姫君(6)
「何をする気だ?」
エミリオが問う。
「一つ聞きたい。魔法の貫通はしないといったが、物の貫通はどうだ」
「可視化し私が許可したものなら可能だ。魔法は物体ではなく事象ゆえに視覚認識が曖昧で通行ができないのだ。まぁ、試せばいけるものもあるかもしれんがな」
「ならいける。今からこの頭上を瓦礫を発破させて、退路を作る」
「ほう、どうする気だ」
「爆薬を使う」
と言うとルカは懐から何かを取り出した。
「これは手りゅう弾。そこまで威力はないかもしれないが、当たり所が悪ければ屋敷全体が崩れ去ってしまうかもしれない。だからあなたには引き続きシールドを張っていてもらいたい」
「…………」
エミリオはルカの顔をじっと見た。ルカもエミリオから目を逸らさなかった。二人は何か無言で会話をしているように見つめ合っていた。
「なんで、そんなものを持ってんだ?これっていわゆる『科学兵器』ってやつじゃないのか?」
沈黙を破ったのはフェリクスだった。この国では科学が発展、浸透していない。昔から科学は平和を乱す忌むべきものとして疎まれてきた。人々も理由のない忌避感があり積極的に関わる者は少ない。
ルカは困ったように俯いて首の後ろをさすった。
「それは…僕が………」
ルカが言いかけたところで
「まぁ、この屋敷は差し押さえになるだろうから致し方ないだろう」
とエミリオが言う。
「もうどうしようもない証拠がここにあるからな。契約書なども探したかったが…まあとりあえずは薬物所持の現行犯だな」
エミリオはポケットからハンカチに包まれた薬草を取り出した。
「本当にこれが禁忌の薬なのか?何かの間違いでは」
フェリクスはエルドランドがそんなことをするとはまだ信じられなかった。
「裏付けは取れているし、調べればすぐに分かる。契約段階で止められなかったのは私の落ち度だ。エルドランドには犯罪に手を染めては欲しくなかった。まあ売買までいかなくて良かった。娘のこともあって貴族の地位ははく奪になるだろうが、家族で慎ましく暮らしていくくらいならなんとかなるだろうさ」
「………貴族だったものが平民の暮らしに耐えられるかどうか…」
「君は平民の暮らしぶりを知っているのかい?」
「…………」
今度はフェリクスがうなだれたように下を向いてしまった。
「ふむ。とりあえず脱出をしようじゃないか」
空気を変えるようにエミリオはパンっと手を叩いた。
「ルカ」
とエミリオが名を呼ぶとルカはハッと顔を上げた。
「頼む。やってくれ」
エミリオはルカの肩をぽんと叩いた。その掌は熱く優しかった。
「分かった、耳を塞いでいてくれ!いくぞ!」
ルカが何かを引っこ抜くとそれはシールドを貫通して高く放り投げられた。
ドォォン!
すぐ近くの爆破は鼓膜を蹴破る勢いだった。音だけで自分の体がばらばらになってしまった気がする。やがて粉塵が収まると、頭上に僅かに隙間ができていた。見覚えのあるシャンデリアなどが見える。正面玄関の真下にいるようだった。
「全てふっ飛ばすまではいかなかったようだな」
「屋敷が崩れたら困るから威力の弱いものを選んだからなあ…」
「けれど、これなら登っていけるんじゃないか」
「フェリクス!?」
フェリクスはシールドから飛び出ると、瓦礫の山を階段のように全身を使いながらよじ登り地上に向かった。
「彼は随分身体能力に長けているな…」
その様子を下から眺めていたエミリオは半ば茫然としたように呟いた。
「フェリクスの身のこなしは花の学び舎では一番だと思いますよ。フェリクス・ルクス・フェルナンド。あなたも彼の名は聞いたことがあるのでは?」
とルカはエミリオの横顔を見ながら、こう続けた。
「エミリア姫」
と。