴族の不正を取り締まったり、無魔の保護に力を入れている。

「ヴァレリア様ー!先に行かないでくださいっていつも言っているじゃないですかあ!」

 緊張感のない柔らかい声音の女がぜぇぜぇと息を切らしながらやってきた。長い茶色の髪を一つに縛ったまだ若い女がヴァレリアの近くに寄ってきた。

「ああ、ユレン。すまないね。この男たちを連行してくれ」

「承知しました。お二方。奥の馬車にどうぞ~」

 ユレンと呼ばれた女はまるで町でも案内するかのように手を広げ呑気に告げた。

「ふざけるな!」

 グレインヴァルはユレンを押しのける。ユレンはよろめいたが、「あらら」と呟いたのみで顔色を変えることはなかった。

「グレインヴァル公、もうやめましょう」

 エルドランドは興奮するグレインヴァルを押さえつけるように腕を取った。

「エルドランド、君は聡明だから分かるだろう。大人しくついてきてくれるな」

「…………御意…」

 エルドランドはうなだれて返事をする。中庭で不安気な顔をしている使用人や妻たちを見て、未だ魔法で眠るフィーナを見た。その瞬間、


〈力を集め…〉


 グレインヴァルは急に詠唱を唱え出す。その場にいた全員が構えたその刹那、パンッと鋭く何かが爆ぜる音が聞こえた。グレインヴァルは詠唱を止め、息をのんだ。彼の足元が抉れている。 顔を上げるとヴァレリアが冷たい目で小さな銃器を持っていた。

「話は聞くと言っているではないか。魔力は使うな。使うのであればそれ相応の措置を取る」

「それは悪魔の兵器ではないか…」

「悪魔か…確かにな。無魔は我々魔力持ちを悪魔というが、ふふ、面白いな」

 ヴァレリアは独り言のように呟いた。彼女がこの場に来て笑ったのはこの時だけだ。

「こんな真似をしてただで済むと思うなよ。私が輸入している薬はセラフィスでも数多の病人やけが人を救っている。私を捕らえればセラフィスの死人は一気に増えるぞ」

「なるほど…そうやって搔い潜ってきたわけか。これは耳が痛い話だ。肝に銘じておこう」

 ヴァレリアが手をあげると数人の男たちがグレインヴァルとエルドランドを連れて行ってしまった。その場に取り残されたルカはぽかんとしている。


「さて、次は君らだな」

 ヴァレリアはルカとエミリアの方を向く。

「その制服、花の学び舎の生徒だな。校外研修に来たのか。まぁ、いい。君の学園長にはこちらから報告をしておく。明朝、学園へ帰りたまえ」

「へ、あ、御意に!」

 ルカは口を空けて茫然とヴァレリアを見上げていたが、すぐさま跪いて返事をした。

「それからお前…」

 と呆れたようにエミリアの方を見る。エミリアとヴァレリアは姪と伯母である。面識はあるだろうが、ここにいるエミリア王女は一か月半も前に病死したことになっている。ヴァレリアはここにいる少年がエミリアだと気づいているのだろうか?ルカははらはらしながら横目で二人を見た。

 エミリアはすっと膝を曲げて腰を落とす礼をした。使用人の少年の姿のままだったがドレスを着ているような優雅な仕草で、ルカはこんな時だというのにその動作に見惚れた。

「ご無沙汰をしております。こちらは念のため押収しておいた禁忌の薬。貴女にお預けします」

 そう言ってエミリアは立ち去ろうとした。

「待て待て。エミリオ…と名乗っていたか。これ以上危ない目に合わせられん。私の下にいなさい」


「なぜ?やっと自由になったのに」


 エミリアはにこりと可憐に笑う。そのまま颯爽と闇夜に消えてしまった。花が綻ぶような愛らしさと凛とした美しさにルカは顔を赤くしてしまった。

「全く…連絡を寄越したと思ったら…」

 この口ぶりだとヴァレリアはあの少年がエミリアだと分かっているらしい。ルカは何がなんだか分からない。尋ねて良いのかも分からない。しかし気になる。なぜ一か月前に死んだはずの王女が生きていて『暁月』などにいるのか。それを伯母であるヴァレリアが黙認しているのか。

「……」

 ルカがちらっとヴァレリアを見上げると、ヴァレリアもじろっとルカを見た。いや睨んだ。

「!!」

 ルカは威圧感に気圧されて顔を青ざめさせた。

「君、何か気づいたか?」

 これは、気づいていないな?気づいていないということにしておけ。という圧だった。

「い、いいえ、何も…」

 ルカはぶんぶんと首を振った。

「よろしい」

 と言ってヴァレリアもまた去ってしまった。


「ルカ!!」


 入れ違いにフェリクスが駆け寄ってきた。跪いたままのルカをフェリクスは立たせてやった。

「え、ああ、フェリクス。君は大丈夫か…?」

「ああ…一応…」

 フェリクスは怪我などはなかったようだがあからさまに消沈していた。エルドランド公の件がショックだったのだろう。

「………戻ろう」

 ルカはかける言葉が見つからず、フェリクスの肩をぽんと叩くと右往左往する仲間たちのもとに戻って行った。

2025.10あたりから投稿再開します。

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